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第3章 帝都潜入作戦
第49話 対話
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「くそ、ミストのやつ。里奈が目覚めてるなら、さっさと連絡くれればいいのに、あいつは。マネージャーか!」
いつまでも目を覚まさない里奈にヤキモキして、
目覚めたら目覚めたで体調とかにヤキモキして、
ようやく面会の日取りが決まってヤキモキする。
くそ、ミストに上手く転がされた気分だ。
けどそれも今日終わる。
仕事終わりに里奈のところに行けるようになったのだ。
ただその代わり、仕事は終日どこか上の空で、
「ジャンヌ様。なんだか、その……今日は、少しミスが目立つといいますか、何かあったのでしょうか」
「ん? あぁ、ごめんジーン。ちょっとぼーっとしてた」
「わ、私のことをジーンと……おお、ジャンヌ様が私のことを忘れてしまったのか……」
「あ、ごめんって! な、だから機嫌を直してくれ、リン」
「リン……ついにジャンヌ様は私の存在すら……しくしく」
うーん。
今日は無理に来ない方がよかったかな。なんかいらぬ犠牲者を出した気がした。
というわけで今日の分の仕事をイイ感じにテキトーに片づけると、おっとり刀で飛び出す。
目指すはミストの隠れ家の1つ。王都の外に出る必要があるから、必然的に今日はミストの家でお泊りだ。
まぁ、お泊りと言ってもミストもいるだろうし、3人で色々積もる話をすればあっという間だろう。
明日は非番だし! てか非番にしたし!
王都の門を出て、ミストに教えられた道を行く。
ミストはまだ王都内で商用があるとかで、先に行って会って良いと言われた。
だから馬で駆けて少し――1時間くらい早いけどまぁ誤差だろう。
言われた場所は、木製の一軒家のようでどうやらミストが私的に使っている家のようだ。
ノックする。
返事がない。
再びノック。
……返事がない?
留守か?
いや、鍵は……開いてる。
まさか――敵か!?
「里奈!」
ドアを開いて中へ。
ガチャン
音。
奥だ。
目的の部屋までずんずん進むと、そのままドアを開け放った。
「里奈!」
入る。部屋。
敵……いない?
というか部屋には1人だけ。
テーブルの前に座る、元気そうな里奈だけだ。
1年以上前。
元の世界で見た里奈と、ほとんど変わらない。
いや、顔かたちは変わっていないが、それ以上に大きな変化がある。
「ふぁ、ふぁひひほ……ふん?」
「里奈……?」
時間が止まった。
テーブルに座り、パンをほおばる里奈。
それ以外にもサラダやらお肉やらが乗ったお皿がいくつかテーブルに並んでいて、空になったお皿が里奈の目線の高さまで積み重なっていた。わんこそばか。
ふと時間が高速で流れ出したかのように、里奈は慌ててかじっていたパンを飲み込むと、水をぐびぐび、そして大きくため息。
そして、一気にまくしたてた。
「えっと、違うの。そうじゃなくて。や、約束の時間まで、あと1時間あるからちょっと小腹が空いたなって感じだったから……えっと……だから別に食いしん坊とかそういうわけじゃないからね! あ、あはははは……」
うん……そうだよな。
1時間も前に来るなんて空気読めってことだよな。
てか小腹ってレベルじゃないんだけど。大丈夫なのか?
