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《風俗を巡る星の海──北の精霊郷と、封じられた記憶編》
第123話『禁断の香、水に溶ける』
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雪原に浮かぶようにして建つ精霊郷セレイナ。そこに吹く風は静かに、しかし確かに、村の内奥へと香を運んでいた。
「……何か、おかしい」
ミレーユが呟いたのは、村の南端、古井戸のそばに立ったときだった。
「この空気……わずかに“熱”を帯びてる。香の粒子が、外気と逆流してるのよ」
アリシアが魔力検出術式を起動し、井戸の縁にそっと触れる。
「……反応あり。“精霊適応性”が異常に高い香。しかも──幻覚系。」
「井戸水に……香が混入されてる?」
「そう。しかもこの成分……“香炉式”じゃない。“水溶式”。完全に、人体経口摂取を前提にしてる」
「つまり、飲み水に混ぜてるってことか」
リリアの表情が険しくなる。
「そんなことを……誰が、何のために……?」
「……この香、私、知ってる」
ミレーユが、震える声で口を開いた。
「これは、“封じられた風俗術”に使われていた香よ」
*
かつて、セレイナには“癒しの記録”としての風俗術が存在していた。
施術者は香を用いて客の記憶を浮かび上がらせ、それを身体的快楽と合わせて“封印”する。
記録された感覚は、香炉によって再生され、まるで夢の中のように“繰り返し、追体験”が可能だった。
──だが、過剰な依存と、政治的な弾圧により、その術は禁じられた。
香術院でも、“永久封印香”として記録され、正規の調香は禁止されているはずだった。
「なぜ、それが村の井戸に……?」
「誰かが……意図的に復元して、撒いた。これは……“浸透操作型風俗術”」
アリシアが思わず口元を覆った。
「つまり、誰かが──村全体に、“強制的に癒しを体験させようとしている”? そんなの……洗脳と同じじゃない!」
「いや、それだけじゃない」
流星が、小さく首を振る。
「この香、使い方によっては“恐怖”や“苦痛”にも変化する。感覚の記録を“快楽”と結びつけるか、“トラウマ”と結びつけるか──調合の匙加減ひとつなんだ」
「……つまり」
「この香は、“快楽”を見せてるとは限らない。“記憶を改ざんし、別の感情に上書きする”香だ」
村の住民たちは、知らぬ間にこの香を摂取していた。
そしていま、そこには不気味な兆候が現れていた。
*
その晩、村の祭りが開催されるという話が、調査班の耳に届いた。
「急に“祭り”なんておかしいですよね……この寒さの中で……」
小声で話すのは、セレイナの現地案内役である若い女性──セルミナ。元神殿所属の巫女であり、いまは香術の知識を持って、村の医術を支えていた。
「でも、村の人たち……まるで“誰かに呼ばれてる”みたいに、広場に集まり出してるんです」
「それって……香の作用?」
「わかりません。ただ、みんな目がうつろで、笑ってるのに泣いてるみたいな顔で……怖いです」
*
一行が夜の広場へ向かうと、そこには不自然な光景が広がっていた。
笑い声、踊り、そして──微かに香る甘い空気。
だが、それは快楽とは異なる、奇妙な不快感を伴っていた。
「……これは、“強制再生香”」
ミレーユが言った。
「各人の“記憶のなかにある快楽”を、自動的に再生してる……でも、それは操作されてる。“共通の夢”を見せられてるみたいに……全員の記憶が、一本の幻覚に統合されてるの」
「誰が……こんな術を?」
流星が周囲に目を凝らすと、広場の中心、舞台の上に──仮面をつけた人物が立っていた。
「皆様……ようこそ、“過去の幸福”へ──」
女とも男ともつかぬ声。
仮面は白金で、笑みを湛えた“古代巫女の面”。
「忘れてはならない記憶を、今宵、皆様にお届けします」
──その瞬間、全員の視界が、白に染まった。
*
流星は、自分の記憶の中にいた。
目の前には、優しく微笑む女性。
あれは……かつて風俗館で一度だけ出会った、耳の不自由な少女だった。
──触れるだけで癒された。
──でも、名前すら聞けなかった。
「……これって、夢か……?」
彼女は、流星の手をそっと握った。
「癒してあげるよ。全部、忘れて。気持ちよくなって、消えちゃおう?」
「ちがう」
流星は拳を握った。
「これは俺の記憶。でも、こんな風に“他人の手”で再生されるものじゃない!」
ドン、と地面を踏みしめた瞬間、世界が砕けた。
視界が戻ると、仮面の人物が驚いたように立っていた。
「……夢から……目覚めた?」
「俺の記憶は、俺のもんだ」
流星が剣を抜く。
「風俗ってのはな、“他人に強要されるもんじゃねえ!”」
「フフ……やはり、“煩悩の勇者”……貴方こそ、我らが“記録者”にふさわしい」
仮面の下から、女の笑みが覗いた。
「では……次は、“真の快楽”を見せてあげる」
そう言って、彼女は霧の中へと姿を消した。
*
祭りは突然の停電のように終わり、村人たちは全員気を失ったように眠りに落ちた。
「……一時的に香の影響から離脱してるわ。でも、香源は……まだ残ってる」
アリシアが調査報告を纏めながら呟いた。
「香炉じゃない。これ、地下水脈よ」
「地下から香を流してるってことか……?」
「ええ、しかも──“地層式の香炉”がある。地下に“封印されし香術炉”があるはず」
「地下に?」
ミレーユが息を呑んだ。
「まさか……《快楽神の祭壇》……!」
*
