516 / 627
間章 それぞれの決断
間章6 椎葉達臣(エイン帝国軍師)
しおりを挟む
月が替わり、停戦の期限まで半月を切った。
そのため帝都では大わらわで開戦の準備が進められている。
「シーバ様、部隊の準備がおおよそ整いました」
タニアが執務室に来てそう告げた。
「そうか、早いね」
「いえ、以前よりシーバ様がおっしゃっていた通り、準備を進めていましたので」
確かに講和会議に向かう前、タニアにはそう告げていた。
何か不測の事態が起こる可能性もあったからで、万が一の保険程度だったけど、まさかこうなるとは。
「それにしてもまたシーバ様と一緒に戦えるのは、とても嬉しいです」
「そうだね、僕もだよタニア」
「は、はい!」
タニアが少し顔を上気させて頷く。
彼女の部隊――故デュエイン将軍麾下の部隊3千を今回自分は指揮することになる。
指揮なんてやったこともないけど、自分の立場上そうなった。
この戦いにおいて、僕は堂島元帥や長浜大将軍の軍師として戦場に出ることになったが、いざ開戦となった時に手持無沙汰になりかねない。
というのも、堂島元帥も長浜大将軍も直感で動かすタイプということで、軍略は立てるものの、あとはその場で臨機応変を求められた。
まぁ正直、自分はそんな軍略に詳しいわけでもないし、自分よりはるかに腕の立つ人はたくさんいるのだから、あくまで助言者である方が気楽でいい。
とはいえそうなった時に人材を遊ばせておくのはもったいない、ということで、ビンゴ王国での自分の統率ぶりを見たとかで、何を評価したのか堂島元帥は僕に一軍を授けたのだ。
正直億劫だったけど、タニアのいる部隊だと知って少し肩の荷が降りた。
そんなわけで自分は軍師というより軍師将軍という肩書で今度の決戦に挑むことになる。
それから部隊のみんなに挨拶して、それからはひたすらに自分に割り当てられた部屋で紙と格闘していた。
帝国の軍法や兵法書と比べ合わせてひたすらにそれを吸収した。
もともと勉強はそこそこできる方だった。
なにせ、何よりも劣っている人間が、人並みの生活を得ようと思ったら血のにじむような努力が必要だったのだ。
何より写楽明彦からの影響が大きい。
明彦、か……。
まさか本当にこの世界にいるとは、そして女になってると思わなかった。というか少女だ。
それでいてあの雰囲気は明彦以外の何物でもない。
あいつが敵にいる。
そして里奈も。
本当に、因果な関係だ。
これだったら、何のために火をつけたのか、まったくわからないじゃないか。
「シーバ様、どうしました?」
「ん、いや……なんでもない」
タニアに急に話しかけられ、慌てて打ち消した。
それをどう感じたのか、タニアは眉を下げて、
「そう、ですか……ですが、その……」
口をもごもごさせて何かを言おうとしているが、決心がつかないようだった。
「なんでも言ってくれよ。僕は新米の将軍だから、あまり頼りにならないと思う。だからこそ、いろいろ助言してくれるとありがたい」
「いえ、シーバ様が頼りにならないなど……えっと……ですが」
「怒らないから言ってくれ。逆にそっちの方が気になるんだ」
なるだけ優しく彼女に語り掛ける。
すると彼女は意を決したように、
「わ、わかりました。その……僭越ながら申し訳ありませんが、何か、相談に乗れることがありましたら、ぜひ言ってください。それに、最近のシーバ様はこんを詰めすぎというか、お体が心配で」
なんと。
まさか自分は心配されているのか。
彼女からすれば上役に対して余計なお世話ともとれることを行っているのだ。
通常の組織では知らないけど、軍隊ではそういったことが異常であることはなんとなく想像がつく。
要は上役は部下に舐められたら終わりなのだ。
部下からすれば、命を預けるのだ。
少しでも気弱なところを見せれば、頼りない上司と見限られかねない。
だからタニアは言おうか迷ったし、かなり言いづらそうにしていたわけで。
「ああ、ありがとう。大戦の前にちょっとナーバスになっていたみたいだ」