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……………………は、恥ずかしい!」
里奈は顔を真っ赤にすると、食器を放り出して奥へと走り去ってしまった。
「いや、里奈! 俺が悪かった!」
慌てて里奈の後を追う。
家の中をぐるぐる回り、体力のない俺がなんとか捕まえた里奈を落ち着かせるのに30分かかった。
あぁ……なんかもっとドラマチックな出会いを期待してたのに。
なんだ、このグダグダ。
「前はこんなことなかったんだけど……なんだか今はよくお腹がすくようになったの。だからちょっと……」
「ちょっとの量じゃなかったけど」
「そうなの! だから私、太っちゃうんじゃないかって」
「いや、全然変わらないよ。里奈は、前も今も」
それは本心だったから言葉がすんなり出た。
言ってから、なんかとんでもないことを言ってしまったと思ったのは、里奈が顔を赤らめたのを見てからだ。
「え、えっと!? その……スキルは、もう大丈夫なのか?」
言ってから後悔した。
話の方向転換として最低の話題だった。
こういう時、対人スキルがないのが悔やまれる。
「うん……前はちょっと頭が痛かったけど。今はだいぶ平気かな」
「聞いたよ。なんか変な刀のせいだって」
あの女神からの情報がソースというのはいただけないが、この世界の仕組みについては何よりも詳しいのだから嘘はないだろう。
「そう、なんだか力が溢れてきて。それで…………あぁなっちゃうの」
なるほど。
その刀が何らかの作用を起こしてパラメータを倍にして、パラメータ100ボーナスを引き起こしているということか。
「パラメータ100ボーナス? ……そんなのがあったの」
「そうか、聞いてなかったのか」
「うん。あの女神さんとは、最初以外会ってないから」
「……あの野郎なんで俺のとこだけ」
「え? どうしたの?」
「いや、なんでもない。とにかくその刀。もうないんだろ? なら大丈夫じゃないのか?」
「それが……そうでもないの。あの刀はなくなったけど……分かるの。今も、私の中に呪いみたいな感じで、その力はあるって」
呪い、か。
媒体がなくても発生する呪い。
それが今も里奈を苦しめていると思うと、無力感に近い思いがある。
「……ごめんな。里奈がそんなに苦しんでるのに、俺は……」
「あ、明彦くんが謝ることない! これは、その……自分が蒔いた種だから」
「うん。それでも、だよ。こんなわけのわからない世界に来させられて、それで里奈が困ってるのに、里奈が苦しんでるのに、助けにいけなくて、ごめん」
「……うん。ありがと、明彦くん」
寂し気に笑う里奈。
その姿を見て、胸から想いが溢れる。
帝都で里奈と別れて、もしまた再会できたら絶対言おうと思っていたこと。
いつ切り出そうか迷っていたけど、それでも今なら言える気がした。
「里奈が何をしてきたとしても、俺は里奈を大事に思ってる。だから、たとえどれだけの人が里奈を恨もうとも、俺は里奈を信じてる。何があっても、里奈を守るから」
それは俺の覚悟。
そのためなら、今の地位も何もかもいらない。
そう思ってしまうほどの決意。
「…………いいの?」
「当たり前だろ、俺と里奈の仲だ」
「でも……私、人を殺しちゃったんだよ」
「それがどうした」
「いっぱい、いっぱい殺したんだよ?」
「俺だってそうだ」
「オムカの人に……恨まれてるよ?」
「関係ない。なんだったら俺が恨まれてやる」
「…………」
里奈はきょろきょろと視線を動かし、それでも一度こちらを見て、すぐに視線を下げ、それでもまたあげて俺を見る。
俺は、小さく頷いた。
すると里奈の瞳からぽろりと水が溢れ、
「うわああああああああ!」
大きな声で泣いた。
恥じも外聞もかなぐりすてて、俺にしがみつくようにして泣く。
きっと、辛かったんだろう。
こんな風に吐き出すこともできなかったんだろう。
理解してくれる人もいなかったに違いない。
だから俺は里奈が落ち着くまで、じっくり待った。
体で感じる里奈の重み、体温、吐息。
あの女神以外に神がいるのなら、こうやった時間をくれたことに感謝したい。
やがて里奈の嗚咽が収まり、そして顔をあげた。
「大丈夫か?」
「うん…………ごめんね」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった里奈は、チリ紙で顔を拭く。その間、俺はそっぽを向いて見ないふりをした。
「ちょっと、落ち着いた。大声を出すとストレス発散になるんだね」
「まぁ、そうだな」
「みっともないとこ、見せちゃったね」
「別に、いいだろ……これくらいなら、いつでも付き合ってやるし」
やべ、なんか今さらになって恥ずかしくなってきた。
なんでこんなこと言っちゃったんだろう。いや、里奈を元気にするため仕方ないとはいえ、キャラじゃないんだよなぁ。
「…………」
恥ずかしくなって里奈に顔を戻せない。
里奈も黙って沈黙が支配する。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………ぎゅ」
包まれた。
暖かく、やわらかい中へ。
里奈の手が、俺の背中に回り、そのまま引き寄せられた。
石鹸のにおいが鼻腔をくすぐる。
つかの間、寝てしまおうかと思った。
それほどに心地よい。
――いや、いやいやいやいやいやいや!
