男女比1:50の世界に転生したけど、前世の感覚で普通に接してたら幼馴染も姉妹もお嬢様もみんな沼にハマっていった件 ~ダンジョンにも潜ります〜

メトト

文字の大きさ
2 / 29
ダンジョン・ロマンティカ

第2話「鷹司のもう一人のお嬢様」

しおりを挟む
---

 幼稚園に通い始めて、一ヶ月が過ぎた。

 四月の桜はすっかり散り、五月の風が園庭を吹き抜ける頃には、俺――日向蓮の幼稚園生活はすっかり軌道に乗っていた。

 というか、乗りすぎていた。

「れんくん、いっしょにおすなばいこ!」

「れんくーん、こっちでおままごとしよー!」

「ねえねえ、れんくん、きのうのアニメみた?」

 朝、登園するなり女の子たちに囲まれるのは日常になっていた。クラスの男子は俺一人。園全体を見ても、男の子は年長さんに一人いるだけだ。

 前世の感覚で言えば、アイドルが学校に通っているようなものだろうか。いや、それ以上かもしれない。この世界の男女比を考えれば、男の子の存在自体がレアキャラなのだ。

「うーん、どうしよっかなー。じゃあ最初におすなば行って、そのあとおままごとして、アニメの話はおべんとうの時にしよ!」

「「「やったー!」」」

 全員と遊ぶ。誰かを選ぶんじゃなくて、全員と。

 前世の感覚では当たり前のことだ。友達は多い方がいい。誰かをハブにするのは好きじゃない。

 でも、この世界では「男の子が自分から全員に声をかける」という行為自体が規格外らしく、先生たちがいつも遠くからハラハラした顔で見守っている。

「れんくん、むりしてない……?」

 雫が控えめに聞いてくる。他の子たちが散った後、いつも隣に残っているのは雫だ。

「むり? なんで?」

「だって、いつもみんなのあいてして、つかれない?」

「全然。みんなと遊ぶの楽しいし」

「……そっか」

 雫はほっとしたように笑って、それから少しだけ俯いた。

「わたしは……れんくんと、ふたりのときが、すき、かな」

「ん?」

「な、なんでもないっ」

 雫はぱたぱたと手を振って話題を変えた。四歳の「好き」がどういう意味なのか、前世の記憶を持つ俺でも正直よく分からない。友達として好き、なのだろう。きっと。

---

 砂場で城を作っていると、沙耶がやってきた。

 いつも通り、静かに。気配を消すのが上手いというか、いつの間にかそこにいる。

「……何を作っているの」

「お城。ダンジョンっぽくしたいんだけど、うまくいかないんだよなー」

「ダンジョン」

 沙耶の眉がぴくりと動いた。一ヶ月前、俺がダンジョンに潜りたいと言った時の微かな怒りを、まだ覚えているのかもしれない。

 でも、沙耶は何も言わなかった。代わりに、すっとしゃがみ込んで、砂を手に取った。

「……壁は、こうした方が崩れにくい」

「お、さやちゃんうまいね!」

「当然よ。鷹司の家には日本庭園があるの。砂の扱いくらい心得ているわ」

 四歳で何を言っているんだとツッコみたかったが、実際に沙耶が手を加えた砂の壁は綺麗に整っていたので、素直に感心するしかなかった。

「すごいなー。じゃあ、ここにトンネル作ってよ。ダンジョンの入口みたいなやつ」

「…………」

 沙耶は少し黙った後、小さくため息をつきながら、指先で丁寧にトンネルを掘り始めた。

「……一つだけ言っておくわ」

「ん?」

「わたしがこれを作るのは、あなたが喜ぶからであって、ダンジョンに賛成しているわけじゃないの」

「はいはい」

「はいは一回」

 沙耶の語彙力は四歳離れしている。鷹司家の教育の賜物だろう。

 黙々と砂の城を作る二人の横で、雫がちょっと寂しそうな顔をしていたので、「しずくちゃんも旗作ってよ、葉っぱで」と声をかけると、ぱっと表情が明るくなった。

 三人で作った砂の城は、なかなかの出来だった。

---

 そんな穏やかな日常が続いていた、五月末のある日。

 幼稚園にお迎えに来た母さんの顔が、少しだけ緊張していた。

「れん、今日はまっすぐ帰らないよ。ちょっと寄るところがあるの」

「どこ?」

「……鷹司さんのお屋敷」

 意外な名前だった。なぜ、うちの母さんが鷹司家に?

