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第5章 帝国決戦
閑話5 ノーネーム(エイン帝国暗殺者)
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いつからか、命を奪うのが好きだった。
最初は昆虫。そこから動物、そして万物の霊長である人体に行きつくのにそこまで時間はかからなかった。
といっても、銃で狙うとか爆弾で破壊するとかそういう方には向かなかった。
ナイフ。
この一本のちゃちな凶器でも、簡単に1人の人間がこの世から消える。
そんな矛盾した存在に惹かれた。
それ以上に、肉をえぐる感触が心をえぐった。
あの皮膚を破壊し、脂肪分を貫きながら、そこまで隠していた大事な大事な臓器を貫く瞬間などエクスタシーを覚える。
それ以上に、スリルが心を躍らせた。
ナイフでやるということは、それだけ相手に密接するということ。
そのスリルが俺を興奮させて、吐き出す吐息が、驚愕した表情が、なんともエクスタシーを感じさせる。
その中で格別だったのが相手の大事な人に化けての暗殺。
信じていた人に裏切られた時の人間の顔。
そいつが最期に見るのは死ではない。
この俺だ。
この俺を見て、時に驚愕し、時に絶望し、時に憤慨し、時に狂乱し、時に泣きわめき、時に悲嘆に暮れ、そして出血多量で死んでいく。その時の感触も千差万別で、時を経るごとに変化する肉の抵抗も俺を満足させた。
そのエクスタシーが、両手の指で数えられなくなるくらいになるころ、俺はヘマを踏んで、そして殺された。
人を殺しているのだ。
逆に殺されることはあり得ないと思うほど、俺は落ちぶれちゃいない。
だからこの結末は想定通り。
早いか遅いの違いでしかなかった。
だが、神はこの俺にチャンスをくれた。
どれだけえぐっても解体しても怒られない最高の世界。
何より、より仕事をやりやすくするスキルというチート能力。
これによって今までと段違いの仕事の効率と、よりエクスタシーを感じることができるようになった。
だが去年。
その仕事にケチがついた。
せっかく準備を整え、彼女の信頼を勝ち取り、絶好のタイミングで迎えた本番を、エクスタシーに達する瞬間を、どっかの死にぞこないに邪魔された。
仕事は1つの潜入で1回まで。
そう決めていたから、その時は引き上げたけど、フラストレーションはかなり溜まった。
だからもう一度だ。
あのジャンヌ・ダルクとかいうクソ生意気なガキを血祭りにあげる。
そのための準備は、もう出来ている。
だからあとはやるだけだ。
背後から這いより、相手が油断している隙を狙い――
「いただきっ!」
手を伸ばす。
目標に手を伸ばす。
もう遅い。もらった。
待ちに待った最高のチャンス。
これを、この瞬間を待っていた。
えぐる。
取った。
勝った。
この圧倒的な達成感。
この圧倒的な快楽感。
この圧倒的な高揚感。
希望から絶望に叩き落とす様を、どれだけ見てきたか。
この肉の感触。
それを味わうのが何よりも愉悦。超エクスタシー。
だからやめらんねー。
「あー、僕様のお肉!」
「くひゃひゃひゃ! それそれ! その悔しがった顔、最高の味付けだぜぇ!」
そう、鍋で他人が育てた肉を横からかっさらうのは。
「むきー! お前、今、僕様を敵に回したよ! 元帥府の10万の軍がお前の首を狙うからな!」
長浜杏とかいう大将軍様がちっちゃい体を、これでもかと振り回して自己主張する。
俺との間には鍋という緩衝地帯があるため、俺の体に直接文句を言えないためだ。
しっかし、この大将軍様も平時は本当にちょろいな。
「はっ、たかが1人を殺すのに10万も必要とは。天下の大将軍様は肝の小さいお人ですなぁ」
「ぐっ、ぐぐぐー! くそ、もっとお肉は? お肉……ああ、ない!」
「肉肉うるさいねぇ。そんなに育ちたいのかい、おちびちゃん?」
「うるさいうるさい! お肉は大事なんだよ! てか背丈なんてお前もあんまり変わんないだろー!」
「はっ、そんな誇れる体じゃねーだろ」
「なにをー!」
と、俺と大将軍様の言い争いに割って入るように、甲高い声が響く。
