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第1章 オムカ王国独立戦記
第58話 王都バーベル防衛戦4日目・安息日
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4日目。
籠城が始まって初めて平穏が訪れた。
もちろんまだ包囲は続けられているが、敵が攻めてくる気配はない。
昨夜の焼き討ちで投石機をすべて失ったうえ、さらに牛による突撃と同士討ちで相手側も軍の再編を行う必要ができたのだろう。
警戒は必要だから安心しきれないが、少なくとも攻めてくる気配はなく、それはジルもサカキも同意していた。
これで明日の朝日は無事拝めそうだと思うと、昨日の作戦を成功に導いてくれた皆には感謝してもしきれない。
俺は事と次第をマリアに報告し、夜襲に加わった者に対して褒賞を出させた。
2杯分の酒とつまみの肉料理だ。
たったそれだけだが、ここ数日禁止されていた酒に、籠城中ではあまり食べられない熱々の肉料理となれば、兵たちが喜ぶのも当然だ。
張り詰めた弓は時として簡単に切れてしまう。その前に緩めておくことも必要なのだ。
もちろん不公平がないように、昨日、城に残った方はその間は警備を務め、さらに可能な限りの西門の修復に当てる。それが終わったら交代して今度は彼らにも酒がふるまわれる。
また慰撫施策として、兵以外の一般市民にも同じものが配られた。
俺の懐から出たわけではないけど、そんな小さな楽しみでも籠城中の皆が嬉しそうにしているのを見ると、俺も救われた気分になる。
だがすべてがうまくいくわけではない。
「そんな奴がいたのか」
ジルとサカキから聞いたチート級の狂戦士。
しかもそれが女の子というのだから驚きだ。
「いや、あれは鍛錬でどうにかなるレベルを超えてました」
「なんせ鎧を着た人間を素手で引きちぎってたからなぁ……うわ、夢に出そう」
人間を素手で引きちぎる……ありえないが、まさかこの2人が嘘を言うわけがない。
そんな項羽だか呂布みたいな一騎当千がいるなら、今後の戦いにも影響が出てくるだろう。
それより謎なのが今までどうして温存していたかだ。攻城戦には向いていないからか。野戦をしかけてくるブリーダの部隊に当てればそれで勝ちだったろうに。
「他に何かなかった?」
「そういえば確か……何か言ってたような。ハーヴェストなんとか」
「収穫するとかも言ってたな」
ハーヴェスト、収穫?
ここ数日、どこか引っかかっていたもやもやと同じだ。
どこかで聞いたことがある。だがそれが思い出せない。
今までは流していたが、この状況に至っては思い出さないといけない案件だ。
考えろ。そして思い出せ。
誰かから聞いた?
日本でのこと、ではなかったと思う。
ならこの世界に来てからか。遡る。天、ハワード、ブリーダ、クロエ、ハカラ、ロキン、マリア、ニーア、サカキ、ジル…………。
あっ!
思い出した。あのクソ女神が夢の中で言ってたやつだ。
「……それって、『収乱斬獲祭』か?」
「あ、はい。確かそんな感じだったかと」
「知ってるのか、ジャンヌちゃん?」
「…………」
間違いない。俺と同じスキル持ちだ。
別のプレイヤーとやらが、ついに俺の前に現れたのだ。
しかも問題なのが“人を収穫するように殺す”という狂ったスキルが、パラメータ100ボーナスとやらのおかげで何度でも発動するとか。
そんな奴が戦場に居座ったら勝ち目はない。
せめてもう少し情報があれば何か弱点でも見えるのだろうと思い、スキル『古の魔導書』を発動した。
『収乱斬獲祭』を検索する。ヒットゼロ。なにも表示されない。
これまでそんなことはなかった。いや、あった。一度だけ。
この籠城戦が始まる時、敵の大将を見ようとした時、情報が何も表示されないことがあった。
これが意味することは1つ。
つまり『古の魔導書』はプレイヤーの情報を見ることができない。
そしてそれはつまり、敵の大将もプレイヤーということだ。
『古の魔導書』の新たな、そしてかなり致命的な弱点がここに至って発見されたわけだ。
いや、考えろ。
ここから推理できるのは1つ。おそらくその大将は『収乱斬獲祭』とは別人だろう。これまでの人の心理を突き、兵の命を使い捨てするようにする戦術と、敵味方関係なく命を収穫する狂気はどこか違う気がする。
となれば敵側には2人のプレイヤーがいることになる。
大将として軍を動かす冷徹なプレイヤーと、前線で鬼神のごとき戦闘力を発揮するプレイヤー。
この組み合わせはかなり凶悪的だ。
今後、外に打って出ようとした時、味方の損害覚悟で『収乱斬獲祭』を投入されれば、相手にも多大な被害が出るが、こちらが受ける被害も馬鹿にできない。敵味方の同じ人数が死傷しても、兵力の差からこちらが倒れる方が早いのだ。
ならどうする。
そうなる前に敵のプレイヤーのどちらかを殺せれば、戦局はだいぶ楽になるのだが……。
――いや待て。
殺す?