 聞けば、鷹司家から「息子さんがうちの沙耶と仲良くしてくださっているようで、ぜひご挨拶を」という招待があったらしい。

 この世界で、名家が男の子の家族に挨拶を求める。その意味を、母さんは分かっているのだろう。表情が硬い。

「れん、お行儀よくしてね」

「うん、わかった」

 りんねえも一緒だった。母さんに手を引かれながら、姉ちゃんは不安そうな顔をしていた。

「……りんねえ、どうしたの?」

「べ、別に何でもない。ただ……鷹司って、すっごいおうちなんでしょ? れんくんがとられちゃわないか、ちょっと……」

「とられるって何だよ」

「だ、だから何でもないってば!」

 姉ちゃんは耳を赤くして、ぷいっとそっぽを向いた。

 六歳児なりの心配なのだろう。微笑ましいと思いつつ、りんねえの手を握った。

「大丈夫。おれはどこにも行かないよ」

「……ほんと?」

「ほんとほんと」

 りんねえは、きゅっと握り返してきた。その力が妙に強かったのを、覚えている。

---

 鷹司家の屋敷は、屋敷というより「城」だった。

 広大な敷地に和洋折衷の建物が建ち並び、手入れの行き届いた庭園が広がっている。門をくぐるだけで空気が変わるような気がした。

「ようこそいらっしゃいました」

 出迎えてくれたのは、沙耶の母親だという女性。切れ長の目元が沙耶によく似ていた。上品な所作で俺たちを応接間に通しながら、その視線が俺に向いた時、一瞬だけ鋭い光が宿ったのを感じた。

 品定め、だ。

 この世界では珍しくない。男の子がどんな子か、健康か、賢いか、性格はどうか──そういったことを見極めようとする目。前世の感覚で言えば、お見合いの席で値踏みされているようなものだ。

 四歳の子供相手に、それをやるのがこの世界の常識。

「蓮くん、でしたね。沙耶がいつもお話ししてくれるのよ」

「あ、はい。さやちゃんにはいつもお世話になってます」

 前世仕込みの社交辞令──というか、普通の挨拶をしただけだが、沙耶の母親が少し目を見開いた。

「まあ……はきはきした子ね」

「えへへ、よく言われます」

 母さんが隣で「すみません、ちょっと元気すぎるところがありまして」と恐縮しているが、沙耶の母親は穏やかに笑っていた。ただ、その奥にある計算高い光は消えていない。

 そこに、襖がすっと開いた。

「──沙耶」

 入ってきたのは沙耶本人だった。自宅では幼稚園の時と雰囲気が少し違う。背筋がさらに伸びていて、表情も硬い。鷹司家の中では「鷹司の娘」として振る舞わなければならないのだろう。

「蓮。……来たのね」

「おう。おじゃましてます」

「…………」

 沙耶が一瞬、ほっとしたような顔をしたのが見えた。幼稚園での距離感のまま話しかけられて、少しだけ肩の力が抜けたのかもしれない。

「沙耶、お客様にお茶をお出ししなさい。それと――紫月も呼んでいらっしゃい」

 沙耶の母親のその言葉に、沙耶の表情が微かに曇った。

「……紫月、来ているの?」

「今朝からいらしているわ。蓮くんに会いたいって」

 沙耶は何か言いたそうに口を開きかけ、結局何も言わずに部屋を出た。

 紫月。

 新しい名前だ。

---

 数分後、沙耶が茶器を載せた盆を持って戻ってきた。四歳にしては見事な所作だったが、その顔はどこか憂鬱そうだった。

 そして、その後ろから。

「──ふうん。これが、沙耶の言ってた男の子?」

 高い声。自信に満ちた、というより、自信しかないような声。

 襖の陰から現れたのは、沙耶と同じ黒髪の少女だった。ただし、沙耶が静かな湖のような雰囲気だとすれば、この子は燃え盛る炎だ。

 つり上がった目。腰に手を当てた堂々としたポーズ。沙耶より少し背が高く、全身から「わたしはお前より上だ」というオーラが出ている。

 四歳で、この貫禄。

「わたしは鷹司紫月(たかつかさ しづき)。沙耶の従姉妹よ。あなたが日向蓮?」

「うん。よろしくね、しづきちゃん」

「……ちゃん?」

 紫月の目が、すっと細くなった。

「初対面で馴れ馴れしいわね。男の子ってみんなもっとおどおどしてるものだと思ってたけど」

「えー、そう? おれ、おどおどするの苦手なんだよね」

「ふん。変わった子ね」

 紫月は腕を組んで──四歳児が腕を組む姿はなかなかシュールだが──俺を頭のてっぺんからつま先までじろじろと見た。

「まあ、顔はそこそこね。でも、鷹司の家に来るならもっとちゃんとした格好をしなさいよ。その服、量販店でしょう?」

「し、紫月……」

 沙耶が小声でたしなめるが、紫月は意に介さない。

「だってほんとのことじゃない。鷹司の名に恥じない振る舞いをしなさいって、おばあさまもいつも言ってるでしょう? お客様にもそれ相応の品格を求めるのは当然よ」

 母さんの顔がこわばるのが分かった。りんねえは俺の後ろに隠れるようにしながらも、悔しそうに唇を噛んでいる。

 ……ふむ。

 前世の記憶がなくても、この子が何を言いたいのかは分かる。要は「あなたは鷹司家に釣り合わない」ということだ。四歳にして立派なマウント能力である。

 でも、俺はこういうタイプが嫌いじゃない。

「しづきちゃん、すごいね」

「……は?」

 予想外の返答だったらしく、紫月が怪訝な顔をした。

「四歳なのにそんな難しい言葉知ってるんだ。かっこいいなー」

「……っ。ば、馬鹿にしてるの?」

「してないしてない。本気で感心してる。おれなんか『ひんかく』って何か分かんないもん」

 嘘だ。前世の記憶があるから普通に分かる。でも、四歳児のフリをするのもたまには必要だ。

「……ふんっ。分からないなら教えてあげてもいいわよ。品格というのはね──」

「お、教えてくれるの? やった、しづきちゃん優しいね!」

「やっ……優しいんじゃないわよ! 無知な子を放っておけないだけで……!」

 紫月の頬がほんのり赤くなった。ちょろい。

 沙耶がこちらを見ている。その目は「あなた、何をしているの」と言いたげだったが、口元がわずかに緩んでいた。

---

「──で、あなた。ダンジョンに入りたいんですって?」

 客間で出されたお菓子をもぐもぐ食べていると、紫月が突然切り出した。

 沙耶から聞いたのだろう。

「うん。いつかね」

「はあ? 正気?」

 紫月の目が吊り上がった。さっきまでの高飛車とは少し違う、本気の怒気が混じっていた。

「男がダンジョンに入るなんて、ありえないわ。あなた、自分がどれだけ貴重な存在か分かってるの?」

「んー、まあ、男が少ないってのは知ってるけど」

「知ってるなら、なおさらでしょう! 男はね、守られるべき存在なの。安全に、健やかに、大切に生きるべきなの。ダンジョンなんて危険な場所に行くなんて……あなた一人の命じゃないのよ!」

 紫月の声には、子供離れした切実さがあった。

 この子も、鷹司家の教育を受けて育っている。「男は守るもの」。その価値観が骨の髄まで染み込んでいるのだろう。

 しかも紫月の場合、それを攻撃的な形で表に出す。沙耶が静かに怒るタイプなら、紫月は真正面からぶつかってくるタイプだ。

「しづきちゃんさ」

「何よ」

「心配してくれてるんだよね? ありがとう」

「……はあっ? べ、別に心配なんかしてないわよ! ただ、男が無駄死にするのは社会的損失だって言ってるの!」

「あはは、社会的損失って。しづきちゃん、ほんとに頭いいんだな」

「当たり前でしょう! 鷹司の人間は全員優秀なの!」

「うんうん。じゃあさ、そんなに頭いいなら、おれがダンジョンに安全に潜れる方法を考えてくれない?」

「…………は?」

 紫月が固まった。

「えっ、ちょ、何を言って……」

「だってさ、おれがどうしてもダンジョンに行きたくて、でもしづきちゃんがおれを守りたいなら、一番いいのは安全に潜る方法を考えることじゃん?」

「そ、そういう問題じゃ……」

「ねえ、それよりさ、このおかし美味しいね。もう一個もらっていい?」

「話をそらすな!」

 紫月が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 沙耶が横で小さく「……ぷっ」と吹き出した。紫月が「沙耶! 笑うな!」と矛先を変え、二人の小さな言い合いが始まる。

 それを眺めながら、菓子をもう一つ口に運ぶ。

 ──うん、おいしい。さすが鷹司家。菓子のレベルが違う。

 りんねえが隣で「れんくん、食べ過ぎ」と小声で注意してきたが、その手も菓子に伸びていた。

---

 帰り際。

 玄関で靴を履いていると、紫月が仁王立ちで待っていた。

「日向蓮」

「ん?」

「わたしは、あなたがダンジョンに行くことを絶対に認めないわ。男が命を危険にさらすなんて、鷹司の教えに反する。……いいえ、人として間違ってる」

 その目は真剣だった。高飛車な態度の奥に、本気の信念が見えた。

「おれは、行くよ」

 静かに、でもはっきりと言った。

「ロマンがあるから。見たいものがあるから。それだけの理由だけど、おれにとっては十分なんだ」

「……っ」

 紫月は唇を噛んだ。

「……あなたって、ほんっとうに、馬鹿ね」

「よく言われる」

「言われ慣れてるんじゃないわよ! ……もういいわ。覚えてなさい。わたしが絶対にあなたの考えを改めさせてみせるから」

「楽しみにしてる」

「楽しみにするな!」

 紫月が地団駄を踏む。四歳児の地団駄は、正直かわいい。

「それとね」

 紫月はふいに声のトーンを落とした。

「……次に来る時は、もうちょっとまともな服を着てきなさいよ。別にあなたのためじゃなくて、鷹司の客間にふさわしい格好をしてもらわないと、わたしの品格に関わるから」

「次、来ていいの?」

「……来るなとは言ってないでしょう。行間を読みなさいよ」

 紫月はくるりと背を向けて、足早に屋敷の奥へ消えた。最後に見えた耳が、赤かった。

 門の前で待っていた沙耶が、小さく頭を下げた。

「……紫月が、ごめんなさい。きつい子だけど、悪い子じゃないの」

「分かってるよ。面白い子だなって思った」

「面白い……」

 沙耶が不思議そうに首を傾げた。

「紫月を面白いって言った人、初めてだわ。大体の人は、怖いか、嫌いかだもの」

「そう? 素直じゃないだけで、根っこは優しい子でしょ。心配してくれてるのバレバレだったし」

「…………」

 沙耶は数秒間、じっと俺を見つめた。夕焼けに照らされたその瞳が、一瞬だけ揺れたように見えた。

「……蓮って、ほんとうに変わってるのね」

「また言われた」

「褒めてるのよ。……たぶん」

 沙耶は、本当に微かに、笑った。幼稚園でもほとんど見せない、柔らかい笑顔。

「……また幼稚園でね」

「うん。明日もいっしょに遊ぼう」

「……ええ」

 沙耶はもう一度小さく頭を下げて、門の中に戻っていった。

---

 帰り道。

 夕焼けに染まった住宅街を歩きながら、母さんが何度か口を開きかけては閉じるのを繰り返していた。

「母さん、なに?」

「……れん。鷹司さんのお家の人たち、すごかったでしょう」

「うん。お菓子おいしかった」

「そうじゃなくて」

 母さんは苦笑しつつも、少し真剣な顔になった。

「鷹司さんみたいな大きなお家は、れんのこと……男の子のことを、とても大事に考えているの。だから、色々と気にかけてくださるかもしれない。でもね」

「うん」

「れんは、れんのまんまでいいからね」

 母さんの手が、ぎゅっと俺の手を握った。

「お家が大きいとか小さいとか、そんなの関係ない。れんが楽しく過ごせるなら、それでいい。母さんは、いつもそう思ってるから」

「……うん。ありがとう、母さん」

 素直にそう言えるのは、前世の記憶のおかげかもしれない。親の愛情がどれだけ有り難いものかは、「大人の感覚」を持っているからこそ分かる。

 りんねえが母さんの反対側の手を握りながら、ぼそっと言った。

「わたしも、れんくんのこと、まもるから。あのお嬢様たちにまけないくらい」

「負けるとか勝つとかじゃないでしょ」

「いいの。わたしがそう決めたの」

 六歳の宣言は、どこまでも真っ直ぐだった。

---

 家に帰ると、結月が玄関で待ち構えていた。近所に住む母さんの友人に預けられていたらしい。

「にいにー! おそいー!」

 飛びついてくる結月を受け止めて、抱き上げる。

「ごめんごめん、ちょっとお出かけしてたんだ」

「どこいってたの?」

「お友達の家」

「おともだち? にいにの? ゆづきもいきたかった!」

「今度ね」

「やくそく!」

