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《風俗を巡る星の海──北の精霊郷と、封じられた記憶編》
第122話『女王巫女アリューシア──“禁忌”とされた快楽の記録』
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霧に煙る精霊郷セレイナ。その中心にある《霊雪神殿》は、雪原のなかに白銀の刃のようにそびえていた。
純白の石で造られた塔は冷たく、どこか“感情”そのものを拒絶するような無機質さを漂わせていた。
その内部、《雪記の間》──精霊巫女たちのなかでも、最も格式高い地位にある存在との謁見が行われようとしていた。
「ようこそ、煩悩の勇者よ。そして香術を学びし者たち──お前たちの記憶に、雪の裁きを」
静かに現れたその女は、まるで雪女のような白銀の髪と淡い肌を持ち、氷のような瞳でこちらを見据えていた。
その名は、アリューシア=セレイナ。セレイナ神殿において“記憶と快楽の封印”を司る現代の女王巫女である。
「私が聞いた話と、少し印象が違うな……」
流星は、彼女の“神秘性”を思わず目で追いながら、正面から切り込んだ。
「“癒しの館”が消されたことについて、説明をいただきたい。俺たちはギルドの調査依頼で来てる。正規の要請だ」
「……癒し? ああ、あの“記憶の歪み”のことですね」
アリューシアの声は、どこか冷えきっていた。
「セレイナにおいて、“快楽”とは排除されるべき毒です。それが記憶に残れば、人はそこに“執着”します。執着は霊流を乱し、精霊との調和を壊す。ならば、忘れさせるのが正義です」
「正義ってのは……一方的に押しつけるもんじゃないだろ」
リリアが言った。彼女は剣士として多くの戦場を見てきたが、こういう“言葉による支配”にはいつも憤りを覚える。
「快楽は人間の一部だ。記憶ごと消すなんて、そんなのは……癒しじゃない」
「……癒しとは、忘れること。思い出すのは、“穢れ”」
その瞬間、アリューシアの周囲に結界が走った。
空気が張り詰め、凍てつくような冷気がその場を包む。
「我々には、《雪記の祭壇》がある。記憶と感情の最終保管庫。そこに触れた者の記憶は、“真実”と照合され、歪みがあれば──削除される」
「……つまり、気に入らねぇ記憶は“なかったこと”にされるわけか?」
ヴァネッサが不快そうに大剣の柄を握った。
「もし誰かが、大切な人と交わした言葉を、想いを、快楽を……すべて“歪み”だと判定されたら? そんなの、あんまりじゃない」
「ですがそれこそが、精霊との調和なのです」
「“調和”って言葉、便利だな……」
流星は一歩、アリューシアへと近づいた。
「俺は……この世界で、いろんな“癒し”を見てきた。汗だくで働いた冒険者の疲れを取る、手揉みだけの店。身体に傷を持った女性が、自分を肯定するために働いてる館。どれも、誰かの“生きる支え”になってた」
「それは、歪みです」
「いや、それは希望だ。」
アリューシアの瞳が揺れた。
「思い出すことでしか、前に進めない人間だっている。快楽も、記憶も、悲しみも……全部抱えて生きる奴が、ここにいる」
流星は、アリシアを見やった。彼女も静かに頷いた。
「……私も、あなたと同じ意見です」
巫女は一瞬、目を細めた。
「ならば──見せましょう。《祭壇》に。あなたたちが信じる“快楽の記憶”が、どれほど“穢れている”か」
*
雪の聖域の最奥にある《雪記の祭壇》。
そこは、氷晶でできた巨大なドームの中心に据えられた、半透明の石碑で構成されていた。
その石に触れた者は、己の“最も濃い快楽の記憶”を呼び出されると同時に、それが“精霊にとって穢れかどうか”を判定されるという。
「ここに触れることで、お前たちの“記憶”はすべて露になる。恥を知るがよい」
「……いいぜ。俺は逃げねぇ」
流星が手を伸ばした瞬間──
脳裏に溢れ出したのは、香る記憶たちだった。
──ミレーユの髪を撫でた指先に伝わる温度
──リリアが剣の稽古後に見せた、汗と微笑みの入り混じった表情
──アリシアが、初めて「一緒に寝てもいい」と震えながら口にした夜
──ヴァネッサが「ねえ、もっと抱きしめて」と囁いた熱
どれも、胸を焦がすように、確かに“快楽”だった。
けれどそれ以上に──“愛”だった。
祭壇がわずかに共鳴した。
その瞬間、神殿中に響く警鐘。
「精霊の反応値が……異常!? これは……祝福?」
「バカな! 快楽に……祝福が?」
アリューシアの顔色が変わる。
「あなた……なぜ、“記憶の快楽”に精霊が応えたのです?」
「さあな。俺の煩悩が特別だから、かもな?」
ニヤリと笑う流星の背後で、仲間たちが静かに立っていた。
「でもこれで分かったろ。快楽=罪って考え方は、一面でしかない。思い出すことで、もう一度誰かを想えるなら──それは、祈りだ」
沈黙が落ちる。
その後、アリューシアはポツリと呟いた。
「……私の、祭壇記録にも……ひとつだけ、“消せなかった快楽”があった」
彼女の瞳に、かすかな熱が宿る。
「……私が、まだ“巫女になる前”──雪の小屋で、旅の剣士と交わした……ひととき。……それを、封印しても、消せなかった」
「だったら、もう一度思い出せばいい」
「……あなたのような者に言われるなんて……」
アリューシアは小さく笑い、雪のなかへ視線を向けた。
