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《楽園の夢と、風俗の彼方へ》 ――「癒し」が罪とされた楽園に、風俗勇者が踏み込む時
第147話『欲望の泉、再び流れる』
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──深夜、空が黒曜のように澄んでいた。
都市《ルメア・ヴァスティア》の中心部。
その最奥に、天に向かってそびえる白柱があった。
《感情制御柱》
都市の心臓にして、根源。
五本の柱が都市全体の情動波を制御し、住民の感情を最小限に抑え込む、いわば“都市の理性装置”。
そのうちの一本が──
ついに、崩れた。
ガシャン、と何かが割れるような音が響いた直後、
広場の中央に立っていた制御柱の一角が、ゆっくりと倒壊し始める。
「第三区感情律反応域、制御不能! 波動が急上昇しています!」
「感情値が……暴走!? 巫女たちの表情が……!」
──都市は震えた。
*
同時刻。
神聖礼拝院・巫女区画。
白衣の少女たちが、静かに口元を押さえていた。
「っ……どうして、涙が出るんですか……?」
「痛いわけでも、苦しいわけでもないのに……目から……」
それは、何の刺激もない場所で起きた“集団感情回帰現象”だった。
数十人の巫女たちが、同時に“理由のない涙”を流し始める。
「身体が、あたたかくなって……でも、止まらなくて……」
その場に居合わせた医務官すら、涙をぬぐいながら混乱していた。
*
巫女団長――イリア=ルクレアは、
この“異常事態”の報告を受けて、ただ一人でその原因の元へと向かった。
目的地は、香祭器庫。
そこには、忌むべき記録を解き放ち、“制御の均衡”を揺るがした人物がいた。
「……貴様か。常盤流星」
彼女の声は冷たかった。
だがその瞳の奥には、明確な“揺らぎ”があった。
「都市を歪ませ、巫女たちを混乱に陥れた張本人……
それが貴様だと、私は報告を受けている」
「まあ、そうなるな」
流星はあっさりと頷いた。
「でもよ、そもそも“誰のせい”かって話なら、
“泣くことが異常”なこの都市の方が、おかしくねぇか?」
イリアの眉が、わずかに動いた。
「……泣くことは、制御不能の兆候。
感情は暴走を招く。だからこそ私たちは、清浄を保ってきた」
「感情ってのは、暴走の道具じゃねぇ」
流星は、香の残る手帳を見せる。
「誰かを助けたい、抱きしめたい、そばにいてほしい――
そう思えたからこそ、人は生きてこれた」
「それを“抑える”ことが、果たして清浄なのか?」
「……お前たちの癒しは、堕落じゃないのか?」
イリアが返す。
「香で惑わせ、肌で依存させ、情で縛る。
その先に何がある? 感情の氾濫か? 欲望の泥沼か?」
「違う」
流星は、目を逸らさずに言い切った。
「その先には、“選ばれた想い”がある」
「誰かを好きだって思うのは、
その人が“選びたかった気持ち”だからだ」
「俺は、ただ“選べる癒し”を返しに来ただけだよ」
沈黙。
香の残り香が、わずかに空気を揺らす。
「……私は、分からない」
イリアが静かに言った。
「救いを求めることと、欲望に堕ちることの境界が。
泣いて笑って、誰かを抱きしめることが、
本当に“生きること”なのか」
「なら、一緒に泣いてみればいい」
流星の声は優しかった。
「そしたら、“なぜ涙が出るのか”分かるかもしれない」
イリアは黙ったまま、その場を去っていった。
──だが、その背中は、
都市の中で初めて、“立ち止まった理性”に見えた。
*
その夜、都市の“感情制御柱”の破片に触れた巫女の一人が、日記にこう記した。
「私は、今日、名前を呼ばれて泣きました。
なぜ涙が出るのかは、まだ分かりません。
でも、誰かに手を握られて、それが嬉しかった。