気取るものでもないけど、とっさに口に出たのはごまかしの言葉だった。
やはり自信がないと言い切るのは、彼女に不安な思いを与えるだろうし、明彦のことを言っても彼女には意味がない。
だから彼女には心配をかけまいと必死に言い訳して取り繕った。
「そう、ですか……仕方ありません。それなら――」
そうタニアは残念そうな、安心したような表情を浮かべ、
そして――
「死んでください」
「え?」
邪悪に笑った。
そして銀色が来た。
それが何か判断する暇はない。
彼女の邪悪に反射的にスキルを発動する。
「『罪を清める浄化の炎』!」
僕と彼女の間、大仰な机が炎に包まれた。
今まで兵法を学ぶために筆写していたノートも本も灰燼に帰した。いや、もう不要だ。全部頭に入ってる。
惜しむべきはそちらじゃない。
タニア――いや、違う。
こんなことをするのは、出来るのは1人しか知らない。
タニアの姿をした相手は、炎を見ると咄嗟にバックステップして難を逃れた。
その顔。
タニアの顔だがタニアじゃない。
そう、煌夜から聞いている。
そういったことが可能なスキルを持つプレイヤーがいることを。
「ノーネーム、か?」
「くひゃひゃ、ご名答ー」
タニア――いや、ノーネームが自らの顔に手をかかげ、その後にはタニアではなく、初対面の少女の顔があった。
一見すれば可愛らしい、おとなしそうな少女。
だがその顔をひどく歪めて、舌を出して笑う少女は、これまで見たことのない邪悪の化身とも呼べる。
その少女は、邪悪の笑みをひっこめると、冷めた表情で優雅に一礼して、
「はじめまして、軍師様。わたくし、エイン帝国の『名無し』と申す者。特技は変装。趣味は暗殺。以後、お見知りおきを」
「最低の趣味だ。聞いているよ。大層評判の良い暗殺者がいるって」
「くひゃ、これはこれは。名前が売れるのも考えもの。仕事がやりづらくなるのも困りものだよなぁ」
「仕事……依頼されたのか? いや、そもそも僕なんかを殺しても仕方ないだろ」
だって僕は底辺だから。
それを危険を冒して殺すなんて、労力の無駄だ。
「ひっひ、煌夜や元帥閣下から聞いた通り、自己評価の低い野郎だ。お前さんはもっとできる子だって聞いたぞ?」
「買いかぶりだよ。それより、最期に聞かせてくれないか。誰が僕を殺そうとしている?」
死にたいとは思わない。
もう二度とあんな苦しい思いはごめんだ。
けど喧嘩にはまったく自信がない。
さっきは偶然防げたけど、また来られた時に対処できる自信はない。
「くひゃひゃ、そりゃすまねーな。誰に依頼されてもねーよ。これはまぁ、挨拶だ。新任の軍師様がいるってことで、な」
それをどこまで信じられるか。
第一、暗殺者本人に言われてもって感じだ。
「疑ってんなぁ。ならこれで安心かい?」
そう言って手に持った銀色のナイフをポケットにしまって見せるノーネーム。
だが武器がそれだけとは限らない。飛び道具で来られたらそれこそいっかんの終わりだ。
「疑いぶけーみたいだなぁ。ほれ、これならどうだ? それによ、俺は信頼した人間に化けて殺すのが好きなの。信じてた人が刃を向ける。そんな絶望に満ちた顔を見ながら逝きてぇの。だからこの顔をさらしたことで信頼しなくてもいいから信用してくれ」
絨毯に腰をどっかり落として座り込むノーネーム。
敵意がないということを示したいわけだろうが……。
「わかった」
「おお、よかったよかった」
「いや、お前が最低の人間だということがだよ」
「そっちかよ……ま、いっか。間違ってねーし」
そしてかんらと笑う。
その言動に、ハッと気づかされた。
『学者馬鹿? ま、いっか。間違ってないし。馬鹿学者よりマシだ』
在りし日の記憶がフラッシュバックする。
明彦。
あいつと過ごした1年に満たない時間。
それがここでも尾を引くのか。
「んん? やっぱりなんかアンニュイな感じじゃね? このねーちゃんが心配しているのも本当だな」
ノーネームは自分の格好を示しながら言う。
