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『言葉を持たぬ国と、性別未確定の誘惑』編
第100話『告白は香りで──文無し恋愛の文化衝突』
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王都の朝は、音がない。
市場のざわめきも、職人たちの掛け声もない。代わりに満ちるのは、調和のとれた香の気配と、ひらりと舞う絹の袖が描く静かなリズムだった。
「なあ、誰か頼むから説明してくれ……俺は、昨日“告白”されたのか……?」
流星は頭を抱えていた。正確には、香りを嗅いで混乱していた。仮面舞踏会で踊った“あの人物”から贈られた香付きの布――わずかにバニラと白檀が混じったその匂いは、意味不明でありながら妙に心に残る。
「香りには意味があるはずなんだよな……なあアリシア。お前、分かんないのか?」
「……それは“私の香りではない”わね。あなた、思いっきり惚れてる顔してたけど?」
「違う! 惚れたとかじゃなくて、相手が男か女かすらわかってないんだよ!? あんな、仮面のまま手を取られて……で、次に布渡されて……“香り”って……」
アリシアは呆れたように微笑んだ。
「この国では“香りの文通”が告白の基本なのよ。言葉がない代わりに、感情を調合して香りにする。たとえば……」
彼女は自らの香袋から、数滴の香液を出した。
「たとえばこの香り。“優しさと尊敬”の意。あなたに送るなら、意味はこうよ。『私はあなたの在り方に敬意を抱いています』って」
「……へえ、意外とロマンチックな……」
「でもこれ、“恋”じゃない。違う香りじゃなきゃ、意味は変わるの」
「……あー、ややこしい!」
リリアがそこへ割って入る。
「で、その香りってやつは、男? 女? どっちから来たの?」
「わかるわけないだろ! あっちは仮面だし無言だし、声も姿もあやふやだし、なんかほのかに光ってたし!」
「光ってた?」
「……いや、たぶん精神がもってかれただけだと思う」
リリアは顔をしかめ、香りの布を奪って鼻を近づけた。
「これは……結構、深い。“誘惑”の香りがベース。でもその奥に、少しだけ……“自己否定”がある。抑えた情熱。もしくは、届かない想い」
「……なんでそんなに分析できるの?」
「私、リリアだよ?」
それは理由になっていなかった。
──そして、その日の午後。
流星たちは、言葉を持たぬ国の“愛の儀礼”について公式に招待されることになった。
「“香りを交わすことで、相手の心に触れる”……それがこの国の恋愛儀式です」
そう説明したのは、現地で“案内人”を務める若者だった。中性的な顔立ちで、どこか妖精のような存在感を持つ彼(彼女?)は、性別を名乗らず、ただ“ナミ”と名乗った。
「儀礼では、香りは“心の言葉”として相手に渡されます。あなたが返す香り次第で、ふたりの距離が決まるのです」
「つまり、何を混ぜればいいのかわかんないと……“フラれる”こともあるってことか?」
「はい。香りを読み間違えることは、“人格否定”にもなり得ます」
「……詰んだ」
◆
夜。
流星は小瓶を持ってひとり、屋敷の中庭に佇んでいた。
瓶の中には、アリシアとミレーユが“仮の恋慕”として調合した香りが入っている。“尊敬”と“好意”、そして“歩み寄り”の要素を含んだものだ。
だが──
「これで……伝わるのか?」
踊った相手の性別は不明。文化も価値観も違う。自分の気持ちも、相手の気持ちも、どこか霞んでいる。
「俺は……惚れたのか? いや、違う。あれは……“知らないものへの好奇心”だったんじゃ……?」
そのとき、夜風に乗って、甘い香りが流れてきた。
──白檀に、かすかなラベンダー。
あの時の香り。あの舞踏の夜と、まったく同じ。
流星は顔を上げる。
仮面をつけた人物が、夜の闇に現れた。
「……あなたは……」
無言。
ただ、差し出されたのは、一枚の絹布。その中に含まれるのは──“自己開示”と“恋慕”、そして“迷い”。
「……わかんねぇよ」
それでも、流星はその布をそっと胸に当てた。
「でも、悪くないな……言葉がなくても、ちゃんと伝えようとしてるのが……」
その瞬間、流星は気づいた。
これは、恋かもしれない。
言葉のない国。性別の定まらない相手。見えない想い。
