男女比1:50の世界に転生したけど、前世の感覚で普通に接してたら幼馴染も姉妹もお嬢様もみんな沼にハマっていった件 ~ダンジョンにも潜ります〜

メトト

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ダンジョン・ロマンティカ

第15話「第一層」

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 十四歳。中学二年生の十月。

 その日は、朝から雨だった。

 ダンジョン見学会の集合場所は、神奈川県の丹沢山系に位置する「丹沢ダンジョン」の入口管理施設。聖蘭学院からバスで一時間半。車窓を叩く雨粒を眺めながら、俺は自分の心臓の音を聞いていた。

 速い。やけに速い。

 十年間、夢に見てきた場所がもうすぐ目の前にある。

「蓮、落ち着きなさい。貧乏ゆすりがうるさい」

 隣の席の玲奈が呆れた声で言った。

「ごめん。……でも、無理」

「知ってる。あんたがダンジョンのことになると馬鹿になるのは」

 玲奈はため息をつきながらも、小さなメモ帳を取り出した。

「理緒さんから預かったチェックリスト。観察ポイント七十三項目。温度計と湿度計は持った?」

「持った。カメラも。あと、りおちゃんお手製の鉱物判別シートも」

「……あの人、やりすぎよ」

 言いながらも、玲奈自身のかばんの中にはダンジョン産素材のサンプルケースが入っているのを俺は知っている。神楽坂グループの研究部門から借りてきたらしい。やりすぎはお互い様だ。

 バスの前方では、雫が窓の外を見つめていた。顔が少し青い。

「しずく、大丈夫?」

「う、うん……大丈夫。ちょっと緊張してるだけ」

「怖かったら無理しなくていいんだぞ」

「行くよ。……決めたから」

 雫は拳を膝の上で握りしめていた。震えている。でも、目は逃げていない。

 後方の席で、沙耶が静かに本を読んでいる。ダンジョン関連ではなく、救急処置のマニュアルだった。万が一に備えている。この子らしい。

 紫月は通路を挟んで反対側の席で腕を組み、目を閉じている。瞑想か、仮眠か。どちらにせよ、本番に向けてコンディションを整えているのだろう。剣道の試合前と同じ顔をしている。

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 管理施設に到着した。

 雨は止んでいた。湿った空気の中に、微かに甘い匂いが混じっている。ダンジョンの入口から漂ってくる、異界の気配。

 施設の前で探索チーム「アストレア」のメンバーが出迎えてくれた。先頭に立つのは、葵さん。

「皆さん、ようこそ。今日は第一層の安全区域をご案内します。ルールは三つ。一、隊列から離れないこと。二、壁や鉱石に許可なく触れないこと。三、異変を感じたら即座に声を上げること。この三つを守ってくれれば、安全に帰れます」

 生徒たちの間に緊張が走る。見学会への参加者は二十八名。中学二年から高校三年まで混在しているが、大半は興味本位の参加だ。本気でダンジョンに向き合っているのは、たぶん俺たちだけ。

 ダンジョンの入口は、山肌にぽっかりと開いた洞穴だった。直径約五メートル。内部から冷たい風が吹き出している。

 一歩目を踏み出した。

---

 空気が、変わった。

 入口から十メートルも進まないうちに、外界との接続が断たれたかのような感覚。温度が三度ほど下がり、湿度が跳ね上がる。天井は高く、足元の岩は滑らかに磨かれたような質感。自然の洞窟とは明らかに異なる。

