『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『謎のドリンクで、止まらない!?~トイレへの疾走と青春の限界突破編~』

第151話『その瞬間は、静かに訪れる』

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 ──静寂だった。

 あれほどまでにバタバタと喚き、悲鳴と奇声に包まれていた体育館裏。

 鍵が開き、順番にトイレへ駆け込む女子たち。
 エミリの奇跡の到着とともに、
 誰もが“助かった”という安堵に包まれていた。

 だが──

 全員が救われたわけでは、なかった。

 それは、突然の“音”だった。

 教室に戻り、汗だくで席に着いたその直後。

 プリントを回収し終わった先生が、ホワイトボードに答案解説を書き始めた、その瞬間。

「……あっ」

 ほんの、小さな声だった。

 そして、それとほぼ同時に、

 チョロ……チョロロ……

 水が流れるような、
 でもそれは水道ではなく、確かに“重力に負けた音”だった。

 耳を澄ませていなければ、
 もしかしたら聞き逃していただろう。

 ──けれど。

 全員の耳には、はっきりと聞こえていた。

 その音の持つ“重み”を、彼女たちは本能で理解していた。

(……漏れた)

(……ついに……)

(……誰かが……)

 でも誰も、顔を上げなかった。

 ゆっくりと目を閉じる者。
 そっと鉛筆を落として拾うフリをする者。
 意味もなくプリントを見直す者。

 “気づかないふり”合戦が始まった。

 全員、演技派。
「ふーっ……この問題、やっぱ難しいなー」

 ミキ、無理やりの明るい声。
 だがその声は裏返っていた。

「え? あ、そ、そうだね……公式がさ……ほら」

 ナナも、無理やり数式をなぞっていたが、指は震えていた。

 サバナは不自然に鼻歌を歌い始め、
 レイナは急に「地球の重力ってすごいよね」とか言い出していた。

(やめて……もうやめて……!)

(誰も触れないで……!!)

 ハルカは、天井を見上げたまま固まっていた。

 たしかに、聞いた。
 あの音を。

 誰だったかは……正直、横の座席の距離でほぼ確定だった。

 でも、それを“知っている”ということを、誰にも伝えたくなかった。

 これ以上誰かを、青春の地雷に突き落としたくなかった。

(みんな、優しいんだな……)

(あるいは、ただ怖いだけかもしれない……)

(でも、それでも……)

「青春って……地獄だな……」

 ハルカの口から、自然と言葉が漏れた。

「ん? なんか言ったかー?」

 先生が振り向く。

「い、いえっ!? な、なんでもっ!!」

 ハルカは、即座に背筋を伸ばした。

 そしてまた──何もなかったかのように、
 静かに鉛筆を走らせる音だけが、教室に戻っていった。

 “その子”は、前を向いていた。
 ──あの音の主。

 自分が“バレている”ことに、たぶん気づいている。

 でも、誰も責めないことにも気づいている。

 だからこそ、堂々と前を向いて、
 先生の説明を聞いている“ふり”を続けていた。

 もしかしたら、涙が浮かんでいたかもしれない。

 でも──

 “何もなかったように過ごす”ことこそが、
 彼女たちが選んだ最大の友情だった。

 授業の終わり。
 チャイムが鳴ると同時に、
 教室の空気は一気にほぐれた。

「つ、疲れた~~!!」
「お腹痛いの我慢してた~~!!」
「トイレ行ってくるぅぅ!!」

 言い訳とごまかしと笑い声が混じり合う中、
 誰も、あの“出来事”には触れなかった。

 ハルカもまた、
 誰よりも自然な顔で、笑っていた。

(……明日も、みんなで笑えるといいな)

 そう思いながら、鞄を手に取った。

 尿意は去っても、記憶は残る。

 でもそれすら、笑い話になる日が、きっと──くる。

(続く)
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