だが──確かに、伝わるものはあった。
だからこそ、返そうと思った。
香りという、たったひとつの“言葉”で。
市場のざわめきも、職人たちの掛け声もない。代わりに満ちるのは、調和のとれた香の気配と、ひらりと舞う絹の袖が描く静かなリズムだった。
「なあ、誰か頼むから説明してくれ……俺は、昨日“告白”されたのか……?」
流星は頭を抱えていた。正確には、香りを嗅いで混乱していた。仮面舞踏会で踊った“あの人物”から贈られた香付きの布――わずかにバニラと白檀が混じったその匂いは、意味不明でありながら妙に心に残る。
「香りには意味があるはずなんだよな……なあアリシア。お前、分かんないのか?」
「……それは“私の香りではない”わね。あなた、思いっきり惚れてる顔してたけど?」
「違う! 惚れたとかじゃなくて、相手が男か女かすらわかってないんだよ!? あんな、仮面のまま手を取られて……で、次に布渡されて……“香り”って……」
アリシアは呆れたように微笑んだ。
「この国では“香りの文通”が告白の基本なのよ。言葉がない代わりに、感情を調合して香りにする。たとえば……」
彼女は自らの香袋から、数滴の香液を出した。
「たとえばこの香り。“優しさと尊敬”の意。あなたに送るなら、意味はこうよ。『私はあなたの在り方に敬意を抱いています』って」
「……へえ、意外とロマンチックな……」
「でもこれ、“恋”じゃない。違う香りじゃなきゃ、意味は変わるの」
「……あー、ややこしい!」
リリアがそこへ割って入る。
「で、その香りってやつは、男? 女? どっちから来たの?」
「わかるわけないだろ! あっちは仮面だし無言だし、声も姿もあやふやだし、なんかほのかに光ってたし!」
「光ってた?」
「……いや、たぶん精神がもってかれただけだと思う」
リリアは顔をしかめ、香りの布を奪って鼻を近づけた。
「これは……結構、深い。“誘惑”の香りがベース。でもその奥に、少しだけ……“自己否定”がある。抑えた情熱。もしくは、届かない想い」
「……なんでそんなに分析できるの?」
「私、リリアだよ?」
それは理由になっていなかった。
──そして、その日の午後。
流星たちは、言葉を持たぬ国の“愛の儀礼”について公式に招待されることになった。
「“香りを交わすことで、相手の心に触れる”……それがこの国の恋愛儀式です」
そう説明したのは、現地で“案内人”を務める若者だった。中性的な顔立ちで、どこか妖精のような存在感を持つ彼(彼女?)は、性別を名乗らず、ただ“ナミ”と名乗った。
「儀礼では、香りは“心の言葉”として相手に渡されます。あなたが返す香り次第で、ふたりの距離が決まるのです」
「つまり、何を混ぜればいいのかわかんないと……“フラれる”こともあるってことか?」
「はい。香りを読み間違えることは、“人格否定”にもなり得ます」
「……詰んだ」
◆
夜。
流星は小瓶を持ってひとり、屋敷の中庭に佇んでいた。
瓶の中には、アリシアとミレーユが“仮の恋慕”として調合した香りが入っている。“尊敬”と“好意”、そして“歩み寄り”の要素を含んだものだ。
だが──
「これで……伝わるのか?」
踊った相手の性別は不明。文化も価値観も違う。自分の気持ちも、相手の気持ちも、どこか霞んでいる。
「俺は……惚れたのか? いや、違う。あれは……“知らないものへの好奇心”だったんじゃ……?」
そのとき、夜風に乗って、甘い香りが流れてきた。
──白檀に、かすかなラベンダー。
あの時の香り。あの舞踏の夜と、まったく同じ。
流星は顔を上げる。
仮面をつけた人物が、夜の闇に現れた。
「……あなたは……」
無言。
ただ、差し出されたのは、一枚の絹布。その中に含まれるのは──“自己開示”と“恋慕”、そして“迷い”。
「……わかんねぇよ」
それでも、流星はその布をそっと胸に当てた。
「でも、悪くないな……言葉がなくても、ちゃんと伝えようとしてるのが……」
その瞬間、流星は気づいた。
これは、恋かもしれない。
言葉のない国。性別の定まらない相手。見えない想い。
だが──確かに、伝わるものはあった。
だからこそ、返そうと思った。
香りという、たったひとつの“言葉”で。
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