 誰かが作った。あるいは、何かの意思がこの空間を形成した。

 そう感じずにはいられなかった。

「すげえ……」

 声が漏れた。反響して、暗闘の奥に吸い込まれていく。

 探索チームが持つランタンの光が、壁を照らす。岩肌に点在する小さな結晶が、光を受けて淡く瞬いた。星空を地下に埋め込んだような光景。

「蓮くん、温度十二・四度。湿度八十七パーセント。記録しました」

 いつの間にか隣に来ていた雫が、メモ帳にペンを走らせている。顔はまだ少し青いが、手は正確に動いている。

「しずく、お前すごいな」

「えへへ……理緒ちゃんに頼まれたから。わたしにできることを、やるの」

 あの屋上の日の言葉。「これから見つける」と言っていた雫の役割。それは、「記録者」だったのかもしれない。

 沙耶は俺のすぐ後ろを歩いていた。無言で、でも確実に。視線は周囲を警戒するように動いている。

 紫月は隊列の外側に位置して、まるで護衛のように歩いていた。腰に竹刀はないが、構える気配は常にある。

 玲奈は壁の鉱石をじっと観察しながら、独り言のようにデータを呟いていた。

「蒼輝石の小規模鉱脈……純度は低いけど分布密度が高い。第一層でこれなら、深層の採掘ポテンシャルは……」

 全員が、全員の形で、ダンジョンに向き合っている。

---

 安全区域の最深部。第一層のおよそ三分の一の地点に、広い空間があった。

 天井が吹き抜けのように高く、壁一面が蒼い結晶で覆われている。ランタンの光を当てると、結晶が連鎖的に発光し、空間全体が蒼白い光に満たされた。

 息を呑んだ。

 生徒たちから歓声が上がる。何人かがスマートフォンで写真を撮り始めた。

 でも俺は、写真を撮る気になれなかった。

 カメラ越しじゃなく、この目で見たかった。この光を、この空気を、この匂いを、全身で記憶したかった。

 蒼い光の中に立っていると、世界が遠くなる感覚。地上の喧騒も、社会の常識も、男女比の歪みも、何もかもが関係なくなる。

 ここには、ただ「未知」がある。

 これだ。これを、ずっと求めていた。

「……蓮」

 沙耶の声が、蒼い光の中から聞こえた。

 振り返ると、沙耶が結晶の光に照らされて立っていた。白い肌が蒼く染まり、黒い瞳が光を映して宝石のように輝いている。

「きれい……」

「え?」

「この場所が。……蓮が見たかったもの、少しだけ分かった気がする」

 沙耶は微かに笑った。ダンジョンの中で笑う沙耶を見るのは初めてだった。

「来てよかった」

 その一言が、どれだけ重いか。ダンジョンを忌避していた沙耶が、ここに立って、「よかった」と言っている。

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 その時だった。

 足元が揺れた。

 小さな振動。地震のようだが、地震とは質が違う。もっと深い場所から、何かが脈動するような――。

「全員止まれ!」

 葵さんの声が空間に響いた。穏やかだった表情が一変し、探索者の顔になっている。

 アストレアのメンバーが即座に配置についた。生徒たちを中心に円陣を組む。プロの動きだ。

「振動源は下層。第二層以深からの上昇波動です。安全区域の範囲内ですが、念のため退避を――」

 葵さんの言葉が途切れた。

 壁の結晶が、一斉に明滅を始めたのだ。

 蒼白い光がチカチカと不規則に点滅する。まるでダンジョン自体が呼吸をしているように、光が膨張と収縮を繰り返す。

「これは……」

「ダンジョンの脈動現象。深層の変動が表層に影響を及ぼすケースです。危険は――」

 どん、と。

 一際大きな振動が来た。天井から小さな結晶の欠片がぱらぱらと降ってくる。

 悲鳴が上がった。生徒たちがパニックになりかける。

「落ち着いて! 天井の崩落はない! 結晶の表層が剥離しているだけです!」

 葵さんが声を張る。アストレアのメンバーが生徒たちを庇うように動く。

 俺は、動かなかった。

 怖くないわけじゃない。心臓はばくばく言っている。でも、恐怖よりも先に来る感覚があった。

 これが、ダンジョンだ。

 安全区域でさえ、こういうことが起きる。第二層、第三層、さらにその奥。もっと深い場所では、もっと理不尽なことが待っている。

 それでも。

「――すげえ」

 俺は笑っていた。

 蒼い光の嵐の中で、周りがパニックになる中で、ダンジョンの息吹を全身に浴びながら。

 怖い。でも、ワクワクする。四歳の夜、テレビの前で感じたあの気持ちが、何倍にも膨れ上がって胸を満たしている。

「蓮……!」

 沙耶が俺の腕を掴んだ。強い力。震えている。

「笑ってる場合じゃないでしょう……!」

「ごめん。でも沙耶、見ろよ。光がすごい」

「あなたは本当に……!」

 沙耶の目が潤んでいた。怒りと安堵と、名前のつけられない何かが混ざった表情。

 紫月は俺の反対側に立って、周囲を睨んでいた。竹刀がなくても、その構えは剣士のものだった。

「蓮、下がりなさい。わたしの後ろに」

「紫月こそ、無理すんなよ」

「うるさい。あんたを守ると決めたのはわたしよ」

 雫は足が竦んでいたが、それでもメモ帳を離さなかった。「記録……記録しなきゃ……」と唇を噛みながら、震える手でペンを走らせている。

 玲奈は冷静だった。むしろ目が据わっている。

「脈動の周期が短くなってる。収束に向かってるわ。……あと三十秒」

 神楽坂グループのデータが頭に入っているのだろう。玲奈の予測通り、三十秒後に振動は止んだ。結晶の明滅も収まり、空間に静寂が戻った。

「……全員無事ですね。退避します。落ち着いて、来た道を戻りましょう」

 葵さんの声で、全員が動き出した。

---

 ダンジョンの入口から地上に出た瞬間、空が青かった。

 雨上がりの澄んだ空気。陽光が眩しい。つい数十分前まで蒼い闇の中にいたことが嘘のようだ。

 生徒たちは大半がぐったりしていた。パニックの余韻で泣いている子もいる。

 俺は、深く息を吸った。

 地下の冷たい空気とは全く違う、温かくて湿った地上の空気。

「……帰ってきた」

 帰ってきた。でも、また行きたい。

 その気持ちが、確信に変わった瞬間だった。

「蓮」

 葵さんが近づいてきた。

「怖かった?」

「はい。……でも、楽しかった」

 葵さんは俺の目をじっと見て、それから、ふっと笑った。

「やっぱり楓の言う通りだ。あの子と同じ目をしてる」

「楓と?」

「うん。ダンジョンを初めて覗いた時の、あの子の目と同じ。……止めても無駄な目だ」

 葵さんは笑いながらも、どこか寂しそうだった。

「あと四年か。待ってるよ、蓮くん。ちゃんと準備して来なさい」

「はい」

 頭を下げた。

 十八歳まで、あと四年。

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第15話 了
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