「うん、約束」

 小指を絡めると、結月は満面の笑みで「ゆびきりげんまん」を歌い始めた。

 なんだろう、この平和な感じ。

 ダンジョンが世界のあちこちに出現し、社会が変革期を迎えている現代日本。男女比の歪みが生む独特の社会構造。俺自身の前世の記憶。

 色々と「普通じゃない」要素だらけの世界なのに、家に帰ればこうして妹が笑っている。姉が見守っている。母さんが温かいご飯を作ってくれている。

 この日常を大事にしたいと、心から思う。

 でも同時に、胸の奥で疼く何かがある。

---

 夕食後、テレビのニュースが目に入った。

『──愛知県のダンジョン第五層にて、探索チーム「ヴァルキュリア」が新種の鉱石を発見。この鉱石は従来の金属を遥かに超える硬度と軽さを併せ持ち、研究者からは「夢の素材」と……』

 画面には、薄い青色に輝く鉱石のサンプルが映っていた。既存のどの鉱物とも違う、この世界のものとは思えない美しさ。

『また、第三層で採取された果実「星露の実」は、一般市場での取引価格が一個あたり五十万円を超える高値を記録。その味は「食べた瞬間、体中の細胞が喜ぶようだ」と表現され……』

 一個五十万円の果実。食べた瞬間、細胞が喜ぶ味。

 ──やっぱり、行きたい。

「れん、またダンジョンのニュース見てる……」

 母さんの声が、キッチンから聞こえた。心配と諦めが半分ずつ混ざったような声。

「だって、すごいんだもん。こんな石、見たことないし。一個五十万の果物とか、どんな味がするんだろう」

「……れんは、本当にダンジョンが好きなのね」

「うん。好き」

 四歳児の「好き」を、大人たちはどこまで本気にしているだろう。子供の夢、と笑い飛ばしてくれればいいのだけれど。

 母さんは何も言わなかった。ただ、少しだけ目を伏せて、食器を洗う手を速めただけだった。

---

 布団の中。

 暗い天井を見上げながら、今日のことを振り返る。

 鷹司紫月。沙耶の従姉妹。高飛車で、口が悪くて、プライドが高くて──でも、根は悪くない。

 「男はダンジョンに行くべきじゃない」という彼女の主張は、この世界では至極真っ当なものだ。五十人に一人しかいない男が命を危険にさらすなんて、社会的にも感情的にも受け入れがたいことだろう。

 でも、俺には前世の記憶がある。

 男だから守られるべき? 男だから安全に生きるべき?

 前の世界では、そんなこと誰も言わなかった。男も女も、自分の人生は自分で選んでいた。

 もちろん、この世界にはこの世界の事情がある。男が少ないのは事実で、だからこそ社会が男を守ろうとするのも理解できる。

 でも──。

 あの鉱石の光。あの果実の話。まだ見ぬダンジョンの最深部に何があるのか。

 その好奇心は、「守られるべき」なんて言葉では抑えられない。

「……いつか、絶対に」

 呟いて、目を閉じる。

 隣の布団で、りんねえが「……ん……れんくん……どこにもいっちゃだめ……」と寝言を言っていた。

 さらにその隣で、結月が「にいに……おやつ……もっと……」と全然関係ない寝言を言っていた。

 ……この姉妹の温度差よ。

 小さく笑って、意識を眠りに沈めた。

 明日もきっと、騒がしくて、楽しい日になる。

---

 第2話 了
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園
恋愛
「将来、あなたのお嫁さんになりたい」 10年前、俺は魔法の力で一人の少女を救った。 ……そして現在。ここは男女比5:1の女尊男卑の世界。 男は女に「選ばれる」ためだけの存在する。   俺、アルトは、前世の記憶と女でさえ持っていない無限の魔力を隠し、父と静かに暮らす「モブ」になるはずだった。 「待っていましたわ、アルト」 学園で再会したあの時の少女は、驚くべきことにリリアーナ王女だった。 どうやら彼女、あの日の「約束」を本気で果たしに来たらしい。 (俺の平穏なモブ生活が……!) 最強を隠したい男と、その秘密ごと彼を手に入れたい王女の、すれ違い学園ファンタジー!

転生?したら男女逆転世界

美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。 ※カクヨム様にも掲載しております

処理中です...