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『王都帰還と“高級風俗の陰謀”編』
第42話『“記憶の剥離”と、眠る貴族』
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「──確かに、今期に入ってから“記憶障害”の症例が急増している」
王都の中央医術院、重厚な石造りの回廊を抜けた最奥──
関係者以外立入禁止とされた封鎖病棟の一室。
白衣を纏った老医師は、机に並ぶ十数冊のカルテに目を走らせながら、静かに口を開いた。
「発症者はおおよそ三十代から五十代の男性。主に貴族、官吏、軍属、商家の主といった、経済的・社会的に余裕のある者たちだ」
アリシア・ルーンフィールドはその場に立ち、凛とした声で尋ねる。
「共通点は?」
「場所、時期……そして、いずれも“風俗街ユグノール通り”を訪れた直後に発症している」
「やっぱり……!」
アリシアは拳を握りしめた。
医術院の記録によれば、彼らは全員《ローズ・セレナーデ》という高級風俗店に通っていたという。
そして症状の共通点は、ただ一つ。
──「内容を覚えていない」──
何があったか、誰と過ごしたか、店の内部の記憶はすべて曖昧。
けれど、口を揃えて「幸せだった」「また行きたい」と言い続ける。
その目は──まるで、夢から覚めぬまま。
◆
隔離病室の一角。
カーテンの向こうには、点滴を受けながらベッドに横たわる男たちが並んでいた。
皆、目を開いている。瞬きもする。呼吸もある。
だが、誰一人として、こちらを見てはいない。
「……笑ってるのに、泣いてるように見える」
アリシアは呟いた。
口元に微笑を浮かべたまま、涙だけが頬を伝っていた男を見て。
魂が……どこかへ連れ去られたかのようだった。
「“記憶の剥離”……まさか、魔術的な干渉が?」
「可能性はある。だが魔力反応は微弱で、追跡も検出も困難だ。
まるで、“夢を見ていた”としか言いようのない状態で、目覚めても現実と区別がつかない」
老医師は、肩を落としながら続けた。
「我々はこの症状を“原因不明の癒し症候群”と仮称している。
そして……治療法は、まだ見つかっていない」
アリシアの背筋に、冷たい汗が流れた。
◆
一方その頃──
《ローズ・セレナーデ》、夢のような装飾に包まれた個室のベッドの上。
常盤流星は、ふと、目を開けた。
濃密な香水とバラのアロマに満ちた空気。
夢の中にいるような感覚がまだ残っている。
「……ふぅ。最高だった」
彼は枕に顔を埋めた。
目の前にあったのは、非の打ちどころのない“理想の接客嬢”。
肌も声も仕草も、完璧に“男の理想”を再現していた。
──だが。
「……いや、待てよ」
流星は、身体を起こして天井を見上げる。
「幸せだ、満たされた。心も体も……だけど……」
「……なんか、俺じゃねぇな」
違和感。それは小さな石ころのように、心の靴の中で引っかかっていた。
彼は、心の中で言葉を探しながら、ぽつりと呟く。
「風俗ってのは、癒しってのは……リアルだからこそ意味があるんだよ」
「作られた夢じゃ、俺の煩悩が……泣くんだ」
◆
──ギィ、と扉が開く音。
「ご満足いただけましたか、常盤流星さま」
現れたのは、深紅のドレスを纏った《ローズ》。
完璧な姿勢。柔らかい声。微笑みの奥に、気配一つ揺るがない優雅さ。
だが──
流星の目は、もう騙されなかった。
「なあ……アンタ、何者なんだ?」
ローズは微笑みを崩さない。
「わたくしは、癒しを提供する者です。疲れた心を、傷ついた魂を、優しく包み込む者──ただ、それだけ」
「嘘だ。あんたの“癒し”で、何人が廃人になった?」
ローズの微笑みが、わずかに歪んだ。
その肩越しに見えた別室──
男たちが、並んで寝ていた。
目を開け、微笑んだまま、何も語らず──ただ“眠っている”。
生ける屍。いや、“夢に囚われた人形”。
「皆さま、満たされたのです。もう、何も悩まず、苦しまず、傷つく必要もありません」
ローズの声は、ひどく優しかった。
だが──その“優しさ”こそが、残酷だった。
「──ずいぶんと冷たい癒しだな」
◆
その直後。
医術院から戻ったアリシアたちは、ギルド本部へと駆け込んでいた。
「ギルド長、緊急報告です!」
アリシアは息を切らしながら言う。
「“記憶障害”の原因は、《ローズ・セレナーデ》である可能性が極めて高い。
院内では“癒し症候群”と呼ばれていますが、実際には、魔術的干渉の疑いが濃厚です」
ギルド長も真顔で頷いた。
「……実は、我々の内部でも噂が立っている。“あの店に入った者が、出てこない”と──」
「っ!!」
リリアが即座に駆け出す。
「……待ってて、流星!!」
「ちょ、あんたまだ何も準備──!」
「うるさいッ!! あいつ、ああ見えて純情なんだよッ!!」
◆
──夢の館、再び。
流星はゆっくりと立ち上がった。
視界が揺れる。空気が甘い。
それでも、剣を抜いた。
シュイン、と空を裂く音。
その刃が、香の空気を断ち割った。
「……アンタの“癒し”は、俺の求めるもんじゃない」
ローズが首を傾げる。
「何故ですか? あなたは、幸せだったでしょう?」
「──現実でこそ、風俗には意味があるんだよッ!!」
その叫びに応えるように、ローズの瞳から光が失われる。
穏やかな表情が、無表情へと変化する。
まるで──仮面が剥がれたかのように。
「……やはり、あなたは“危険”な存在ですね」