正気を取り戻せ写楽明彦!
これは、この状況は、この構図は全力でまずい!
「里奈!?」
俺は全力で里奈の腕の中から離脱した。
「あ、いや、違うの! これは、その……妹だなって!?」
いや、全然意味が分からん。
抱きしめた理由が妹だから。
妹だったら抱きしめていいのか?
「え、えっと! 釈明させてもらいます!」
急に真面目ぶった様子で里奈は手を挙げてそう告げる。
「……えと、どうぞ」
「私には妹がいません」
「あぁ」
「明彦くんは今女の子です」
「うん?」
「だから私は抱きつきました」
「ちょっと待て!」
思わずツッコんでしまうほど、その三段論法はおかしい。
てかなに? その英会話の訳みたいな不自然な日本語。
「だ、だって! だって! しょうがないじゃん! 今の明彦くん可愛いんだもん。妹みたいで! それで照れてるんだもん。だから、そりゃぎゅっとしたくなっちゃうでしょ!」
「いや、だからそれとこれとは……」
「これもそれも可愛くなった明彦くんのせいだから!」
なぜゆえに……。
全然意味が分からないけど、なんかだからこれ――
「ぷっ……」
それからは発作的だった。
笑った。
大声で。
腹がよじれるくらいに。
里奈も笑っていた。
お腹に手を当てて笑っていた。
ありのままの、里奈の素顔を見た気がした。
ありのままの、俺の心を見せた気がした。
そう、なんだか普通の友達――大学生活に戻ったみたいだった。
あるいは起こりえなかったかもしれない光景。
ここまで里奈と抵抗なく話せたのは初めてだったから。
この世界がなければ、俺が女の姿じゃなければ、俺は里奈とここまで自由に喋ることはなかったかもしれない。
「こういうことならこの格好も、あの女神に感謝するしかないか。すごい癪だけど」
「うん、そうだね。でも……本当よくできてるね。髪の毛もさらさらだし。てかこの金色、地毛? うわー、羨ましいー。本当に女の子見たい。む、ふわふわ」
里奈が俺の髪、頬、唇と触れてくる。
女同士ということで、里奈に抵抗感はないのだろうけど、俺としては違和感ありまくりで心臓バクバクだった。
なんかマリアとかニーアに触られるより変な気分になる。
さらには里奈の手が胸元にまで伸びてきた。
さすがに俺は耐えきれなくなって、話を別に振ろうとして――
「も、もういいだろ。別に変わらないって。ちょっと里奈よりも大きいかも――あ」
失敗した。
横目で里奈を見れば、顔を真っ赤にして、ふるふると震えて、
「明彦くんの馬鹿ぁ!」
ビンタが飛んできた。
なんで俺が悪いんだよ……。いや、悪かったけどさ!
そんなわけで、俺の里奈との再会はなんともしまらない感じで終わった。
夕方にはミストが帰ってきて、3人のプレイヤーで団らんを飾る。
まさに平和だ。
ここにオムカの将来への心配や、帝国への恨みも何もない。
ジャンヌ・ダルクじゃない、写楽明彦という一個人でしかなかった。
ふと思ってしまう。
もう、これでいいんじゃないか。
俺はここでいい。
里奈といられればそれでいい。
そう……思ってしまった。
//////////////////////////////////////
3章完結…いよいよ間近です。
改めてここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
ようやく明彦と里奈が再会できました。
しかし彼らを取り巻く状況は2人が平和に暮らすことを許しません。
この後、徐々に(色々な意味で)壊れていく里奈と、それに振り回される明彦2人の関係を応援していただければと思います。
いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
いつまでも目を覚まさない里奈にヤキモキして、
目覚めたら目覚めたで体調とかにヤキモキして、
ようやく面会の日取りが決まってヤキモキする。
くそ、ミストに上手く転がされた気分だ。
けどそれも今日終わる。
仕事終わりに里奈のところに行けるようになったのだ。
ただその代わり、仕事は終日どこか上の空で、
「ジャンヌ様。なんだか、その……今日は、少しミスが目立つといいますか、何かあったのでしょうか」
「ん? あぁ、ごめんジーン。ちょっとぼーっとしてた」
「わ、私のことをジーンと……おお、ジャンヌ様が私のことを忘れてしまったのか……」
「あ、ごめんって! な、だから機嫌を直してくれ、リン」
「リン……ついにジャンヌ様は私の存在すら……しくしく」
うーん。
今日は無理に来ない方がよかったかな。なんかいらぬ犠牲者を出した気がした。
というわけで今日の分の仕事をイイ感じにテキトーに片づけると、おっとり刀で飛び出す。
目指すはミストの隠れ家の1つ。王都の外に出る必要があるから、必然的に今日はミストの家でお泊りだ。
まぁ、お泊りと言ってもミストもいるだろうし、3人で色々積もる話をすればあっという間だろう。
明日は非番だし! てか非番にしたし!
