男女比1:50の世界に転生したけど、前世の感覚で普通に接してたら幼馴染も姉妹もお嬢様もみんな沼にハマっていった件 ~ダンジョンにも潜ります〜

メトト

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ダンジョン・ロマンティカ

第25話「翠牙の森」

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 丹沢ダンジョン、第二層。

 第一層との境界を越えた瞬間、空気が変わった。

 重い。湿度が肌に張りつく。呼吸をするだけで肺が熱を帯びる。壁面を覆い尽くす暗緑色の蔓と苔。天井から垂れ下がる植物の葉が通路を遮り、ランタンの光が届く範囲が三分の一に狭まる。

 マナの濃度が明らかに上がっていた。身体の内側がじわりと熱い。第一層のそれとは段違い。

「足元に注意。床這いの擬態域に入る」

 凛の声は低く、鋭い。今日の凛はブリーフィングの時とは別人だ。探索者として、最前線に立つ人間の声。

 地面を注意深く見る。灰色の岩と見分けがつかない何かが、僅かに脈動している。

「そこ。蓮、右足の三十センチ先」

 沙耶の指示。俺は右足を止め、ルートを変えた。

「ありがとう、沙耶」

「全方位確認を怠らないで。この層は上も下も敵よ」

 沙耶は冷静だった。地上では繊細な少女だが、ダンジョンの中では指揮官の顔になる。この切り替えの速さが、沙耶の一番の強みだ。

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 第二層の中盤に差しかかった時。

 楓が立ち止まった。

「――上。何かいる」

 全員が天井を見上げた。暗緑色の葉の隙間に、黄緑の光点が複数見える。目だ。

「翠牙獣。四……いや、六体」

 早瀬ミナが即座に数を把握した。

「囲まれてる。左右の蔓の中にもう二体。計八体」

 八体。群体で狩りをする知能を持つ獣が八体。

 凛が静かに指示を出した。

「ヴァルキリーは後方で待機。これは新人チームの実戦テスト。ただし、致命的な状況になれば介入する」

 テスト。命懸けの。

「蓮、指示を」

 沙耶が俺を見た。チームの核。判断は俺に委ねられている。

「紫月と楓華、前衛。楓は左側面の警戒。雫は後方で記録と退路確保。玲奈はデータから翠牙獣の行動パターンを読んでくれ。沙耶、全体指揮を頼む」

「了解」

 全員が動いた。

 天井から影が落ちてきた。

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 翠牙獣は、映像で見るより遥かに速かった。

 体長一メートル弱。暗緑色の体毛が蔓と同化し、肉眼では直前まで気づけない。跳躍力が凄まじく、天井から地面まで一瞬で飛び降りてくる。牙は名前の通り翠色で、鉱物質の光沢がある。

 最初の一体が紫月に飛びかかった。

 紫月の剣が閃いた。ダンジョン用の特殊合金製の刀。蒼輝石を鍛え込んだ刃が、翠牙獣の突進を真正面から受け止め、弾き返した。

「軽い。だけど、速い……!」

 二体目、三体目が続けて襲いかかる。紫月は二体を同時にさばいたが、三体目が側面から回り込んだ。

 そこに楓華が割り込んだ。

「後ろは任せて!」

 楓華の太刀が三体目を横薙ぎに払う。紫月とは異なる、大きく弧を描く剣筋。紫月が精密な刺突と返しで一対一を制するなら、楓華は広範囲を薙ぎ払うことで複数を制する。

「……いい剣ね」

「あなたこそ」

 二人の剣士が背中合わせで翠牙獣の群れに対峙する。全国大会の決勝で刃を交えた二人が、今は同じ敵に向かっている。

 左側面では楓が素手で翠牙獣を組み伏せていた。体力おばけの面目躍如だ。

「こいつ、思ったより力ある! でも、持久力はわたしの方が上!」

 玲奈が後方から叫んだ。

「翠牙獣は十分以上の連続戦闘で体力が急激に落ちる! 持久戦に持ち込んで!」

 データが生きた。チームは防御を固め、翠牙獣の攻撃を受け流し続けた。八分が過ぎたあたりで、獣たちの動きが明らかに鈍った。紫月と楓華が一気に攻勢に転じ、群れを散らした。

 翠牙獣は蔓の奥に消えていった。

「……終わった?」

「終わったわ。見事よ」

 凛が静かに頷いた。ヴァルキリーのメンバーが拍手をしている。

「全員無傷。新人チームの初実戦としては上出来。……でも、これは八体の翠牙獣。第二層の中盤なら二十体の群れもいる。第三層の獣は、この比じゃない」

 凛の言葉が、浮かれかけた空気を一瞬で冷やした。

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 第二層の最深部近く。

 チームが休憩を取っている間、俺は壁面の植生に目を奪われていた。

 暗緑色の苔に混じって、見慣れない白い植物が一株だけ生えている。花は咲いていないが、茎が微かに発光している。蒼でも紫でもない、純白の光。

「凛さん、これ何ですか」

 凛が近づいてきた。そして、足を止めた。

「……これは」

 凛の声が、変わった。探索者としての冷静さの下に、隠しきれない驚愕。

「見たことがない。第二層の植生データベースにも、これは載っていない」

「未発見の植物?」

「恐らく。……いいえ、それだけじゃない。この発光パターン。マナの放出波形が、ダンジョンの境界面が揺らぐ時と同じ」

 理緒が通信で割り込んできた。

「蓮くん、カメラの映像を見ています。この植物、既知のどのデータベースにも一致しません。完全な新種です。それと、発光スペクトルが異常です。通常のマナ発光とは波長が違う」

「何を意味するんだ?」

「分かりません。でも、もしこの植物がダンジョンの境界面と同じエネルギーを放出しているなら……ダンジョンの構造そのものに関わる存在かもしれません」

 凛が俺を見た。

「触れるな。採取もするな。今日は記録だけに留める。……これは、慎重に調べる必要がある」

 雫が丁寧に映像と座標を記録した。

 帰路、凛が隣で呟いた。

「あなたがこれを見つけたのは偶然じゃないかもしれない。響応者はダンジョンの異常に引き寄せられる」

「……おれが見つけるべくして見つけた、ってことですか」

「断定はしない。でも、あなたの周りでは不思議なことが起きる。見学会の脈動も、境界面の揺らぎも。そして今度は、未知の植物」

 凛は少し間を置いて、続けた。

「焦らないで。第二層に慣れるだけで数ヶ月かかる。第三層に挑めるのは、早くても来年。ダンジョンは逃げない。あなたの身体と技術が追いつくまで、待ってくれる」

「……はい」

「いい返事ね」

 凛が微かに笑った。銀髪の下の表情は、もう初対面の頃の冷たさではなかった。

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 地上に出ると、夕焼けが空を染めていた。

 管理施設の前で、奏太が待っていた。探索者にはならなかったが、管理施設の事務補助として働き始めている。

「蓮、お帰り。全員無事?」

「無事。初実戦も乗り越えた」

「よかった……。あ、これ、理緒さんから頼まれた分析用のサンプルケース。あと、結月ちゃんからメッセージ」

 スマホを開く。結月からだった。

『蓮にい、今日の探索おつかれさま。ニュースで丹沢ダンジョンのこと見たよ。ゆづきも早く一緒に潜りたい。あと、今度の日曜日あいてる? 一緒にごはん食べたい。蓮にいと二人で。だめ?』

 二人で。結月が「二人で」と指定してくるようになった。以前なら「家族で」と言っていたはずだ。

「……ゆづき」

 十六歳の妹が、兄と「二人で」の時間を求めている。その意味を、前世の記憶を持つ俺は理解している。

 返信を打った。

『日曜、空いてる。どこ行きたい?』

 三秒で既読がついた。

『やったー! 蓮にいが選んで。どこでもいい。蓮にいと一緒なら。』

 どこでもいい。蓮にいと一緒なら。

 ……この妹、本当に手強い。

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第25話 了
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