その言葉と共に、部屋の壁が揺れる。
空間が歪む。
現実と幻の境界線が、崩れ始めていた。
──さあ、“夢魔”との決戦が始まる。
王都の中央医術院、重厚な石造りの回廊を抜けた最奥──
関係者以外立入禁止とされた封鎖病棟の一室。
白衣を纏った老医師は、机に並ぶ十数冊のカルテに目を走らせながら、静かに口を開いた。
「発症者はおおよそ三十代から五十代の男性。主に貴族、官吏、軍属、商家の主といった、経済的・社会的に余裕のある者たちだ」
アリシア・ルーンフィールドはその場に立ち、凛とした声で尋ねる。
「共通点は?」
「場所、時期……そして、いずれも“風俗街ユグノール通り”を訪れた直後に発症している」
「やっぱり……!」
アリシアは拳を握りしめた。
医術院の記録によれば、彼らは全員《ローズ・セレナーデ》という高級風俗店に通っていたという。
そして症状の共通点は、ただ一つ。
──「内容を覚えていない」──
何があったか、誰と過ごしたか、店の内部の記憶はすべて曖昧。
けれど、口を揃えて「幸せだった」「また行きたい」と言い続ける。
その目は──まるで、夢から覚めぬまま。
◆
隔離病室の一角。
カーテンの向こうには、点滴を受けながらベッドに横たわる男たちが並んでいた。
皆、目を開いている。瞬きもする。呼吸もある。
だが、誰一人として、こちらを見てはいない。
「……笑ってるのに、泣いてるように見える」
アリシアは呟いた。
口元に微笑を浮かべたまま、涙だけが頬を伝っていた男を見て。
魂が……どこかへ連れ去られたかのようだった。
「“記憶の剥離”……まさか、魔術的な干渉が?」
「可能性はある。だが魔力反応は微弱で、追跡も検出も困難だ。
まるで、“夢を見ていた”としか言いようのない状態で、目覚めても現実と区別がつかない」
老医師は、肩を落としながら続けた。
「我々はこの症状を“原因不明の癒し症候群”と仮称している。
そして……治療法は、まだ見つかっていない」
アリシアの背筋に、冷たい汗が流れた。
◆
一方その頃──
《ローズ・セレナーデ》、夢のような装飾に包まれた個室のベッドの上。
常盤流星は、ふと、目を開けた。
濃密な香水とバラのアロマに満ちた空気。
夢の中にいるような感覚がまだ残っている。
「……ふぅ。最高だった」
彼は枕に顔を埋めた。
目の前にあったのは、非の打ちどころのない“理想の接客嬢”。
肌も声も仕草も、完璧に“男の理想”を再現していた。
──だが。
「……いや、待てよ」
流星は、身体を起こして天井を見上げる。
「幸せだ、満たされた。心も体も……だけど……」
「……なんか、俺じゃねぇな」
違和感。それは小さな石ころのように、心の靴の中で引っかかっていた。
彼は、心の中で言葉を探しながら、ぽつりと呟く。
「風俗ってのは、癒しってのは……リアルだからこそ意味があるんだよ」
「作られた夢じゃ、俺の煩悩が……泣くんだ」
◆
──ギィ、と扉が開く音。
「ご満足いただけましたか、常盤流星さま」
現れたのは、深紅のドレスを纏った《ローズ》。
完璧な姿勢。柔らかい声。微笑みの奥に、気配一つ揺るがない優雅さ。
だが──
流星の目は、もう騙されなかった。
「なあ……アンタ、何者なんだ?」
ローズは微笑みを崩さない。
「わたくしは、癒しを提供する者です。疲れた心を、傷ついた魂を、優しく包み込む者──ただ、それだけ」
「嘘だ。あんたの“癒し”で、何人が廃人になった?」
ローズの微笑みが、わずかに歪んだ。
その肩越しに見えた別室──
男たちが、並んで寝ていた。
目を開け、微笑んだまま、何も語らず──ただ“眠っている”。
生ける屍。いや、“夢に囚われた人形”。
「皆さま、満たされたのです。もう、何も悩まず、苦しまず、傷つく必要もありません」
ローズの声は、ひどく優しかった。
だが──その“優しさ”こそが、残酷だった。
「──ずいぶんと冷たい癒しだな」
◆
その直後。
医術院から戻ったアリシアたちは、ギルド本部へと駆け込んでいた。
「ギルド長、緊急報告です!」
アリシアは息を切らしながら言う。
「“記憶障害”の原因は、《ローズ・セレナーデ》である可能性が極めて高い。
院内では“癒し症候群”と呼ばれていますが、実際には、魔術的干渉の疑いが濃厚です」
ギルド長も真顔で頷いた。
「……実は、我々の内部でも噂が立っている。“あの店に入った者が、出てこない”と──」
「っ!!」
リリアが即座に駆け出す。
「……待ってて、流星!!」
「ちょ、あんたまだ何も準備──!」
「うるさいッ!! あいつ、ああ見えて純情なんだよッ!!」
◆
──夢の館、再び。
流星はゆっくりと立ち上がった。
視界が揺れる。空気が甘い。
それでも、剣を抜いた。
シュイン、と空を裂く音。
その刃が、香の空気を断ち割った。
「……アンタの“癒し”は、俺の求めるもんじゃない」
ローズが首を傾げる。
「何故ですか? あなたは、幸せだったでしょう?」
「──現実でこそ、風俗には意味があるんだよッ!!」
その叫びに応えるように、ローズの瞳から光が失われる。
穏やかな表情が、無表情へと変化する。
まるで──仮面が剥がれたかのように。
「……やはり、あなたは“危険”な存在ですね」
その言葉と共に、部屋の壁が揺れる。
空間が歪む。
現実と幻の境界線が、崩れ始めていた。
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