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ダンジョン・ロマンティカ
第22話「冒険の始まり」
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---
四月七日。十八歳の誕生日。
目が覚めた瞬間、天井に向かって呟いた。
「――今日だ」
十四年間待った日。四歳の夜、テレビの前で見た蒼い光に焦がれた日から、ずっと。
階下に降りると、リビングのテーブルにケーキが置いてあった。手作り。母さんと結月の合作だ。
「蓮にい、お誕生日おめでとう!」
結月が飛びついてきた。十六歳。高校一年生になった結月は、聖蘭学院で俺の二つ下の後輩だ。背がまた伸びて、俺の顎の辺りまで来ている。
「ありがとう、ゆづき」
「ケーキ、ゆづきがデコレーションしたんだよ。見て、ダンジョンの形にした!」
ケーキの上に、クリームで洞窟の入口が描かれていた。中には青いゼリーで結晶が再現されている。凝っている。
母さんがキッチンから出てきた。エプロン姿で、少しだけ目が赤い。
「おめでとう、れん」
「母さん、ありがとう。……泣いた?」
「泣いてない。玉ねぎを切っただけ」
「朝からカレーでも作ってるの?」
「夜ごはん用よ。れんの好きなやつ」
母さんはそれ以上何も言わなかった。ただ、俺の頬に一瞬だけ手を触れて、キッチンに戻っていった。
テーブルの横に、りんねえからの荷物が届いていた。大学二年生のりんねえは都内で一人暮らし。中身は新品のトレッキングブーツと手紙。
『れんくんへ。十八歳おめでとう。このブーツは、ダンジョン用の最新モデル。わたしのバイト三ヶ月分。足に合わなかったら言って、交換するから。追伸:絶対に帰ってきて。これは命令。お姉ちゃんからの、絶対命令。』
手紙の最後の一行だけ、筆圧が違った。
---
午前十時。丹沢ダンジョン管理施設。
探索者登録窓口の前に、俺たちは立っていた。
日向蓮。鷹司沙耶。鷹司紫月。鳴瀬楓。神楽坂玲奈。天宮雫。
六人。全員が十八歳。全員が探索士試験に合格済み。
楓の母、葵さんが立会人として同席してくれた。
「ここからは本物よ。覚悟はいい?」
全員が頷いた。
登録用紙に名前を書く。ペンが震えた。嬉しさか、緊張か。多分、両方。
窓口の職員が、六枚の探索者カードを発行した。
「おめでとうございます。本日より、皆さんは正式なダンジョン探索者です」
カードを手に取った。名前の横に、探索者番号が刻まれている。
楓が「やったー!」と叫んだ。雫が「本当に……なったんだ……」と目を潤ませた。玲奈が「ここからが本番よ」と腕を組んだ。
沙耶が俺のカードを覗き込んだ。
「蓮の夢が、形になったのね」
「おれだけの夢じゃない。みんなの」
沙耶が微かに笑った。
紫月はカードを握りしめて、俺を見た。
「さあ、行くわよ。わたしが鍛えてやった剣、ダンジョンで試させてもらうから」
「おう。頼りにしてる」
紫月の頬がほんの一瞬だけ緩んだ。すぐに引き締めたが、遅い。見えた。
---
初潜入は翌週に設定された。
新人探索者はまず、第一層の「慣らし探索」から始める。見学会とは違い、今度は自分たちの足で歩く。護衛はつくが、行動の主導権はチームにある。
が、その前に。
管理施設のブリーフィングルームで、俺たちを待っていた人物がいた。
「初めまして。氷室凛。探索チーム『ヴァルキリー』の隊長をしています」
二十七歳。長い銀髪を無造作に束ねた女性。切れ長の目。薄い唇。全身から放たれる空気が、他の探索者とは明らかに違う。
圧がある。
葵さんも相当な探索者だが、氷室凛はその上を行く。葵さんが「太陽」なら、この人は「月」だ。冷たくて、遠くて、でも目を離せない。
「新人チームの初回護衛を担当します。よろしく」
事務的な挨拶。感情の温度が低い。
楓が小声で囁いてきた。
「蓮、あの人知ってる? 『ヴァルキリー』って、国内ランキング一位のチームだよ。氷室凛は最年少で第六層到達した伝説の人」
第六層。現時点で人類が到達した最深部。そこに最年少で足を踏み入れた女性が、俺たちの護衛。
「なぜトップチームの隊長が新人の護衛を?」
玲奈が率直に聞いた。
氷室凛は一瞬だけ玲奈を見た。
「上からの指示。男性探索者の第一号を無事に帰すのが最優先だと」
「第一号……」
そうだ。法案が否決されたとはいえ、男性の探索者は前例がない。俺が最初の男性ダンジョン探索者になる。
「あなたが死ねば、法案が復活する。それは困る。……個人的にもね」
氷室凛は俺をまっすぐに見た。
「わたしはダンジョンの最深部を目指している。そのために必要なのは、強い探索者。性別は関係ない」
「……同感です」
「なら、話が早い」
氷室凛はほんの微かに――本当に微かに――口角を上げた。
「生き残りなさい、日向蓮。あなたに死なれると、わたしが困る」
---
四月十五日。初潜入の朝。
丹沢ダンジョンの入口に立った。二年前の見学会で見た、あの洞穴。
でも今日は違う。見学者じゃない。探索者だ。
隣に沙耶がいる。紫月がいる。楓がいる。玲奈がいる。雫がいる。
後方に氷室凛が立っている。無言で、でも確実に。
地上には、りんねえが通信機の前で待機している。理緒が管理施設のモニタールームにいる。結月は学校だが、朝「蓮にい、いってらっしゃい。かならず帰ってきてね」とメッセージをくれた。
奏太からも。『応援してる。僕の夢も、一緒に連れていって』
全員の想いを背負っている。
深呼吸した。
「――行こう」
一歩を踏み出した。
空気が変わる。温度が下がる。光が遠ざかる。
蒼い闇が、俺たちを迎え入れた。
十四年間の夢が、今、始まる。
---
第22話 了
四月七日。十八歳の誕生日。
目が覚めた瞬間、天井に向かって呟いた。
「――今日だ」
十四年間待った日。四歳の夜、テレビの前で見た蒼い光に焦がれた日から、ずっと。
階下に降りると、リビングのテーブルにケーキが置いてあった。手作り。母さんと結月の合作だ。
「蓮にい、お誕生日おめでとう!」
結月が飛びついてきた。十六歳。高校一年生になった結月は、聖蘭学院で俺の二つ下の後輩だ。背がまた伸びて、俺の顎の辺りまで来ている。
「ありがとう、ゆづき」
「ケーキ、ゆづきがデコレーションしたんだよ。見て、ダンジョンの形にした!」
ケーキの上に、クリームで洞窟の入口が描かれていた。中には青いゼリーで結晶が再現されている。凝っている。
母さんがキッチンから出てきた。エプロン姿で、少しだけ目が赤い。
「おめでとう、れん」
「母さん、ありがとう。……泣いた?」
「泣いてない。玉ねぎを切っただけ」
「朝からカレーでも作ってるの?」
「夜ごはん用よ。れんの好きなやつ」
母さんはそれ以上何も言わなかった。ただ、俺の頬に一瞬だけ手を触れて、キッチンに戻っていった。
テーブルの横に、りんねえからの荷物が届いていた。大学二年生のりんねえは都内で一人暮らし。中身は新品のトレッキングブーツと手紙。
『れんくんへ。十八歳おめでとう。このブーツは、ダンジョン用の最新モデル。わたしのバイト三ヶ月分。足に合わなかったら言って、交換するから。追伸:絶対に帰ってきて。これは命令。お姉ちゃんからの、絶対命令。』
手紙の最後の一行だけ、筆圧が違った。
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午前十時。丹沢ダンジョン管理施設。
探索者登録窓口の前に、俺たちは立っていた。
日向蓮。鷹司沙耶。鷹司紫月。鳴瀬楓。神楽坂玲奈。天宮雫。
六人。全員が十八歳。全員が探索士試験に合格済み。
楓の母、葵さんが立会人として同席してくれた。
「ここからは本物よ。覚悟はいい?」
全員が頷いた。
登録用紙に名前を書く。ペンが震えた。嬉しさか、緊張か。多分、両方。
窓口の職員が、六枚の探索者カードを発行した。
「おめでとうございます。本日より、皆さんは正式なダンジョン探索者です」
カードを手に取った。名前の横に、探索者番号が刻まれている。
楓が「やったー!」と叫んだ。雫が「本当に……なったんだ……」と目を潤ませた。玲奈が「ここからが本番よ」と腕を組んだ。
沙耶が俺のカードを覗き込んだ。
「蓮の夢が、形になったのね」
「おれだけの夢じゃない。みんなの」
沙耶が微かに笑った。
紫月はカードを握りしめて、俺を見た。
「さあ、行くわよ。わたしが鍛えてやった剣、ダンジョンで試させてもらうから」
「おう。頼りにしてる」
紫月の頬がほんの一瞬だけ緩んだ。すぐに引き締めたが、遅い。見えた。
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初潜入は翌週に設定された。
新人探索者はまず、第一層の「慣らし探索」から始める。見学会とは違い、今度は自分たちの足で歩く。護衛はつくが、行動の主導権はチームにある。
が、その前に。
管理施設のブリーフィングルームで、俺たちを待っていた人物がいた。
「初めまして。氷室凛。探索チーム『ヴァルキリー』の隊長をしています」
二十七歳。長い銀髪を無造作に束ねた女性。切れ長の目。薄い唇。全身から放たれる空気が、他の探索者とは明らかに違う。
圧がある。
葵さんも相当な探索者だが、氷室凛はその上を行く。葵さんが「太陽」なら、この人は「月」だ。冷たくて、遠くて、でも目を離せない。
「新人チームの初回護衛を担当します。よろしく」
事務的な挨拶。感情の温度が低い。
楓が小声で囁いてきた。
「蓮、あの人知ってる? 『ヴァルキリー』って、国内ランキング一位のチームだよ。氷室凛は最年少で第六層到達した伝説の人」
第六層。現時点で人類が到達した最深部。そこに最年少で足を踏み入れた女性が、俺たちの護衛。
「なぜトップチームの隊長が新人の護衛を?」
玲奈が率直に聞いた。
氷室凛は一瞬だけ玲奈を見た。
「上からの指示。男性探索者の第一号を無事に帰すのが最優先だと」
「第一号……」
そうだ。法案が否決されたとはいえ、男性の探索者は前例がない。俺が最初の男性ダンジョン探索者になる。
「あなたが死ねば、法案が復活する。それは困る。……個人的にもね」
氷室凛は俺をまっすぐに見た。
「わたしはダンジョンの最深部を目指している。そのために必要なのは、強い探索者。性別は関係ない」
「……同感です」
「なら、話が早い」
氷室凛はほんの微かに――本当に微かに――口角を上げた。
「生き残りなさい、日向蓮。あなたに死なれると、わたしが困る」
---
四月十五日。初潜入の朝。
丹沢ダンジョンの入口に立った。二年前の見学会で見た、あの洞穴。
でも今日は違う。見学者じゃない。探索者だ。
隣に沙耶がいる。紫月がいる。楓がいる。玲奈がいる。雫がいる。
後方に氷室凛が立っている。無言で、でも確実に。
地上には、りんねえが通信機の前で待機している。理緒が管理施設のモニタールームにいる。結月は学校だが、朝「蓮にい、いってらっしゃい。かならず帰ってきてね」とメッセージをくれた。
奏太からも。『応援してる。僕の夢も、一緒に連れていって』
全員の想いを背負っている。
深呼吸した。
「――行こう」
一歩を踏み出した。
空気が変わる。温度が下がる。光が遠ざかる。
蒼い闇が、俺たちを迎え入れた。
十四年間の夢が、今、始まる。
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第22話 了
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