「ちょっと! 暴れないでもらえます? アラン! 服が汚れましたわ。お手拭きを頂戴?」
俺の右隣に座る、どの時代から来たんだってくらい意味の分からない、こんな時にもドレスを着たままの、えっと名前はなんだっけ……あぁ、クリスなんたら。
その背後には影のように付き従う執事服の男は、なんでも彼女のスキルで作った人間だとか。
ま、偽物の人間には興味ないけどさ。
「むむむー! てか元帥! なんで僕様がこんなやつらと鍋を囲まなくちゃいけないのさ!」
「たまには良いだろう。同じプレイヤー同士。同じ料理を食べるのは」
鍋を囲む最後の人間。
堂島元帥が淡々と答える。
そう、ここはこの堂島元帥の私室。
彼女になんの理由かもわからず集められ、なんの理由かもわからないまま鍋パーティが始まったのだった。
しかし、この部屋。何もない。
一国の元帥というのだから相当の金はもらっているだろうに、テーブルに椅子、ベッド、それから洋服かけと必要最低限のものしかない。
年頃の女子にありそうな、化粧品もオシャレな服も可愛らしい小物も何もない。
一般的には新居の3日目でもこれ以上の品はそろえているだろうのに。
いったい何が楽しくてこんな殺風景な部屋に住んでいるのかと思ってしまう。
そんな中、一人黙々と白菜、白滝、えのき、しいたけといった競争率の低いものをバクバク食べているエイン帝国最強の軍人。なぜか頭に頭巾を巻いて、エプロン姿というのほほんとした格好がさらにアンバランス感を加速させる。
ひょうひょうとしているように見えるが、正直、この女を暗殺するのは無理じゃないかと思ってしまう。
いや、暗殺自体はできるだろう。
けど俺好みにはならない。
たとえば、彼女に一番近しい人間と言えば、今文句を垂れている堂島杏とかいう大将軍様だろう。
だが彼女が成りすまして元帥閣下を殺そうと襲い掛かったとしても「そうか」とだけつぶやいて終わりそうな気がする。
それは俺的にはつまらない。殺りがいがない。なんら感動も絶頂も得られないのだ。
彼女が泣きわめき絶望する姿が全くもって思いつかないのだから、万が一にでも誰かに彼女を暗殺してくれと頼まれても断固として拒否するつもりだった。
「ま、いーけどね。気に入らないのを除けば、女子会みたいで楽しーし!」
「みたい? まるで自分が女じゃねぇみてーな言い様だな?」
「ち、違うし! 僕様は女子だし! 女の子だし! 花も恥じらうさそり座の乙女だし!」
「はぁん? そういや前に聞いたんだけどよ。お前、あの裏切者の尾田張人に言われてただろ。おっさん少女って」
「ち、ちちち違うし! まだ僕様はピチピチのにじゅ――じゅうななさいだし!」
「あなたたち、うるさいですわ! まったく。本当に品というものがありませんわね。いいこと? わたくしをよぅく見習いなさい。ほら、アラン、その卵を頂戴。そしてわたくしにあーんしなさい。ほら、あーん……あちぇえええええ!」
絶叫して転げまわるお嬢様。
品がないのはどっちなんだよ、って話なんだけど……。
「前から思ったんだけど……馬鹿?」
「馬鹿」
大将軍様に同意を求めると首肯して返ってきた。
そりゃあ……ご愁傷さまだな。
「ちょ、ちょっと失礼しますわ。アラン、水を。あと着替えをします!」
バタバタと部屋から出ていくクリスなんとか。
うるさいのが1人(もとい合計2人)減って、なんとなく圧迫感が消えた。
「ふぅ、やれやれ。とりあえず邪魔が減ったということで。ちょっといい、元帥?」
大将軍が少し声のトーンを落として元帥に話を振る。
「なんか煌夜ちんとたっつんが色々動いているみたいだけど。どうなの?」
煌夜ちん。あの教皇様ね。苦手なんだよね、あのなんでも見透かしていますみたいな目。
たっつん、というのは……あぁ、あの新入りか。シバとかシンバとかいう。
その2人が暗躍しているのは知っている。
俺も煌夜に頼まれて、オムカに使いぱしりされたからだ。
だが元帥は顔色を変えず、鍋のつゆをすすりながら、
「彼らが何をしようが私には関係ない」
「まぁ、元帥ならそうだよねー」
「だがその2人の動きがもし、私の邪魔をするのなら――」
元帥の箸が持ち上がり、鍋を突き刺す。
