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《砂漠の秘宝と、快楽を記す遺跡へ》 ――触れ合いを石に刻んだ民の、失われた祈りとは?
第168話『泡の果て、祈りの余韻──都市に残った香』
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──都市の泡が、夜明けに溶けていく。
《ナミウ=ロア》の朝は静かだった。
湯の音も、香のたちのぼりも、まだ眠っている。
けれど、香炉の火だけは微かにくすぶり、
昨夜誰かがふれられた記憶を、そっと空へ送り出していた。
それは、忘れられる前に願われた“ありがとう”の香。
記録泡に刻まれた、名もなき施術の祈りだった。
*
「……この都市、変わったな」
流星は香炉の前でつぶやいた。
隣には、湯上がりの施術衣のままのリセがいた。
「はい。
でも、ほんの少しだけです」
リセはやさしく笑う。
「すべてが変わったわけじゃない。
癒しを“忘れたい人”も、“残したくない夜”も、きっとまだあります。
でも……“残したいって思った人”が、残せるようになった」
「“選べる癒し”が、生まれたってことだな」
流星は立ち上がり、手を伸ばす。
「それってさ、“記される自由”だよ。
癒されたって、記してもいいんだっていう、
生きていいっていう証だ」
リセは、その手に自分の手を重ねて、静かに言った。
「私、もう一度だけ、言ってもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとう」
「……っ」
「私に名前をくれたこと。
“リセ”という手を、誰かの記憶に残してくれたこと。
私は、もう“誰にも呼ばれない施術師”じゃない」
「私は、“覚えてもらっていい人間”だった」
流星は目を伏せ、微笑んだ。
「じゃあ俺からも一つ」
「ん?」
「“ありがとう”を、忘れないように、記していいか?」
「……どうやって?」
流星はポケットから一枚の香板を取り出し、
掌の香を指で軽くすくう。
そして石板に、ゆっくりと書いた。
『リセ』
『名前を呼んで、癒されて、心が震えた夜』
『たとえ泡が流れても、この香は、俺の中に残ってる』
『君の手は、“癒した”って言える手だった』
『ありがとう』
リセは、胸元に手を置いた。
香の流れが、彼女の名前をそっと抱きしめるように撫でた。
*
その日以降、都市の施術記録石板には、不思議な変化があった。
これまで「匿名」「記録なし」となっていた一角に、
ぽつり、ぽつりと“名前”が刻まれ始めたのだ。
リセ。
ミラ。
コルナ。
そして、名を告げずとも、“あの夜の手”を覚えていると記した詩文たち。
それは都市にとっての、祈りの余韻だった。
癒されたことを、誰かが忘れずにいる。
忘れてしまっても、香と記録がそれを伝えてくれる。
“あの夜、あなたがいた”。
その事実を、香が、泡が、風が、石が、街ごと覚えている。
*
流星たちが旅立つ朝。
リセは湯庵の前で一礼しながら、声をかけた。
「……常盤様」
「ん?」
「私、これからも施術をします。
でも、“記されたい”と願う施術師でありたいです」
「そして、名前を呼ばれたら、ちゃんと返事をします。
この手が誰かの心をふれた証を、
泡の中に、ちゃんと残せるように」
「だから、最後にもう一度だけ──」
彼女は小さく笑って、言った。
「“また来てくださいね、流星様”」
流星は、振り返らずに、ただ手をひらひらと振った。
「泡が恋しくなったら、また来るよ」
「でも今度は、“忘れられない夜”を、もう一泊増やすからさ」
その言葉に、泡がふわりと香った。
──都市に残った香は、
たしかに誰かの心に触れた夜の、祈りの証だった。
《ナミウ=ロア》の朝は静かだった。
湯の音も、香のたちのぼりも、まだ眠っている。
けれど、香炉の火だけは微かにくすぶり、
昨夜誰かがふれられた記憶を、そっと空へ送り出していた。
それは、忘れられる前に願われた“ありがとう”の香。
記録泡に刻まれた、名もなき施術の祈りだった。
*
「……この都市、変わったな」
流星は香炉の前でつぶやいた。
隣には、湯上がりの施術衣のままのリセがいた。
「はい。
でも、ほんの少しだけです」
リセはやさしく笑う。
「すべてが変わったわけじゃない。
癒しを“忘れたい人”も、“残したくない夜”も、きっとまだあります。
でも……“残したいって思った人”が、残せるようになった」
「“選べる癒し”が、生まれたってことだな」
流星は立ち上がり、手を伸ばす。
「それってさ、“記される自由”だよ。
癒されたって、記してもいいんだっていう、
生きていいっていう証だ」
リセは、その手に自分の手を重ねて、静かに言った。
「私、もう一度だけ、言ってもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとう」
「……っ」
「私に名前をくれたこと。
“リセ”という手を、誰かの記憶に残してくれたこと。
私は、もう“誰にも呼ばれない施術師”じゃない」
「私は、“覚えてもらっていい人間”だった」
流星は目を伏せ、微笑んだ。
「じゃあ俺からも一つ」
「ん?」
「“ありがとう”を、忘れないように、記していいか?」
「……どうやって?」
流星はポケットから一枚の香板を取り出し、
掌の香を指で軽くすくう。
そして石板に、ゆっくりと書いた。
『リセ』
『名前を呼んで、癒されて、心が震えた夜』
『たとえ泡が流れても、この香は、俺の中に残ってる』
『君の手は、“癒した”って言える手だった』
『ありがとう』
リセは、胸元に手を置いた。
香の流れが、彼女の名前をそっと抱きしめるように撫でた。
*
その日以降、都市の施術記録石板には、不思議な変化があった。
これまで「匿名」「記録なし」となっていた一角に、
ぽつり、ぽつりと“名前”が刻まれ始めたのだ。
リセ。
ミラ。
コルナ。
そして、名を告げずとも、“あの夜の手”を覚えていると記した詩文たち。
それは都市にとっての、祈りの余韻だった。
癒されたことを、誰かが忘れずにいる。
忘れてしまっても、香と記録がそれを伝えてくれる。
“あの夜、あなたがいた”。
その事実を、香が、泡が、風が、石が、街ごと覚えている。
*
流星たちが旅立つ朝。
リセは湯庵の前で一礼しながら、声をかけた。
「……常盤様」
「ん?」
「私、これからも施術をします。
でも、“記されたい”と願う施術師でありたいです」
「そして、名前を呼ばれたら、ちゃんと返事をします。
この手が誰かの心をふれた証を、
泡の中に、ちゃんと残せるように」
「だから、最後にもう一度だけ──」
彼女は小さく笑って、言った。
「“また来てくださいね、流星様”」
流星は、振り返らずに、ただ手をひらひらと振った。
「泡が恋しくなったら、また来るよ」
「でも今度は、“忘れられない夜”を、もう一泊増やすからさ」
その言葉に、泡がふわりと香った。
──都市に残った香は、
たしかに誰かの心に触れた夜の、祈りの証だった。
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