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《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?
第161話『泡と乙女──“忘れるための施術師”リセ』
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──湯の音は、感情を沈めるように絶え間なく流れ続けていた。
ここは、施術所《第一庵》内でも、最奥にある特別室。
ただ“清める”ためだけに設計された、白と泡の無音空間。
そして今、そこにひとりの少女が立っていた。
泡の中で、誰の名前も知らず、誰にも自分の名を語らない施術師。
“忘れるための癒し”を標榜する、水の乙女――リセ=フェアレン。
彼女は、沈黙のまま施術を始めた。
*
「こちらへ、どうぞ」
彼女に案内された流星は、香水湯に肩まで浸かるよう促される。
無言。
微笑まない。
視線すら合わせない。
だが──
最初の一滴の泡が背中に触れたとき、流星は目を見開いた。
(……やわらけぇ……)
泡に含まれた香は、微かにバニラと乳香。
そして、施術に入ったリセの手は――驚くほど繊細だった。
力任せではない。
かといって形通りでもない。
掌を滑らせながら、
流星の肩から背中にかけて、“気持ちが乗っている”としか言いようのない圧が伝わってくる。
(……この施術、絶対、“忘れさせる”ためだけじゃねぇ……)
それが確信に変わったのは、リセが“手を止めかけた”ときだった。
右肩のあたり。
一瞬だけ、リセの指がわずかに震えた。
──ふれる。
けれど、ふれきらない。
その“迷い”が、流星の皮膚に伝わってくる。
(……手が、怖がってる)
そして、それでも一歩、指先を前へ進めた瞬間――
泡が、流星の肩にやさしく触れた。
“なかったことにされるはずの温度”が、確かにそこに宿っていた。
*
施術が終わり、湯から上がった流星に、
リセはいつも通り、無表情で一礼した。
「香泡室へ、どうぞ。
施術中の感情と記憶を、静かに洗い流してください」
だが──
流星はその場から動かなかった。
「このままで、いいよ」
「……?」
「このまま、洗い流さずに帰る。
“あんたの手が、どれだけ優しかったか”──俺の中に、残しておきたいからさ」
リセの瞳がわずかに揺れた。
「施術後の未処理は、当都市の規定により……」
「でも、さっきの手。
すげぇ、優しかった。
泡の動きにも、ためらいにも、“迷い”があった。
それって、癒す側が“癒したくない”と思ってたら、出ないもんだろ?」
「……っ」
リセの表情が、わずかに崩れかける。
だが彼女はすぐに視線をそらした。
「私は……忘れさせるために、生まれたんです。
忘れられたほうが、みんな楽なんです。
記憶があるから、依存が生まれて、また傷つく。
だから、何も残さないのが、最善なんです」
「そうかもしれない。
でもな」
流星は、にやりと笑った。
「俺は、癒されたことくらいは覚えていたいんだよ」
「“あの人の手、あったかかったな”って思い出すくらいなら、
誰に迷惑もかけねぇ。
ただ、ふれられたことを、俺の心が忘れたくないだけなんだ」
リセは、黙ったまま立ち尽くしていた。
だが、どこかで聞こえた。
──ぽちゃん。
泡の奥、香炉の縁に水滴が落ちた音。
それはきっと、リセの頬を伝った何かだった。
*
その夜。
施術所の裏手にある香泡庫。
リリアたちが集まり、各々に語り合っていた。
「どう思う?」
「……彼女の施術、完璧だった。
でも、完璧すぎて、寂しかった」
「うん。“触れられた”ってわかるのに、“そこに心が残らない”感じ。
それが、逆に苦しかった」
「でも流星……ちゃんと、あの子の手の優しさを言葉にしてくれた」
「だな」
流星は焚かれた香を見つめながら言った。
「泡は、きっと洗い流すもんだけど、
“流したくないもの”まで消しちまったら、
それってただの“無”だろ」
「ふれられたことってさ、