そこから取り出したのは、はんぺん。
「まとめてつぶすだけだ」
ぞくり、とした。
そして諦めた。
この人物を殺すのは駄目だ。
はんぺんを突き刺した状態という、めちゃくちゃ格好悪い光景けど、その殺気、殺意。
殺しを生業にしている俺だからこそ理解できる。
この人物は異常だ、と。
さっき、この人物を殺しても面白くないと思ったが、それは誤りだとはっきりと分かった。
殺される。
この人物を殺そうとした瞬間に、腰にある剣に手が伸びて真っ二つにされる。
年の差もそうないだろう、世間一般的には若者に部類する彼女が、どうして大帝国の軍事のトップにいるのか。
それを理解した。
一度は殺された俺でも、別に死ぬのが好きなわけではない。
はっ、まったく。
もしかしてそれを分からせるために自分を呼んだんじゃないか、と思ってしまう。
それほど、この元帥閣下は威圧感があった。
俺がそんな諦念に包まれている中、もう1つの騒動の種が花開いていた。
「煌夜様を……何するですって?」
「あ……」
大将軍が声を漏らす。
外に出ていったと思わしきクリスなんとかが、元帥閣下の背後に立っている。
その目に、確固たる殺意を秘めて。
あー……そういえばこの女。教皇様にゾッコンだったっけか。
それに対して、つぶすと言い切ったのだから、彼女としては愛する教皇様を馬鹿にされたに等しいわけで。
「アラン!」
声と共に、黒い影が動いた。
クリスなんとかの背後に立っていた執事服の男が、主の意志を受けて音もなく動く。
そして伸ばす。
元帥閣下を叩き潰すために、害意そのものとなったその腕を。
元帥閣下はまったく動じず動かない。むしろはんぺんを一口。
その背後から襲い掛かる拳を見ようともせず、
「食事中だ」
背後からの一撃を首だけで避けると、箸を持った右手でその腕を取って下に思いきり叩きつける。
執事服が宙を舞い、そのままテーブルに激突した。
「アランっ!」
クリスなんとかの悲鳴。
だがそれ以上に1つの事態が発生していた。
執事服の男がテーブルに激突したということは、その上に乗っていたものが影響を受けるということ。
運悪くテーブルの端に激突したことで、てこの原理で上に乗っていたものがその反対側――元帥閣下の背後にいるクリスなんとかに向かって飛ぶ。
中でも最大級の、熱々の出汁入りの鍋が。
「きゃああああああ!」
あ、これは無理だ。
そう思った次の瞬間に、元帥閣下が動いた。
元帥閣下はお椀と箸を捨てると、背後に振り返り、そのままクリスなんとかに抱き着く。
そして彼女を押しのけるようにして、自らの背中で鍋を受けた。
水が弾ける音。そして中身が床に散らばり、最後に鍋がゴロンと床を叩く。
うわぁ、熱いぞ。あれ。
だが元帥閣下は顔色1つ変えずに、抱きかかえたクリスなんとかを見下ろして言う。
「無事か」
「……は、はぁ」
呆けたようなクリスなんとか。もちろん熱々の汁は一滴も彼女を襲っていない。
対して元帥閣下の背中からは湯気がもうもうと立ち上り、常人なら熱さと火傷の痛みに転がっても不思議ではないほどだ。
「あーあー、こんなにしちゃって。元帥。熱いでしょ。冷やしてきなよ。後片付けは僕様がやっておくからさ」
見れば大将軍はちゃっかり自分のお椀をキープして被害を最小限に防いでいた。
なるほど、この抜かりのなさが元帥府という軍の最高峰に登りつめさせたのか。
「ああ、そうさせてもらおう。頼んだ」
「はいはーい」
そして元帥閣下は隣室へと引っ込んでしまった。
残されたのは俺と、「さて、どうしようかなー」と気楽に悩む大将軍。
そして、もう1人。
「どうしましょう、アラン。わたくしには煌夜様という人がいるのに……あぁ、あぁ、堂島様……素敵」
エクスタシーにも似た表情を浮かべ、夢の中に入ってしまったクリスなんとか。
その人物たちを見て思う。
なんつーか不幸だね、俺って。
こんな殺しがいのある奴らが、敵じゃなく味方にいるなんて、さ。
最初は昆虫。そこから動物、そして万物の霊長である人体に行きつくのにそこまで時間はかからなかった。
といっても、銃で狙うとか爆弾で破壊するとかそういう方には向かなかった。
ナイフ。