王都の門を出て、ミストに教えられた道を行く。
ミストはまだ王都内で商用があるとかで、先に行って会って良いと言われた。
だから馬で駆けて少し――1時間くらい早いけどまぁ誤差だろう。
言われた場所は、木製の一軒家のようでどうやらミストが私的に使っている家のようだ。
ノックする。
返事がない。
再びノック。
……返事がない?
留守か?
いや、鍵は……開いてる。
まさか――敵か!?
「里奈!」
ドアを開いて中へ。
ガチャン
音。
奥だ。
目的の部屋までずんずん進むと、そのままドアを開け放った。
「里奈!」
入る。部屋。
敵……いない?
というか部屋には1人だけ。
テーブルの前に座る、元気そうな里奈だけだ。
1年以上前。
元の世界で見た里奈と、ほとんど変わらない。
いや、顔かたちは変わっていないが、それ以上に大きな変化がある。
「ふぁ、ふぁひひほ……ふん?」
「里奈……?」
時間が止まった。
テーブルに座り、パンをほおばる里奈。
それ以外にもサラダやらお肉やらが乗ったお皿がいくつかテーブルに並んでいて、空になったお皿が里奈の目線の高さまで積み重なっていた。わんこそばか。
ふと時間が高速で流れ出したかのように、里奈は慌ててかじっていたパンを飲み込むと、水をぐびぐび、そして大きくため息。
そして、一気にまくしたてた。
「えっと、違うの。そうじゃなくて。や、約束の時間まで、あと1時間あるからちょっと小腹が空いたなって感じだったから……えっと……だから別に食いしん坊とかそういうわけじゃないからね! あ、あはははは……」
うん……そうだよな。
1時間も前に来るなんて空気読めってことだよな。
てか小腹ってレベルじゃないんだけど。大丈夫なのか?
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「……………………は、恥ずかしい!」
里奈は顔を真っ赤にすると、食器を放り出して奥へと走り去ってしまった。
「いや、里奈! 俺が悪かった!」
慌てて里奈の後を追う。
家の中をぐるぐる回り、体力のない俺がなんとか捕まえた里奈を落ち着かせるのに30分かかった。
あぁ……なんかもっとドラマチックな出会いを期待してたのに。
なんだ、このグダグダ。
「前はこんなことなかったんだけど……なんだか今はよくお腹がすくようになったの。だからちょっと……」
「ちょっとの量じゃなかったけど」
「そうなの! だから私、太っちゃうんじゃないかって」
「いや、全然変わらないよ。里奈は、前も今も」
それは本心だったから言葉がすんなり出た。
言ってから、なんかとんでもないことを言ってしまったと思ったのは、里奈が顔を赤らめたのを見てからだ。
「え、えっと!? その……スキルは、もう大丈夫なのか?」
言ってから後悔した。
話の方向転換として最低の話題だった。
こういう時、対人スキルがないのが悔やまれる。
「うん……前はちょっと頭が痛かったけど。今はだいぶ平気かな」
「聞いたよ。なんか変な刀のせいだって」
あの女神からの情報がソースというのはいただけないが、この世界の仕組みについては何よりも詳しいのだから嘘はないだろう。
「そう、なんだか力が溢れてきて。それで…………あぁなっちゃうの」
なるほど。
その刀が何らかの作用を起こしてパラメータを倍にして、パラメータ100ボーナスを引き起こしているということか。
「パラメータ100ボーナス? ……そんなのがあったの」
「そうか、聞いてなかったのか」
「うん。あの女神さんとは、最初以外会ってないから」
「……あの野郎なんで俺のとこだけ」
「え? どうしたの?」
「いや、なんでもない。とにかくその刀。もうないんだろ? なら大丈夫じゃないのか?」
「それが……そうでもないの。あの刀はなくなったけど……分かるの。今も、私の中に呪いみたいな感じで、その力はあるって」
呪い、か。
媒体がなくても発生する呪い。
それが今も里奈を苦しめていると思うと、無力感に近い思いがある。
「……ごめんな。里奈がそんなに苦しんでるのに、俺は……」
「あ、明彦くんが謝ることない! これは、その……自分が蒔いた種だから」
「うん。それでも、だよ。こんなわけのわからない世界に来させられて、それで里奈が困ってるのに、里奈が苦しんでるのに、助けにいけなくて、ごめん」
「……うん。ありがと、明彦くん」
寂し気に笑う里奈。
その姿を見て、胸から想いが溢れる。
帝都で里奈と別れて、もしまた再会できたら絶対言おうと思っていたこと。
いつ切り出そうか迷っていたけど、それでも今なら言える気がした。
「里奈が何をしてきたとしても、俺は里奈を大事に思ってる。だから、たとえどれだけの人が里奈を恨もうとも、俺は里奈を信じてる。何があっても、里奈を守るから」
それは俺の覚悟。
そのためなら、今の地位も何もかもいらない。
そう思ってしまうほどの決意。
「…………いいの?」
「当たり前だろ、俺と里奈の仲だ」
「でも……私、人を殺しちゃったんだよ」
「それがどうした」
「いっぱい、いっぱい殺したんだよ?」
「俺だってそうだ」
「オムカの人に……恨まれてるよ?」
「関係ない。なんだったら俺が恨まれてやる」
「…………」
里奈はきょろきょろと視線を動かし、それでも一度こちらを見て、すぐに視線を下げ、それでもまたあげて俺を見る。
俺は、小さく頷いた。
すると里奈の瞳からぽろりと水が溢れ、
「うわああああああああ!」
大きな声で泣いた。
恥じも外聞もかなぐりすてて、俺にしがみつくようにして泣く。
きっと、辛かったんだろう。
こんな風に吐き出すこともできなかったんだろう。
理解してくれる人もいなかったに違いない。
だから俺は里奈が落ち着くまで、じっくり待った。
体で感じる里奈の重み、体温、吐息。
あの女神以外に神がいるのなら、こうやった時間をくれたことに感謝したい。
やがて里奈の嗚咽が収まり、そして顔をあげた。
「大丈夫か?」
「うん…………ごめんね」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった里奈は、チリ紙で顔を拭く。その間、俺はそっぽを向いて見ないふりをした。
「ちょっと、落ち着いた。大声を出すとストレス発散になるんだね」
「まぁ、そうだな」
「みっともないとこ、見せちゃったね」
「別に、いいだろ……これくらいなら、いつでも付き合ってやるし」
やべ、なんか今さらになって恥ずかしくなってきた。
なんでこんなこと言っちゃったんだろう。いや、里奈を元気にするため仕方ないとはいえ、キャラじゃないんだよなぁ。
「…………」
恥ずかしくなって里奈に顔を戻せない。
里奈も黙って沈黙が支配する。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………ぎゅ」
包まれた。
暖かく、やわらかい中へ。
里奈の手が、俺の背中に回り、そのまま引き寄せられた。
石鹸のにおいが鼻腔をくすぐる。
つかの間、寝てしまおうかと思った。
それほどに心地よい。
――いや、いやいやいやいやいやいや!
正気を取り戻せ写楽明彦!
これは、この状況は、この構図は全力でまずい!
「里奈!?」
俺は全力で里奈の腕の中から離脱した。
「あ、いや、違うの! これは、その……妹だなって!?」
いや、全然意味が分からん。
抱きしめた理由が妹だから。
妹だったら抱きしめていいのか?