次なる調査対象は、精霊郷セレイナの“地下”にあるとされる、“神に忘れられし香炉”。
そこに、風俗術の原点とも言える“快楽記録炉”が眠っているという──
そしてそこには、仮面の者が操る“記録と支配の真相”があるはずだった。
「……何か、おかしい」
ミレーユが呟いたのは、村の南端、古井戸のそばに立ったときだった。
「この空気……わずかに“熱”を帯びてる。香の粒子が、外気と逆流してるのよ」
アリシアが魔力検出術式を起動し、井戸の縁にそっと触れる。
「……反応あり。“精霊適応性”が異常に高い香。しかも──幻覚系。」
「井戸水に……香が混入されてる?」
「そう。しかもこの成分……“香炉式”じゃない。“水溶式”。完全に、人体経口摂取を前提にしてる」
「つまり、飲み水に混ぜてるってことか」
リリアの表情が険しくなる。
「そんなことを……誰が、何のために……?」
「……この香、私、知ってる」
ミレーユが、震える声で口を開いた。
「これは、“封じられた風俗術”に使われていた香よ」
*
かつて、セレイナには“癒しの記録”としての風俗術が存在していた。
施術者は香を用いて客の記憶を浮かび上がらせ、それを身体的快楽と合わせて“封印”する。
記録された感覚は、香炉によって再生され、まるで夢の中のように“繰り返し、追体験”が可能だった。
──だが、過剰な依存と、政治的な弾圧により、その術は禁じられた。
香術院でも、“永久封印香”として記録され、正規の調香は禁止されているはずだった。
「なぜ、それが村の井戸に……?」
「誰かが……意図的に復元して、撒いた。これは……“浸透操作型風俗術”」
アリシアが思わず口元を覆った。
「つまり、誰かが──村全体に、“強制的に癒しを体験させようとしている”? そんなの……洗脳と同じじゃない!」
「いや、それだけじゃない」
流星が、小さく首を振る。
「この香、使い方によっては“恐怖”や“苦痛”にも変化する。感覚の記録を“快楽”と結びつけるか、“トラウマ”と結びつけるか──調合の匙加減ひとつなんだ」
「……つまり」
「この香は、“快楽”を見せてるとは限らない。“記憶を改ざんし、別の感情に上書きする”香だ」
村の住民たちは、知らぬ間にこの香を摂取していた。
そしていま、そこには不気味な兆候が現れていた。
*
その晩、村の祭りが開催されるという話が、調査班の耳に届いた。
「急に“祭り”なんておかしいですよね……この寒さの中で……」
小声で話すのは、セレイナの現地案内役である若い女性──セルミナ。元神殿所属の巫女であり、いまは香術の知識を持って、村の医術を支えていた。
「でも、村の人たち……まるで“誰かに呼ばれてる”みたいに、広場に集まり出してるんです」
「それって……香の作用?」
「わかりません。ただ、みんな目がうつろで、笑ってるのに泣いてるみたいな顔で……怖いです」
*
一行が夜の広場へ向かうと、そこには不自然な光景が広がっていた。
笑い声、踊り、そして──微かに香る甘い空気。
だが、それは快楽とは異なる、奇妙な不快感を伴っていた。
「……これは、“強制再生香”」
ミレーユが言った。
「各人の“記憶のなかにある快楽”を、自動的に再生してる……でも、それは操作されてる。“共通の夢”を見せられてるみたいに……全員の記憶が、一本の幻覚に統合されてるの」
「誰が……こんな術を?」
流星が周囲に目を凝らすと、広場の中心、舞台の上に──仮面をつけた人物が立っていた。
「皆様……ようこそ、“過去の幸福”へ──」
女とも男ともつかぬ声。
仮面は白金で、笑みを湛えた“古代巫女の面”。
「忘れてはならない記憶を、今宵、皆様にお届けします」
──その瞬間、全員の視界が、白に染まった。
*
流星は、自分の記憶の中にいた。
目の前には、優しく微笑む女性。
あれは……かつて風俗館で一度だけ出会った、耳の不自由な少女だった。
──触れるだけで癒された。
──でも、名前すら聞けなかった。
「……これって、夢か……?」
彼女は、流星の手をそっと握った。
「癒してあげるよ。全部、忘れて。気持ちよくなって、消えちゃおう?」
「ちがう」
流星は拳を握った。
「これは俺の記憶。でも、こんな風に“他人の手”で再生されるものじゃない!」
ドン、と地面を踏みしめた瞬間、世界が砕けた。
視界が戻ると、仮面の人物が驚いたように立っていた。
「……夢から……目覚めた?」
「俺の記憶は、俺のもんだ」
流星が剣を抜く。
「風俗ってのはな、“他人に強要されるもんじゃねえ!”」
「フフ……やはり、“煩悩の勇者”……貴方こそ、我らが“記録者”にふさわしい」
仮面の下から、女の笑みが覗いた。
「では……次は、“真の快楽”を見せてあげる」
そう言って、彼女は霧の中へと姿を消した。
*
祭りは突然の停電のように終わり、村人たちは全員気を失ったように眠りに落ちた。
「……一時的に香の影響から離脱してるわ。でも、香源は……まだ残ってる」
アリシアが調査報告を纏めながら呟いた。
「香炉じゃない。これ、地下水脈よ」
「地下から香を流してるってことか……?」
「ええ、しかも──“地層式の香炉”がある。地下に“封印されし香術炉”があるはず」
「地下に?」
ミレーユが息を呑んだ。
「まさか……《快楽神の祭壇》……!」
*
次なる調査対象は、精霊郷セレイナの“地下”にあるとされる、“神に忘れられし香炉”。
そこに、風俗術の原点とも言える“快楽記録炉”が眠っているという──
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