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《「ふれない快楽」から「ふれ合う覚悟」へ》
第198話『ふれない恋は、なぜこんなに欲しくなる?』
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無名国《シィアス・ナーム》──
その都市中心部に建つ瞑想劇場《ユム・ティーア》は、今やかつてない熱狂に包まれていた。
「は、初めて……なのに、なんで……こんな……」
「名前も知らない人に“心”が……ぅ、奪われてる……」
「やば……この音、恋しちゃう……っ」
街の人々が、次々と“共鳴施術”を体験し、
そして、**「ふれられていないのに愛された」**という未体験の快感に戸惑いと甘さを滲ませていた。
それは、ふれあいを禁じ、名乗りを捨てた国の住民にとって──
**「初めての恋」**といっても、過言ではなかった。
「ルセナ、あなたって……やっぱり、すごいわ」
夜。施術室の奥のラウンジで、ティフェリアがぽつりと口を開いた。
ルセナは、小さな香のキャンドルを灯しながら、
音を失った部屋で“空気の震え”だけを感じていた。
「……でも、怖いの。名前を呼ばれるのも、呼ぶのも。
だって、“愛されてる”って、信じちゃいそうだから……」
彼女の声が震えていた。
娼婦として、数多の施術をこなしてきた彼女が、今になって“恐怖”を口にするとは。
「名前があると、壊れるのよ。
だってそれって、“私”ってことじゃない?
娼婦である前に、“ティフェリア”って存在になっちゃう……」
ルセナは彼女の手に、そっと自分の手を重ねた。
指先がふれないよう、でも距離がほとんどゼロになるように。
「だったら、名前なんていらない」
「……え?」
「いまここにいる“君”に、ふれたいと思った。
君が笑ったから、君が泣きそうだったから──
それだけで十分だよ」
ティフェリアの瞳が震えた。
「……ずるい、よ……そんなの……。
ふれないって言ったのに、こんなに……あったかい」
彼女の声が掠れる。
「私……ね、ほんとは、誰かに“本当の私”を知ってもらいたかったんだと思う。
でも、それを見せたら……“選ばれない”気がして……」
ルセナは言葉を止めた。
そして。
――ふれた。
そっと、優しく。
ティフェリアの背に腕を回し、迷いの残るまま、抱きしめた。
ふれない風俗。
ふれない恋。
名を呼ばない愛。
それをすべて破るように、ルセナは自ら彼女を包み込んだ。
「……ルセナ、だめ……そんなことしたら……っ」
涙混じりの息が、ルセナの耳元で震える。
「……私、壊れちゃうよ……」
「壊していいんだ。壊すって、作り直すってことだよ。
今度は、君の名前から始まる世界にしよう」
ティフェリアの瞳がゆっくりと潤み、
そして、彼女はそっと顔を近づけた。
吐息と吐息がふれあう距離。
あと2ミリ。いや、1ミリ。
その距離で──
「っ!」
ティフェリアは、自分の手をそっとルセナの唇にあて、止めた。
「……だめ。今キスしちゃったら……もう、ただの娼婦には戻れない」
ルセナも目を閉じ、微笑んだ。
「なら、それでもいい。
君が君として生きるなら、僕はそのはじまりになれる」
そして、ふたりはそのまま、何もせず、ただ抱き合った。
ふれない恋が、ふれた。
でも、キスは──まだだった。
翌朝。
街には、奇妙な現象が広がっていた。
「すみません、あの……私の名前、呼んでいただけますか……?」
「いや、その……“名前で呼ばれたい”って、なんか最近……流行ってるみたいで……」
「わたしも……名前で呼ばれたいです、はい……っ」
共鳴施術を受けた市民の多くが、**“名前で呼ばれたい衝動”**を抱え始めていた。
匿名で愛し、匿名で抱かれるのが当たり前だったこの国で。
「名を呼ぶこと」そのものが、最大の快楽となりつつあったのだ。
ティフェリアは、その様子を見ながら──
まだ、唇に残る感覚をそっとなぞった。
「ねえ……ルセナ。
今度こそ、ちゃんと……キス、してくれる?」