「え、えっと! 釈明させてもらいます!」
急に真面目ぶった様子で里奈は手を挙げてそう告げる。
「……えと、どうぞ」
「私には妹がいません」
「あぁ」
「明彦くんは今女の子です」
「うん?」
「だから私は抱きつきました」
「ちょっと待て!」
思わずツッコんでしまうほど、その三段論法はおかしい。
てかなに? その英会話の訳みたいな不自然な日本語。
「だ、だって! だって! しょうがないじゃん! 今の明彦くん可愛いんだもん。妹みたいで! それで照れてるんだもん。だから、そりゃぎゅっとしたくなっちゃうでしょ!」
「いや、だからそれとこれとは……」
「これもそれも可愛くなった明彦くんのせいだから!」
なぜゆえに……。
全然意味が分からないけど、なんかだからこれ――
「ぷっ……」
それからは発作的だった。
笑った。
大声で。
腹がよじれるくらいに。
里奈も笑っていた。
お腹に手を当てて笑っていた。
ありのままの、里奈の素顔を見た気がした。
ありのままの、俺の心を見せた気がした。
そう、なんだか普通の友達――大学生活に戻ったみたいだった。
あるいは起こりえなかったかもしれない光景。
ここまで里奈と抵抗なく話せたのは初めてだったから。
この世界がなければ、俺が女の姿じゃなければ、俺は里奈とここまで自由に喋ることはなかったかもしれない。
「こういうことならこの格好も、あの女神に感謝するしかないか。すごい癪だけど」
「うん、そうだね。でも……本当よくできてるね。髪の毛もさらさらだし。てかこの金色、地毛? うわー、羨ましいー。本当に女の子見たい。む、ふわふわ」
里奈が俺の髪、頬、唇と触れてくる。
女同士ということで、里奈に抵抗感はないのだろうけど、俺としては違和感ありまくりで心臓バクバクだった。
なんかマリアとかニーアに触られるより変な気分になる。
さらには里奈の手が胸元にまで伸びてきた。
さすがに俺は耐えきれなくなって、話を別に振ろうとして――
「も、もういいだろ。別に変わらないって。ちょっと里奈よりも大きいかも――あ」
失敗した。
横目で里奈を見れば、顔を真っ赤にして、ふるふると震えて、
「明彦くんの馬鹿ぁ!」
ビンタが飛んできた。
なんで俺が悪いんだよ……。いや、悪かったけどさ!
そんなわけで、俺の里奈との再会はなんともしまらない感じで終わった。
夕方にはミストが帰ってきて、3人のプレイヤーで団らんを飾る。
まさに平和だ。
ここにオムカの将来への心配や、帝国への恨みも何もない。
ジャンヌ・ダルクじゃない、写楽明彦という一個人でしかなかった。
ふと思ってしまう。
もう、これでいいんじゃないか。
俺はここでいい。
里奈といられればそれでいい。
そう……思ってしまった。
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3章完結…いよいよ間近です。
改めてここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
ようやく明彦と里奈が再会できました。
しかし彼らを取り巻く状況は2人が平和に暮らすことを許しません。
この後、徐々に(色々な意味で)壊れていく里奈と、それに振り回される明彦2人の関係を応援していただければと思います。
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本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
勇者をしている者なんですけど、キモデブ装甲のモブAにチェンジ魔法を使われて、身体が入れ替わった!? ありがとうモブA!やっと解放された!
くらげさん
ファンタジー
雑草のように湧いてくる魔王の討伐を1000年のあいだ勇者としてこなしてきたら、キモデブ装甲のモブAに身体を取られてしまった。
モブAは「チェンジ魔法」のユニークスキル持ちだった。
勇者は勇者を辞めたかったから丁度良かったと、モブAに変わり、この姿でのんびり平和に暮らして行こうと思った。
さっそく家に帰り、妹に理由を話すと、あっさりと信じて、勇者は妹が見たかった景色を見せてやりたいと、1000年を取り戻すような旅に出掛けた。
勇者は勇者の名前を捨てて、モブオと名乗った。
最初の街で、一人のエルフに出会う。
そしてモブオはエルフが街の人たちを殺そうとしていると気付いた。
もう勇者じゃないモブオは気付いても、止めはしなかった。
モブオは自分たちに関係がないならどうでもいいと言って、エルフの魔王から二週間の猶予を貰った。
モブオは妹以外には興味なかったのである。
それから妹はエルフの魔王と仲良くなり、エルフと別れる夜には泣き止むのに一晩かかった。
魔王は勇者に殺される。それは確定している。
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