「セレイナは変わるべきかもしれませんね。記憶を、快楽を、すべてを否定するのではなく……共に抱く道を」
吹雪の止んだ神殿で、雪精霊の小さなさざめきが聞こえた。
氷の祭壇の上に、ひとひらの涙が、音もなく落ちた。
純白の石で造られた塔は冷たく、どこか“感情”そのものを拒絶するような無機質さを漂わせていた。
その内部、《雪記の間》──精霊巫女たちのなかでも、最も格式高い地位にある存在との謁見が行われようとしていた。
「ようこそ、煩悩の勇者よ。そして香術を学びし者たち──お前たちの記憶に、雪の裁きを」
静かに現れたその女は、まるで雪女のような白銀の髪と淡い肌を持ち、氷のような瞳でこちらを見据えていた。
その名は、アリューシア=セレイナ。セレイナ神殿において“記憶と快楽の封印”を司る現代の女王巫女である。
「私が聞いた話と、少し印象が違うな……」
流星は、彼女の“神秘性”を思わず目で追いながら、正面から切り込んだ。
「“癒しの館”が消されたことについて、説明をいただきたい。俺たちはギルドの調査依頼で来てる。正規の要請だ」
「……癒し? ああ、あの“記憶の歪み”のことですね」
アリューシアの声は、どこか冷えきっていた。
「セレイナにおいて、“快楽”とは排除されるべき毒です。それが記憶に残れば、人はそこに“執着”します。執着は霊流を乱し、精霊との調和を壊す。ならば、忘れさせるのが正義です」
「正義ってのは……一方的に押しつけるもんじゃないだろ」
リリアが言った。彼女は剣士として多くの戦場を見てきたが、こういう“言葉による支配”にはいつも憤りを覚える。
「快楽は人間の一部だ。記憶ごと消すなんて、そんなのは……癒しじゃない」
「……癒しとは、忘れること。思い出すのは、“穢れ”」
その瞬間、アリューシアの周囲に結界が走った。
空気が張り詰め、凍てつくような冷気がその場を包む。
「我々には、《雪記の祭壇》がある。記憶と感情の最終保管庫。そこに触れた者の記憶は、“真実”と照合され、歪みがあれば──削除される」
「……つまり、気に入らねぇ記憶は“なかったこと”にされるわけか?」
ヴァネッサが不快そうに大剣の柄を握った。
「もし誰かが、大切な人と交わした言葉を、想いを、快楽を……すべて“歪み”だと判定されたら? そんなの、あんまりじゃない」
「ですがそれこそが、精霊との調和なのです」
「“調和”って言葉、便利だな……」
流星は一歩、アリューシアへと近づいた。
「俺は……この世界で、いろんな“癒し”を見てきた。汗だくで働いた冒険者の疲れを取る、手揉みだけの店。身体に傷を持った女性が、自分を肯定するために働いてる館。どれも、誰かの“生きる支え”になってた」
「それは、歪みです」
「いや、それは希望だ。」
アリューシアの瞳が揺れた。
「思い出すことでしか、前に進めない人間だっている。快楽も、記憶も、悲しみも……全部抱えて生きる奴が、ここにいる」
流星は、アリシアを見やった。彼女も静かに頷いた。
「……私も、あなたと同じ意見です」
巫女は一瞬、目を細めた。
「ならば──見せましょう。《祭壇》に。あなたたちが信じる“快楽の記憶”が、どれほど“穢れている”か」
*
雪の聖域の最奥にある《雪記の祭壇》。
そこは、氷晶でできた巨大なドームの中心に据えられた、半透明の石碑で構成されていた。
その石に触れた者は、己の“最も濃い快楽の記憶”を呼び出されると同時に、それが“精霊にとって穢れかどうか”を判定されるという。
「ここに触れることで、お前たちの“記憶”はすべて露になる。恥を知るがよい」
「……いいぜ。俺は逃げねぇ」
流星が手を伸ばした瞬間──
脳裏に溢れ出したのは、香る記憶たちだった。
──ミレーユの髪を撫でた指先に伝わる温度
──リリアが剣の稽古後に見せた、汗と微笑みの入り混じった表情
──アリシアが、初めて「一緒に寝てもいい」と震えながら口にした夜
──ヴァネッサが「ねえ、もっと抱きしめて」と囁いた熱
どれも、胸を焦がすように、確かに“快楽”だった。
けれどそれ以上に──“愛”だった。
祭壇がわずかに共鳴した。
その瞬間、神殿中に響く警鐘。
「精霊の反応値が……異常!? これは……祝福?」
「バカな! 快楽に……祝福が?」
アリューシアの顔色が変わる。
「あなた……なぜ、“記憶の快楽”に精霊が応えたのです?」
「さあな。俺の煩悩が特別だから、かもな?」
ニヤリと笑う流星の背後で、仲間たちが静かに立っていた。
「でもこれで分かったろ。快楽=罪って考え方は、一面でしかない。思い出すことで、もう一度誰かを想えるなら──それは、祈りだ」
沈黙が落ちる。
その後、アリューシアはポツリと呟いた。
「……私の、祭壇記録にも……ひとつだけ、“消せなかった快楽”があった」
彼女の瞳に、かすかな熱が宿る。
「……私が、まだ“巫女になる前”──雪の小屋で、旅の剣士と交わした……ひととき。……それを、封印しても、消せなかった」
「だったら、もう一度思い出せばいい」
「……あなたのような者に言われるなんて……」
アリューシアは小さく笑い、雪のなかへ視線を向けた。
「セレイナは変わるべきかもしれませんね。記憶を、快楽を、すべてを否定するのではなく……共に抱く道を」
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