この一本のちゃちな凶器でも、簡単に1人の人間がこの世から消える。
そんな矛盾した存在に惹かれた。
それ以上に、肉をえぐる感触が心をえぐった。
あの皮膚を破壊し、脂肪分を貫きながら、そこまで隠していた大事な大事な臓器を貫く瞬間などエクスタシーを覚える。
それ以上に、スリルが心を躍らせた。
ナイフでやるということは、それだけ相手に密接するということ。
そのスリルが俺を興奮させて、吐き出す吐息が、驚愕した表情が、なんともエクスタシーを感じさせる。
その中で格別だったのが相手の大事な人に化けての暗殺。
信じていた人に裏切られた時の人間の顔。
そいつが最期に見るのは死ではない。
この俺だ。
この俺を見て、時に驚愕し、時に絶望し、時に憤慨し、時に狂乱し、時に泣きわめき、時に悲嘆に暮れ、そして出血多量で死んでいく。その時の感触も千差万別で、時を経るごとに変化する肉の抵抗も俺を満足させた。
そのエクスタシーが、両手の指で数えられなくなるくらいになるころ、俺はヘマを踏んで、そして殺された。
人を殺しているのだ。
逆に殺されることはあり得ないと思うほど、俺は落ちぶれちゃいない。
だからこの結末は想定通り。
早いか遅いの違いでしかなかった。
だが、神はこの俺にチャンスをくれた。
どれだけえぐっても解体しても怒られない最高の世界。
何より、より仕事をやりやすくするスキルというチート能力。
これによって今までと段違いの仕事の効率と、よりエクスタシーを感じることができるようになった。
だが去年。
その仕事にケチがついた。
せっかく準備を整え、彼女の信頼を勝ち取り、絶好のタイミングで迎えた本番を、エクスタシーに達する瞬間を、どっかの死にぞこないに邪魔された。
仕事は1つの潜入で1回まで。
そう決めていたから、その時は引き上げたけど、フラストレーションはかなり溜まった。
だからもう一度だ。
あのジャンヌ・ダルクとかいうクソ生意気なガキを血祭りにあげる。
そのための準備は、もう出来ている。
だからあとはやるだけだ。
背後から這いより、相手が油断している隙を狙い――
「いただきっ!」
手を伸ばす。
目標に手を伸ばす。
もう遅い。もらった。
待ちに待った最高のチャンス。
これを、この瞬間を待っていた。
えぐる。
取った。
勝った。
この圧倒的な達成感。
この圧倒的な快楽感。
この圧倒的な高揚感。
希望から絶望に叩き落とす様を、どれだけ見てきたか。
この肉の感触。
それを味わうのが何よりも愉悦。超エクスタシー。
だからやめらんねー。
「あー、僕様のお肉!」
「くひゃひゃひゃ! それそれ! その悔しがった顔、最高の味付けだぜぇ!」
そう、鍋で他人が育てた肉を横からかっさらうのは。
「むきー! お前、今、僕様を敵に回したよ! 元帥府の10万の軍がお前の首を狙うからな!」
長浜杏とかいう大将軍様がちっちゃい体を、これでもかと振り回して自己主張する。
俺との間には鍋という緩衝地帯があるため、俺の体に直接文句を言えないためだ。
しっかし、この大将軍様も平時は本当にちょろいな。
「はっ、たかが1人を殺すのに10万も必要とは。天下の大将軍様は肝の小さいお人ですなぁ」
「ぐっ、ぐぐぐー! くそ、もっとお肉は? お肉……ああ、ない!」
「肉肉うるさいねぇ。そんなに育ちたいのかい、おちびちゃん?」
「うるさいうるさい! お肉は大事なんだよ! てか背丈なんてお前もあんまり変わんないだろー!」
「はっ、そんな誇れる体じゃねーだろ」
「なにをー!」
と、俺と大将軍様の言い争いに割って入るように、甲高い声が響く。
「ちょっと! 暴れないでもらえます? アラン! 服が汚れましたわ。お手拭きを頂戴?」
俺の右隣に座る、どの時代から来たんだってくらい意味の分からない、こんな時にもドレスを着たままの、えっと名前はなんだっけ……あぁ、クリスなんたら。
その背後には影のように付き従う執事服の男は、なんでも彼女のスキルで作った人間だとか。
ま、偽物の人間には興味ないけどさ。
「むむむー! てか元帥! なんで僕様がこんなやつらと鍋を囲まなくちゃいけないのさ!」
「たまには良いだろう。同じプレイヤー同士。同じ料理を食べるのは」
