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ダンジョン・ロマンティカ
第18話「追い風と逆風」
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十六歳。高校一年生の夏。
身体が変わった。
中学の三年間で身長は二十センチ以上伸び、百七十五センチ。毎朝の走り込みと紫月との稽古で鍛え上げた身体は、前世の記憶が覚えている「平均的な男」よりもずっとしっかりしていた。
この世界の男は平均身長が百六十前半。身体が細く、運動とは縁のない者が多い。守られることに慣れた体つき。
俺は、明らかに異質だった。
「蓮、また背伸びた?」
朝の校門で楓が見上げてくる。楓は週末ごとに聖蘭学院まで走りに来る。片道十二キロを「ウォーミングアップ」と言い張る体力おばけ健在だ。
「たぶん。靴がきつい」
「いいなー。わたしも伸びたいのに、最近止まっちゃって。……でも蓮、いい身体になったよね。お母さんが言ってた、『探索者の身体になってきた』って」
「葵さんが?」
「うん。あと『あの子は女にモテるだろうね』とも言ってた」
「余計な一言だな……」
「事実でしょ」
楓はけらけら笑った。この子は昔から、恋愛方面に関してはどこか無頓着だ。俺と走って、ダンジョンの話をして、それで満足している――ように見える。
でも、最近になって気づいたことがある。
走り終わってストレッチをする時、楓の目が時々俺の腕や肩に留まる。一瞬だけ。本人は無意識だろう。視線がすぐに逸れて、何事もなかったように喋り続ける。
あの天真爛漫な楓でさえ、十六歳の身体には勝てないのかもしれない。
---
七月。期末テストが終わった日。
ニュースが飛び込んできた。
『――与党男性保護推進派の議員連盟は本日、「男性ダンジョン探索禁止法案」を次期国会に提出する方針を固めました。法案が成立すれば、男性はダンジョンへの立ち入りが全面的に禁止されます――』
教室のテレビに映るニュースキャスターの声が、蝉の声と混ざって教室に響いた。
誰かが俺を見た。教室中の視線が集まる。
「……冗談だろ」
呟いた。でも冗談じゃなかった。
男女比一対五十のこの世界で、男性の安全は最優先事項だ。「貴重な男性を危険なダンジョンに入れるべきではない」という声は以前からあった。見学会の脈動事件も、推進派の材料にされたらしい。
「蓮」
玲奈が教室の後ろから歩いてきた。生徒会副会長の腕章が揺れている。
「法案の詳細、入手したわ。神楽坂グループのロビイストから」
「早いな」
「当然よ。うちはダンジョン事業の最大手。この法案が通れば、男性研究者や技術者もダンジョンに入れなくなる。うちにとっても死活問題」
玲奈が資料を広げる。法案の骨子、賛成派と反対派の勢力図、想定されるスケジュール。
「成立の可能性は?」
「……五分五分。世論は賛成寄り。『男を守れ』は、この国じゃ最強のスローガンだから」
玲奈の声は冷静だったが、その手が微かに震えているのを俺は見逃さなかった。
「わたしは政治的に動く。神楽坂グループの力を使って、反対派を支援する。……あんたの夢を、法律なんかに潰させない」
「玲奈……」
「勘違いしないで。うちの事業を守るためよ」
「もうそれ通用しないぞ」
「……うるさい」
玲奈は顔を背けた。耳が赤い。最近、この子の照れ隠しが下手になってきた。
---
放課後。沙耶が静かに待っていた。
中庭の銀杏の木の下。二人きりの時間が、暗黙の了解で定期的に設けられるようになっていた。
「法案のこと、聞いたわ」
「うん」
「おばあさまに相談した。鷹司家として反対の立場を表明するって」
「……当主が動いてくれるのか」
「蓮のためだけじゃないわ。ダンジョン探索の自由は、性別で制限すべきじゃないという理念の問題。……でも」
沙耶は一歩近づいた。夕日を背に、黒い瞳が俺だけを映している。
「きっかけは、蓮よ。あなたがいなかったら、おばあさまは動かなかった」
「沙耶が説得したんだろ。すごいよ」
「……すごくない。あなたの夢を守りたいだけ」
沙耶の指先が、俺の制服の袖に触れた。指先だけ。でも、そこから伝わる温度が、やけに鮮明だった。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「わたし、あなたの力になれてる?」
弱気な沙耶は珍しかった。いつも毅然として、静かに全てを見通しているような子が、不安を滲ませている。
「何言ってんだ。沙耶がいなかったら、おれはここにいないよ」
「…………そう」
沙耶が微かに笑った。指先が、袖から手の甲へ滑った。一瞬の接触。
「……ごめんなさい。手、冷たかったでしょう」
「いや、あったかかった」
「嘘。わたしの手はいつも冷たいの。……蓮が温かいだけ」
沙耶は手を引いて、一歩退いた。でも、その目は離れなかった。
この距離感。近づいては離れる。触れては引く。沙耶の恋はいつもこうだ。
そして俺は、それに名前をつけることから逃げ続けている。
---
夜。自室でニュースの続報を確認していると、スマホが鳴った。紫月からの電話だ。
「蓮。法案のこと」
「ああ」
「わたし、今度の全国大会で優勝する」
脈絡のない宣言に面食らった。
「え、いや、すごいけど、急に何」
「考えたのよ。法案を止めるには世論を変えるしかない。『男もダンジョンで活躍できる』と証明するのが一番だけど、十八歳まで探索はできない。なら、別の形で示す」
「別の形?」
「わたしが全国大会で優勝する。その剣を、あんたのために振るったと公言する。『この強さは、一人の男の子のダンジョンの夢を守るために鍛えたものだ』って」
「……紫月」
「女がこれだけ強くなれるのに、男を弱いと決めつけて閉じ込めるのは間違ってる。それを、わたしの剣で証明する」
紫月の声は震えていなかった。鋼のように硬く、真っ直ぐだった。
「……勝てるのか」
「勝つわよ。わたしは鷹司紫月。負けるなんてあり得ない」
笑った。紫月も笑った。電話越しでも分かる、戦意に満ちた笑顔。
「でもね、蓮」
「ん?」
「優勝したら、ご褒美もらうから」
「ご褒美?」
「……今は言わない。勝ってから言う」
電話が切れた。
ご褒美。紫月の「ご褒美」が何を意味するのか、十六歳の俺は考えないようにした。考えたら、たぶんまずい。
---
深夜。全員が寝静まった家で、もう一度ニュースを開いた。
男性ダンジョン探索禁止法案。
この法案が通れば、俺の夢は法律によって永久に閉ざされる。十四年間積み上げてきた全てが、紙の上の文字列で消される。
でも、不思議と絶望はなかった。
沙耶は鷹司家を動かした。紫月は剣で証明すると言った。玲奈は政治の場で戦うと宣言した。楓は走り続けている。理緒は知識を蓄え続けている。雫は全てを記録している。りんねえは帰る場所を作っている。結月は追いかけてきている。
俺は、一人じゃない。
だから、負けない。
「……来いよ」
画面の中の法案に向かって、小さく呟いた。
「おれの夢は、おれだけのものじゃなくなったんだ。そう簡単に潰せると思うなよ」
---
第18話 了
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