モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌

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金糸梅

第十六夜

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 早速、メイクボックスを開き、ホルダーからリップブラシを取り出した。
 
 紅さんはドレッサーの右半分を丸々貸し出してくれていて、右側の引き出しも使って良いとの事なので有難く使わせてもらっているが、普段使いの道具は全てボックス内に収まっている。

「じゃあ、始めますね」

 と声を掛けると、彼女は大きな瞳を収納した。
 
「よろしく」 
 
 口紅を塗るのに目を閉じる必要はなかったが、彼女に見つめられながら平常心を保っていられる自信はない。

 手元がぶれてしまう心配をせずに済むので、命拾いしたと言えるのかもしれなかった。
 
 しかし、すぐに『この顔はこの顔でキスの直前のようだ』といういらぬ事実にまで気付いてしまい、落ち着かない気持ちで渡されたリップをブラシに取る。

「紅さんにしては、落ち着いた色のチョイスですね?」 

 先程までは気にも留めていなかったし、色名に詳しい方ではないので記憶違いをしている可能性も高いが、知っているものの中ではカーディナルレッドが最も近いだろうか。

「秋っぽいでしょ」 
 
 モヒートの次に好きなカクテルの名前が入った色で美しい唇を彩っていく。

「はい。そういうのも似合いますね」 
 
 話し掛けられた日の最初の一杯も、もしかしたらカーディナルだったかもしれない。

「ありがと」

「服と違って、気軽に季節先取り出来るのが良いですよね。メイクだと」

「うん。春夏は出来なくもないけど、他はキツイ」

 偶然の巡り合わせににやにやしていると、彼女の唇に色を付ける仕事はあっという間に完了してしまった。

「お疲れ様でした。全然考えてなくて、いつもと同じくらいのスピードでやっちゃったんですけど、なんとなくわかってもらえましたかね?」

「平気。ありがと。今度、翠の真似してやってみる」

 喋る彼女の口元に注目していたが、元が魅力的なので良い仕事が出来たかどうかは判断出来なかった。

「そうしてください」

「これ、新品の匂いしてた」

 彼女は使用していたリップブラシを指した。
 
「ポーチに入れてはいましたけど、ちゃんと新品ですからね。人様に塗るのに、自分が使ったやつ使いませんって。あ、でも製品自体の良さはちゃんとわかってるんで、安心してほしいです。このリップブラシ、使いやすくてお気に入りで。もう何回もリピしてるんですよね」

「翠のお気に入り、知れて嬉しい」

 そして、真っ赤な唇をにっこりさせた後――――。
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