それだけで、生きてていいんだって思えるくらい──重たいもんなんだよな」
香泡が静かに揺れた。
そして、リセは誰もいない湯室で、
自分の手を静かに見つめながら、こう呟いた。
「……まだ、あたたかい」
ここは、施術所《第一庵》内でも、最奥にある特別室。
ただ“清める”ためだけに設計された、白と泡の無音空間。
そして今、そこにひとりの少女が立っていた。
泡の中で、誰の名前も知らず、誰にも自分の名を語らない施術師。
“忘れるための癒し”を標榜する、水の乙女――リセ=フェアレン。
彼女は、沈黙のまま施術を始めた。
*
「こちらへ、どうぞ」
彼女に案内された流星は、香水湯に肩まで浸かるよう促される。
無言。
微笑まない。
視線すら合わせない。
だが──
最初の一滴の泡が背中に触れたとき、流星は目を見開いた。
(……やわらけぇ……)
泡に含まれた香は、微かにバニラと乳香。
そして、施術に入ったリセの手は――驚くほど繊細だった。
力任せではない。
かといって形通りでもない。
掌を滑らせながら、
流星の肩から背中にかけて、“気持ちが乗っている”としか言いようのない圧が伝わってくる。
(……この施術、絶対、“忘れさせる”ためだけじゃねぇ……)
それが確信に変わったのは、リセが“手を止めかけた”ときだった。
右肩のあたり。
一瞬だけ、リセの指がわずかに震えた。
──ふれる。
けれど、ふれきらない。
その“迷い”が、流星の皮膚に伝わってくる。
(……手が、怖がってる)
そして、それでも一歩、指先を前へ進めた瞬間――
泡が、流星の肩にやさしく触れた。
“なかったことにされるはずの温度”が、確かにそこに宿っていた。
*
施術が終わり、湯から上がった流星に、
リセはいつも通り、無表情で一礼した。
「香泡室へ、どうぞ。
施術中の感情と記憶を、静かに洗い流してください」
だが──
流星はその場から動かなかった。
「このままで、いいよ」
「……?」
「このまま、洗い流さずに帰る。
“あんたの手が、どれだけ優しかったか”──俺の中に、残しておきたいからさ」
リセの瞳がわずかに揺れた。
「施術後の未処理は、当都市の規定により……」
「でも、さっきの手。
すげぇ、優しかった。
泡の動きにも、ためらいにも、“迷い”があった。
それって、癒す側が“癒したくない”と思ってたら、出ないもんだろ?」
「……っ」
リセの表情が、わずかに崩れかける。
だが彼女はすぐに視線をそらした。
「私は……忘れさせるために、生まれたんです。
忘れられたほうが、みんな楽なんです。
記憶があるから、依存が生まれて、また傷つく。
だから、何も残さないのが、最善なんです」
「そうかもしれない。
でもな」
流星は、にやりと笑った。
「俺は、癒されたことくらいは覚えていたいんだよ」
「“あの人の手、あったかかったな”って思い出すくらいなら、
誰に迷惑もかけねぇ。
ただ、ふれられたことを、俺の心が忘れたくないだけなんだ」
リセは、黙ったまま立ち尽くしていた。
だが、どこかで聞こえた。
──ぽちゃん。
泡の奥、香炉の縁に水滴が落ちた音。
それはきっと、リセの頬を伝った何かだった。
*
その夜。
施術所の裏手にある香泡庫。
リリアたちが集まり、各々に語り合っていた。
「どう思う?」
「……彼女の施術、完璧だった。
でも、完璧すぎて、寂しかった」
「うん。“触れられた”ってわかるのに、“そこに心が残らない”感じ。
それが、逆に苦しかった」
「でも流星……ちゃんと、あの子の手の優しさを言葉にしてくれた」
「だな」
流星は焚かれた香を見つめながら言った。
「泡は、きっと洗い流すもんだけど、
“流したくないもの”まで消しちまったら、
それってただの“無”だろ」
「ふれられたことってさ、
それだけで、生きてていいんだって思えるくらい──重たいもんなんだよな」
香泡が静かに揺れた。
そして、リセは誰もいない湯室で、
自分の手を静かに見つめながら、こう呟いた。
「……まだ、あたたかい」
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