『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『出世と尿意と、同窓会。〜私たち、あれから大人になりました〜』

第160話『裏口トイレへのダッシュ』

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「……ムリだ」

 そうつぶやいた瞬間、ハルカは立ち上がっていた。

 居酒屋の照明が、なぜか一段とまぶしく見える。
 顔は火照り、手足は冷たい。
 足を一歩でも開けば──すべてが崩れる、そんな緊張感。

「ちょっと……裏、行ってくる……!」

 誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
 ただ、そう口にして、足を動かすことでしか、“破滅”を避けられなかった。

(店の裏口。従業員用の簡易トイレ……あるはず……!)

 学生時代、何度か来たことのあるこの居酒屋。
 その時、裏手にある小さなドアの向こうに“従業員専用”と書かれた簡易トイレがあるのを見た。
 普段は使えないが──いまは“非常事態”。

(お願い……開いてて……!)

 パンプスのヒールがコツコツと鳴る。
 限界を悟らせぬよう、必死に歩く振りをしながら──実際は全速力のつもり。

 息を殺して裏口に向かう。
 ひんやりとした夜の空気が頬をなで、ハルカの神経を刺激する。

(ヤバイヤバイヤバイ……冷たい空気が……!)

 ぎりぎりで太ももを閉じる。
 それでも膀胱はキリキリと訴えを上げてくる。

 そして──たどり着いた。

「……あった」

 薄いドアの前に、小さな木製の札がかかっている。

【清掃中ではありません】

「開いてる!!」

 歓喜。勝利。解放。
 あとはドアノブを握って──

「ちょっ……待ったああああああああああ!!!」

 背後から、絶叫が響いた。

 振り返ると──そこにいたのは、息を切らして立つ“もう一人の限界者”。

「……あんたも!?」 「……お前も!?」

 顔を見合わせ、同時に声を上げる。

 そこにいたのは──サバナだった。

 褐色肌に玉のような汗を浮かべ、スキニージーンズの股をぎゅっと押さえながら、こちらを睨んでいる。

「無理! アタシ限界!! この一瞬が命なのよ!!」

「こっちだってもう限界よぉぉぉ!! 歩いた衝撃で漏れそうだったんだから!!」

「じゃあ勝負だな!」

「ええ、そうね!!」

 睨み合う2人。
 背後には、今にもこぼれそうなトイレドア。

 風が吹いた。

「……どうする?」

「……ジャンケン……?」

「……そんな余裕ある!?」

「……ない!!」

 ドアノブを同時に掴む2人。

「せーのっ!!」

 ドアを押す。

 ──鍵が、かかっていた。

「……は?」

 しばしの静寂。

 ハルカとサバナは、目を見開いたまま凍りついた。

「まさか……」

「まさかの……先客あり……!?」

 そう、札には“清掃中ではありません”としか書いていない。
 つまり、“誰かが中に入っている可能性”を、完全に失念していた。

「やっっっばぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「このままじゃ……まじで……!」

「もうムリムリムリムリムリ……!!」

 2人はその場で足踏みしながら、目をぐるぐるさせてパニックに陥る。

 そのとき。

 ドアの中から、水を流す音がした。

「……!」

 ドアノブが、ゆっくりと動く。

 開いた。

 中から出てきたのは、なんと──エミリだった。

「おや? お二人とも、どうかなさいましたか?」

「エミリぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」

 ハルカとサバナが同時に叫んだ。

「先に行け!!」
「いやアタシが先!!」
「でもアタシはドリンク3杯目!!」
「アタシなんて10分前から震えてる!!」

「どっちでもいいから早く入ってください、風が冷たいです」

 エミリの冷静すぎる一言に、2人はようやく正気を取り戻した。

「……じゃんけんしかないな」

「うん……じゃんけん……運命……」

 ハルカ vs サバナ。

「最初はグー、じゃんけん──」

「チョキ!!」「グー!!」

 勝者:サバナ。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 サバナ、咆哮しながらドアに吸い込まれていった。

「ううっ……もうちょっとだったのに……!」

 膝から崩れ落ちるハルカ。

 そんな彼女の肩に、そっと手を置いたのは──レイナだった。

「お疲れ。次はアタシが並んでるから」

「……え?」

「ちなみにミキとナナも来てるよ? ……みんな、考えること一緒だね☆」

 ハルカは、全身の力が抜けるのを感じながら、ただ一点を見つめていた。

 ──地獄は、まだ続く。

(つづく)

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