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ダンジョン・ロマンティカ
第17話「九人のテーブル」
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十五歳。中学三年生の四月。
聖蘭学院の桜が満開だった。三度目の春。見慣れたはずの景色が、今年は少し違って見える。
理由は明白だった。
「にいに!」
校門の前で、結月が手を振っていた。
聖蘭学院の制服を着た結月。十三歳。中学一年生。
――誰だ、この子。
いや、結月だ。間違いなく結月だ。でも、三年前の幼い面影は薄れて、別人のようだった。
背が伸びていた。俺の肩くらいまである。丸かった輪郭はすっきりと整い、目鼻立ちが母さんに似てきた。長い髪を一つに結んで、制服のリボンが春風に揺れている。
かわいい、と思った。
妹に対して「かわいい」は当たり前の感情だ。でも、今の「かわいい」は今までと少し質が違った。前世の記憶を持つ大人の感覚が、客観的に結月の容姿の変化を認識している。
まずい。いや、何もまずくない。妹だ。妹。
「にいに、どうしたの? 固まってるよ」
「いや、なんでもない。おはよう、ゆづき。制服、似合ってるよ」
「ほんと!? えへへ。……ねえにいに、約束通り来たよ。三年、頑張ったよ」
結月の目が潤んでいた。
三年前の夜。小指を絡めて交わした約束。あの日から結月は毎日勉強して、学年トップの成績を維持し、奨学生試験にも合格した。全部、ここに来るために。
「偉かったな、ゆづき。よく頑張った」
「……うんっ」
結月が俺の腕に抱きついた。周囲の生徒たちの視線が突き刺さる。「男子に抱きつく新入生」は相当な衝撃だろう。
「ゆづき、学校では少し控えめにな」
「やだ。二年間我慢したんだから、今日くらいいいでしょ」
二年間我慢。その言葉の重さに、胸が詰まった。
---
結月が入学したことで、聖蘭学院における俺の周囲の女子構成が変わった。
中三:沙耶、紫月、雫、玲奈、そして俺。
中一:結月。
さらに学外には、楓と理緒がいる。りんねえは大学受験を控えた高三。
全員が、俺のダンジョン行きを知っている。全員が、それぞれの形で関わろうとしている。
そして全員が、一度も「同じ場所」に集まったことがなかった。
---
きっかけは、玲奈の一言だった。
「高校に上がる前に、全員で一度話すべきよ」
五月の放課後、生徒会室で。玲奈は生徒会副会長になっていた。
「全員って?」
「あんたの周りにいる全員。学内も学外も。鳴瀬さんも白峰さんも、お姉さんも」
「……なんで」
「あんたが十八歳でダンジョンに潜るなら、あと三年。チームの話を本格的にするなら、関係者全員の意思を確認すべきでしょう。……それに」
玲奈は少し言い淀んだ。
「……このまま全員がバラバラに動いてたら、いつか絶対にぶつかるわ。それなら早いうちに顔を合わせた方がいい」
玲奈は気づいている。俺の周囲に渦巻く感情の複雑さに。そして、それを合理的に処理しようとしている。この子らしい、と思った。
---
六月の第一土曜日。
場所は、鷹司家の屋敷の一室を沙耶が手配してくれた。大きな円卓がある応接間。
全員が集まった。
鷹司沙耶。鷹司紫月。天宮雫。神楽坂玲奈。鳴瀬楓。白峰理緒。日向凛花。日向結月。
そして、俺。
九人が円卓を囲んでいる。
空気が、重い。
原因は分かっていた。この中の大半が、初対面だ。名前は知っていても、顔を合わせるのは初めて。しかも全員が「蓮」という一つの中心点に繋がっているという事実を、互いに理解している。
最初に口を開いたのは、楓だった。
「えっと、鳴瀬楓です! 蓮の小学校からの友達で、ダンジョン探索チームの体力担当です! よろしくお願いします!」
楓の太陽みたいな声で、少しだけ空気がほぐれた。
理緒が続く。
「し、白峰理緒です。知識担当……というか、本が好きなだけですけど……。よろしくお願いします」
りんねえは腕を組んだまま全員を見渡した。
「日向凛花。蓮の姉です。……皆さんのことは、蓮からよく聞いてます」
その目は笑っていなかった。品定めの目だ。ここにいる全員を、姉として値踏みしている。
結月はりんねえの隣で、にこにこ笑っていた。
「日向結月でーす! にいにの妹! よろしくね!」
天真爛漫。でも、その笑顔の奥にある「にいにのいちばんの席」への執着を、俺は知っている。
沙耶、紫月、雫、玲奈は自己紹介を済ませた後、微妙な沈黙が落ちた。
全員が、全員を観察している。
誰が蓮にとって一番近いのか。誰が一番長い付き合いなのか。誰が一番強い感情を持っているのか。
――計りきれるものではない。だってみんな、本気だから。
「さて」
沈黙を破ったのは、玲奈だった。
「今日集まってもらったのは、蓮のダンジョン探索について全員で方針を共有するため。感情論は抜きにして、まず事実を整理しましょう」
玲奈がホワイトボードを引き出した。鷹司家の応接間にホワイトボード。事前に搬入したらしい。用意がいい。