タニアのことだろうか。
「さっきのは安心させるための演技だったんだろう?」
「はっ、見くびんなよ。俺だって、ちゃんと相手になりきるために調査してるのさ。さっきのはこのねーちゃんの本心だよ。本気でお前のことを案じてるのさ。けどなんだか言葉にしにくそーだから。くひゃ。俺が代わり伝えてやったってわけ」
「それはどうも」
正直、有難迷惑だった。
「なんだよ、もっと感謝してもいいんだぜ? てかあのねーちゃん。絶対お前のことが好きだ。請け合ってもいい。いや、お前と彼女の恋のキューピッドを請け負ってもいいぜ?」
「ちょっと待ってくれ」
「なんだよ」
「僕を好きになる女の子なんていないよ。いたとしても、勘違いだ」
僕の言葉に、ノーネームはきょとんとした様子で黙り込み、
「くひゃひゃひゃひゃ! こりゃすごい! ここまでこじらせてんのか! いやー、ご立派! 朴念仁もここまでくれば立派なものだ! なに? そうやって悲劇の主人公ぶってるの? それとも僕なんて好きになるわけないよね、って童貞のたわごと!? いやいや、歪みまくってるな。そろそろ中学2年生は卒業しとけよ?」
大きく笑い声をあげた。
いかに僕とはいえ、そこまで言われてはムッとせざるを得ない。
「用は済んだだろ? 帰ってくれないか」
「悪かったよ。しかし、つれねーなー。これから同じ標的を狙う同志だってのに」
「何が同志だよ」
会ったばかりで、それもこんな意気投合もしない相手に何を言い出すのか。
「“同士”だよ。同じ標的を持ってるだろ?」
「何の話だ?」
「ジャンヌ・ダルク」
「!?」
「くひゃ! 顔つきが変わったな。そうだよ、煌夜から聞いたのさ。あいつと因縁あるんだってな」
心中で舌打ちする。
いくらなんでも口が軽くないか、煌夜?
「そうか、ジャンヌ・ダルクを狙って見事に失敗した帝国の暗殺者ってのは君か」
「へぇ、さすがだね。そこらも知って、それを反撃に織り込んでくるとはさ」
「ま、だからどうしたって話だろうけど。……そうか、あいつを殺すのか」
「そういうこと。んで? 因縁ってなんなのさ? そこらを聞いたうえで暗殺計画に盛り込みたいんだけど」
どうやら煌夜はそこまでは言わなかったらしい。
ま、いいさ。あいつの命を狙うなら、少しこの暗殺者をけん制しておくのもいい。
「あいつは友達だよ」
「へぇ?」
「だからあいつを殺すのは僕だ」
友達だ。だから殺す。
それはあいつの存在を知って以来、考え続けてきたこと。
他人からすれば取るに足らないどうでもいい理由だろう。
けど僕には、そう僕だけには違ったんだ。
「くひゃひゃひゃ! てめぇ、やっぱ歪んでやがるな。何が友達だよ。殺る気満々な顔しやがって!」
「自覚はしているよ」
そう、そのことは自覚している。
友達なのに、友情と殺意を同居させた存在。
そして実際に手を下した自分。
歪んでいるのは間違いない。
何よりも劣っていると自分を卑下するように認識しているのも、その延長線上だろう。
いや、それは事実だからしょうがないか。
「いいね、気に入ったよ。お前はあの大将軍よりよっぽどイイ。俺がジャンヌ・ダルクを殺ったら、次はプライベートでお前を殺しにくるわ」
「断固断る」
「ケチ。減るもんじゃないだろ」
「僕の命が減るんだけど?」
「ちぇ、ま、いっか。どうせチャンスはあるわけだし。とりあえず俺が先手だな。ちょっくら殺しに行ってくらぁ」
なんか最悪の敵を作った気分だ。
しかも一応味方だからさらに性質が悪い。
「はぁ……僕のどこに気に入る要素があるんだか」
「はっ、んなもん決まってんだろ」
そしてノーネームは、さも可笑しそうに、狂いそうに、笑った。哂った。
「お前同様、俺も歪んでるからだよ」
そのため帝都では大わらわで開戦の準備が進められている。
「シーバ様、部隊の準備がおおよそ整いました」
タニアが執務室に来てそう告げた。
「そうか、早いね」
「いえ、以前よりシーバ様がおっしゃっていた通り、準備を進めていましたので」
確かに講和会議に向かう前、タニアにはそう告げていた。
何か不測の事態が起こる可能性もあったからで、万が一の保険程度だったけど、まさかこうなるとは。
「それにしてもまたシーバ様と一緒に戦えるのは、とても嬉しいです」
「そうだね、僕もだよタニア」
「は、はい!」
タニアが少し顔を上気させて頷く。
彼女の部隊――故デュエイン将軍麾下の部隊3千を今回自分は指揮することになる。
指揮なんてやったこともないけど、自分の立場上そうなった。
この戦いにおいて、僕は堂島元帥や長浜大将軍の軍師として戦場に出ることになったが、いざ開戦となった時に手持無沙汰になりかねない。
というのも、堂島元帥も長浜大将軍も直感で動かすタイプということで、軍略は立てるものの、あとはその場で臨機応変を求められた。
まぁ正直、自分はそんな軍略に詳しいわけでもないし、自分よりはるかに腕の立つ人はたくさんいるのだから、あくまで助言者である方が気楽でいい。
とはいえそうなった時に人材を遊ばせておくのはもったいない、ということで、ビンゴ王国での自分の統率ぶりを見たとかで、何を評価したのか堂島元帥は僕に一軍を授けたのだ。
正直億劫だったけど、タニアのいる部隊だと知って少し肩の荷が降りた。
そんなわけで自分は軍師というより軍師将軍という肩書で今度の決戦に挑むことになる。
それから部隊のみんなに挨拶して、それからはひたすらに自分に割り当てられた部屋で紙と格闘していた。
帝国の軍法や兵法書と比べ合わせてひたすらにそれを吸収した。
もともと勉強はそこそこできる方だった。
なにせ、何よりも劣っている人間が、人並みの生活を得ようと思ったら血のにじむような努力が必要だったのだ。
何より写楽明彦からの影響が大きい。
明彦、か……。
まさか本当にこの世界にいるとは、そして女になってると思わなかった。というか少女だ。
それでいてあの雰囲気は明彦以外の何物でもない。
あいつが敵にいる。
そして里奈も。
本当に、因果な関係だ。
これだったら、何のために火をつけたのか、まったくわからないじゃないか。
「シーバ様、どうしました?」
「ん、いや……なんでもない」
タニアに急に話しかけられ、慌てて打ち消した。
それをどう感じたのか、タニアは眉を下げて、
「そう、ですか……ですが、その……」
口をもごもごさせて何かを言おうとしているが、決心がつかないようだった。
「なんでも言ってくれよ。僕は新米の将軍だから、あまり頼りにならないと思う。だからこそ、いろいろ助言してくれるとありがたい」
「いえ、シーバ様が頼りにならないなど……えっと……ですが」
「怒らないから言ってくれ。逆にそっちの方が気になるんだ」
なるだけ優しく彼女に語り掛ける。
すると彼女は意を決したように、
「わ、わかりました。その……僭越ながら申し訳ありませんが、何か、相談に乗れることがありましたら、ぜひ言ってください。それに、最近のシーバ様はこんを詰めすぎというか、お体が心配で」
なんと。
まさか自分は心配されているのか。
彼女からすれば上役に対して余計なお世話ともとれることを行っているのだ。
通常の組織では知らないけど、軍隊ではそういったことが異常であることはなんとなく想像がつく。
要は上役は部下に舐められたら終わりなのだ。
部下からすれば、命を預けるのだ。
少しでも気弱なところを見せれば、頼りない上司と見限られかねない。
だからタニアは言おうか迷ったし、かなり言いづらそうにしていたわけで。
「ああ、ありがとう。大戦の前にちょっとナーバスになっていたみたいだ」
気取るものでもないけど、とっさに口に出たのはごまかしの言葉だった。
やはり自信がないと言い切るのは、彼女に不安な思いを与えるだろうし、明彦のことを言っても彼女には意味がない。
だから彼女には心配をかけまいと必死に言い訳して取り繕った。
「そう、ですか……仕方ありません。それなら――」
そうタニアは残念そうな、安心したような表情を浮かべ、
そして――
