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第2錠
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「ストレスによる不眠症かもね」
目の前に座る年老いた医者は、あっさりとそう言った。
上山に小言を言われながら半休を取って近所の内科に駆け込んだ純平は、そのあっさりとしすぎた診断にしばしぽかんと口を開けた。
「睡眠導入剤と胃薬を出しておくから、また寝れなくなったら来たらいいよ」
はい、終わりと言われて医者の背後に立っていた看護師が退室を促してくる。狐につままれたような気持ちで、ずこずこと診察室を出た。
もっとこう、大げさな検査や問診があるものと思っていたが考えすぎだったらしい。
会計を済ませ、処方せんをもらった。院内処方はしていないらしく、近くの薬局に行く必要があるらしい。
病院を出ると、空は嫌になるくらい綺麗な青空だった。今日も一睡もできなかった自分を嘲笑うようなその青空を見上げてから、歩いて数分の薬局へ向かう。今頃、自分のいない会社はどうなっているんだろうか。自分がいなくたって会社が回ること自体はわかっているが、なんとなく気になる。宮田は上手くやっているだろうか。自分の代わりに、上山の標的になっていたりしないだろうか。
「こんにちは。こちらへの来局ははじめてですか?」
ふと気づくと、すでに薬局の入口をくぐっていた。淡いピンク色の白衣を着た女性に話しかけられ、純平は手元に目を落とす。
「はい、はじめてです。そこの内科で処方せんをもらって」
「お薬手帳はお持ちですか?」
問いかけられ、カバンを漁るがそんなものは出てこない。病院にかかること自体が珍しい純平はお薬手帳なるものがどんなものかすらわからない。
「すみません、持っていなくて」
素直に謝ると、女性は柔和な笑顔でうなずいた。そしてカウンターから、クリップボードに挟まれた紙とボールペンを取り出し、こちらに差し出してくる。
「お待ちになっている間、こちらに記入いただいてもよろしいですか? 書けたら受付まで持ってきてください」
処方せんと引き換えに問診票のようなものをもらい、純平はすぐそばの席に腰を下ろした。病院へかかったのも、こうして薬局に来たのも何年ぶりだろう。おそらく社会人になってからはじめてではないか。
紙に目を通すと名前や住所を記入する欄の他に、飲んでいるサプリや生活習慣に関する質問もあった。飲んでいるサプリは特になく、酒もタバコもやらない。健康体を自負していたつもりがまさか眠れないなどという理由で病院の世話になるとは――。
記入し終えた紙を受付に持っていくと、女性は紙を受け取ってから、また別の紙を取り出してきた。
「佐野さん。かかりつけ薬剤師制度は希望しますか?」
「かかりつけ薬剤師?」
聞いたこともない言葉に、思わずおうむ返しになってしまう。
女性の細い指が、受付に置かれた紙を指差す。
「簡単に説明しますと、佐野さんが薬局に来られた際に担当する薬剤師を指定できる制度です。かかりつけ医ってありますよね? それの薬剤師バージョンだと思っていただければ」
「それは、その……希望したらなにかメリットがあるんですか?」
「もし今後、別の病院で薬を処方された時や新しくサプリを飲まれた時なんかに担当薬剤師がいれば、その薬剤師がすべて把握することになります。また薬のことで相談がある時も、薬局まで来なくても電話で担当薬剤師に相談することもできますよ」
どうしますか、と尋ねられて純平は肯定とも否定とも取れないうなずきを返した。なんだかよくわからないが、断るのも面倒だし、ここは薬局側に任せてしまっていいのではないだろうか。
「じゃあ……お願いします」
「かしこまりました。薬の準備ができたらお呼びしますね。席に座ってお待ちください」
また元の席に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきたみたいだった。ただでさえ慣れない病院受診をしたというのに、さらに勝手のわからない制度の説明をされて……。正直、薬がきちんと処方されてぐっすり眠れるならどうでもいいというのが感想だ。
薬局はそれほど混んでいなかったが、呼ばれるまではすこし時間がかかった。夜、寝ていないということもあって窓越しの柔らかな日差しを受けてすこしだけウトウトしてしまう。
「佐野さん。佐野純平さん。二番窓口へどうぞ」
薬局中に響き渡るのではないかと思うほど、大きく快活な声に呼ばれて、純平は椅子に根を張っていたお尻を浮かせた。
窓口で純平を待っていたのは、明らかに純平とは対照的な、明るそうな青年だった。
地毛なのか染めているのかわからないが髪の毛は明るい茶髪で、着ている白衣がパツパツに見えるほど全体的に筋肉質である。なにかスポーツでもやっていないとおかしい。マスクをしているため、顔の全体像はわからないが、ぱっちりとした二重の瞳がやけに印象的だ。
どうぞ、と手で示されて純平は向かいに座った。アクリル板越しでも、薬剤師の圧がすごい。この人が、自分の担当薬剤師とかいうものなのだろうか。
「はじめまして。佐野さんの担当薬剤師になりました、水瀬です。よろしくお願いします」
マスクをものともしない大きな声。薬を扱う、手のひらの厚いがっちりとした大きな手。