彼女の声は、もう震えていなかった。
そして街は静かにざわめき始める。
――恋が、始まる。
この国に、“名前”が帰ってくるその日が。
その都市中心部に建つ瞑想劇場《ユム・ティーア》は、今やかつてない熱狂に包まれていた。
「は、初めて……なのに、なんで……こんな……」
「名前も知らない人に“心”が……ぅ、奪われてる……」
「やば……この音、恋しちゃう……っ」
街の人々が、次々と“共鳴施術”を体験し、
そして、**「ふれられていないのに愛された」**という未体験の快感に戸惑いと甘さを滲ませていた。
それは、ふれあいを禁じ、名乗りを捨てた国の住民にとって──
**「初めての恋」**といっても、過言ではなかった。
「ルセナ、あなたって……やっぱり、すごいわ」
夜。施術室の奥のラウンジで、ティフェリアがぽつりと口を開いた。
ルセナは、小さな香のキャンドルを灯しながら、
音を失った部屋で“空気の震え”だけを感じていた。
「……でも、怖いの。名前を呼ばれるのも、呼ぶのも。
だって、“愛されてる”って、信じちゃいそうだから……」
彼女の声が震えていた。
娼婦として、数多の施術をこなしてきた彼女が、今になって“恐怖”を口にするとは。
「名前があると、壊れるのよ。
だってそれって、“私”ってことじゃない?
娼婦である前に、“ティフェリア”って存在になっちゃう……」
ルセナは彼女の手に、そっと自分の手を重ねた。
指先がふれないよう、でも距離がほとんどゼロになるように。
「だったら、名前なんていらない」
「……え?」
「いまここにいる“君”に、ふれたいと思った。
君が笑ったから、君が泣きそうだったから──
それだけで十分だよ」
ティフェリアの瞳が震えた。
「……ずるい、よ……そんなの……。
ふれないって言ったのに、こんなに……あったかい」
彼女の声が掠れる。
「私……ね、ほんとは、誰かに“本当の私”を知ってもらいたかったんだと思う。
でも、それを見せたら……“選ばれない”気がして……」
ルセナは言葉を止めた。
そして。
――ふれた。
そっと、優しく。
ティフェリアの背に腕を回し、迷いの残るまま、抱きしめた。
ふれない風俗。
ふれない恋。
名を呼ばない愛。
それをすべて破るように、ルセナは自ら彼女を包み込んだ。
「……ルセナ、だめ……そんなことしたら……っ」
涙混じりの息が、ルセナの耳元で震える。
「……私、壊れちゃうよ……」
「壊していいんだ。壊すって、作り直すってことだよ。
今度は、君の名前から始まる世界にしよう」
ティフェリアの瞳がゆっくりと潤み、
そして、彼女はそっと顔を近づけた。
吐息と吐息がふれあう距離。
あと2ミリ。いや、1ミリ。
その距離で──
「っ!」
ティフェリアは、自分の手をそっとルセナの唇にあて、止めた。
「……だめ。今キスしちゃったら……もう、ただの娼婦には戻れない」
ルセナも目を閉じ、微笑んだ。
「なら、それでもいい。
君が君として生きるなら、僕はそのはじまりになれる」
そして、ふたりはそのまま、何もせず、ただ抱き合った。
ふれない恋が、ふれた。
でも、キスは──まだだった。
翌朝。
街には、奇妙な現象が広がっていた。
「すみません、あの……私の名前、呼んでいただけますか……?」
「いや、その……“名前で呼ばれたい”って、なんか最近……流行ってるみたいで……」
「わたしも……名前で呼ばれたいです、はい……っ」
共鳴施術を受けた市民の多くが、**“名前で呼ばれたい衝動”**を抱え始めていた。
匿名で愛し、匿名で抱かれるのが当たり前だったこの国で。
「名を呼ぶこと」そのものが、最大の快楽となりつつあったのだ。
ティフェリアは、その様子を見ながら──
まだ、唇に残る感覚をそっとなぞった。
「ねえ……ルセナ。
今度こそ、ちゃんと……キス、してくれる?」
彼女の声は、もう震えていなかった。
そして街は静かにざわめき始める。
――恋が、始まる。
この国に、“名前”が帰ってくるその日が。
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