162 / 203
『出世と尿意と、同窓会。〜私たち、あれから大人になりました〜』
第160話『裏口トイレへのダッシュ』
しおりを挟む
「……ムリだ」
そうつぶやいた瞬間、ハルカは立ち上がっていた。
居酒屋の照明が、なぜか一段とまぶしく見える。
顔は火照り、手足は冷たい。
足を一歩でも開けば──すべてが崩れる、そんな緊張感。
「ちょっと……裏、行ってくる……!」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
ただ、そう口にして、足を動かすことでしか、“破滅”を避けられなかった。
(店の裏口。従業員用の簡易トイレ……あるはず……!)
学生時代、何度か来たことのあるこの居酒屋。
その時、裏手にある小さなドアの向こうに“従業員専用”と書かれた簡易トイレがあるのを見た。
普段は使えないが──いまは“非常事態”。
(お願い……開いてて……!)
パンプスのヒールがコツコツと鳴る。
限界を悟らせぬよう、必死に歩く振りをしながら──実際は全速力のつもり。
息を殺して裏口に向かう。
ひんやりとした夜の空気が頬をなで、ハルカの神経を刺激する。
(ヤバイヤバイヤバイ……冷たい空気が……!)
ぎりぎりで太ももを閉じる。
それでも膀胱はキリキリと訴えを上げてくる。
そして──たどり着いた。
「……あった」
薄いドアの前に、小さな木製の札がかかっている。
【清掃中ではありません】
「開いてる!!」
歓喜。勝利。解放。
あとはドアノブを握って──
「ちょっ……待ったああああああああああ!!!」
背後から、絶叫が響いた。
振り返ると──そこにいたのは、息を切らして立つ“もう一人の限界者”。
「……あんたも!?」 「……お前も!?」
顔を見合わせ、同時に声を上げる。
そこにいたのは──サバナだった。
褐色肌に玉のような汗を浮かべ、スキニージーンズの股をぎゅっと押さえながら、こちらを睨んでいる。
「無理! アタシ限界!! この一瞬が命なのよ!!」
「こっちだってもう限界よぉぉぉ!! 歩いた衝撃で漏れそうだったんだから!!」
「じゃあ勝負だな!」
「ええ、そうね!!」
睨み合う2人。
背後には、今にもこぼれそうなトイレドア。
風が吹いた。
「……どうする?」
「……ジャンケン……?」
「……そんな余裕ある!?」
「……ない!!」
ドアノブを同時に掴む2人。
「せーのっ!!」
ドアを押す。
──鍵が、かかっていた。
「……は?」
しばしの静寂。
ハルカとサバナは、目を見開いたまま凍りついた。
「まさか……」
「まさかの……先客あり……!?」
そう、札には“清掃中ではありません”としか書いていない。
つまり、“誰かが中に入っている可能性”を、完全に失念していた。
「やっっっばぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「このままじゃ……まじで……!」
「もうムリムリムリムリムリ……!!」
2人はその場で足踏みしながら、目をぐるぐるさせてパニックに陥る。
そのとき。
ドアの中から、水を流す音がした。
「……!」
ドアノブが、ゆっくりと動く。
開いた。
中から出てきたのは、なんと──エミリだった。
「おや? お二人とも、どうかなさいましたか?」
「エミリぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
ハルカとサバナが同時に叫んだ。
「先に行け!!」
「いやアタシが先!!」
「でもアタシはドリンク3杯目!!」
「アタシなんて10分前から震えてる!!」
「どっちでもいいから早く入ってください、風が冷たいです」
エミリの冷静すぎる一言に、2人はようやく正気を取り戻した。
「……じゃんけんしかないな」
「うん……じゃんけん……運命……」
ハルカ vs サバナ。
「最初はグー、じゃんけん──」
「チョキ!!」「グー!!」
勝者:サバナ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
サバナ、咆哮しながらドアに吸い込まれていった。
「ううっ……もうちょっとだったのに……!」
膝から崩れ落ちるハルカ。
そんな彼女の肩に、そっと手を置いたのは──レイナだった。
「お疲れ。次はアタシが並んでるから」
「……え?」
「ちなみにミキとナナも来てるよ? ……みんな、考えること一緒だね☆」
ハルカは、全身の力が抜けるのを感じながら、ただ一点を見つめていた。
──地獄は、まだ続く。
(つづく)
そうつぶやいた瞬間、ハルカは立ち上がっていた。
居酒屋の照明が、なぜか一段とまぶしく見える。
顔は火照り、手足は冷たい。
足を一歩でも開けば──すべてが崩れる、そんな緊張感。
「ちょっと……裏、行ってくる……!」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
ただ、そう口にして、足を動かすことでしか、“破滅”を避けられなかった。
(店の裏口。従業員用の簡易トイレ……あるはず……!)