「蓮が十八歳でダンジョンに潜る。これは全員の共通認識で合ってる?」
全員が頷いた。
「探索チームの構成候補。現時点で探索者として参加を表明しているのは――蓮、鳴瀬さん、鷹司沙耶、鷹司紫月。わたしと天宮さんと白峰さんは支援寄り。日向凛花さんは医療・救助分野。日向結月さんは……未定?」
「未定じゃないよ」
結月が手を挙げた。全員の視線が集まる。
「ゆづきも、ダンジョンに行く」
静寂。
「にいにが行くなら、ゆづきも行く。ずっとそう決めてた。……まだ何ができるか分かんないけど、三年あるから。三年で、にいにの役に立てるようになる」
十三歳の宣言に、誰も笑わなかった。この場にいる全員が、覚悟というものの重さを知っているから。
りんねえが目を伏せた。妹がダンジョンに行くと言った衝撃。でも、止めなかった。止める権利がないことを、りんねえ自身が一番よく分かっているから。
「……分かったわ。候補に加えます」
玲奈がホワイトボードに結月の名前を書き加えた。
---
会議は二時間に及んだ。
各自の得意分野、必要なスキル、今後三年間の準備計画。玲奈が司会を務め、理緒がデータを補足し、楓が実践面の意見を出し、沙耶が資金と装備の話をし、紫月が戦闘面を語った。
雫は全員の発言を一言も漏らさずメモしていた。記録者として、すでに欠かせない存在だ。
りんねえは「地上で帰りを待つ班」としての役割を引き受けた。ダンジョン周辺の医療施設との連携、通信手段の確保。探索者ではないが、チームの生命線だ。
会議が終わる頃、空気は最初の重さを失っていた。完全に打ち解けたわけではない。でも、一つのテーブルで同じ目標を共有したことで、何かが変わった。
「ねえ」
帰り際、楓がぽつりと言った。
「わたしたち、すごいチームになるかもね」
「なるよ。絶対に」
俺が言うと、全員がこちらを見た。
「三年後、全員で第一層に立つ。そして、その先に進む。……みんな、よろしく」
八人の女の子たちが、それぞれの顔で頷いた。
静かに微笑む沙耶。不敵に笑う紫月。穏やかに目を細める雫。腕を組んでふんと鼻を鳴らす玲奈。拳を突き上げる楓。眼鏡の奥で目を輝かせる理緒。まっすぐに俺を見つめるりんねえ。満面の笑みで手を振る結月。
この瞬間を、忘れない。
一人で見つけた夢が、九人の物語になった日のことを。
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第17話 了
十五歳。中学三年生の四月。
聖蘭学院の桜が満開だった。三度目の春。見慣れたはずの景色が、今年は少し違って見える。
理由は明白だった。
「にいに!」
校門の前で、結月が手を振っていた。
聖蘭学院の制服を着た結月。十三歳。中学一年生。
――誰だ、この子。
いや、結月だ。間違いなく結月だ。でも、三年前の幼い面影は薄れて、別人のようだった。
背が伸びていた。俺の肩くらいまである。丸かった輪郭はすっきりと整い、目鼻立ちが母さんに似てきた。長い髪を一つに結んで、制服のリボンが春風に揺れている。
かわいい、と思った。
妹に対して「かわいい」は当たり前の感情だ。でも、今の「かわいい」は今までと少し質が違った。前世の記憶を持つ大人の感覚が、客観的に結月の容姿の変化を認識している。
まずい。いや、何もまずくない。妹だ。妹。
「にいに、どうしたの? 固まってるよ」
「いや、なんでもない。おはよう、ゆづき。制服、似合ってるよ」
「ほんと!? えへへ。……ねえにいに、約束通り来たよ。三年、頑張ったよ」
結月の目が潤んでいた。
三年前の夜。小指を絡めて交わした約束。あの日から結月は毎日勉強して、学年トップの成績を維持し、奨学生試験にも合格した。全部、ここに来るために。
「偉かったな、ゆづき。よく頑張った」
「……うんっ」
結月が俺の腕に抱きついた。周囲の生徒たちの視線が突き刺さる。「男子に抱きつく新入生」は相当な衝撃だろう。
「ゆづき、学校では少し控えめにな」
「やだ。二年間我慢したんだから、今日くらいいいでしょ」
二年間我慢。その言葉の重さに、胸が詰まった。
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結月が入学したことで、聖蘭学院における俺の周囲の女子構成が変わった。
中三:沙耶、紫月、雫、玲奈、そして俺。
中一:結月。
さらに学外には、楓と理緒がいる。りんねえは大学受験を控えた高三。
全員が、俺のダンジョン行きを知っている。全員が、それぞれの形で関わろうとしている。
そして全員が、一度も「同じ場所」に集まったことがなかった。
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きっかけは、玲奈の一言だった。
「高校に上がる前に、全員で一度話すべきよ」
五月の放課後、生徒会室で。玲奈は生徒会副会長になっていた。
「全員って?」
「あんたの周りにいる全員。学内も学外も。鳴瀬さんも白峰さんも、お姉さんも」
「……なんで」
「あんたが十八歳でダンジョンに潜るなら、あと三年。チームの話を本格的にするなら、関係者全員の意思を確認すべきでしょう。……それに」
玲奈は少し言い淀んだ。
「……このまま全員がバラバラに動いてたら、いつか絶対にぶつかるわ。それなら早いうちに顔を合わせた方がいい」
玲奈は気づいている。俺の周囲に渦巻く感情の複雑さに。そして、それを合理的に処理しようとしている。この子らしい、と思った。
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六月の第一土曜日。
場所は、鷹司家の屋敷の一室を沙耶が手配してくれた。大きな円卓がある応接間。
全員が集まった。
鷹司沙耶。鷹司紫月。天宮雫。神楽坂玲奈。鳴瀬楓。白峰理緒。日向凛花。日向結月。
そして、俺。
九人が円卓を囲んでいる。
空気が、重い。
原因は分かっていた。この中の大半が、初対面だ。名前は知っていても、顔を合わせるのは初めて。しかも全員が「蓮」という一つの中心点に繋がっているという事実を、互いに理解している。
最初に口を開いたのは、楓だった。
「えっと、鳴瀬楓です! 蓮の小学校からの友達で、ダンジョン探索チームの体力担当です! よろしくお願いします!」
楓の太陽みたいな声で、少しだけ空気がほぐれた。
理緒が続く。
「し、白峰理緒です。知識担当……というか、本が好きなだけですけど……。よろしくお願いします」
りんねえは腕を組んだまま全員を見渡した。
「日向凛花。蓮の姉です。……皆さんのことは、蓮からよく聞いてます」
その目は笑っていなかった。品定めの目だ。ここにいる全員を、姉として値踏みしている。
結月はりんねえの隣で、にこにこ笑っていた。
「日向結月でーす! にいにの妹! よろしくね!」
天真爛漫。でも、その笑顔の奥にある「にいにのいちばんの席」への執着を、俺は知っている。
沙耶、紫月、雫、玲奈は自己紹介を済ませた後、微妙な沈黙が落ちた。
全員が、全員を観察している。
誰が蓮にとって一番近いのか。誰が一番長い付き合いなのか。誰が一番強い感情を持っているのか。
――計りきれるものではない。だってみんな、本気だから。
「さて」
沈黙を破ったのは、玲奈だった。
「今日集まってもらったのは、蓮のダンジョン探索について全員で方針を共有するため。感情論は抜きにして、まず事実を整理しましょう」
玲奈がホワイトボードを引き出した。鷹司家の応接間にホワイトボード。事前に搬入したらしい。用意がいい。
「蓮が十八歳でダンジョンに潜る。これは全員の共通認識で合ってる?」
全員が頷いた。
「探索チームの構成候補。現時点で探索者として参加を表明しているのは――蓮、鳴瀬さん、鷹司沙耶、鷹司紫月。わたしと天宮さんと白峰さんは支援寄り。日向凛花さんは医療・救助分野。日向結月さんは……未定?」
「未定じゃないよ」
結月が手を挙げた。全員の視線が集まる。
「ゆづきも、ダンジョンに行く」
静寂。
「にいにが行くなら、ゆづきも行く。ずっとそう決めてた。……まだ何ができるか分かんないけど、三年あるから。三年で、にいにの役に立てるようになる」
十三歳の宣言に、誰も笑わなかった。この場にいる全員が、覚悟というものの重さを知っているから。
りんねえが目を伏せた。妹がダンジョンに行くと言った衝撃。でも、止めなかった。止める権利がないことを、りんねえ自身が一番よく分かっているから。
「……分かったわ。候補に加えます」
玲奈がホワイトボードに結月の名前を書き加えた。
---
会議は二時間に及んだ。
各自の得意分野、必要なスキル、今後三年間の準備計画。玲奈が司会を務め、理緒がデータを補足し、楓が実践面の意見を出し、沙耶が資金と装備の話をし、紫月が戦闘面を語った。
雫は全員の発言を一言も漏らさずメモしていた。記録者として、すでに欠かせない存在だ。
りんねえは「地上で帰りを待つ班」としての役割を引き受けた。ダンジョン周辺の医療施設との連携、通信手段の確保。探索者ではないが、チームの生命線だ。
会議が終わる頃、空気は最初の重さを失っていた。完全に打ち解けたわけではない。でも、一つのテーブルで同じ目標を共有したことで、何かが変わった。
「ねえ」
帰り際、楓がぽつりと言った。
「わたしたち、すごいチームになるかもね」
「なるよ。絶対に」
俺が言うと、全員がこちらを見た。
「三年後、全員で第一層に立つ。そして、その先に進む。……みんな、よろしく」
八人の女の子たちが、それぞれの顔で頷いた。
静かに微笑む沙耶。不敵に笑う紫月。穏やかに目を細める雫。腕を組んでふんと鼻を鳴らす玲奈。拳を突き上げる楓。眼鏡の奥で目を輝かせる理緒。まっすぐに俺を見つめるりんねえ。満面の笑みで手を振る結月。
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第17話 了
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