プレイヤーを?
つまり俺と同じ、現代から来た人間を?
そこまで考えて吐き気がした。
同郷かもしれないプレイヤーを殺すと考えてしまったことにではない。
この世界の敵は殺しても仕方ないと思っているが、同郷かもしれない敵を殺すのに躊躇いを覚えていることにだ。
そんな偽善にもならない、差別と偏見と独善と依怙贔屓に満ちた最悪の考え方。
人を殺したくないとかそういう問題じゃない。なんてひどい考えをするんだ、俺は……。そう絶望もしたくなる。
「ジャンヌ様?」
「ん、あ、あぁ……どうした」
「いえ、ひどいお顔をなされてます。少し休まれてはどうですか」
「いや、大丈夫……じゃないな。そうさせてもらうよ」
このことを整理するには、少し時間が必要そうだった。
だが天は俺に休息を与えてはくれないらしい。さらに気の重くなる報告を受けたのは、少し仮眠を取った後のお昼のことだ。
「なんだって、ブリーダが!?」
エイン帝国軍が動かないことから、ブリーダの軍から一騎が伝令として駆けてきて、それを収容した時にその報告を聞いた。
ブリーダが重症を負って明日をも知れぬ身だという。
左足を馬の下敷きにされて潰され、背中とわき腹に計3本の矢を受けたまま馬を走らせ、野営地に戻ったところで気を失ったらしい。
何よりわき腹の矢傷が深く、血を多く失い危険な状態だという。
最後の投石機を燃やすために奮戦したという話は聞いていた。
あの陽気な若者が苦しんでいると聞くと胸が苦しくなる。
何より副官も戦死したというから、ブリーダの隊は実質指揮する人間がおらず、空中分解の危険すらあるのだ。それは今後、外部からの手助けを期待できなくなることになる。
何か、俺にできることはないのか。
必死に考える。
「どこかにいい医者がいないものか」
その時、そうぼやいたサカキの言葉を聞いて思いついた。
そうだ。名医と呼ばれる人を探せばいい。
探すのは俺の得意分野だ。『古の魔導書』で調べる。
いた。しかも奇跡的なことにここの近くに来ている。
俺は伝令に名医の人相と名前、場所を伝えるとそこに行くように伝え、ブリーダを助けてくれるならどんな褒賞でも出すから頼んでくれと伝えた。
勝手に褒賞を出すなんて越権行為も甚だしいが、
「彼は今後のわが軍を背負って立つ人間になるでしょう。それくらいの投資は安いものです」
とジルが請け負ってくれたので安心した。
伝令もにわかに希望を持って明るくなり、さっそく外に出て行った。
なんとか包囲を突破してブリーダを救って欲しいが、後は祈るしかできない。
その後、酒盛りをして楽しむ兵たちをしり目に、俺たちは営舎で明日以降の作戦を練ることにした。
ニーアは明後日から現場復帰できそうという報告は受けている。
ブリーダの離脱は痛いが、昨日の戦いでかなり損害も出たらしいからこれ以上無理はさせられないだろう。
となるとあとは城内の4千、そしてハワードが連れてくる7千に頼るしかない。
「あのおっさん、なにちんたらしてんだよ。カルゥムからここまで1日だろ!」
「いや、さすがに7千を1日で移動させるのは無理でしょう。それにシータとの折衝もあるから、相応の日数はかかるんだろう」
「けど伝令を出して今日で5日目だぞ。伝令が急いだとして1日半、それからシータと協議して城を明け渡して1日。そこから7千の軍を連れてきて2日。もうそろそろ着いてもおかしくないはずなんだが」
確かに少し遅い。
籠城戦などは外の援軍を当てにしてようやくできる戦法なのに、その援軍が来ないのであれば、俺たちに未来はないのだ。
何か重大なことが起きたのかと勘繰ってしまう。
たとえばシータが裏切ったとか。
と、そこへ見張りをしていた兵から方向が来た。
「今しがた、北東の位置に赤い狼煙が上がるのを発見しました!」
「来たっ!」
赤い狼煙。
それこそハワードと取り決めて合った到着の合図だ。
「噂をすればなんとやら、ってか。もしかしてあのおっさん、この会話聞いてたとか?」
「まさか、な。ただブリーダが抜けたところに来てくれたのは助かる。やっぱり外に背後を脅かす軍がいるのといないのとじゃ大違いだからな」
「ジャンヌ様、師団長とはどこまで話を?」
「基本的な戦術の骨子は掎角の計だ。ハワードが敵の背後に攻め寄せる。すると敵はハワードに対応するためこちらに背を向ける。その背中に向かって俺たちが出陣して打撃を与える。敵が俺たちに対応したらハワードが背後からって感じでひたすらに敵の背後を突く戦術だ」
これまで使えなかったのはブリーダの軍では少なすぎるし、堀での攻防で精いっぱいだったから。だが7千なら十分やれる範囲だ。
「はぁ、きかくのけい、ねぇ」
「なかなかタイミングが難しそうですが、うまくはまれば相手を翻弄できるかと」
三国志で有名な掎角の計だが、実現はしなかった。
ジルの言うように連携が難しいのだ。退いては攻め、攻めては退いて、という見極めと呼吸が要。だがハワードの戦術眼と俺が城壁から適宜指示を出せばあるいは成功するんじゃないかと思う。
ともかく勝負は明日以降。
少し見えてきた希望に、沈んだ心が浮き立ってくる。
だが俺はまだあのハワードの爺さんを過小評価していたようだ。
「で、で、伝令!」
「どうした? ハワードのおっさんが何かやったか?」
サカキとしては冗談のつもりで言ったのだろうが、言霊とはよく言ったものだった。
「は、はい。ハワード軍が敵に攻め入りました」
「マジか、あのおっさん……」
「見に行く、どっち!?」
「は、はい。東門になります」
営舎を飛び出すと東門に走る。
すぐにジルたちに追い抜かされた。背負いましょうか、とジルに言われたが何も言わず首を振った。
少し時間がかかったが、東門に到着した時にはあらかた終わっていた。
雑然とした敵陣と悠然と引き上げるハワード軍が展開されている。先に着いて見学していたジルとサカキに状況を聞いた。
「背後から師団長の軍が突撃して、敵陣を真っ二つに切り裂きました。敵陣を抜けた後に左右2つに別れ、敵を挟撃。北門から増援が来なければ敵を殲滅していたかもしれないです」
「めちゃくちゃな指揮とるなぁ。しかもありゃ1万はいる」
なるほど、さすがの手腕としか言いようがない。
狼煙を上げた以上、そもそも1万が野営をする以上敵に気づかれるのは時間の問題だ。
だから気づかれていない間に、奇襲を行って最大の戦果を奪い取った。カルゥムから駆け続けて疲れているだろうに、タイミングを逃さず攻撃に移ったのはさすがだ。
本当にあの爺さんはほんと滅茶苦茶だが用兵はうまい。しかも1万。確かカルゥムでは7千だったはずだが、志願兵でもあったのか少し増えたのかもしれない。
午後になると敵も攻めて来るかと思ったが、ハワードに対する修正で本当に今日は何事もなく終えられそうだ。
暗い話題ばかりの籠城戦に光がさしてきた。
勝負は――明日だ。
籠城が始まって初めて平穏が訪れた。
もちろんまだ包囲は続けられているが、敵が攻めてくる気配はない。
昨夜の焼き討ちで投石機をすべて失ったうえ、さらに牛による突撃と同士討ちで相手側も軍の再編を行う必要ができたのだろう。
警戒は必要だから安心しきれないが、少なくとも攻めてくる気配はなく、それはジルもサカキも同意していた。
これで明日の朝日は無事拝めそうだと思うと、昨日の作戦を成功に導いてくれた皆には感謝してもしきれない。
俺は事と次第をマリアに報告し、夜襲に加わった者に対して褒賞を出させた。
2杯分の酒とつまみの肉料理だ。
たったそれだけだが、ここ数日禁止されていた酒に、籠城中ではあまり食べられない熱々の肉料理となれば、兵たちが喜ぶのも当然だ。
張り詰めた弓は時として簡単に切れてしまう。その前に緩めておくことも必要なのだ。
もちろん不公平がないように、昨日、城に残った方はその間は警備を務め、さらに可能な限りの西門の修復に当てる。それが終わったら交代して今度は彼らにも酒がふるまわれる。
また慰撫施策として、兵以外の一般市民にも同じものが配られた。
俺の懐から出たわけではないけど、そんな小さな楽しみでも籠城中の皆が嬉しそうにしているのを見ると、俺も救われた気分になる。
だがすべてがうまくいくわけではない。
「そんな奴がいたのか」
ジルとサカキから聞いたチート級の狂戦士。
しかもそれが女の子というのだから驚きだ。
「いや、あれは鍛錬でどうにかなるレベルを超えてました」
「なんせ鎧を着た人間を素手で引きちぎってたからなぁ……うわ、夢に出そう」
人間を素手で引きちぎる……ありえないが、まさかこの2人が嘘を言うわけがない。
そんな項羽だか呂布みたいな一騎当千がいるなら、今後の戦いにも影響が出てくるだろう。
それより謎なのが今までどうして温存していたかだ。攻城戦には向いていないからか。野戦をしかけてくるブリーダの部隊に当てればそれで勝ちだったろうに。
「他に何かなかった?」
「そういえば確か……何か言ってたような。ハーヴェストなんとか」
「収穫するとかも言ってたな」
ハーヴェスト、収穫?
ここ数日、どこか引っかかっていたもやもやと同じだ。
どこかで聞いたことがある。だがそれが思い出せない。
今までは流していたが、この状況に至っては思い出さないといけない案件だ。
考えろ。そして思い出せ。
誰かから聞いた?
日本でのこと、ではなかったと思う。
ならこの世界に来てからか。遡る。天、ハワード、ブリーダ、クロエ、ハカラ、ロキン、マリア、ニーア、サカキ、ジル…………。
あっ!
思い出した。あのクソ女神が夢の中で言ってたやつだ。
「……それって、『収乱斬獲祭』か?」
「あ、はい。確かそんな感じだったかと」
「知ってるのか、ジャンヌちゃん?」
「…………」
間違いない。俺と同じスキル持ちだ。
別のプレイヤーとやらが、ついに俺の前に現れたのだ。
しかも問題なのが“人を収穫するように殺す”という狂ったスキルが、パラメータ100ボーナスとやらのおかげで何度でも発動するとか。
そんな奴が戦場に居座ったら勝ち目はない。
せめてもう少し情報があれば何か弱点でも見えるのだろうと思い、スキル『古の魔導書』を発動した。
『収乱斬獲祭』を検索する。ヒットゼロ。なにも表示されない。
これまでそんなことはなかった。いや、あった。一度だけ。
この籠城戦が始まる時、敵の大将を見ようとした時、情報が何も表示されないことがあった。
これが意味することは1つ。
つまり『古の魔導書』はプレイヤーの情報を見ることができない。
そしてそれはつまり、敵の大将もプレイヤーということだ。
『古の魔導書』の新たな、そしてかなり致命的な弱点がここに至って発見されたわけだ。
いや、考えろ。
ここから推理できるのは1つ。おそらくその大将は『収乱斬獲祭』とは別人だろう。これまでの人の心理を突き、兵の命を使い捨てするようにする戦術と、敵味方関係なく命を収穫する狂気はどこか違う気がする。
となれば敵側には2人のプレイヤーがいることになる。
大将として軍を動かす冷徹なプレイヤーと、前線で鬼神のごとき戦闘力を発揮するプレイヤー。
この組み合わせはかなり凶悪的だ。
今後、外に打って出ようとした時、味方の損害覚悟で『収乱斬獲祭』を投入されれば、相手にも多大な被害が出るが、こちらが受ける被害も馬鹿にできない。敵味方の同じ人数が死傷しても、兵力の差からこちらが倒れる方が早いのだ。
ならどうする。
そうなる前に敵のプレイヤーのどちらかを殺せれば、戦局はだいぶ楽になるのだが……。
――いや待て。
殺す?
プレイヤーを?
つまり俺と同じ、現代から来た人間を?
そこまで考えて吐き気がした。
同郷かもしれないプレイヤーを殺すと考えてしまったことにではない。
この世界の敵は殺しても仕方ないと思っているが、同郷かもしれない敵を殺すのに躊躇いを覚えていることにだ。
そんな偽善にもならない、差別と偏見と独善と依怙贔屓に満ちた最悪の考え方。
人を殺したくないとかそういう問題じゃない。なんてひどい考えをするんだ、俺は……。そう絶望もしたくなる。
「ジャンヌ様?」
「ん、あ、あぁ……どうした」
「いえ、ひどいお顔をなされてます。少し休まれてはどうですか」
「いや、大丈夫……じゃないな。そうさせてもらうよ」
このことを整理するには、少し時間が必要そうだった。
だが天は俺に休息を与えてはくれないらしい。さらに気の重くなる報告を受けたのは、少し仮眠を取った後のお昼のことだ。
「なんだって、ブリーダが!?」
エイン帝国軍が動かないことから、ブリーダの軍から一騎が伝令として駆けてきて、それを収容した時にその報告を聞いた。
ブリーダが重症を負って明日をも知れぬ身だという。
左足を馬の下敷きにされて潰され、背中とわき腹に計3本の矢を受けたまま馬を走らせ、野営地に戻ったところで気を失ったらしい。
何よりわき腹の矢傷が深く、血を多く失い危険な状態だという。
最後の投石機を燃やすために奮戦したという話は聞いていた。
あの陽気な若者が苦しんでいると聞くと胸が苦しくなる。
何より副官も戦死したというから、ブリーダの隊は実質指揮する人間がおらず、空中分解の危険すらあるのだ。それは今後、外部からの手助けを期待できなくなることになる。
何か、俺にできることはないのか。
必死に考える。
「どこかにいい医者がいないものか」
その時、そうぼやいたサカキの言葉を聞いて思いついた。
そうだ。名医と呼ばれる人を探せばいい。
探すのは俺の得意分野だ。『古の魔導書』で調べる。
いた。しかも奇跡的なことにここの近くに来ている。
俺は伝令に名医の人相と名前、場所を伝えるとそこに行くように伝え、ブリーダを助けてくれるならどんな褒賞でも出すから頼んでくれと伝えた。
勝手に褒賞を出すなんて越権行為も甚だしいが、
「彼は今後のわが軍を背負って立つ人間になるでしょう。それくらいの投資は安いものです」
とジルが請け負ってくれたので安心した。
伝令もにわかに希望を持って明るくなり、さっそく外に出て行った。
なんとか包囲を突破してブリーダを救って欲しいが、後は祈るしかできない。
その後、酒盛りをして楽しむ兵たちをしり目に、俺たちは営舎で明日以降の作戦を練ることにした。
ニーアは明後日から現場復帰できそうという報告は受けている。
ブリーダの離脱は痛いが、昨日の戦いでかなり損害も出たらしいからこれ以上無理はさせられないだろう。
となるとあとは城内の4千、そしてハワードが連れてくる7千に頼るしかない。
「あのおっさん、なにちんたらしてんだよ。カルゥムからここまで1日だろ!」
「いや、さすがに7千を1日で移動させるのは無理でしょう。それにシータとの折衝もあるから、相応の日数はかかるんだろう」
「けど伝令を出して今日で5日目だぞ。伝令が急いだとして1日半、それからシータと協議して城を明け渡して1日。そこから7千の軍を連れてきて2日。もうそろそろ着いてもおかしくないはずなんだが」
確かに少し遅い。
籠城戦などは外の援軍を当てにしてようやくできる戦法なのに、その援軍が来ないのであれば、俺たちに未来はないのだ。
何か重大なことが起きたのかと勘繰ってしまう。
たとえばシータが裏切ったとか。