鍋を囲む最後の人間。
堂島元帥が淡々と答える。
そう、ここはこの堂島元帥の私室。
彼女になんの理由かもわからず集められ、なんの理由かもわからないまま鍋パーティが始まったのだった。
しかし、この部屋。何もない。
一国の元帥というのだから相当の金はもらっているだろうに、テーブルに椅子、ベッド、それから洋服かけと必要最低限のものしかない。
年頃の女子にありそうな、化粧品もオシャレな服も可愛らしい小物も何もない。
一般的には新居の3日目でもこれ以上の品はそろえているだろうのに。
いったい何が楽しくてこんな殺風景な部屋に住んでいるのかと思ってしまう。
そんな中、一人黙々と白菜、白滝、えのき、しいたけといった競争率の低いものをバクバク食べているエイン帝国最強の軍人。なぜか頭に頭巾を巻いて、エプロン姿というのほほんとした格好がさらにアンバランス感を加速させる。
ひょうひょうとしているように見えるが、正直、この女を暗殺するのは無理じゃないかと思ってしまう。
いや、暗殺自体はできるだろう。
けど俺好みにはならない。
たとえば、彼女に一番近しい人間と言えば、今文句を垂れている堂島杏とかいう大将軍様だろう。
だが彼女が成りすまして元帥閣下を殺そうと襲い掛かったとしても「そうか」とだけつぶやいて終わりそうな気がする。
それは俺的にはつまらない。殺りがいがない。なんら感動も絶頂も得られないのだ。
彼女が泣きわめき絶望する姿が全くもって思いつかないのだから、万が一にでも誰かに彼女を暗殺してくれと頼まれても断固として拒否するつもりだった。
「ま、いーけどね。気に入らないのを除けば、女子会みたいで楽しーし!」
「みたい? まるで自分が女じゃねぇみてーな言い様だな?」
「ち、違うし! 僕様は女子だし! 女の子だし! 花も恥じらうさそり座の乙女だし!」
「はぁん? そういや前に聞いたんだけどよ。お前、あの裏切者の尾田張人に言われてただろ。おっさん少女って」
「ち、ちちち違うし! まだ僕様はピチピチのにじゅ――じゅうななさいだし!」
「あなたたち、うるさいですわ! まったく。本当に品というものがありませんわね。いいこと? わたくしをよぅく見習いなさい。ほら、アラン、その卵を頂戴。そしてわたくしにあーんしなさい。ほら、あーん……あちぇえええええ!」
絶叫して転げまわるお嬢様。
品がないのはどっちなんだよ、って話なんだけど……。
「前から思ったんだけど……馬鹿?」
「馬鹿」
大将軍様に同意を求めると首肯して返ってきた。
そりゃあ……ご愁傷さまだな。
「ちょ、ちょっと失礼しますわ。アラン、水を。あと着替えをします!」
バタバタと部屋から出ていくクリスなんとか。
うるさいのが1人(もとい合計2人)減って、なんとなく圧迫感が消えた。
「ふぅ、やれやれ。とりあえず邪魔が減ったということで。ちょっといい、元帥?」
大将軍が少し声のトーンを落として元帥に話を振る。
「なんか煌夜ちんとたっつんが色々動いているみたいだけど。どうなの?」
煌夜ちん。あの教皇様ね。苦手なんだよね、あのなんでも見透かしていますみたいな目。
たっつん、というのは……あぁ、あの新入りか。シバとかシンバとかいう。
その2人が暗躍しているのは知っている。
俺も煌夜に頼まれて、オムカに使いぱしりされたからだ。
だが元帥は顔色を変えず、鍋のつゆをすすりながら、
「彼らが何をしようが私には関係ない」
「まぁ、元帥ならそうだよねー」
「だがその2人の動きがもし、私の邪魔をするのなら――」
元帥の箸が持ち上がり、鍋を突き刺す。
そこから取り出したのは、はんぺん。
「まとめてつぶすだけだ」
ぞくり、とした。
そして諦めた。
この人物を殺すのは駄目だ。
はんぺんを突き刺した状態という、めちゃくちゃ格好悪い光景けど、その殺気、殺意。
殺しを生業にしている俺だからこそ理解できる。
この人物は異常だ、と。
さっき、この人物を殺しても面白くないと思ったが、それは誤りだとはっきりと分かった。
殺される。
この人物を殺そうとした瞬間に、腰にある剣に手が伸びて真っ二つにされる。
年の差もそうないだろう、世間一般的には若者に部類する彼女が、どうして大帝国の軍事のトップにいるのか。