「死んでください」
「え?」
邪悪に笑った。
そして銀色が来た。
それが何か判断する暇はない。
彼女の邪悪に反射的にスキルを発動する。
「『罪を清める浄化の炎』!」
僕と彼女の間、大仰な机が炎に包まれた。
今まで兵法を学ぶために筆写していたノートも本も灰燼に帰した。いや、もう不要だ。全部頭に入ってる。
惜しむべきはそちらじゃない。
タニア――いや、違う。
こんなことをするのは、出来るのは1人しか知らない。
タニアの姿をした相手は、炎を見ると咄嗟にバックステップして難を逃れた。
その顔。
タニアの顔だがタニアじゃない。
そう、煌夜から聞いている。
そういったことが可能なスキルを持つプレイヤーがいることを。
「ノーネーム、か?」
「くひゃひゃ、ご名答ー」
タニア――いや、ノーネームが自らの顔に手をかかげ、その後にはタニアではなく、初対面の少女の顔があった。
一見すれば可愛らしい、おとなしそうな少女。
だがその顔をひどく歪めて、舌を出して笑う少女は、これまで見たことのない邪悪の化身とも呼べる。
その少女は、邪悪の笑みをひっこめると、冷めた表情で優雅に一礼して、
「はじめまして、軍師様。わたくし、エイン帝国の『名無し』と申す者。特技は変装。趣味は暗殺。以後、お見知りおきを」
「最低の趣味だ。聞いているよ。大層評判の良い暗殺者がいるって」
「くひゃ、これはこれは。名前が売れるのも考えもの。仕事がやりづらくなるのも困りものだよなぁ」
「仕事……依頼されたのか? いや、そもそも僕なんかを殺しても仕方ないだろ」
だって僕は底辺だから。
それを危険を冒して殺すなんて、労力の無駄だ。
「ひっひ、煌夜や元帥閣下から聞いた通り、自己評価の低い野郎だ。お前さんはもっとできる子だって聞いたぞ?」
「買いかぶりだよ。それより、最期に聞かせてくれないか。誰が僕を殺そうとしている?」
死にたいとは思わない。
もう二度とあんな苦しい思いはごめんだ。
けど喧嘩にはまったく自信がない。
さっきは偶然防げたけど、また来られた時に対処できる自信はない。
「くひゃひゃ、そりゃすまねーな。誰に依頼されてもねーよ。これはまぁ、挨拶だ。新任の軍師様がいるってことで、な」
それをどこまで信じられるか。
第一、暗殺者本人に言われてもって感じだ。
「疑ってんなぁ。ならこれで安心かい?」
そう言って手に持った銀色のナイフをポケットにしまって見せるノーネーム。
だが武器がそれだけとは限らない。飛び道具で来られたらそれこそいっかんの終わりだ。
「疑いぶけーみたいだなぁ。ほれ、これならどうだ? それによ、俺は信頼した人間に化けて殺すのが好きなの。信じてた人が刃を向ける。そんな絶望に満ちた顔を見ながら逝きてぇの。だからこの顔をさらしたことで信頼しなくてもいいから信用してくれ」
絨毯に腰をどっかり落として座り込むノーネーム。
敵意がないということを示したいわけだろうが……。
「わかった」
「おお、よかったよかった」
「いや、お前が最低の人間だということがだよ」
「そっちかよ……ま、いっか。間違ってねーし」
そしてかんらと笑う。
その言動に、ハッと気づかされた。
『学者馬鹿? ま、いっか。間違ってないし。馬鹿学者よりマシだ』
在りし日の記憶がフラッシュバックする。
明彦。
あいつと過ごした1年に満たない時間。
それがここでも尾を引くのか。
「んん? やっぱりなんかアンニュイな感じじゃね? このねーちゃんが心配しているのも本当だな」
ノーネームは自分の格好を示しながら言う。
タニアのことだろうか。
「さっきのは安心させるための演技だったんだろう?」
「はっ、見くびんなよ。俺だって、ちゃんと相手になりきるために調査してるのさ。さっきのはこのねーちゃんの本心だよ。本気でお前のことを案じてるのさ。けどなんだか言葉にしにくそーだから。くひゃ。俺が代わり伝えてやったってわけ」
「それはどうも」
正直、有難迷惑だった。
「なんだよ、もっと感謝してもいいんだぜ? てかあのねーちゃん。絶対お前のことが好きだ。請け合ってもいい。いや、お前と彼女の恋のキューピッドを請け負ってもいいぜ?」
「ちょっと待ってくれ」
「なんだよ」
「僕を好きになる女の子なんていないよ。いたとしても、勘違いだ」
僕の言葉に、ノーネームはきょとんとした様子で黙り込み、
「くひゃひゃひゃひゃ! こりゃすごい! ここまでこじらせてんのか! いやー、ご立派! 朴念仁もここまでくれば立派なものだ! なに? そうやって悲劇の主人公ぶってるの? それとも僕なんて好きになるわけないよね、って童貞のたわごと!? いやいや、歪みまくってるな。そろそろ中学2年生は卒業しとけよ?」
大きく笑い声をあげた。
いかに僕とはいえ、そこまで言われてはムッとせざるを得ない。
「用は済んだだろ? 帰ってくれないか」
「悪かったよ。しかし、つれねーなー。これから同じ標的を狙う同志だってのに」
「何が同志だよ」
会ったばかりで、それもこんな意気投合もしない相手に何を言い出すのか。
「“同士”だよ。同じ標的を持ってるだろ?」
「何の話だ?」
「ジャンヌ・ダルク」
「!?」
「くひゃ! 顔つきが変わったな。そうだよ、煌夜から聞いたのさ。あいつと因縁あるんだってな」
心中で舌打ちする。
いくらなんでも口が軽くないか、煌夜?
「そうか、ジャンヌ・ダルクを狙って見事に失敗した帝国の暗殺者ってのは君か」
「へぇ、さすがだね。そこらも知って、それを反撃に織り込んでくるとはさ」
「ま、だからどうしたって話だろうけど。……そうか、あいつを殺すのか」
「そういうこと。んで? 因縁ってなんなのさ? そこらを聞いたうえで暗殺計画に盛り込みたいんだけど」
どうやら煌夜はそこまでは言わなかったらしい。
ま、いいさ。あいつの命を狙うなら、少しこの暗殺者をけん制しておくのもいい。
「あいつは友達だよ」
「へぇ?」
「だからあいつを殺すのは僕だ」
友達だ。だから殺す。
それはあいつの存在を知って以来、考え続けてきたこと。
他人からすれば取るに足らないどうでもいい理由だろう。
けど僕には、そう僕だけには違ったんだ。
「くひゃひゃひゃ! てめぇ、やっぱ歪んでやがるな。何が友達だよ。殺る気満々な顔しやがって!」
「自覚はしているよ」
そう、そのことは自覚している。
友達なのに、友情と殺意を同居させた存在。
そして実際に手を下した自分。
歪んでいるのは間違いない。
何よりも劣っていると自分を卑下するように認識しているのも、その延長線上だろう。
いや、それは事実だからしょうがないか。
「いいね、気に入ったよ。お前はあの大将軍よりよっぽどイイ。俺がジャンヌ・ダルクを殺ったら、次はプライベートでお前を殺しにくるわ」
「断固断る」
「ケチ。減るもんじゃないだろ」
「僕の命が減るんだけど?」
「ちぇ、ま、いっか。どうせチャンスはあるわけだし。とりあえず俺が先手だな。ちょっくら殺しに行ってくらぁ」
なんか最悪の敵を作った気分だ。
しかも一応味方だからさらに性質が悪い。
「はぁ……僕のどこに気に入る要素があるんだか」
「はっ、んなもん決まってんだろ」
そしてノーネームは、さも可笑しそうに、狂いそうに、笑った。哂った。
「お前同様、俺も歪んでるからだよ」
0
あなたにおすすめの小説
Re:攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。【第一部新生版】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
剣と魔法が交差する世界——。
ある男女のもとに、一人の赤子が生まれた。
その名は、アスフィ・シーネット。
魔法の才能を持たなければ、生き残ることすら厳しい世界。
彼は運よく、その力を授かった。
だが、それは 攻撃魔法ではなく、回復魔法のみだった。
戦場では、剣を振るうことも、敵を討つこともできない。
ただ味方の傷を癒やし、戦いを見届けるだけの存在。
——けれど、彼は知っている。
この世界が、どこへ向かうのかを。
いや、正しくは——「思い出しつつある」。
彼は今日も、傷を癒やす。
それが”何度目の選択”なのかを、知ることもなく。
※これは第一部完結版です。
聖女を追放した国の物語 ~聖女追放小説の『嫌われ役王子』に転生してしまった。~
猫野 にくきゅう
ファンタジー
国を追放された聖女が、隣国で幸せになる。
――おそらくは、そんな内容の小説に出てくる
『嫌われ役』の王子に、転生してしまったようだ。
俺と俺の暮らすこの国の未来には、
惨めな破滅が待ち構えているだろう。
これは、そんな運命を変えるために、
足掻き続ける俺たちの物語。
追放もの悪役勇者に転生したんだけど、パーティの荷物持ちが雑魚すぎるから追放したい。ざまぁフラグは勘違いした主人公補正で無自覚回避します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ざまぁフラグなんて知りません!勘違いした勇者の無双冒険譚
ごく一般的なサラリーマンである主人公は、ある日、異世界に転生してしまう。
しかし、転生したのは「パーティー追放もの」の小説の世界。
なんと、追放して【ざまぁされる予定】の、【悪役勇者】に転生してしまったのだった!
このままだと、ざまぁされてしまうが――とはならず。
なんと主人公は、最近のWeb小説をあまり読んでおらず……。
自分のことを、「勇者なんだから、当然主人公だろ?」と、勝手に主人公だと勘違いしてしまったのだった!
本来の主人公である【荷物持ち】を追放してしまう勇者。
しかし、自分のことを主人公だと信じて疑わない彼は、無自覚に、主人公ムーブで【ざまぁフラグを回避】していくのであった。
本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。
本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった
盛平
ファンタジー
パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。
神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。
パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。
ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
勇者をしている者なんですけど、キモデブ装甲のモブAにチェンジ魔法を使われて、身体が入れ替わった!? ありがとうモブA!やっと解放された!
くらげさん
ファンタジー
雑草のように湧いてくる魔王の討伐を1000年のあいだ勇者としてこなしてきたら、キモデブ装甲のモブAに身体を取られてしまった。
モブAは「チェンジ魔法」のユニークスキル持ちだった。
勇者は勇者を辞めたかったから丁度良かったと、モブAに変わり、この姿でのんびり平和に暮らして行こうと思った。
さっそく家に帰り、妹に理由を話すと、あっさりと信じて、勇者は妹が見たかった景色を見せてやりたいと、1000年を取り戻すような旅に出掛けた。
勇者は勇者の名前を捨てて、モブオと名乗った。
最初の街で、一人のエルフに出会う。
そしてモブオはエルフが街の人たちを殺そうとしていると気付いた。
もう勇者じゃないモブオは気付いても、止めはしなかった。
モブオは自分たちに関係がないならどうでもいいと言って、エルフの魔王から二週間の猶予を貰った。
モブオは妹以外には興味なかったのである。
それから妹はエルフの魔王と仲良くなり、エルフと別れる夜には泣き止むのに一晩かかった。
魔王は勇者に殺される。それは確定している。
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる