男女比1:50の世界に転生したけど、前世の感覚で普通に接してたら幼馴染も姉妹もお嬢様もみんな沼にハマっていった件 ~ダンジョンにも潜ります〜

メトト

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ダンジョン・ロマンティカ

第27話「休日と、お願い」

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 八月の日曜日。

 結月が約束通り「二人きりの食事」を実行に移してきた。

 待ち合わせは地元の駅。結月は私服だった。白いブラウスにデニムのスカート。髪を下ろしている。学校ではいつも結んでいるから、新鮮だ。

「蓮にい、お待たせ!」

「待ってないよ。五分前に着いたところ」

「ゆづきは十分前に着いてたよ」

 十分前。それを言わずに「お待たせ」と笑うあたり、この妹は地味に策士だ。

「どこ行く?」

「蓮にいが選んでって言ったでしょ」

「ゆづきの行きたいところに合わせるよ」

「じゃあ、水族館。……前に家族で行ったことあるけど、蓮にいと二人では初めてだから」

 家族で行ったのは結月が八歳の時だ。八年前。結月は俺の手を離さず、イルカのショーで大はしゃぎしていた。

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 水族館は夏休みで混んでいた。

 結月は俺の隣をぴったり歩いた。以前のように腕に抱きつくことはしない。でも、肩が触れそうな距離を保っている。

「蓮にい、クラゲ好きでしょ。あっち行こう」

「よく覚えてるな」

「蓮にいのことは何でも覚えてるよ」

 さらりと言う。十六歳の妹の記憶力が、兄に特化しているのは喜ぶべきか怖がるべきか。

 クラゲの水槽の前で立ち止まった。青い照明の中を漂う透明な生命体。ダンジョンの蒼い結晶を思い出す。

「きれいだね。……ダンジョンの光に似てる」

「結月もそう思う?」

「うん。だからかな、最近クラゲが好きになった。蓮にいが好きなものを好きになりたくて」

 結月が水槽の光に照らされて笑った。透明なクラゲの光が白いブラウスに青い影を落としていて、息を呑むほど綺麗だった。

 妹だぞ、と自分に言い聞かせる。前世の記憶を持つ大人の感覚が「綺麗」と判断しているだけだ。問題ない。問題ないはずだ。

「蓮にい、写真撮って。クラゲと一緒に」

「いいよ」

 スマホを構える。結月がクラゲの水槽を背にしてポーズをとった。少し首を傾げて、微笑む。

 シャッターを切った。画面の中の結月は、もう幼い妹ではなかった。

「見せて見せて。……わ、盛れてる。蓮にい、写真うまいね」

「被写体がいいんだよ」

「……っ」

 結月が赤くなった。しまった。つい口が滑った。

「い、今のは兄として! 妹が可愛いって意味で!」

「……うん。分かってる」

 結月は俯いて、小さな声で付け加えた。

「分かってるけど、嬉しい」

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 昼食は水族館の隣のカフェで。

 結月はパスタを頼み、俺はカレーを頼んだ。

「蓮にい、今度の探索いつ?」

「来週の水曜。第二層の南ルートを開拓する」

「……気をつけてね。楓さんのこと聞いた時、ゆづき、すごく怖かった」

「大丈夫。あの後、装備も対策も見直した。同じ失敗はしない」

「うん。……蓮にいを信じてる」

 結月はフォークを置いて、真っ直ぐに俺を見た。

「ゆづきね、来年探索者試験受けるから」

「ああ。十七歳からだな」

「それで、蓮にいのチームに入りたい。……入れてくれる?」

「当然だろ。ゆづきの席は最初から空けてある」

 結月の目が輝いた。

「ほんと!?」

「嘘ついたことあるか?」

「ない。蓮にいは嘘つかない。……だから好き」

 好き。結月は「好き」を軽やかに使う。家族としての「好き」と、それ以上の「好き」の境界線を、この子は意図的に曖昧にしている。

 俺に選ばせるつもりなのだ。どちらの「好き」で受け取るかを。

 十六歳にして、この駆け引き。末恐ろしい。

---

 夕方。結月を駅で見送った後、スマホが鳴った。理緒からだった。

「蓮くん、大変です。白い植物の件で、手がかりを見つけました」

 理緒は大学に進学してからダンジョン生態学を専攻し、研究室に所属している。白い植物の分析を個人的に進めていた。

「ロシアのダンジョン研究機関が、十年前に出した未公開論文を発掘しました。シベリアのダンジョンの第四層で、同様の白い発光植物が確認されていたんです」

「十年前に?」

「はい。でもその論文は査読を通らなかった。内容が荒唐無稽だと判断されたようで」

「何が書いてあった」

 理緒が一拍置いた。

「その植物は、ダンジョンの層構造を生成する触媒だと。つまり、白い植物がある場所では、新しい層が『成長』している可能性がある。……ダンジョンは無機物ではなく、生きている。白い植物はその成長点だと、論文は主張しています」

 ダンジョンが、生きている。

「もし本当なら、ダンジョンの最深部が不明な理由も説明がつきます。底がないんじゃない。ダンジョンは今もなお、下に向かって成長し続けているんです」

 背筋に寒気が走った。

 恐怖じゃない。ワクワクだ。四歳の夜から変わらない、あの感覚。

「りおちゃん、その論文の全文、手に入る?」

「すでに入手しました。翻訳も進めてます。……蓮くんに最初に伝えたかったから」

 声が少し照れていた。理緒は研究の話になると情熱的になるが、最後の一言にだけ別の感情が混じっている。

---

 夜。自宅に帰ると、雫からメッセージが来ていた。

『蓮くん、明日の放課後、少し時間もらえますか。……お願いがあります。』

 雫がメッセージで「お願い」と書くのは珍しい。普段は直接言う子だ。わざわざ予告してくるということは、覚悟が必要な話なのだろう。

 翌日の放課後。校舎裏の小さな庭。雫が待っていた。

 セミの声が遠い。夏の終わりの風が、雫の長い髪を揺らしている。

「蓮くん、来てくれてありがとう」

「どうした、しずく。改まって」

 雫は深呼吸した。胸の前で手を組んでいる。祈るような仕草。

「お願いがあるの。……わたしを、次の探索に連れて行って」

「え?」

「今のわたしは記録者。地上の管理施設でデータを整理して、通信で情報を送って。……それはわたしの役割だって分かってる。でも」

 雫の声が震えた。

「蓮くんたちがダンジョンに入っている間、わたしだけ地上にいるのが、つらい」

「しずく……」

「楓ちゃんが怪我をした時、わたしは何もできなかった。モニターの前で、楓ちゃんの心拍数が上がっていくのを見てるだけだった。蓮くんが楓ちゃんを背負って走る映像を見て、わたしは泣くことしかできなかった」

 雫が目を伏せた。

「わたしも、あの場にいたかった。記録じゃなく、誰かを助ける力が欲しい。……だから、マリカさんにお願いして、応急処置の訓練を始めたの。先月から」

「先月から?」

「うん。まだ全然だめだけど。……でも、あと半年あるでしょ。凛さんが第三層挑戦まで半年って言ってた。その間に、わたしも戦えるようになりたい」

 雫が顔を上げた。あの屋上の日と同じ目。静かだけど、揺るがない決意。

「記録者のまま、治療もできる後衛になる。欲張りかもしれないけど……わたしは、蓮くんの隣にいたいの。地上じゃなく、ダンジョンの中で」

「……しずく」

「だめ、かな」

「だめなわけないだろ」

 雫の目から涙がこぼれた。でも、笑っていた。

「ありがとう、蓮くん。……わたし、頑張る。絶対に」

「知ってるよ。お前は昔からそうだ。決めたら、やる」

 雫が涙を拭いて、小さく頷いた。

 夕日が校舎裏を橙色に染めていた。セミの声が止み、代わりに秋の虫の音が聞こえ始めている。

 季節が変わる。チームが変わる。全員が、少しずつ。

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第27話 了
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