純平は確信した。この手の人間は、自分の苦手なタイプだ。
目の前に座る年老いた医者は、あっさりとそう言った。
上山に小言を言われながら半休を取って近所の内科に駆け込んだ純平は、そのあっさりとしすぎた診断にしばしぽかんと口を開けた。
「睡眠導入剤と胃薬を出しておくから、また寝れなくなったら来たらいいよ」
はい、終わりと言われて医者の背後に立っていた看護師が退室を促してくる。狐につままれたような気持ちで、ずこずこと診察室を出た。
もっとこう、大げさな検査や問診があるものと思っていたが考えすぎだったらしい。
会計を済ませ、処方せんをもらった。院内処方はしていないらしく、近くの薬局に行く必要があるらしい。
病院を出ると、空は嫌になるくらい綺麗な青空だった。今日も一睡もできなかった自分を嘲笑うようなその青空を見上げてから、歩いて数分の薬局へ向かう。今頃、自分のいない会社はどうなっているんだろうか。自分がいなくたって会社が回ること自体はわかっているが、なんとなく気になる。宮田は上手くやっているだろうか。自分の代わりに、上山の標的になっていたりしないだろうか。
「こんにちは。こちらへの来局ははじめてですか?」
ふと気づくと、すでに薬局の入口をくぐっていた。淡いピンク色の白衣を着た女性に話しかけられ、純平は手元に目を落とす。
「はい、はじめてです。そこの内科で処方せんをもらって」
「お薬手帳はお持ちですか?」
問いかけられ、カバンを漁るがそんなものは出てこない。病院にかかること自体が珍しい純平はお薬手帳なるものがどんなものかすらわからない。
「すみません、持っていなくて」
素直に謝ると、女性は柔和な笑顔でうなずいた。そしてカウンターから、クリップボードに挟まれた紙とボールペンを取り出し、こちらに差し出してくる。
「お待ちになっている間、こちらに記入いただいてもよろしいですか? 書けたら受付まで持ってきてください」
処方せんと引き換えに問診票のようなものをもらい、純平はすぐそばの席に腰を下ろした。病院へかかったのも、こうして薬局に来たのも何年ぶりだろう。おそらく社会人になってからはじめてではないか。
紙に目を通すと名前や住所を記入する欄の他に、飲んでいるサプリや生活習慣に関する質問もあった。飲んでいるサプリは特になく、酒もタバコもやらない。健康体を自負していたつもりがまさか眠れないなどという理由で病院の世話になるとは――。
記入し終えた紙を受付に持っていくと、女性は紙を受け取ってから、また別の紙を取り出してきた。
「佐野さん。かかりつけ薬剤師制度は希望しますか?」
「かかりつけ薬剤師?」
聞いたこともない言葉に、思わずおうむ返しになってしまう。
女性の細い指が、受付に置かれた紙を指差す。
「簡単に説明しますと、佐野さんが薬局に来られた際に担当する薬剤師を指定できる制度です。かかりつけ医ってありますよね? それの薬剤師バージョンだと思っていただければ」
「それは、その……希望したらなにかメリットがあるんですか?」
「もし今後、別の病院で薬を処方された時や新しくサプリを飲まれた時なんかに担当薬剤師がいれば、その薬剤師がすべて把握することになります。また薬のことで相談がある時も、薬局まで来なくても電話で担当薬剤師に相談することもできますよ」
どうしますか、と尋ねられて純平は肯定とも否定とも取れないうなずきを返した。なんだかよくわからないが、断るのも面倒だし、ここは薬局側に任せてしまっていいのではないだろうか。
「じゃあ……お願いします」
「かしこまりました。薬の準備ができたらお呼びしますね。席に座ってお待ちください」
また元の席に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきたみたいだった。ただでさえ慣れない病院受診をしたというのに、さらに勝手のわからない制度の説明をされて……。正直、薬がきちんと処方されてぐっすり眠れるならどうでもいいというのが感想だ。
薬局はそれほど混んでいなかったが、呼ばれるまではすこし時間がかかった。夜、寝ていないということもあって窓越しの柔らかな日差しを受けてすこしだけウトウトしてしまう。
「佐野さん。佐野純平さん。二番窓口へどうぞ」
薬局中に響き渡るのではないかと思うほど、大きく快活な声に呼ばれて、純平は椅子に根を張っていたお尻を浮かせた。
窓口で純平を待っていたのは、明らかに純平とは対照的な、明るそうな青年だった。
地毛なのか染めているのかわからないが髪の毛は明るい茶髪で、着ている白衣がパツパツに見えるほど全体的に筋肉質である。なにかスポーツでもやっていないとおかしい。マスクをしているため、顔の全体像はわからないが、ぱっちりとした二重の瞳がやけに印象的だ。
どうぞ、と手で示されて純平は向かいに座った。アクリル板越しでも、薬剤師の圧がすごい。この人が、自分の担当薬剤師とかいうものなのだろうか。
「はじめまして。佐野さんの担当薬剤師になりました、水瀬です。よろしくお願いします」
マスクをものともしない大きな声。薬を扱う、手のひらの厚いがっちりとした大きな手。
純平は確信した。この手の人間は、自分の苦手なタイプだ。
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