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第1章 オムカ王国独立戦記
第22話 オムカの明(めい)
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太陽は中天にさしかかり、光の恵みをあますところなく王都バーベルを照らし出す。
それはつまり王宮に住む者だけでなく、営舎に寝起きする兵士たちや道を行く一般人、さらには野良犬といったものすべてが享受する恵みだ。
「ふぃー食った食った。やっぱあの店のムニエルは一品だな。夜ならもっと飲めたんだけど残念無念」
サカキが腹を撫でながらげっぷをする。
下品なやつ、と思いながら少し意外に思う。こういう奴は肉をガッツリというタイプだと思ったが、どうやら魚が主食らしい。
「お前は食いすぎだ。3人前食べればそうなる」
「うん。見ていて胸やけがしそうだった」
「嫌だなぁジャンヌちゃん。あれくらい俺には朝飯前だって。もう昼過ぎだけど。それよりジャンヌちゃんこそしっかり食べなきゃ。あれじゃ育たないぞ」
うるさいな。俺はもともと小食なんだ。
それに異世界の食事というのもまだ慣れない。米もあるがどちらかというとタイ米で、あのふっくらとした感じが出ていないのが残念だ。魚もみそ焼きや照り焼き、煮つけといったものが恋しく感じる。刺身はあるのだが、醤油とわさびがないのが致命的だ。
これでカルチャーショックを受けずにいられようか。
「なぁジル。醤油とわさびって知ってる?」
「はぁ、ショーユにワサビですか。うーん、聞いたことありませんね」
ダメ元で聞いてみたけどやっぱりダメか。
「はっは、ジャンヌちゃんは色んなことを知ってるな。もしかして外国から来たのか?」
サカキに言われ、ハッと気づく。
日本はもはやこの世界にとっては外国ということは……。
「シータ国は海外との貿易をしてるって言ってたよね。鉄砲とか」
「はい、その通りですが。ジャンヌ様、何を考えています?」
「鉄砲に醤油。もしそういったものを手に入れられたら強い力になると思う。欲しいな、シータ国。いや貿易港が」
そもそも富国のために手っ取り早いのは金を稼ぐことだ。
その最たるものが貿易なのは、平清盛に織田信長を見れば明らかだ。
「難しいですね。シータ国とは長年の敵国ですし。一応、南の川を下っていけばシータ国に行けますが……」
「てっぽうって、外国の兵器だろ。大きな音で驚かすっていう」
サカキの感想に「鉄砲伝来直後か!」と突っ込みたかったが、よく考えたらこの国にはまだ伝来してもいないのか。
これはますます事を急いだほうがよさそうだ。
「よし、そろそろ俺は戻ろうかな」
腹ごなしも済んだことだし書庫に戻ろうかと思った矢先のことだった。
「このガキ! なにしやがる!」
怒声が賑やかな通りを駆け抜け、一気に周囲の温度を下げた。
人混みがその震源地を取り囲むように空白地帯を作る。
「お、喧嘩か?」
サカキが目を輝かせて飛び出したのを、俺とジルは仕方なく追う。
人の輪をかき分けて進むサカキの後を追うと、そこでは見れば3人ほどの白い服を着た屈強な男たちが、1人の少女相手に凄んでいた。
「あー、ありゃまずいな」
「何が?」
「ジャンヌ様、あれは将軍の親衛隊の制服です」
将軍の? あぁ、ハカラか。
やれやれ、上が上なら下も下だ。相手は年端もいかない少女で、着るものも俺が最初に着てた布の服よりボロボロで、おどおどした様子は見ているだけで哀れを誘う。
そんな少女を3人がかりでいたぶるのだから、程度が知れるというものだ。
「てめぇ、俺の真っ白な隊服を汚ねぇ泥で汚しやがって……」
「かはっ、あーあー、お前昨日クリーニング出したばっかだろ? ついてねーなー」
「へっ、どーせあのクリーニング屋を脅してタダで仕立てたって言ってたやつだろ」
「だがよぉ、ゆるせねぇよな。俺の心はこの隊服みたいに真っ白にさわやかだったんだぜ。それをこんな汚ねぇことされるとは、よ!」
男が苛立ち紛れに足を蹴り上げる。蹴られた少女が悲鳴を上げて倒れた。彼女が手にした籠から、大小さまざまな花が地面に飛び散らかった。
ざわめきが起こる。ひどいとか人でなしとか声が上がるが、
「てめぇらうるせぇぞ! 俺らが誰か分かってんだろうなぁ?」
男の一喝にピタリと黙りこくってしまった。
あぁ、やっぱり同じだ。人間なんてそんなものだ。これが日本ならカメラの音が入り乱れていたはずだ。
気分が悪い。
そう思って何もしない。きっと俺も傍観者の1人だったに違いない。
昨日までなら。
今は違う。
決めたのだ。
戦って、生き延びて、そしていつか元の世界に戻る。
そんなたいそれた望みを持つ俺が、女の子1人救えないで何を言うのか。
一歩前に出る。肩を掴まれた。
「いけません、ジャンヌ様」
「ジル、俺はもう決めたんだよ」
俺はジルの手を払いのけて前に出る。
人の壁が作る闘技場のその舞台に。
「あ? なんだ、てめぇは?」
「ひょぅ、こりゃまたかわいこちゃんが来たじゃねぇか」
「もしかして俺たちの強さに憧れて抱かれに来ちゃったか!? ぎゃははは!」
俺はその3人を無視して、倒れた女の子に近寄ると抱き起して、
「大丈夫?」
「あ……ありがと」
「これは、お花?」
「う、うん。誰かに、買ってもらいたくて」
その言葉に衝撃を受けた。
こんな小さな子が花売りをしているなんて。
俺が彼女くらいの時は、適当に学校に行って遊んでた。仕事なんて考えたこともない。それが当たり前だと思っていた。今思えば、なんて恵まれた世界だったんだろう。
「分かった。俺が買おう、全部」
思わず言っていた。
ジルの副官となったからには軍属ということで、給料が支払われた。だからそれくらいの手持ちはあるつもりだ。
「本当っ!?」
ぱぁっと花が咲くように少女が笑顔になる。それだけで何か救われた。そんな気がした。
「ああ、そのためには落ちた花を拾わないと」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お兄ちゃんなんだけどな。
なんて言ってもこの子には分からないだろう。
だから手分けをして落ちた花を拾おうとした時、
「てめぇ、俺たち無視してくっちゃべってんじゃねぇよ」
少女を蹴り飛ばした男が、落ちた花をブーツで踏みつぶした。
そして苛立ち露わに俺の襟首をつかんで強引に俺を立たせる。
「マジ舐めてんだろ。あ? もうてめぇでいいや。この俺の心を汚した慰謝料とクリーニング代500万、持って来いよ。持ってこなきゃどうなるか分かってんだろうな? それともおもちゃになるか? 俺たち親衛隊300人の世話でもするか?」
まさしくチンピラの恐喝だ。けど怖い。体が震えるほど。日本の俺なら足ががくがく震えてすぐさま命乞いをしていただろう。
だが今は違う。
俺には力がある。知恵がある。目的がある。
「おいおい、ブーン。こいつブルっちゃってるぜ。お前が怖すぎんだよ」
「そうそう。なぁあんた。ブーンってキレっとマジヤバいから。今のうちに謝っときな? そうすりゃ骨の一本くらいで許してくれるからよ」
独立。
そんなことは正直絵空事だと思った。あまり関係ないんじゃないかとも思った。
けど、この扱いはひどすぎる。こんなことは変えなければいけない。そのために、あの愚物どもを追い出さなきゃいけないのであれば――これはきっと、その第一歩になるのだろう。
「俺の名前はジャンヌだ」
「はぁ?」
「オムカ王国第2師団隊長ジーン・ルートロワの副官のジャンヌ・ダルクだ」
「はぁ? だからどうしたんだよ」「てか俺って。やべ、ちょっと滾って来た! こんな生意気な女、やべぇだろ!」「はっは、オムカの雑魚が俺たちに逆らおうってわけ? 超ウケル」
右手に本。『古の魔導書』に新たなページが現れた。
『ブーン・ガリトリクス。27歳、男。ハカラ親衛隊の一員。その性格は傲慢で怒ると見境がない。オムカ国民を見下しており、これまで起こした障害事件、脅迫、強盗、無銭飲食などの罪状は数え知れず。いつもバルト・グラーデ、ビル・フォーンとつるみ、3Bと恐れられている。これ以上は情報が足りません』
なるほどね、名前を知られたくらいじゃこんなもんか。
それでもこれは武器となる。
「ブーン・ガリトリクス。度重なる傷害事件、窃盗、脅迫、恐喝、無銭飲食。357件に至るお前の犯罪の記録を帝国に送った。今頃、帝国から捕縛の命が下るところだろう」
「はぁ? なんでてめぇがそんなことを」
ブーンが凄んで言う。
だがその中に若干の戸惑いがあるのを見逃さない。
「この国にも司法がある。国としての立場もな。それが帝国に訴えればどうなるか。お前に分かるか?」
「法だと? ふざけんな、俺は親衛隊だぞ! ハカラ将軍の部下だぞ! 誰がオムカの法など従うかよ!」
「残念ながらこれは帝国の法だよ。帝国にしても年がら年中占領地政策にかかわっていられないからハカラ将軍に一任しているわけだが、それも度を過ぎれば帝国の目にも留まる。そうなった時、ハカラ将軍はお前を守るかな? 自分の地位を守るためにお前らを切り捨てるのが一番楽で簡単だろう」
「お、おい……もしかしてヤバい?」「い、嫌だぜ。帝国に追われるのは」
「けっ、てめぇらビビッてんじゃねぇよ。こんな確証もねぇこと、信じるわきゃねーだろ!」
「帝国法第197条。占領地で現地の民衆に過度の暴行を加えた者は帝国の名のもとに斬首の刑とする。半年前、この法の下に南部自治領で5人の兵が処断された。彼らの罪状は窃盗。さて、その357倍の罪を犯したお前らがどういった処罰を受けるか見ものだな」
「ざ、斬首!? 嘘だろ!?」「や、やべぇ俺はもう降りた!」
取り巻きの2人が背を見せて逃げ出した。
それを見てブーンは少したじろいだようだ。
「てめぇ許さねぇぞ」
怒りで不安を追い払ったブーン。だがその動きが止まる。
「おっと、それ以上はやめておいた方がいいですよ」
「そうそう。斬首の前に首が飛ぶよ。怖いんだから、この隊長さんは」
ジルとサカキがいつの間にかブーンの後ろに立っている。
2人とも腰にさした剣に手を添えている。ブーンが下手な動きをしたら切りつける覚悟だろう。それをブーンも感じ取ったのか、数秒の間を開けて一歩後ろに下がる。
「ちっ、覚えておけよ!」
覚えてるわけねーだろばーか。
見事なほどテンプレの捨て台詞を吐いて逃げるように去って行く男の背中に、心の中で舌を出して見送る。
途端、わっと周囲が歓声を上げた。
「なんと、すごい! あの荒くれどもを追っ払っちまった!」「おお、あの建国の英雄と同じ……」「ジャンヌ様。もったいない、もったいない」「あぁジャンヌ様、かっこいい……」
はぁ。元凶がいなくなった途端これだよ。しかも名前まで知れ渡ってしまった。仕方ないとはいえ少し迂闊だったか。
「ジャンヌ様。あまり危険な真似は……」
「悪かったよジル。でも民を守るのが軍なんだろ」
「ですが……しかし」
「ま、いいじゃん。結果オーライだよ。てか凄いねジャンヌちゃん。帝国法なんていつ勉強したのさ」
「あんなもん、出まかせに決まってるだろ」
「へ?」
「ハカラたち幹部ならまだしも、あんな頭の悪そうなやつらがそんなもの知るわけない。だから出まかせで十分なんだよ。そもそもこんな辺境――失礼。帝国から見れば遠い地に任命される奴に教養を求めるのもナンセンスだ。ま、もし知ってても言い負かす自信はあったけど」
「俺、ジャンヌちゃん、怖い……」
サカキが唇を細めて震える。
だからなんでカタコトなんだよ。
「お姉ちゃん、ありがとう。これ」
少女がようやく籠に花を入れ終わったらしく、ピンク、黄色、紫といった大小さまざまな花で満ちた籠を差し出してきた。
どうやら無事でとりあえず一安心だ。
「ありがとう。じゃあお金」
「うわぁ、こんなにいっぱい! ありがとう、お姉ちゃん!
「うん、でも俺はお姉ちゃんじゃないから」
「え、そうなの? お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないの?」
「あーうー……お姉ちゃんでいいです」
「うん、わかったお姉ちゃん! また綺麗なお花探してくるからね! わたし、リンっていうの。よろしくね!」
「ああ、また買わせてもらうよ。リン」
お金を持って喜び勇んで走り去るリンを見ながら思う。
偽善者の自己満足と言われてもいい。
俺は今、1人を救った。今は1人だが、俺の力と知恵があればもっと多くの人を救えるかもしれない。それは決して思い上がりじゃない。そう思っている。
「ジル、彼女は城の外から来たのか? あんなボロボロの服で」
あまりに汚れた格好なので、こうやって表通りを歩いている人とは別の人種に見えた。
「いえ。おそらくスラムではないかと」
スラム。この世界にもあるのか。いや、経済社会が成立すれば貧富の差はどうしても出てくる。その最果ての下層。王都とはいえ――いや、富が集中する王都だからこそ存在するのだろう。
「残念ながら王都も華やかなのは大通りだけです。それ以外は戦争で親を失った子たちがお腹を空かせているのが現状です」
戦争孤児か。
…………よし。
「ジル、案内してくれないか?」
「は、はぁ。えっと、まさか、その……」
「スラムだよ。彼女たちが住んでいる場所を見ておきたいんだ」
「それは……やめておいた方が良いかと」
「つまりそれほどひどい場所だと? 俺がまたショックで寝込むとでも?」
「い、いえ。そういうわけでは……」
「嘘が下手だな、ジル」
「えっ、そ、その……申し訳ありません」
「そーそージルってば嘘が苦手なんだよねー。でもジャンヌちゃん。今は俺もこいつに賛成。あそこは地獄だよ。それを無理に見る必要はない」
「嫌なことは見ないことにして、それで独立を謳うのか? それで自由と叫ぶのか?」
「えっ!」
サカキが息を呑む。そして反論しようとして、だが言葉が出ない。それくらい考えて発言してほしいものだ。この2人がどういった立場にいるのか、もっと突っ込んで諭したかったが、今は内輪で争っている場合じゃない。
「ジル、俺は誰だ」
「そ、それはジャンヌ様で……」
「違う。オムカ王国第2師団隊長ジーン・ルートロワの副官だ。ならば守るべき国の裏も表も深く知らなきゃいけない。そうじゃないのか?」
「は……ははっ!」
ったく、副官だってのに。どうしてお前が俺に頭を下げるんだよ。
まぁそれがジルらしさって言えばそうなのかな。
とりあえず、その地獄とやらを見てから。
すべてはそれからだ。
それはつまり王宮に住む者だけでなく、営舎に寝起きする兵士たちや道を行く一般人、さらには野良犬といったものすべてが享受する恵みだ。
「ふぃー食った食った。やっぱあの店のムニエルは一品だな。夜ならもっと飲めたんだけど残念無念」
サカキが腹を撫でながらげっぷをする。
下品なやつ、と思いながら少し意外に思う。こういう奴は肉をガッツリというタイプだと思ったが、どうやら魚が主食らしい。
「お前は食いすぎだ。3人前食べればそうなる」
「うん。見ていて胸やけがしそうだった」
「嫌だなぁジャンヌちゃん。あれくらい俺には朝飯前だって。もう昼過ぎだけど。それよりジャンヌちゃんこそしっかり食べなきゃ。あれじゃ育たないぞ」
うるさいな。俺はもともと小食なんだ。
それに異世界の食事というのもまだ慣れない。米もあるがどちらかというとタイ米で、あのふっくらとした感じが出ていないのが残念だ。魚もみそ焼きや照り焼き、煮つけといったものが恋しく感じる。刺身はあるのだが、醤油とわさびがないのが致命的だ。
これでカルチャーショックを受けずにいられようか。
「なぁジル。醤油とわさびって知ってる?」
「はぁ、ショーユにワサビですか。うーん、聞いたことありませんね」
ダメ元で聞いてみたけどやっぱりダメか。
「はっは、ジャンヌちゃんは色んなことを知ってるな。もしかして外国から来たのか?」
サカキに言われ、ハッと気づく。
日本はもはやこの世界にとっては外国ということは……。
「シータ国は海外との貿易をしてるって言ってたよね。鉄砲とか」
「はい、その通りですが。ジャンヌ様、何を考えています?」
「鉄砲に醤油。もしそういったものを手に入れられたら強い力になると思う。欲しいな、シータ国。いや貿易港が」
そもそも富国のために手っ取り早いのは金を稼ぐことだ。
その最たるものが貿易なのは、平清盛に織田信長を見れば明らかだ。
「難しいですね。シータ国とは長年の敵国ですし。一応、南の川を下っていけばシータ国に行けますが……」
「てっぽうって、外国の兵器だろ。大きな音で驚かすっていう」
サカキの感想に「鉄砲伝来直後か!」と突っ込みたかったが、よく考えたらこの国にはまだ伝来してもいないのか。
これはますます事を急いだほうがよさそうだ。
「よし、そろそろ俺は戻ろうかな」
腹ごなしも済んだことだし書庫に戻ろうかと思った矢先のことだった。
「このガキ! なにしやがる!」
怒声が賑やかな通りを駆け抜け、一気に周囲の温度を下げた。
人混みがその震源地を取り囲むように空白地帯を作る。
「お、喧嘩か?」
サカキが目を輝かせて飛び出したのを、俺とジルは仕方なく追う。
人の輪をかき分けて進むサカキの後を追うと、そこでは見れば3人ほどの白い服を着た屈強な男たちが、1人の少女相手に凄んでいた。
「あー、ありゃまずいな」
「何が?」
「ジャンヌ様、あれは将軍の親衛隊の制服です」
将軍の? あぁ、ハカラか。
やれやれ、上が上なら下も下だ。相手は年端もいかない少女で、着るものも俺が最初に着てた布の服よりボロボロで、おどおどした様子は見ているだけで哀れを誘う。
そんな少女を3人がかりでいたぶるのだから、程度が知れるというものだ。
「てめぇ、俺の真っ白な隊服を汚ねぇ泥で汚しやがって……」
「かはっ、あーあー、お前昨日クリーニング出したばっかだろ? ついてねーなー」
「へっ、どーせあのクリーニング屋を脅してタダで仕立てたって言ってたやつだろ」
「だがよぉ、ゆるせねぇよな。俺の心はこの隊服みたいに真っ白にさわやかだったんだぜ。それをこんな汚ねぇことされるとは、よ!」
男が苛立ち紛れに足を蹴り上げる。蹴られた少女が悲鳴を上げて倒れた。彼女が手にした籠から、大小さまざまな花が地面に飛び散らかった。
ざわめきが起こる。ひどいとか人でなしとか声が上がるが、
「てめぇらうるせぇぞ! 俺らが誰か分かってんだろうなぁ?」
男の一喝にピタリと黙りこくってしまった。
あぁ、やっぱり同じだ。人間なんてそんなものだ。これが日本ならカメラの音が入り乱れていたはずだ。
気分が悪い。
そう思って何もしない。きっと俺も傍観者の1人だったに違いない。
昨日までなら。
今は違う。
決めたのだ。
戦って、生き延びて、そしていつか元の世界に戻る。
そんなたいそれた望みを持つ俺が、女の子1人救えないで何を言うのか。
一歩前に出る。肩を掴まれた。
「いけません、ジャンヌ様」
「ジル、俺はもう決めたんだよ」
俺はジルの手を払いのけて前に出る。
人の壁が作る闘技場のその舞台に。
「あ? なんだ、てめぇは?」
「ひょぅ、こりゃまたかわいこちゃんが来たじゃねぇか」
「もしかして俺たちの強さに憧れて抱かれに来ちゃったか!? ぎゃははは!」
俺はその3人を無視して、倒れた女の子に近寄ると抱き起して、
「大丈夫?」
「あ……ありがと」
「これは、お花?」
「う、うん。誰かに、買ってもらいたくて」
その言葉に衝撃を受けた。
こんな小さな子が花売りをしているなんて。
俺が彼女くらいの時は、適当に学校に行って遊んでた。仕事なんて考えたこともない。それが当たり前だと思っていた。今思えば、なんて恵まれた世界だったんだろう。
「分かった。俺が買おう、全部」
思わず言っていた。
ジルの副官となったからには軍属ということで、給料が支払われた。だからそれくらいの手持ちはあるつもりだ。
「本当っ!?」
ぱぁっと花が咲くように少女が笑顔になる。それだけで何か救われた。そんな気がした。
「ああ、そのためには落ちた花を拾わないと」
「ありがとう、お姉ちゃん」
お兄ちゃんなんだけどな。
なんて言ってもこの子には分からないだろう。
だから手分けをして落ちた花を拾おうとした時、
「てめぇ、俺たち無視してくっちゃべってんじゃねぇよ」
少女を蹴り飛ばした男が、落ちた花をブーツで踏みつぶした。
そして苛立ち露わに俺の襟首をつかんで強引に俺を立たせる。
「マジ舐めてんだろ。あ? もうてめぇでいいや。この俺の心を汚した慰謝料とクリーニング代500万、持って来いよ。持ってこなきゃどうなるか分かってんだろうな? それともおもちゃになるか? 俺たち親衛隊300人の世話でもするか?」
まさしくチンピラの恐喝だ。けど怖い。体が震えるほど。日本の俺なら足ががくがく震えてすぐさま命乞いをしていただろう。
だが今は違う。
俺には力がある。知恵がある。目的がある。
「おいおい、ブーン。こいつブルっちゃってるぜ。お前が怖すぎんだよ」
「そうそう。なぁあんた。ブーンってキレっとマジヤバいから。今のうちに謝っときな? そうすりゃ骨の一本くらいで許してくれるからよ」
独立。
そんなことは正直絵空事だと思った。あまり関係ないんじゃないかとも思った。
けど、この扱いはひどすぎる。こんなことは変えなければいけない。そのために、あの愚物どもを追い出さなきゃいけないのであれば――これはきっと、その第一歩になるのだろう。
「俺の名前はジャンヌだ」
「はぁ?」
「オムカ王国第2師団隊長ジーン・ルートロワの副官のジャンヌ・ダルクだ」
「はぁ? だからどうしたんだよ」「てか俺って。やべ、ちょっと滾って来た! こんな生意気な女、やべぇだろ!」「はっは、オムカの雑魚が俺たちに逆らおうってわけ? 超ウケル」
右手に本。『古の魔導書』に新たなページが現れた。
『ブーン・ガリトリクス。27歳、男。ハカラ親衛隊の一員。その性格は傲慢で怒ると見境がない。オムカ国民を見下しており、これまで起こした障害事件、脅迫、強盗、無銭飲食などの罪状は数え知れず。いつもバルト・グラーデ、ビル・フォーンとつるみ、3Bと恐れられている。これ以上は情報が足りません』
なるほどね、名前を知られたくらいじゃこんなもんか。
それでもこれは武器となる。
「ブーン・ガリトリクス。度重なる傷害事件、窃盗、脅迫、恐喝、無銭飲食。357件に至るお前の犯罪の記録を帝国に送った。今頃、帝国から捕縛の命が下るところだろう」
「はぁ? なんでてめぇがそんなことを」
ブーンが凄んで言う。
だがその中に若干の戸惑いがあるのを見逃さない。
「この国にも司法がある。国としての立場もな。それが帝国に訴えればどうなるか。お前に分かるか?」
「法だと? ふざけんな、俺は親衛隊だぞ! ハカラ将軍の部下だぞ! 誰がオムカの法など従うかよ!」
「残念ながらこれは帝国の法だよ。帝国にしても年がら年中占領地政策にかかわっていられないからハカラ将軍に一任しているわけだが、それも度を過ぎれば帝国の目にも留まる。そうなった時、ハカラ将軍はお前を守るかな? 自分の地位を守るためにお前らを切り捨てるのが一番楽で簡単だろう」
「お、おい……もしかしてヤバい?」「い、嫌だぜ。帝国に追われるのは」
「けっ、てめぇらビビッてんじゃねぇよ。こんな確証もねぇこと、信じるわきゃねーだろ!」
「帝国法第197条。占領地で現地の民衆に過度の暴行を加えた者は帝国の名のもとに斬首の刑とする。半年前、この法の下に南部自治領で5人の兵が処断された。彼らの罪状は窃盗。さて、その357倍の罪を犯したお前らがどういった処罰を受けるか見ものだな」
「ざ、斬首!? 嘘だろ!?」「や、やべぇ俺はもう降りた!」
取り巻きの2人が背を見せて逃げ出した。
それを見てブーンは少したじろいだようだ。
「てめぇ許さねぇぞ」
怒りで不安を追い払ったブーン。だがその動きが止まる。
「おっと、それ以上はやめておいた方がいいですよ」
「そうそう。斬首の前に首が飛ぶよ。怖いんだから、この隊長さんは」
ジルとサカキがいつの間にかブーンの後ろに立っている。
2人とも腰にさした剣に手を添えている。ブーンが下手な動きをしたら切りつける覚悟だろう。それをブーンも感じ取ったのか、数秒の間を開けて一歩後ろに下がる。
「ちっ、覚えておけよ!」
覚えてるわけねーだろばーか。
見事なほどテンプレの捨て台詞を吐いて逃げるように去って行く男の背中に、心の中で舌を出して見送る。
途端、わっと周囲が歓声を上げた。
「なんと、すごい! あの荒くれどもを追っ払っちまった!」「おお、あの建国の英雄と同じ……」「ジャンヌ様。もったいない、もったいない」「あぁジャンヌ様、かっこいい……」
はぁ。元凶がいなくなった途端これだよ。しかも名前まで知れ渡ってしまった。仕方ないとはいえ少し迂闊だったか。
「ジャンヌ様。あまり危険な真似は……」
「悪かったよジル。でも民を守るのが軍なんだろ」
「ですが……しかし」
「ま、いいじゃん。結果オーライだよ。てか凄いねジャンヌちゃん。帝国法なんていつ勉強したのさ」
「あんなもん、出まかせに決まってるだろ」
「へ?」
「ハカラたち幹部ならまだしも、あんな頭の悪そうなやつらがそんなもの知るわけない。だから出まかせで十分なんだよ。そもそもこんな辺境――失礼。帝国から見れば遠い地に任命される奴に教養を求めるのもナンセンスだ。ま、もし知ってても言い負かす自信はあったけど」
「俺、ジャンヌちゃん、怖い……」
サカキが唇を細めて震える。
だからなんでカタコトなんだよ。
「お姉ちゃん、ありがとう。これ」
少女がようやく籠に花を入れ終わったらしく、ピンク、黄色、紫といった大小さまざまな花で満ちた籠を差し出してきた。
どうやら無事でとりあえず一安心だ。
「ありがとう。じゃあお金」
「うわぁ、こんなにいっぱい! ありがとう、お姉ちゃん!
「うん、でも俺はお姉ちゃんじゃないから」
「え、そうなの? お姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないの?」
「あーうー……お姉ちゃんでいいです」
「うん、わかったお姉ちゃん! また綺麗なお花探してくるからね! わたし、リンっていうの。よろしくね!」
「ああ、また買わせてもらうよ。リン」
お金を持って喜び勇んで走り去るリンを見ながら思う。
偽善者の自己満足と言われてもいい。
俺は今、1人を救った。今は1人だが、俺の力と知恵があればもっと多くの人を救えるかもしれない。それは決して思い上がりじゃない。そう思っている。
「ジル、彼女は城の外から来たのか? あんなボロボロの服で」
あまりに汚れた格好なので、こうやって表通りを歩いている人とは別の人種に見えた。
「いえ。おそらくスラムではないかと」
スラム。この世界にもあるのか。いや、経済社会が成立すれば貧富の差はどうしても出てくる。その最果ての下層。王都とはいえ――いや、富が集中する王都だからこそ存在するのだろう。
「残念ながら王都も華やかなのは大通りだけです。それ以外は戦争で親を失った子たちがお腹を空かせているのが現状です」
戦争孤児か。
…………よし。
「ジル、案内してくれないか?」
「は、はぁ。えっと、まさか、その……」
「スラムだよ。彼女たちが住んでいる場所を見ておきたいんだ」
「それは……やめておいた方が良いかと」
「つまりそれほどひどい場所だと? 俺がまたショックで寝込むとでも?」
「い、いえ。そういうわけでは……」
「嘘が下手だな、ジル」
「えっ、そ、その……申し訳ありません」
「そーそージルってば嘘が苦手なんだよねー。でもジャンヌちゃん。今は俺もこいつに賛成。あそこは地獄だよ。それを無理に見る必要はない」
「嫌なことは見ないことにして、それで独立を謳うのか? それで自由と叫ぶのか?」
「えっ!」
サカキが息を呑む。そして反論しようとして、だが言葉が出ない。それくらい考えて発言してほしいものだ。この2人がどういった立場にいるのか、もっと突っ込んで諭したかったが、今は内輪で争っている場合じゃない。
「ジル、俺は誰だ」
「そ、それはジャンヌ様で……」
「違う。オムカ王国第2師団隊長ジーン・ルートロワの副官だ。ならば守るべき国の裏も表も深く知らなきゃいけない。そうじゃないのか?」
「は……ははっ!」
ったく、副官だってのに。どうしてお前が俺に頭を下げるんだよ。
まぁそれがジルらしさって言えばそうなのかな。
とりあえず、その地獄とやらを見てから。
すべてはそれからだ。
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英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
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前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
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そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
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一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
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剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
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