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夕顔別当
第八夜
しおりを挟む「今、初めて『マイナーも悪くない』って思えた」
彼女は嬉しそうに手を差し出した。
「良かったです。お見苦しいものお見せしちゃってすみませんでした」
重ねた手はやはり極上のシルクのように滑らかで、少し接してみただけではわからない彼女の細やかさを体現しているかのように感じられた。
「ううん。翠は何しても可愛い」
「……なんか、子煩悩の親みたいですね。紅さんって」
「どういう事?」
彼女の表情に一瞬だけ立ち上った切なさは、幻のように姿を消した。
「紅さんはよく『可愛い』って言ってくれますけど、毎回、全部が本気な感じがするんです。最悪な喩えすると、お酒飲むために入った二軒目三軒目の店で謎に『可愛い』連呼する男なんかは『ヤりたい』一心で適当言ってるだけじゃないですか。外なのにベタベタ触ってきたりするでしょう、ああいう男って。何割かは本当だとしても、その行動で台無しですし、『セックスにありつく手段』とか、そのためのメソッドに組み込まれたつまらないおべんちゃらな訳で。そんな『可愛い』、何回言われたって響かないし」
「うん」
「でも、親って顔の造形がどうとかじゃなくて、行動とか……我が子が生きてるって事実を喜んでくれる存在なんじゃないかなって。もちろん御機嫌取りのために褒める事だって日常的にあるんでしょうし、そうなってくると部分的にはさっきの男達と同じなんだろうし、夢見過ぎだなあとは思うんですけどね……。だから、ええと……一般的な親というか、模範的な……? これも少し違いますね。多分、私の理想の親に近いんじゃないかなと思います。紅さんが私にくれる愛って。安心出来る快適な居場所までくれてますもんね、今」
その表情から幻のように消えたと思っていた切なさは再び姿を現して、過去の傷を刺激する話でもしてしまったのかと狼狽えていると。
「そんな褒めても、割引とかしないから」
彼女は悪戯っぽい笑みを見せた。
すっかり忘れていたが、私達はCDの話をしていたんだったか。
「ええ? 十枚ずつ買うんですから、少しくらい……なんて言う訳ないじゃないですか。ただでさえ返し切れない恩を増やしてどうするって話です」
いつもの調子が戻って安心した私は、もうすぐ手に入る彼女のCDの事で頭が一杯で、隣の彼女の姿勢がいつもより猫背気味な事にも気付かなかった。
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