と、そこへ見張りをしていた兵から方向が来た。
「今しがた、北東の位置に赤い狼煙が上がるのを発見しました!」
「来たっ!」
赤い狼煙。
それこそハワードと取り決めて合った到着の合図だ。
「噂をすればなんとやら、ってか。もしかしてあのおっさん、この会話聞いてたとか?」
「まさか、な。ただブリーダが抜けたところに来てくれたのは助かる。やっぱり外に背後を脅かす軍がいるのといないのとじゃ大違いだからな」
「ジャンヌ様、師団長とはどこまで話を?」
「基本的な戦術の骨子は掎角の計だ。ハワードが敵の背後に攻め寄せる。すると敵はハワードに対応するためこちらに背を向ける。その背中に向かって俺たちが出陣して打撃を与える。敵が俺たちに対応したらハワードが背後からって感じでひたすらに敵の背後を突く戦術だ」
これまで使えなかったのはブリーダの軍では少なすぎるし、堀での攻防で精いっぱいだったから。だが7千なら十分やれる範囲だ。
「はぁ、きかくのけい、ねぇ」
「なかなかタイミングが難しそうですが、うまくはまれば相手を翻弄できるかと」
三国志で有名な掎角の計だが、実現はしなかった。
ジルの言うように連携が難しいのだ。退いては攻め、攻めては退いて、という見極めと呼吸が要。だがハワードの戦術眼と俺が城壁から適宜指示を出せばあるいは成功するんじゃないかと思う。
ともかく勝負は明日以降。
少し見えてきた希望に、沈んだ心が浮き立ってくる。
だが俺はまだあのハワードの爺さんを過小評価していたようだ。
「で、で、伝令!」
「どうした? ハワードのおっさんが何かやったか?」
サカキとしては冗談のつもりで言ったのだろうが、言霊とはよく言ったものだった。
「は、はい。ハワード軍が敵に攻め入りました」
「マジか、あのおっさん……」
「見に行く、どっち!?」
「は、はい。東門になります」
営舎を飛び出すと東門に走る。
すぐにジルたちに追い抜かされた。背負いましょうか、とジルに言われたが何も言わず首を振った。
少し時間がかかったが、東門に到着した時にはあらかた終わっていた。
雑然とした敵陣と悠然と引き上げるハワード軍が展開されている。先に着いて見学していたジルとサカキに状況を聞いた。
「背後から師団長の軍が突撃して、敵陣を真っ二つに切り裂きました。敵陣を抜けた後に左右2つに別れ、敵を挟撃。北門から増援が来なければ敵を殲滅していたかもしれないです」
「めちゃくちゃな指揮とるなぁ。しかもありゃ1万はいる」
なるほど、さすがの手腕としか言いようがない。
狼煙を上げた以上、そもそも1万が野営をする以上敵に気づかれるのは時間の問題だ。
だから気づかれていない間に、奇襲を行って最大の戦果を奪い取った。カルゥムから駆け続けて疲れているだろうに、タイミングを逃さず攻撃に移ったのはさすがだ。
本当にあの爺さんはほんと滅茶苦茶だが用兵はうまい。しかも1万。確かカルゥムでは7千だったはずだが、志願兵でもあったのか少し増えたのかもしれない。
午後になると敵も攻めて来るかと思ったが、ハワードに対する修正で本当に今日は何事もなく終えられそうだ。
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勝負は――明日だ。
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これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。
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