それを理解した。
一度は殺された俺でも、別に死ぬのが好きなわけではない。
はっ、まったく。
もしかしてそれを分からせるために自分を呼んだんじゃないか、と思ってしまう。
それほど、この元帥閣下は威圧感があった。
俺がそんな諦念に包まれている中、もう1つの騒動の種が花開いていた。
「煌夜様を……何するですって?」
「あ……」
大将軍が声を漏らす。
外に出ていったと思わしきクリスなんとかが、元帥閣下の背後に立っている。
その目に、確固たる殺意を秘めて。
あー……そういえばこの女。教皇様にゾッコンだったっけか。
それに対して、つぶすと言い切ったのだから、彼女としては愛する教皇様を馬鹿にされたに等しいわけで。
「アラン!」
声と共に、黒い影が動いた。
クリスなんとかの背後に立っていた執事服の男が、主の意志を受けて音もなく動く。
そして伸ばす。
元帥閣下を叩き潰すために、害意そのものとなったその腕を。
元帥閣下はまったく動じず動かない。むしろはんぺんを一口。
その背後から襲い掛かる拳を見ようともせず、
「食事中だ」
背後からの一撃を首だけで避けると、箸を持った右手でその腕を取って下に思いきり叩きつける。
執事服が宙を舞い、そのままテーブルに激突した。
「アランっ!」
クリスなんとかの悲鳴。
だがそれ以上に1つの事態が発生していた。
執事服の男がテーブルに激突したということは、その上に乗っていたものが影響を受けるということ。
運悪くテーブルの端に激突したことで、てこの原理で上に乗っていたものがその反対側――元帥閣下の背後にいるクリスなんとかに向かって飛ぶ。
中でも最大級の、熱々の出汁入りの鍋が。
「きゃああああああ!」
あ、これは無理だ。
そう思った次の瞬間に、元帥閣下が動いた。
元帥閣下はお椀と箸を捨てると、背後に振り返り、そのままクリスなんとかに抱き着く。
そして彼女を押しのけるようにして、自らの背中で鍋を受けた。
水が弾ける音。そして中身が床に散らばり、最後に鍋がゴロンと床を叩く。
うわぁ、熱いぞ。あれ。
だが元帥閣下は顔色1つ変えずに、抱きかかえたクリスなんとかを見下ろして言う。
「無事か」
「……は、はぁ」
呆けたようなクリスなんとか。もちろん熱々の汁は一滴も彼女を襲っていない。
対して元帥閣下の背中からは湯気がもうもうと立ち上り、常人なら熱さと火傷の痛みに転がっても不思議ではないほどだ。
「あーあー、こんなにしちゃって。元帥。熱いでしょ。冷やしてきなよ。後片付けは僕様がやっておくからさ」
見れば大将軍はちゃっかり自分のお椀をキープして被害を最小限に防いでいた。
なるほど、この抜かりのなさが元帥府という軍の最高峰に登りつめさせたのか。
「ああ、そうさせてもらおう。頼んだ」
「はいはーい」
そして元帥閣下は隣室へと引っ込んでしまった。
残されたのは俺と、「さて、どうしようかなー」と気楽に悩む大将軍。
そして、もう1人。
「どうしましょう、アラン。わたくしには煌夜様という人がいるのに……あぁ、あぁ、堂島様……素敵」
エクスタシーにも似た表情を浮かべ、夢の中に入ってしまったクリスなんとか。
その人物たちを見て思う。
なんつーか不幸だね、俺って。
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転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
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森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
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少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
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