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《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?
第166話『だから私は、記されたい』
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──癒しは、名を呼ぶことから始まる。
誰かを“誰か”として迎える。
目の前にいる存在を、世界で一人だけの存在として認める。
それが、リセにはずっと許されていなかった。
だから彼女は、ずっと――名を呼ばれずに、名を呼ばずに、生きてきた。
*
夜の施術庵。
香泡の灯りだけが淡く部屋を照らすなか、
リセは静かに、拳を握っていた。
「……名前を……呼ばれる施術が、したい」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
「誰かに、私の手を“リセの手”だと、覚えていてほしい。
泡に流されるだけじゃない、名前のある施術を……」
その声は震えていた。
何百人、何千人に施術してきた少女の手が、
今夜、たった一人にだけ「覚えていて」と願っている。
その目の前で、流星は、まっすぐに言った。
「だったら、俺が呼ぶよ」
「……っ」
「俺は、あんたを“リセ”として迎える。
そして、俺が“触れられた”記憶は、絶対に流さない」
「施術してくれ。
“俺の名前を呼んで、俺の肌にふれて、俺に記して”」
「“無名の手”じゃなくて、
“リセの手”で癒してくれ」
リセの目に、じわりと涙がにじんだ。
けれど、彼女はそれを拭わずに、
流星の手をしっかりと握り返した。
「……はい、流星様」
*
施術が始まったのは、都市でも最も記録度の高い特級施術室《星の泡香殿》。
通常は“記録香”の使用が禁じられているこの空間で、
今宵だけ、たった一人のためにリセは記録泡を焚いた。
泡は白く、香は微かに乳香とバニラ。
だがその中には、確かに“名前を残すための香”が溶けていた。
流星が寝台に身を預ける。
リセは、その首筋に泡をのせながら、
ためらいがちに、けれど確かに口を開いた。
「……流星様の、肩にふれます」
その一言で、香が少しだけ強く香った。
名を呼ぶという行為が、泡のなかに“記憶の点”を生み出した。
「背中に、泡を広げます。
この香は……記録される香です。
だから、流星様がふれられたことを、忘れたくないと思ったら──残ります」
流星は目を閉じながら、頷いた。
「……お前の声も、ちゃんと届いてる」
リセの指が、背をなぞる。
その軌跡に、もう嘘はなかった。
消すためでも、流すためでもない。
ただ、“そこにいた証”を残すための泡だった。
そして、彼女は言った。
「流星様。
私は、あなたのために、
“名前を残す施術”をしたい」
「私がふれた記憶が、あなたの中に残るなら……
私はこの街の規則を破っても、後悔しません」
流星がそっと左手を伸ばし、リセの指を握る。
「じゃあ、俺の手にも記してくれ。
あんたの名前、“リセ”って。
誰のでもない、あんた自身の“癒し”を」
*
施術後。
ふたりの周囲には、白くふくらんだ泡と香の層が残っていた。
香泡装置が作動し、記録封鎖の香が湯に混じるが――
その中央だけ、香の渦が二重に巻き上がった。
記録香が、“残すべき名前”を守ったのだ。
香波の層が揺れ、寝台の脇に備えられた記録石板に、ゆっくりと文字が浮かぶ。
「私の手は、名前を持った」
「リセとして、誰かにふれた」
「流星様が、私を“リセ”と呼び、
ふれられたことを、忘れないと誓ってくれた」
「だから私は、もう無名じゃない」
「私は“リセ”。
あなたにふれ、あなたに記された、施術師です」
リセは、香のなかで小さく涙を流していた。
だが、その涙は流されなかった。
泡がふれた頬にとどまり、“名前のある癒し”として、
記録の一部となって、静かにそこに残っていた。
誰かを“誰か”として迎える。
目の前にいる存在を、世界で一人だけの存在として認める。
それが、リセにはずっと許されていなかった。
だから彼女は、ずっと――名を呼ばれずに、名を呼ばずに、生きてきた。
*
夜の施術庵。
香泡の灯りだけが淡く部屋を照らすなか、
リセは静かに、拳を握っていた。
「……名前を……呼ばれる施術が、したい」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
「誰かに、私の手を“リセの手”だと、覚えていてほしい。
泡に流されるだけじゃない、名前のある施術を……」
その声は震えていた。
何百人、何千人に施術してきた少女の手が、
今夜、たった一人にだけ「覚えていて」と願っている。
その目の前で、流星は、まっすぐに言った。
「だったら、俺が呼ぶよ」
「……っ」
「俺は、あんたを“リセ”として迎える。
そして、俺が“触れられた”記憶は、絶対に流さない」
「施術してくれ。
“俺の名前を呼んで、俺の肌にふれて、俺に記して”」
「“無名の手”じゃなくて、
“リセの手”で癒してくれ」
リセの目に、じわりと涙がにじんだ。
けれど、彼女はそれを拭わずに、
流星の手をしっかりと握り返した。
「……はい、流星様」
*
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通常は“記録香”の使用が禁じられているこの空間で、
今宵だけ、たった一人のためにリセは記録泡を焚いた。
泡は白く、香は微かに乳香とバニラ。
だがその中には、確かに“名前を残すための香”が溶けていた。
流星が寝台に身を預ける。
リセは、その首筋に泡をのせながら、
ためらいがちに、けれど確かに口を開いた。
「……流星様の、肩にふれます」
その一言で、香が少しだけ強く香った。
名を呼ぶという行為が、泡のなかに“記憶の点”を生み出した。
「背中に、泡を広げます。
この香は……記録される香です。
だから、流星様がふれられたことを、忘れたくないと思ったら──残ります」
流星は目を閉じながら、頷いた。
「……お前の声も、ちゃんと届いてる」
リセの指が、背をなぞる。
その軌跡に、もう嘘はなかった。
消すためでも、流すためでもない。
ただ、“そこにいた証”を残すための泡だった。
そして、彼女は言った。
「流星様。
私は、あなたのために、
“名前を残す施術”をしたい」
「私がふれた記憶が、あなたの中に残るなら……
私はこの街の規則を破っても、後悔しません」
流星がそっと左手を伸ばし、リセの指を握る。
「じゃあ、俺の手にも記してくれ。
あんたの名前、“リセ”って。
誰のでもない、あんた自身の“癒し”を」
*
施術後。
ふたりの周囲には、白くふくらんだ泡と香の層が残っていた。
香泡装置が作動し、記録封鎖の香が湯に混じるが――
その中央だけ、香の渦が二重に巻き上がった。
記録香が、“残すべき名前”を守ったのだ。
香波の層が揺れ、寝台の脇に備えられた記録石板に、ゆっくりと文字が浮かぶ。
「私の手は、名前を持った」
「リセとして、誰かにふれた」
「流星様が、私を“リセ”と呼び、
ふれられたことを、忘れないと誓ってくれた」
「だから私は、もう無名じゃない」
「私は“リセ”。
あなたにふれ、あなたに記された、施術師です」
リセは、香のなかで小さく涙を流していた。
だが、その涙は流されなかった。
泡がふれた頬にとどまり、“名前のある癒し”として、
記録の一部となって、静かにそこに残っていた。
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