それだけで、胸があたたかくなりました」
──欲望は、罪ではなかった。
それは、誰かと生きるための“泉”だった。
その泉が、都市を再び満たし始めている。
都市《ルメア・ヴァスティア》の中心部。
その最奥に、天に向かってそびえる白柱があった。
《感情制御柱》
都市の心臓にして、根源。
五本の柱が都市全体の情動波を制御し、住民の感情を最小限に抑え込む、いわば“都市の理性装置”。
そのうちの一本が──
ついに、崩れた。
ガシャン、と何かが割れるような音が響いた直後、
広場の中央に立っていた制御柱の一角が、ゆっくりと倒壊し始める。
「第三区感情律反応域、制御不能! 波動が急上昇しています!」
「感情値が……暴走!? 巫女たちの表情が……!」
──都市は震えた。
*
同時刻。
神聖礼拝院・巫女区画。
白衣の少女たちが、静かに口元を押さえていた。
「っ……どうして、涙が出るんですか……?」
「痛いわけでも、苦しいわけでもないのに……目から……」
それは、何の刺激もない場所で起きた“集団感情回帰現象”だった。
数十人の巫女たちが、同時に“理由のない涙”を流し始める。
「身体が、あたたかくなって……でも、止まらなくて……」
その場に居合わせた医務官すら、涙をぬぐいながら混乱していた。
*
巫女団長――イリア=ルクレアは、
この“異常事態”の報告を受けて、ただ一人でその原因の元へと向かった。
目的地は、香祭器庫。
そこには、忌むべき記録を解き放ち、“制御の均衡”を揺るがした人物がいた。
「……貴様か。常盤流星」
彼女の声は冷たかった。
だがその瞳の奥には、明確な“揺らぎ”があった。
「都市を歪ませ、巫女たちを混乱に陥れた張本人……
それが貴様だと、私は報告を受けている」
「まあ、そうなるな」
流星はあっさりと頷いた。
「でもよ、そもそも“誰のせい”かって話なら、
“泣くことが異常”なこの都市の方が、おかしくねぇか?」
イリアの眉が、わずかに動いた。
「……泣くことは、制御不能の兆候。
感情は暴走を招く。だからこそ私たちは、清浄を保ってきた」
「感情ってのは、暴走の道具じゃねぇ」
流星は、香の残る手帳を見せる。
「誰かを助けたい、抱きしめたい、そばにいてほしい――
そう思えたからこそ、人は生きてこれた」
「それを“抑える”ことが、果たして清浄なのか?」
「……お前たちの癒しは、堕落じゃないのか?」
イリアが返す。
「香で惑わせ、肌で依存させ、情で縛る。
その先に何がある? 感情の氾濫か? 欲望の泥沼か?」
「違う」
流星は、目を逸らさずに言い切った。
「その先には、“選ばれた想い”がある」
「誰かを好きだって思うのは、
その人が“選びたかった気持ち”だからだ」
「俺は、ただ“選べる癒し”を返しに来ただけだよ」
沈黙。
香の残り香が、わずかに空気を揺らす。
「……私は、分からない」
イリアが静かに言った。
「救いを求めることと、欲望に堕ちることの境界が。
泣いて笑って、誰かを抱きしめることが、
本当に“生きること”なのか」
「なら、一緒に泣いてみればいい」
流星の声は優しかった。
「そしたら、“なぜ涙が出るのか”分かるかもしれない」
イリアは黙ったまま、その場を去っていった。
──だが、その背中は、
都市の中で初めて、“立ち止まった理性”に見えた。
*
その夜、都市の“感情制御柱”の破片に触れた巫女の一人が、日記にこう記した。
「私は、今日、名前を呼ばれて泣きました。
なぜ涙が出るのかは、まだ分かりません。
でも、誰かに手を握られて、それが嬉しかった。
それだけで、胸があたたかくなりました」
──欲望は、罪ではなかった。
それは、誰かと生きるための“泉”だった。
その泉が、都市を再び満たし始めている。
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