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第13錠
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水瀬は黙って純平の家まで着いてきてくれた。途中、仕事に戻らなくていいのかと尋ねたけれど、仕事は早退してきたと言ってそれ以上は語らなかったから純平もあえて尋ねなかった。
純平も家に着くなり、会社に連絡をした。電話に出たのは総務部の女性で、三日ほど休みたいと言うと、すぐに了承してくれた。どうやら純平が倒れているのを見つけて救急車を呼んだのも、この女性らしかった。お大事に、と言われて電話を切る。
純平がスマホを下ろすと、すぐにソファに座っていた水瀬がこちらを向いた。彼に向かい、大丈夫だというように軽く手を振る。
「とりあえず三日、休みをもらいました」
「よかった。明日から出勤するって言い出したら止めようと思っていたんですよ」
水瀬は脱いだ白衣をソファの背もたれにかけていた。急に申し訳なさが込み上げてくる。
「本当にすみません、仕事中に呼び出したりなんかして」
純平の言葉に、水瀬がすこし怒ったように眉をひそめる。
「どうして佐野さんが謝る必要があるんですか? 謝るべきは会社でしょう。佐野さんが倒れるまで働かせたんだから」
「でも……」
「俺のことなんかどうでもいいです。俺にとって佐野さんは、仕事よりも大事ですから」
きっぱりと言い切られ、返す言葉を見失う。
水瀬に手招きをされ、純平は彼の隣に腰を下ろした。
「それで、佐野さんはどうするんですか? 仕事、とか」
考えるだけでもため息が出る。しかし現実問題、避けては通れない問題だ。
「病院の先生は休職するなり、退職するなりして、実家に帰って休むべきだと……」
純平はそこまで言いかけて、言葉に詰まる。正直、実家には帰りたくない。両親との関係はそこまで良好ではないし、実家に帰ったところで心が休まるとは思えないからだ。実家に帰るくらいなら、一人暮らしの部屋で仕事を休んでじっとしていたほうがマシだ。仕事からは逃げられても、家事や料理はしないといけないが――。
「俺の家に来ませんか?」
ふいに声をかけられて、純平は呆然と水瀬の顔を見た。
「え?」
「佐野さん、顔に書いてますよ。実家には帰りたくないけど、一人暮らしもしんどいなって」
水瀬が喉の奥で笑う。ひそやかな笑い声を聞いて、うつむくしかなかった。自分はそんなわかりやすい顔をしているのかと。
「佐野さんがよければ、ですけどね。家事もなんにもしなくていいです。ただ食べて、寝て、ゆっくり休めばいいんですよ」
水瀬の提案はとても魅力的だ。天国といっていいかもしれない。水瀬の負担を無視するならば、の話ではあるが。
「いいんですか……?」
「もちろん。俺は大歓迎ですよ」
微笑む顔が眩しい。どうしてここまで自分に尽くしてくれるのだろう。その理由を知りたい。しかし、知ってしまったら戻れない気がする。どうしよう。今はただ、目をつむって身を委ねたほうがいいのだろうか。
「お願い、します」
純平は悩んだ挙げ句、絞り出すように言った。
ふわりと頭の上に乗るものがある。それは水瀬の大きな手のひらだった。
「佐野さんは頑張りすぎなんですよ」
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと待ってください」
歯磨きと入浴を終え、就寝準備を済ませたところで純平は声を上げた。突然、水瀬がソファに寝そべって、タオルケットを被りだしたからだ。
「水瀬さん、そこで寝るんですか?」
「佐野さんは気にせず、ベッド使っちゃってください」
「いや、この家の主は水瀬さんじゃないですか! なのに家主がソファで寝るなんて……」
「それって――」
ソファから起き上がった水瀬が、ぐいと純平の腕を引く。彼にしては珍しい、強引な動作だった。
「一緒に寝ていいってことですか?」
「そ、れは……」
純平は水瀬から目をそらし、ちらりとベッドを見る。ベッドはダブルサイズで、大の男二人が一緒に寝ても狭さは感じないだろう。
握られた腕が熱い。水瀬の熱が、純平にまで伝播してきているようだ。
正直に言って、水瀬のことを恋愛対象として意識したことはある。最初はただ担当の薬剤師だと言われて、担当だから親身になってくれるだけだと思っていた。それが何度も会ううちに、彼を頼るうちに、徐々に気持ちが変化していくしかなかった。
水瀬の献身は、担当だからとか、そんな理由を超えている。そのことを純平も意識しないわけにはいかない。
純平は腕を引いた。なにも言わず、水瀬が立ち上がる。言葉にするのが恥ずかしくて、純平はただ黙って水瀬をベッドまで導いた。顔が熱い。できれば水瀬に今の顔は見られたくない。彼に背を向けたまま、ベッドに潜り込む。
シーツの擦れる音がして、ベッドが軋み、背後に人の気配がした。背中にぴったりと水瀬の体温を感じる。
ベッドサイドのランプが消され、部屋は真っ暗闇に落ちた。二人分の吐息が、静かに部屋の空気に溶け込んでいく。
「佐野さん」
背後から囁くように水瀬が声をかけてくる。
「……なんですか」
返事をすると、にゅるっと腕が伸びてきた。想像よりも筋肉質で、がっしりとした腕だ。
「眠れなかったらいつでも声をかけてください。佐野さんが眠れるまで、ずっと付き合いますから」
たくましい腕に抱かれ、純平は目を閉じた。シーツから慣れない柔軟剤の匂いがするが、不思議と嫌な感じはしなかった。
そっと自身の身体を抱く腕に指を這わせる。これだけで守られている気がする。
自然とまぶたが落ちてきた。水瀬が後ろでなにかを囁いていたが、純平はもはや聞いていなかった。
純平も家に着くなり、会社に連絡をした。電話に出たのは総務部の女性で、三日ほど休みたいと言うと、すぐに了承してくれた。どうやら純平が倒れているのを見つけて救急車を呼んだのも、この女性らしかった。お大事に、と言われて電話を切る。
純平がスマホを下ろすと、すぐにソファに座っていた水瀬がこちらを向いた。彼に向かい、大丈夫だというように軽く手を振る。
「とりあえず三日、休みをもらいました」
「よかった。明日から出勤するって言い出したら止めようと思っていたんですよ」
水瀬は脱いだ白衣をソファの背もたれにかけていた。急に申し訳なさが込み上げてくる。
「本当にすみません、仕事中に呼び出したりなんかして」
純平の言葉に、水瀬がすこし怒ったように眉をひそめる。
「どうして佐野さんが謝る必要があるんですか? 謝るべきは会社でしょう。佐野さんが倒れるまで働かせたんだから」
「でも……」
「俺のことなんかどうでもいいです。俺にとって佐野さんは、仕事よりも大事ですから」
きっぱりと言い切られ、返す言葉を見失う。
水瀬に手招きをされ、純平は彼の隣に腰を下ろした。
「それで、佐野さんはどうするんですか? 仕事、とか」
考えるだけでもため息が出る。しかし現実問題、避けては通れない問題だ。
「病院の先生は休職するなり、退職するなりして、実家に帰って休むべきだと……」
純平はそこまで言いかけて、言葉に詰まる。正直、実家には帰りたくない。両親との関係はそこまで良好ではないし、実家に帰ったところで心が休まるとは思えないからだ。実家に帰るくらいなら、一人暮らしの部屋で仕事を休んでじっとしていたほうがマシだ。仕事からは逃げられても、家事や料理はしないといけないが――。
「俺の家に来ませんか?」
ふいに声をかけられて、純平は呆然と水瀬の顔を見た。
「え?」
「佐野さん、顔に書いてますよ。実家には帰りたくないけど、一人暮らしもしんどいなって」
水瀬が喉の奥で笑う。ひそやかな笑い声を聞いて、うつむくしかなかった。自分はそんなわかりやすい顔をしているのかと。
「佐野さんがよければ、ですけどね。家事もなんにもしなくていいです。ただ食べて、寝て、ゆっくり休めばいいんですよ」
水瀬の提案はとても魅力的だ。天国といっていいかもしれない。水瀬の負担を無視するならば、の話ではあるが。
「いいんですか……?」
「もちろん。俺は大歓迎ですよ」
微笑む顔が眩しい。どうしてここまで自分に尽くしてくれるのだろう。その理由を知りたい。しかし、知ってしまったら戻れない気がする。どうしよう。今はただ、目をつむって身を委ねたほうがいいのだろうか。
「お願い、します」
純平は悩んだ挙げ句、絞り出すように言った。
ふわりと頭の上に乗るものがある。それは水瀬の大きな手のひらだった。
「佐野さんは頑張りすぎなんですよ」
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと待ってください」
歯磨きと入浴を終え、就寝準備を済ませたところで純平は声を上げた。突然、水瀬がソファに寝そべって、タオルケットを被りだしたからだ。
「水瀬さん、そこで寝るんですか?」
「佐野さんは気にせず、ベッド使っちゃってください」
「いや、この家の主は水瀬さんじゃないですか! なのに家主がソファで寝るなんて……」
「それって――」
ソファから起き上がった水瀬が、ぐいと純平の腕を引く。彼にしては珍しい、強引な動作だった。
「一緒に寝ていいってことですか?」
「そ、れは……」
純平は水瀬から目をそらし、ちらりとベッドを見る。ベッドはダブルサイズで、大の男二人が一緒に寝ても狭さは感じないだろう。
握られた腕が熱い。水瀬の熱が、純平にまで伝播してきているようだ。
正直に言って、水瀬のことを恋愛対象として意識したことはある。最初はただ担当の薬剤師だと言われて、担当だから親身になってくれるだけだと思っていた。それが何度も会ううちに、彼を頼るうちに、徐々に気持ちが変化していくしかなかった。
水瀬の献身は、担当だからとか、そんな理由を超えている。そのことを純平も意識しないわけにはいかない。
純平は腕を引いた。なにも言わず、水瀬が立ち上がる。言葉にするのが恥ずかしくて、純平はただ黙って水瀬をベッドまで導いた。顔が熱い。できれば水瀬に今の顔は見られたくない。彼に背を向けたまま、ベッドに潜り込む。
シーツの擦れる音がして、ベッドが軋み、背後に人の気配がした。背中にぴったりと水瀬の体温を感じる。
ベッドサイドのランプが消され、部屋は真っ暗闇に落ちた。二人分の吐息が、静かに部屋の空気に溶け込んでいく。
「佐野さん」
背後から囁くように水瀬が声をかけてくる。
「……なんですか」
返事をすると、にゅるっと腕が伸びてきた。想像よりも筋肉質で、がっしりとした腕だ。
「眠れなかったらいつでも声をかけてください。佐野さんが眠れるまで、ずっと付き合いますから」
たくましい腕に抱かれ、純平は目を閉じた。シーツから慣れない柔軟剤の匂いがするが、不思議と嫌な感じはしなかった。
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