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第1章 オムカ王国独立戦記
第34話 初めての敗北
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「敵の数は2千弱。船で2キロ地点に上陸しております!」
伝令の報告を聞いてハワードは大きく頷く。
ハワードの隣で俺もその報告を聞いていた。クロエも傍にいる。
「うむ、では出ようか」
ハワードのそれほど張るわけでもない声はよく通り、背後の4千の兵に伝わり行軍が始まる。
黙々と移動していく軍は戦いのベテランという風格を醸して頼もしい限りだ。
30分ほどの行軍で停止した場所は、U字型の川の蓋となる部分だ。
そのU字型の底に緑色のシータ軍がいる。
「定期便というのはな、こうやって小勢を出してちまちまと嫌がらせみたいな戦いを挑んでくることなんじゃ。まったく、4千で5万を徹底的にぶちのめしてからやることがシータめ陰気になっておるわ」
さりげなくとんでもない逸話をねじ込んでくるな、この爺さん。
だがそれで現状を把握した。
「となるとわざわざ背水の陣を敷くなんて馬鹿な真似は陽動ってことか」
背水の陣は、味方の退路を断って兵たちに死に物狂いの力を出させようというものだ。
楚漢戦争の英雄韓信が使ったのが有名だが、陽動に誘引、別動隊の奇襲といった勝利のための様々な策のうちの1つに過ぎない。
単体で簡単に使えるようなものではないのだ。
「さぁのぅ。それならほれ、どうだ。指揮をとるか?」
先ほど言われたことだがまだ迷っていた。
何より指揮をとるといっても何をしていいか分からない。これまでもジルに策を話してそれを実行してもらっただけなのだから。
それをハワードに話すと、
「なら策を聞かせい。その通りに動かしてみよう」
どうもお気楽な感じだが、力を認められているのは悪い気はしない。
改めて敵陣を見る。
相手は背水で陣を組んでいる。
いきなりそんな奇策を繰り出すのは罠としか思えない。だが周囲は見渡す限りの平原で、伏兵が潜むような場所はない。
となると嫌がらせか。
こちらが攻めれば乗って来た船で逃げ、こちらが引けばまた兵を繰り出す。そうやって時間稼ぎをしているうちに、大きく回り込んだ伏兵が背後から襲ってくるのが一番ありえそうだ。
ならば――
「一気に攻めて、相手が船に乗り移る前に勝負を決める」
「一気呵成、それが策か」
「兵力はこちらが上だ。大軍に策なし。川に囲まれたとはいえそこまで狭い場所ではないなら兵力差を存分に活かせるはずだ」
「ふむ……」
ハワードは何かを考えるように押し黙ったが、
「分かった、それで行こう。鉦を鳴らせ、三連打!」
総がかりの命令が下されたらしい。
まず先陣が突っ込み、その後にハワード率いる中軍が進む。俺もその中にいる。
そのころには先陣が敵に突っ込んでいた。
怒声と金属の鳴る音が聞こえる。
そこで不審に思った。
何故退かない?
戦闘の音が響いているということは、敵が退いていないということ。
背水の陣とはいえ、必勝の策ではない。死に物狂いで戦うというだけで、兵力差は変わらないのだ。
なのになぜそんな無駄なことをするのか。
何か見落としがあるのか。
周囲を見る。だが平地には軍の影も見えない。
ならば本隊がカルゥム城塞を落としに行った?
いや、城塞には3千を残してある。
地の利もあってそうそう落ちないから、急報が着き次第戻っても問題はないはず。
なら何が――
そこまで考えた時、それは起こった。
「後方から敵襲! 数はおよそ千!」
馬鹿な! どこから!?
背後を見る。誤報かと思ったからだ。
だが馬の上から見える景色には、確かに背後から突っ込んでくる黒い塊があり、それを後軍が迎え撃っているのが見える。
一体どこに……いや、あれは船だ。
そうか。船で上流に回り込んで兵を上陸させたのか。平地に兵の姿が見えないのも当然だ。
朝鮮戦争でダグラス・マッカーサーが取った作戦、クロマイト作戦を知っておきながらこの体たらく。こんな単純な作戦を見過ごすなんて。俺も視界が曇っていたのか、あるいはビンゴ王国やブリーダたちに快勝したことの驕りか。
ともあれこれで俺たちは見事挟撃されたことになる。
どうする。考えろ。ここから打開する策を――
「ふっ、なにを今さら慌てておる、ジャンヌ」
ハワードが嗤った。
笑ったのではなく、嘲笑といった種類のものだ。
「鉦を鳴らせ!」
命じて打たせた鉦の音が戦場に響く。
すると後軍を襲う敵軍、の更に後方から別の部隊が現れた。
旗の色は青。味方だ。
しかし一体どこから……。
「カルゥム城塞からに決まっておるだろ」
呆けている俺の心を読んだのか、ハワードが説明する。
そこでようやく俺にも分かった。
そうか。もともとハワードは敵の位置と背水に目をつけ作戦を読んだに違いない。
背水の敵を攻撃している間に船に乗って背後から伏兵が来る。そこへカルゥム城塞においてきた兵で襲わせたのだ。
負けた。
戦況自体は兵力的にも挟撃の状況的にも味方が優勢に推移し、ついにはシータ軍は船に乗って逃げていった。
こちらも多少の損害は出たが、それ以上にシータ軍の奇襲隊は挟撃をまともにくらって多くの屍を残したのだから味方の勝利と言っていい。
それでも心には敗北感が募る。
俺が指揮したら負けていた。
それは敵に負けた敗北感であり、ハワードの戦術眼にも及ばぬ敗北感だった。それ以上にハワードは俺のことを信じていなかった。だから伏兵のことを俺に教えなかったし、状況に応じて兵を動かした。
策を受け入れるかどうかは主将の判断なのだからそれは間違ってはいないが、置いてきぼりをくらった感覚が強い。
この世界に来て初めて味わう敗北感。
全身から力が抜けていく。
「次代を担う叡智と聞いていたが、まだまだだのぅ」
ハワードの嘆息に、俺は何も言い返せなかった。
伝令の報告を聞いてハワードは大きく頷く。
ハワードの隣で俺もその報告を聞いていた。クロエも傍にいる。
「うむ、では出ようか」
ハワードのそれほど張るわけでもない声はよく通り、背後の4千の兵に伝わり行軍が始まる。
黙々と移動していく軍は戦いのベテランという風格を醸して頼もしい限りだ。
30分ほどの行軍で停止した場所は、U字型の川の蓋となる部分だ。
そのU字型の底に緑色のシータ軍がいる。
「定期便というのはな、こうやって小勢を出してちまちまと嫌がらせみたいな戦いを挑んでくることなんじゃ。まったく、4千で5万を徹底的にぶちのめしてからやることがシータめ陰気になっておるわ」
さりげなくとんでもない逸話をねじ込んでくるな、この爺さん。
だがそれで現状を把握した。
「となるとわざわざ背水の陣を敷くなんて馬鹿な真似は陽動ってことか」
背水の陣は、味方の退路を断って兵たちに死に物狂いの力を出させようというものだ。
楚漢戦争の英雄韓信が使ったのが有名だが、陽動に誘引、別動隊の奇襲といった勝利のための様々な策のうちの1つに過ぎない。
単体で簡単に使えるようなものではないのだ。
「さぁのぅ。それならほれ、どうだ。指揮をとるか?」
先ほど言われたことだがまだ迷っていた。
何より指揮をとるといっても何をしていいか分からない。これまでもジルに策を話してそれを実行してもらっただけなのだから。
それをハワードに話すと、
「なら策を聞かせい。その通りに動かしてみよう」
どうもお気楽な感じだが、力を認められているのは悪い気はしない。
改めて敵陣を見る。
相手は背水で陣を組んでいる。
いきなりそんな奇策を繰り出すのは罠としか思えない。だが周囲は見渡す限りの平原で、伏兵が潜むような場所はない。
となると嫌がらせか。
こちらが攻めれば乗って来た船で逃げ、こちらが引けばまた兵を繰り出す。そうやって時間稼ぎをしているうちに、大きく回り込んだ伏兵が背後から襲ってくるのが一番ありえそうだ。
ならば――
「一気に攻めて、相手が船に乗り移る前に勝負を決める」
「一気呵成、それが策か」
「兵力はこちらが上だ。大軍に策なし。川に囲まれたとはいえそこまで狭い場所ではないなら兵力差を存分に活かせるはずだ」
「ふむ……」
ハワードは何かを考えるように押し黙ったが、
「分かった、それで行こう。鉦を鳴らせ、三連打!」
総がかりの命令が下されたらしい。
まず先陣が突っ込み、その後にハワード率いる中軍が進む。俺もその中にいる。
そのころには先陣が敵に突っ込んでいた。
怒声と金属の鳴る音が聞こえる。
そこで不審に思った。
何故退かない?
戦闘の音が響いているということは、敵が退いていないということ。
背水の陣とはいえ、必勝の策ではない。死に物狂いで戦うというだけで、兵力差は変わらないのだ。
なのになぜそんな無駄なことをするのか。
何か見落としがあるのか。
周囲を見る。だが平地には軍の影も見えない。
ならば本隊がカルゥム城塞を落としに行った?
いや、城塞には3千を残してある。
地の利もあってそうそう落ちないから、急報が着き次第戻っても問題はないはず。
なら何が――
そこまで考えた時、それは起こった。
「後方から敵襲! 数はおよそ千!」
馬鹿な! どこから!?
背後を見る。誤報かと思ったからだ。
だが馬の上から見える景色には、確かに背後から突っ込んでくる黒い塊があり、それを後軍が迎え撃っているのが見える。
一体どこに……いや、あれは船だ。
そうか。船で上流に回り込んで兵を上陸させたのか。平地に兵の姿が見えないのも当然だ。
朝鮮戦争でダグラス・マッカーサーが取った作戦、クロマイト作戦を知っておきながらこの体たらく。こんな単純な作戦を見過ごすなんて。俺も視界が曇っていたのか、あるいはビンゴ王国やブリーダたちに快勝したことの驕りか。
ともあれこれで俺たちは見事挟撃されたことになる。
どうする。考えろ。ここから打開する策を――
「ふっ、なにを今さら慌てておる、ジャンヌ」
ハワードが嗤った。
笑ったのではなく、嘲笑といった種類のものだ。
「鉦を鳴らせ!」
命じて打たせた鉦の音が戦場に響く。
すると後軍を襲う敵軍、の更に後方から別の部隊が現れた。
旗の色は青。味方だ。
しかし一体どこから……。
「カルゥム城塞からに決まっておるだろ」
呆けている俺の心を読んだのか、ハワードが説明する。
そこでようやく俺にも分かった。
そうか。もともとハワードは敵の位置と背水に目をつけ作戦を読んだに違いない。
背水の敵を攻撃している間に船に乗って背後から伏兵が来る。そこへカルゥム城塞においてきた兵で襲わせたのだ。
負けた。
戦況自体は兵力的にも挟撃の状況的にも味方が優勢に推移し、ついにはシータ軍は船に乗って逃げていった。
こちらも多少の損害は出たが、それ以上にシータ軍の奇襲隊は挟撃をまともにくらって多くの屍を残したのだから味方の勝利と言っていい。
それでも心には敗北感が募る。
俺が指揮したら負けていた。
それは敵に負けた敗北感であり、ハワードの戦術眼にも及ばぬ敗北感だった。それ以上にハワードは俺のことを信じていなかった。だから伏兵のことを俺に教えなかったし、状況に応じて兵を動かした。
策を受け入れるかどうかは主将の判断なのだからそれは間違ってはいないが、置いてきぼりをくらった感覚が強い。
この世界に来て初めて味わう敗北感。
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ハワードの嘆息に、俺は何も言い返せなかった。
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