『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『オフィスは戦場!? 仕事と膀胱と恋心と』

第179話『新社会人、トイレマップから始まる朝』

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 ──4月、春。

 ハルカは朝の改札をくぐりながら、吐息のように小さくつぶやいた。

「今日から……社会人かぁ……」

 スーツは着慣れない。
 革靴はまだ足に馴染んでいない。
 そして何より、手に持つ真新しい社員証の重みが、現実味を増していた。

 電車の中では何度も「挨拶の仕方」「資料の受け渡し方」をスマホで検索し、
 乗り換えミスをしないようにと5回もアプリを確認してきた。

 ──でも結局、今一番気になっているのは。

(……この会社、女子トイレ、どこにあるの?)

 到着したオフィスビルは、想像よりはるかに大きかった。
 1フロアに複数部署があり、デスクもコピー機も、天井まで続くキャビネットも、全てが迷路のように連なっていた。

「えっと、私の席は──ええと……あ、ありました! ここだ!」

 新入社員として割り当てられたデスクにたどり着いたハルカは、ほっと一息。

 が、その“一息”も束の間。
 彼女の腹部には、すでに──ある種の違和感が訪れていた。

(……あれ。なんか……来てるかも……)

 朝からの緊張で、カフェラテを一気飲みしていたせいかもしれない。
 あるいは、通勤中ずっと感じていた“ソワソワ感”が、膀胱を直撃しているのかもしれない。

(やば……私、どこでトイレ行けばいいの……?)

 焦る。
 でも、周囲に聞けるような人がいない。
「すみません、女子トイレってどこですか?」なんて、
 社会人初日で発する第一声がそれだったら、人生詰んでしまう。

(いや、落ち着け。こういう時は、まず周囲を観察──)

 視線をキョロキョロと泳がせる。

 デスクの間、会議室の奥、休憩スペースらしき方向──
 それらしき“PINKのマーク”は……ない。

「……詰んだ」

 絶望が心を包んだ瞬間だった。

「……あの、もしかして迷ってます?」

 声をかけてきたのは、少し見覚えのある横顔──

「えっ……ナナ!?」

「ひっさしぶり~! まさか同じ部署になるとは思わなかったよ!」

 制服じゃなくスーツを着て、立ち振る舞いも大人びたナナは、
 かつてのクラスメイトだったとは思えないほど“社会人感”を漂わせていた。

「それより……顔色、死んでるけど大丈夫?」

「実は……トイレの場所、聞きたくても聞けなくて……」

 ハルカは蚊の鳴くような声でそう打ち明けた。

「……あっっっはははははっ!!!」

「笑わないでぇぇぇぇぇ!!」

「ごめんごめん! でも、さすがハルカ、そこからなの最高!」

「これ、死活問題なんだよぉぉ!!」

 ナナは笑いながら、そっとメモ帳を取り出し、
 **『女子トイレマップ』**と書かれたページを見せてきた。

「私も初日、それやったから。これコピーしといたほうがいいよ」

「ナナ……女神……!」

「でも注意して。12時~13時の昼休憩、女子トイレ前は修羅場になるから」

「えっ……じゃあ昼前には先に……」

「早弁して先手取るのが“賢い女”ってやつよ」

「ビジネススキルじゃなくて膀胱スキル……!」

 二人は思わず吹き出して笑った。

 ◆ ◆ ◆

「ところで……」

 ナナが、ふと思い出したように口を開く。

「この会社さ、ケントもいるらしいよ」

「…………え?」

「営業部配属。私たちとは階違うけど、入社式で見た」

 ハルカの脳裏に、いきなり流れる“過去のフラッシュバック”。

 告白未遂の夜。
 放尿音の直後に笑った温泉旅館。
 あの目、あの声。

(まさか……そんな運命再びってことある……?)

「ちょ……ちょっとやばいかも……!」

「えっ!? 今度はどっち!? 恋か膀胱か!?」

「両方だよ!!」

 ハルカは顔を真っ赤にしながら、急いでトイレの方向へと走り出した。

 ナナはそんな背中を見ながら、ぽつりと呟く。

「……変わらないなぁ。ほんとに」

 そして微笑む。

 ──こうしてハルカの新社会人生活は、**“トイレマップ”と“再燃する恋心”**から始まったのだった。

(つづく)

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