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《帰社後の波乱編──出張の余韻と、恋とトイレのリベンジ戦》
第199話『“次の出張”、決まりました』
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「じゃあ、次の出張プロジェクト、選抜メンバーはこの五名で決定とします」
部長の一言で、静まり返った会議室に軽くどよめきが走る。
プロジェクト名「NEO-X導入研修」。次世代クラウドシステムの法人向け導入サポート業務。要は、新しいシステムを地方拠点に教えに行く、という内容だ。
「おいおい、また出張かよ……」
「前回、地獄の尿意ツアーだったのに……」
小声でボヤきながらも、何名かの顔には期待と緊張が浮かんでいた。
その中で、ケントは表情を変えずに書類を閉じ、ハルカは反射的に隣のケントの横顔をちらりと盗み見て、ほんのりと頬を赤らめる。
――また、同じメンバー……?
すぐに、緊張の波が押し寄せてきた。
案の定、今回の出張メンバーには、ハルカ、ケント、そして広報のナナが含まれていた。
「……ふーん、またその三人?」
ナナの声が妙に鋭く、少しだけ会議室の温度が下がる気がした。
「えーっと、宿泊先の手配ですが……」
新卒で入ったばかりの総務のリサが、慣れない手つきで手配リストを確認していたそのとき――事件は起きた。
「えっ、あ、すみません、ちょっと確認を……」
「どうかした?」
「……宿泊の部屋割り、男女で分けるのを……うっかり忘れてて……」
「……は?」
「男女で……その……“同室扱い”になってるみたいで……」
「はぁぁあああああ!?!?!?!?」
会議室が凍った。
その直後に爆発したのは、ナナだった。
「なにそれ!? どこのエロゲ!? ふざけてんの!? ふざけてるの!? この会社、倫理どうなってんの!?!?!?」
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ!!」
慌てて頭を下げるリサの背後で、ハルカは真っ赤になった顔を伏せ、ケントはフリーズしたまま事務的に書類を持ち上げていた。
「し、仕切りがあってベッドは別らしいから! い、いちおう“共同の寝室”ってだけで、その、なんというか……!」
「だから余計にダメなのよォ!!」
ナナの怒声が会議室の壁を震わせた。
その隣で、ミキがひそひそ声で、
「なんかまた“伝説”作りそうな予感しかしないんだけど……」
「ていうか、ハルカが“出張でケントと同室になった女”って社内チャットで流れる未来が見えた……」
エミリの声にハルカが反射的に首を振る。
「なってない! なってないから!」
「でも同室は確定なんでしょ?」
「ちが……たぶん、変更されるはず……ナナが怒鳴ってくれたし……」
──いや、むしろナナの怒り方が完全に私情入ってた気がするんだけど。
「なぁ、ケント」
「ん?」
「お前、どう思ってんの?」
唐突に、サバナが言った。
広報と営業の間を取り持つような中間ポジの彼女は、サバサバしていて場の空気を読むのがうまい。
「なにが?」
「ハルカと同室」
「え、あの、それは……別に」
「別に?」
「別にいやじゃない、って意味じゃなくて、いや……どう言えば……」
「おーい、赤いぞー?」
エミリが茶々を入れ、ミキが口元を押さえて吹き出す。
その横で、ナナは沈黙していた。
肩を震わせ、深く息を吸い――
「絶対、変更させますからね。倫理的にも、恋愛的にも、精神衛生的にも」
ずっとモヤモヤしていた感情を、一気にぶつけるような口調だった。
ハルカは思った。
――私、ナナにとってどんな存在なんだろう。
同じ広報、同じチーム。でも時々、視線が痛い。
そして今、その目はまっすぐケントに向けられていた。
「ハルカさんが、傷つくようなことはしないでくださいね」
「え、いや、俺……」
「言いましたから」
そう言って、ナナは席を立つ。
ぱたん、とドアが閉じた。
会議室の空気が、しんと静まる。
しばしの沈黙のあと――
「……あの子、ほんとはいい子なんだけどね」
ミキがつぶやいた。
「うん、ちょっと不器用なだけで」
エミリも続く。
そしてケントが、ぽつりと。
「……ハルカ」
「なに?」
「……ほんとに、嫌だったら、ちゃんと言って。無理だけは、しないで」
その一言が、今のハルカにはいちばん効いた。
言えないと思っていた。出張が怖いとも、同室が不安だとも。でも――。
「……ありがと。言えると思う。あんたなら」
小さな声だったけれど、ちゃんと伝わった。
ふたりの間に、また一つ、新しい沈黙が生まれた。
でもそれは、悪いものじゃなかった。
そして次の出張が、すぐそこまで迫っていることも、誰もがわかっていた。
部長の一言で、静まり返った会議室に軽くどよめきが走る。
プロジェクト名「NEO-X導入研修」。次世代クラウドシステムの法人向け導入サポート業務。要は、新しいシステムを地方拠点に教えに行く、という内容だ。
「おいおい、また出張かよ……」
「前回、地獄の尿意ツアーだったのに……」
小声でボヤきながらも、何名かの顔には期待と緊張が浮かんでいた。
その中で、ケントは表情を変えずに書類を閉じ、ハルカは反射的に隣のケントの横顔をちらりと盗み見て、ほんのりと頬を赤らめる。
――また、同じメンバー……?
すぐに、緊張の波が押し寄せてきた。
案の定、今回の出張メンバーには、ハルカ、ケント、そして広報のナナが含まれていた。
「……ふーん、またその三人?」
ナナの声が妙に鋭く、少しだけ会議室の温度が下がる気がした。
「えーっと、宿泊先の手配ですが……」
新卒で入ったばかりの総務のリサが、慣れない手つきで手配リストを確認していたそのとき――事件は起きた。
「えっ、あ、すみません、ちょっと確認を……」
「どうかした?」
「……宿泊の部屋割り、男女で分けるのを……うっかり忘れてて……」
「……は?」
「男女で……その……“同室扱い”になってるみたいで……」
「はぁぁあああああ!?!?!?!?」
会議室が凍った。
その直後に爆発したのは、ナナだった。
「なにそれ!? どこのエロゲ!? ふざけてんの!? ふざけてるの!? この会社、倫理どうなってんの!?!?!?」
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ!!」
慌てて頭を下げるリサの背後で、ハルカは真っ赤になった顔を伏せ、ケントはフリーズしたまま事務的に書類を持ち上げていた。
「し、仕切りがあってベッドは別らしいから! い、いちおう“共同の寝室”ってだけで、その、なんというか……!」
「だから余計にダメなのよォ!!」
ナナの怒声が会議室の壁を震わせた。
その隣で、ミキがひそひそ声で、
「なんかまた“伝説”作りそうな予感しかしないんだけど……」
「ていうか、ハルカが“出張でケントと同室になった女”って社内チャットで流れる未来が見えた……」
エミリの声にハルカが反射的に首を振る。
「なってない! なってないから!」
「でも同室は確定なんでしょ?」
「ちが……たぶん、変更されるはず……ナナが怒鳴ってくれたし……」
──いや、むしろナナの怒り方が完全に私情入ってた気がするんだけど。
「なぁ、ケント」
「ん?」
「お前、どう思ってんの?」
唐突に、サバナが言った。
広報と営業の間を取り持つような中間ポジの彼女は、サバサバしていて場の空気を読むのがうまい。
「なにが?」
「ハルカと同室」
「え、あの、それは……別に」
「別に?」
「別にいやじゃない、って意味じゃなくて、いや……どう言えば……」
「おーい、赤いぞー?」
エミリが茶々を入れ、ミキが口元を押さえて吹き出す。
その横で、ナナは沈黙していた。
肩を震わせ、深く息を吸い――
「絶対、変更させますからね。倫理的にも、恋愛的にも、精神衛生的にも」
ずっとモヤモヤしていた感情を、一気にぶつけるような口調だった。
ハルカは思った。
――私、ナナにとってどんな存在なんだろう。
同じ広報、同じチーム。でも時々、視線が痛い。
そして今、その目はまっすぐケントに向けられていた。
「ハルカさんが、傷つくようなことはしないでくださいね」
「え、いや、俺……」
「言いましたから」
そう言って、ナナは席を立つ。
ぱたん、とドアが閉じた。
会議室の空気が、しんと静まる。
しばしの沈黙のあと――
「……あの子、ほんとはいい子なんだけどね」
ミキがつぶやいた。
「うん、ちょっと不器用なだけで」
エミリも続く。
そしてケントが、ぽつりと。
「……ハルカ」
「なに?」
「……ほんとに、嫌だったら、ちゃんと言って。無理だけは、しないで」
その一言が、今のハルカにはいちばん効いた。
言えないと思っていた。出張が怖いとも、同室が不安だとも。でも――。
「……ありがと。言えると思う。あんたなら」
小さな声だったけれど、ちゃんと伝わった。
ふたりの間に、また一つ、新しい沈黙が生まれた。
でもそれは、悪いものじゃなかった。
そして次の出張が、すぐそこまで迫っていることも、誰もがわかっていた。
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