学生時代、何度か来たことのあるこの居酒屋。
その時、裏手にある小さなドアの向こうに“従業員専用”と書かれた簡易トイレがあるのを見た。
普段は使えないが──いまは“非常事態”。
(お願い……開いてて……!)
パンプスのヒールがコツコツと鳴る。
限界を悟らせぬよう、必死に歩く振りをしながら──実際は全速力のつもり。
息を殺して裏口に向かう。
ひんやりとした夜の空気が頬をなで、ハルカの神経を刺激する。
(ヤバイヤバイヤバイ……冷たい空気が……!)
ぎりぎりで太ももを閉じる。
それでも膀胱はキリキリと訴えを上げてくる。
そして──たどり着いた。
「……あった」
薄いドアの前に、小さな木製の札がかかっている。
【清掃中ではありません】
「開いてる!!」
歓喜。勝利。解放。
あとはドアノブを握って──
「ちょっ……待ったああああああああああ!!!」
背後から、絶叫が響いた。
振り返ると──そこにいたのは、息を切らして立つ“もう一人の限界者”。
「……あんたも!?」 「……お前も!?」
顔を見合わせ、同時に声を上げる。
そこにいたのは──サバナだった。
褐色肌に玉のような汗を浮かべ、スキニージーンズの股をぎゅっと押さえながら、こちらを睨んでいる。
「無理! アタシ限界!! この一瞬が命なのよ!!」
「こっちだってもう限界よぉぉぉ!! 歩いた衝撃で漏れそうだったんだから!!」
「じゃあ勝負だな!」
「ええ、そうね!!」
睨み合う2人。
背後には、今にもこぼれそうなトイレドア。
風が吹いた。
「……どうする?」
「……ジャンケン……?」
「……そんな余裕ある!?」
「……ない!!」
ドアノブを同時に掴む2人。
「せーのっ!!」
ドアを押す。
──鍵が、かかっていた。
「……は?」
しばしの静寂。
ハルカとサバナは、目を見開いたまま凍りついた。
「まさか……」
「まさかの……先客あり……!?」
そう、札には“清掃中ではありません”としか書いていない。
つまり、“誰かが中に入っている可能性”を、完全に失念していた。
「やっっっばぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「このままじゃ……まじで……!」
「もうムリムリムリムリムリ……!!」
2人はその場で足踏みしながら、目をぐるぐるさせてパニックに陥る。
そのとき。
ドアの中から、水を流す音がした。
「……!」
ドアノブが、ゆっくりと動く。
開いた。
中から出てきたのは、なんと──エミリだった。
「おや? お二人とも、どうかなさいましたか?」
「エミリぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
ハルカとサバナが同時に叫んだ。
「先に行け!!」
「いやアタシが先!!」
「でもアタシはドリンク3杯目!!」
「アタシなんて10分前から震えてる!!」
「どっちでもいいから早く入ってください、風が冷たいです」
エミリの冷静すぎる一言に、2人はようやく正気を取り戻した。
「……じゃんけんしかないな」
「うん……じゃんけん……運命……」
ハルカ vs サバナ。
「最初はグー、じゃんけん──」
「チョキ!!」「グー!!」
勝者:サバナ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
サバナ、咆哮しながらドアに吸い込まれていった。
「ううっ……もうちょっとだったのに……!」
膝から崩れ落ちるハルカ。
そんな彼女の肩に、そっと手を置いたのは──レイナだった。
「お疲れ。次はアタシが並んでるから」
「……え?」
「ちなみにミキとナナも来てるよ? ……みんな、考えること一緒だね☆」
ハルカは、全身の力が抜けるのを感じながら、ただ一点を見つめていた。
──地獄は、まだ続く。
(つづく)
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる