177 / 228
《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?
第160話『洗われた街──癒しは忘却の中に』
しおりを挟む
──水の音が、施術室の奥から絶え間なく響いていた。
波の音ではない。
それは、湯と泡が流れ落ちる音。
そして、“感情が洗われていく音”だった。
*
「こちらが、本日ご案内する《清拭施術所・第一庵》です」
施術師リセが淡々と案内したその建物は、
まるで大理石で組まれた巨大な湯屋のようだった。
足を踏み入れるとすぐに香りが鼻を満たす。
通常の癒し香とは異なる、“浄化”を意識した薄荷と白檀の調合。
それに加えて、微かに香泡の“記憶抑制成分”が混じっていた。
「この都市では、すべての施術は“洗うこと”から始まります」
リセが告げる。
「身体だけでなく、感情、記憶、思考。
癒された“痕跡”すら、最終的には泡と共に洗い流されます」
「癒されたことを……忘れさせるってことか?」
流星が問うと、リセは微かにうなずいた。
「はい。
“癒された記憶”は、依存や執着、再発の原因になるとされております。
当都市の市民にとって、“記憶を持ち帰らない施術”こそが最上の癒しです」
「……それで、みんな納得してんのか?」
「納得というより、信じています。
“癒しは水と同じ。与えて、染み込ませ、消えていくもの”。
それが私たちの教えです」
*
実際に施術を受ける市民たちは、驚くほど静かだった。
湯舟へと誘導され、洗泡用の香油が肌に広げられ、
施術師が無言で背中を撫で、泡立て、包み込むように拭う。
まるで“赤子を洗うような丁寧さ”だった。
しかし、最後に必ず施されるのが――
香泡(こうほう)による記憶封鎖施術。
施術部屋の一角に設けられた香焚盤に、白く香り高い泡が盛られ、
それを湯気とともに吸い込むことで、施術中の感情が穏やかに薄れていく。
「……あー、気持ちよかった」
施術を終えた青年が言う。
「……でも、なんか、俺、さっき何されてたっけ?」
「あはは、それでいいのよ。
“何も覚えてないくらいスッキリした”って、ここじゃ誉め言葉なの」
ヒロインたちは、それを黙って見ていた。
*
施術庵を出たあと。
海に面した回廊にて、ヒロインズが一斉に口を開いた。
「……ねぇ、あれって……癒しって言えるの?」
リリアが眉をひそめる。
「気持ちよくなって、全部忘れて……
それって、意味あるのかな?
“ふれてもらったこと”を忘れて、何が残るの?」
ミレーユが低く呟く。
「……むしろ“残さないように設計された施術”よ。
感情を刺激しても、そのままでは“都市の治安に悪影響”って判断されてる」
「でも、それってさ」
アリシアが静かに言う。
「誰かが手を差し伸べてくれたことも、
自分が誰かに抱きしめられたことも、
……“無かったこと”にするってことでしょう?」
沈黙。
「私たち、今までいろんな施術を見てきたよね」
リリアが言う。
「気持ち悪いくらい密着してくるとこもあったし、
やたら耳元でささやいてくるとこもあったし、
“ととのうって何”って思うような風俗も、いっぱいあったけど」
「でも……」
「全部、“ふれられた記憶”は残ってたよ」
ミレーユが言葉を継ぐ。
「そう。“名前を呼んでもらえた”“笑ってくれた”“泣いてた”……
そういう、ふれられた痕跡が、“残ってた”からこそ、
みんな“また明日、生きてみよう”って思えてたのよ」
「忘れて癒すって……それって、癒しじゃなくて、ただの無かったことじゃないの?」
アリシアが静かに結ぶ。
「記録しない癒しなんて……
本当に“癒した”って言えるの?」
*
一行は再び庵へ戻る。
流星は、施術台の奥にある“記録封鎖室”の前で立ち止まった。
リセが待っていた。
「……おかえりなさい、常盤様」
「なぁ、ひとつだけ聞かせてくれ」
流星は、真正面から問いかけた。
「お前自身は……本当にそれでいいのか?
癒した手が、癒した事実ごと消えていくこと。
誰にも“ありがとう”って言われないまま、誰かの痛みを洗い流すこと──
本当に、それが癒しだと思ってるのか?」
リセの瞳が、ほんのわずか揺れた。
だが、彼女は一言だけ返した。
「……はい。
ここでは、それが“正しい癒し”です」
そして、彼女は背を向けた。
──まるで、自分の“答え”さえ、泡で洗い流すように。
波の音ではない。
それは、湯と泡が流れ落ちる音。
そして、“感情が洗われていく音”だった。
*
「こちらが、本日ご案内する《清拭施術所・第一庵》です」
施術師リセが淡々と案内したその建物は、
まるで大理石で組まれた巨大な湯屋のようだった。
足を踏み入れるとすぐに香りが鼻を満たす。
通常の癒し香とは異なる、“浄化”を意識した薄荷と白檀の調合。
それに加えて、微かに香泡の“記憶抑制成分”が混じっていた。
「この都市では、すべての施術は“洗うこと”から始まります」
リセが告げる。
「身体だけでなく、感情、記憶、思考。
癒された“痕跡”すら、最終的には泡と共に洗い流されます」
「癒されたことを……忘れさせるってことか?」
流星が問うと、リセは微かにうなずいた。
「はい。
“癒された記憶”は、依存や執着、再発の原因になるとされております。
当都市の市民にとって、“記憶を持ち帰らない施術”こそが最上の癒しです」
「……それで、みんな納得してんのか?」
「納得というより、信じています。
“癒しは水と同じ。与えて、染み込ませ、消えていくもの”。
それが私たちの教えです」
*
実際に施術を受ける市民たちは、驚くほど静かだった。
湯舟へと誘導され、洗泡用の香油が肌に広げられ、
施術師が無言で背中を撫で、泡立て、包み込むように拭う。
まるで“赤子を洗うような丁寧さ”だった。
しかし、最後に必ず施されるのが――
香泡(こうほう)による記憶封鎖施術。
施術部屋の一角に設けられた香焚盤に、白く香り高い泡が盛られ、
それを湯気とともに吸い込むことで、施術中の感情が穏やかに薄れていく。
「……あー、気持ちよかった」
施術を終えた青年が言う。
「……でも、なんか、俺、さっき何されてたっけ?」
「あはは、それでいいのよ。
“何も覚えてないくらいスッキリした”って、ここじゃ誉め言葉なの」
ヒロインたちは、それを黙って見ていた。
*
施術庵を出たあと。
海に面した回廊にて、ヒロインズが一斉に口を開いた。
「……ねぇ、あれって……癒しって言えるの?」
リリアが眉をひそめる。
「気持ちよくなって、全部忘れて……
それって、意味あるのかな?
“ふれてもらったこと”を忘れて、何が残るの?」
ミレーユが低く呟く。
「……むしろ“残さないように設計された施術”よ。
感情を刺激しても、そのままでは“都市の治安に悪影響”って判断されてる」
「でも、それってさ」
アリシアが静かに言う。
「誰かが手を差し伸べてくれたことも、
自分が誰かに抱きしめられたことも、
……“無かったこと”にするってことでしょう?」
沈黙。
「私たち、今までいろんな施術を見てきたよね」
リリアが言う。
「気持ち悪いくらい密着してくるとこもあったし、
やたら耳元でささやいてくるとこもあったし、
“ととのうって何”って思うような風俗も、いっぱいあったけど」
「でも……」
「全部、“ふれられた記憶”は残ってたよ」
ミレーユが言葉を継ぐ。
「そう。“名前を呼んでもらえた”“笑ってくれた”“泣いてた”……
そういう、ふれられた痕跡が、“残ってた”からこそ、
みんな“また明日、生きてみよう”って思えてたのよ」
「忘れて癒すって……それって、癒しじゃなくて、ただの無かったことじゃないの?」
アリシアが静かに結ぶ。
「記録しない癒しなんて……
本当に“癒した”って言えるの?」
*
一行は再び庵へ戻る。
流星は、施術台の奥にある“記録封鎖室”の前で立ち止まった。
リセが待っていた。
「……おかえりなさい、常盤様」
「なぁ、ひとつだけ聞かせてくれ」
流星は、真正面から問いかけた。
「お前自身は……本当にそれでいいのか?
癒した手が、癒した事実ごと消えていくこと。
誰にも“ありがとう”って言われないまま、誰かの痛みを洗い流すこと──
本当に、それが癒しだと思ってるのか?」
リセの瞳が、ほんのわずか揺れた。
だが、彼女は一言だけ返した。
「……はい。
ここでは、それが“正しい癒し”です」
そして、彼女は背を向けた。
──まるで、自分の“答え”さえ、泡で洗い流すように。
10
あなたにおすすめの小説
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
書道が『神級』に昇格!?女神の失敗で異世界転移して竜皇女と商売してたら勇者!聖女!魔王!「次々と現れるので対応してたら世界を救ってました」
銀塊 メウ
ファンタジー
書道が大好き(強制)なごくごく普通の
一般高校生真田蒼字、しかし実際は家の
関係で、幽霊や妖怪を倒す陰陽師的な仕事
を裏でしていた。ある日のこと学校を
出たら目の前は薄暗い檻の中なんじゃ
こりゃーと思っていると、女神(駄)が
現れ異世界に転移されていた。魔王を
倒してほしんですか?いえ違います。
失敗しちゃった。テヘ!ふざけんな!
さっさと元の世界に帰せ‼
これは運悪く異世界に飛ばされた青年が
仲間のリル、レイチェルと楽しくほのぼの
と商売をして暮らしているところで、
様々な事件に巻き込まれながらも、この
世界に来て手に入れたスキル『書道神級』
の力で無双し敵をバッタバッタと倒し
解決していく中で、魔王と勇者達の戦いに
巻き込まれ時にはカッコよく(モテる)、
時には面白く敵を倒して(笑える)いつの
間にか世界を救う話です。
異世界へ転生した俺が最強のコピペ野郎になる件
おおりく
ファンタジー
高校生の桜木 悠人は、不慮の事故で命を落とすが、神のミスにより異世界『テラ・ルクス』で第二の生を得る。彼に与えられたスキルは、他者の能力を模倣する『コピーキャット』。
最初は最弱だった悠人だが、光・闇・炎・氷の属性と、防御・知識・物理の能力を次々とコピーし、誰も成し得なかった多重複合スキルを使いこなす究極のチートへと進化する!
しかし、その異常な強さは、悠人を巡る三人の美少女たちの激しい争奪戦を引き起こすことになる。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる