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アルトレイラル(迷宮攻略篇)
ヴィンセント・コボルバルド 3
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始めの合図とともに、羊皮紙を裏返す。そこに書かれているのは、大気中のマナ濃度・気温・湿度・風向き・日光量・発動する魔術、その他諸々。その情報を瞬時に脳へと叩き込み、発動する魔術を構築する。
脳内空間に、計算式が光の線で描かれる。コンマ数秒で完成させ、その中に与えられた情報を埋め込む。計算式がカラクリのように機能し、紙面上に魔術を構築していく。
属性、効果、威力、射程範囲、発動時間――高速演算で、最適解をはじき出す。導き出した答えを記述して、即座に端末のストップウォッチを止める。
かかった時間は、十秒。記述時間を除けば、約五秒。
及第点だ。
「――――ふぅぅぅぅぅううう……」
緊張が途切れ、身体が急に重くなる。目がチカチカし、脳が異様な熱を持っているように感じる。とうぜん、そんなことはあり得ない。ただの錯覚だ。そう錯覚してしまうくらい、頭をフル回転させたのだ。
横に置かれた水差しから水を注ぎ、一思いに飲み干す。冷たい水が喉を伝って流れ込み、身体を内側から冷やす。心なしか、体温が少しだけ下がったような気がする。
言い訳にはならないことは知っている。だが、並行思考はやはり堪える。
戦闘時には、仲間の位置や敵の動きなども考慮しなければならない。それとは別の思考回路を用いて、この演算をやらなくてはならないのだ。こんなに頭を酷使する作業を、いままで経験したことがない。
物覚えが良い頭で助かった。瞬間記憶――自分でもチートだと思う――それができなければ、修行は確実に詰みだった。
通しで二時間。計百二十枚の演算記録をまとめ、採点に移る。一応答えは準備したが、見る必要はない。切羽詰まっていなければ間違えることなんてない。
カリカリと、羊皮紙の上を赤線が走る。円弧を描き、ときに鋭角に跳ね、羊皮紙に赤い模様を作っていく。たっぷり二十分後、赤線の乱舞は終わる。
八問不正解。
それも、初歩的な計算ミスだ。値を入れ間違えたものがほとんど。明らかに結果が違うのは、使う計算式そのものを間違えたからか……いまやっと、魔術ミスの理由が判った。
今まで魔術ミスをしてきた状況は、どれも時間的な余裕がなく、とっさの判断をするしかない場合のみ。思考には余裕がなく、心が凪いでいることなど一度もなかった。
魔術師の基本だ。そんな状況では、魔術は感情に引っ張られる。
普段は行う検算はできない。計算結果が狂っていれば、それを鵜呑みにして魔術は発動し、相乗効果で何倍もの威力になる。感覚的な側面が強くなってしまった時にありがちな制御ミスだ。
それを防ぐには、平常心を保つか、ないしは、その場で計算する必要もないほどに演算をパターン化するかの二つだ。感覚任せは怖すぎる。
「……まだまだだなぁー」
そう独り言ちる。達成感なんてない。こんなことは、できて当たり前なのだから。
師であるミレーナも、ルナも、これを当たり前に使いこなしている。魔導士・魔術師を名乗る者として……いや、魔術を行使する者として最低限のスキルだ。制御が完璧にならなければ、戦闘では使えない。いざという時、仲間に誤射をしてしまう間抜けになる。
もっと、特別な力でもあるものかと思っていた。
漫画や小説なら、力のある者がこの世界に誘われるという流れが鉄則だ。それなら、自分にもそんな力があるのではないかと、そう考えていた。
こちらの世界で考えれば規格外の力を秘めていて、少し修行をすれば何倍も強くなる。こちらの住人では太刀打ちできないような怪物だって、その力でねじ伏せる。英雄視され、そのうち元の世界に帰る。
現実は、そんなに甘くなかった。
魔術の修行は、ことごとく躓く。模擬戦では、樹を殺しかける。もし、実践になったとしたら、いまの状態ではいざという時に限って晴香は使い物にならない。これで上手くいっているというのなら、魔術なんか願い下げだ。
落胆が、焦燥感が、積もり続けているのが自身でも解った。今のままでは足手まといだということも、樹には迷惑しか掛けられないということも分かっていた。
もしかしたらこれは、嫉妬なのだろうか。
初歩魔術すら使えない樹が戦うのを見て心がもやもやとするのは、妬みなのだろうか。
自分はこんなに頑張っているのに、まったく前に進まない。それなのに、魔術が使えない樹がどんどん先へと進んでいく。頑張れば頑張るほど、その差は開いていくように感じてならない。自分には何が足りないのか。どうして、使えない樹が先なのか。
魔術が使えないという、デメリットの塊なのに。
――性格悪いなあ……。
チクリと、心に針が刺さる。
ため息をつく。どうしようもなく、自分が嫌になる。失敗を棚に上げて、順調に進んでいる樹を疎んでいる心があることに気が付き、もやもやはさらに大きくなる。想い人にこんな感情を抱いていたことが、何より面白くなかった。
はっきりわかった。これは嫉妬だ。
自分ができることができないにもかかわらず、ずっと先へと進んでいる樹に対する、汚い嫉妬だ。それは、晴香が最も嫌う感情のひとつ。互いに不和しか生むことのないと、経験で解っているからだ。
このままこうしていても、その感情は消えないだろう。押し殺すことはできるかもしれないが、そんなことをしていても解決にはならない。いつか、爆発してしまう。
もっと、頑張らなきゃ。
樹が驚くくらい、一緒に肩を並べて、戦えるくらい強くならなくては。願わくば、ひとりでも守れるくらいに。
そうなりたいなら、嫉妬なんかしている時間はない。
その時間は無駄だ。何の生産性もない。そんなことを考えるくらいなら、すこしでも修行をしなくては。魔術を自由に使えるように、訓練を重ねないと。
頑張らないと。
もっと、頑張らないと。
脳内空間に、計算式が光の線で描かれる。コンマ数秒で完成させ、その中に与えられた情報を埋め込む。計算式がカラクリのように機能し、紙面上に魔術を構築していく。
属性、効果、威力、射程範囲、発動時間――高速演算で、最適解をはじき出す。導き出した答えを記述して、即座に端末のストップウォッチを止める。
かかった時間は、十秒。記述時間を除けば、約五秒。
及第点だ。
「――――ふぅぅぅぅぅううう……」
緊張が途切れ、身体が急に重くなる。目がチカチカし、脳が異様な熱を持っているように感じる。とうぜん、そんなことはあり得ない。ただの錯覚だ。そう錯覚してしまうくらい、頭をフル回転させたのだ。
横に置かれた水差しから水を注ぎ、一思いに飲み干す。冷たい水が喉を伝って流れ込み、身体を内側から冷やす。心なしか、体温が少しだけ下がったような気がする。
言い訳にはならないことは知っている。だが、並行思考はやはり堪える。
戦闘時には、仲間の位置や敵の動きなども考慮しなければならない。それとは別の思考回路を用いて、この演算をやらなくてはならないのだ。こんなに頭を酷使する作業を、いままで経験したことがない。
物覚えが良い頭で助かった。瞬間記憶――自分でもチートだと思う――それができなければ、修行は確実に詰みだった。
通しで二時間。計百二十枚の演算記録をまとめ、採点に移る。一応答えは準備したが、見る必要はない。切羽詰まっていなければ間違えることなんてない。
カリカリと、羊皮紙の上を赤線が走る。円弧を描き、ときに鋭角に跳ね、羊皮紙に赤い模様を作っていく。たっぷり二十分後、赤線の乱舞は終わる。
八問不正解。
それも、初歩的な計算ミスだ。値を入れ間違えたものがほとんど。明らかに結果が違うのは、使う計算式そのものを間違えたからか……いまやっと、魔術ミスの理由が判った。
今まで魔術ミスをしてきた状況は、どれも時間的な余裕がなく、とっさの判断をするしかない場合のみ。思考には余裕がなく、心が凪いでいることなど一度もなかった。
魔術師の基本だ。そんな状況では、魔術は感情に引っ張られる。
普段は行う検算はできない。計算結果が狂っていれば、それを鵜呑みにして魔術は発動し、相乗効果で何倍もの威力になる。感覚的な側面が強くなってしまった時にありがちな制御ミスだ。
それを防ぐには、平常心を保つか、ないしは、その場で計算する必要もないほどに演算をパターン化するかの二つだ。感覚任せは怖すぎる。
「……まだまだだなぁー」
そう独り言ちる。達成感なんてない。こんなことは、できて当たり前なのだから。
師であるミレーナも、ルナも、これを当たり前に使いこなしている。魔導士・魔術師を名乗る者として……いや、魔術を行使する者として最低限のスキルだ。制御が完璧にならなければ、戦闘では使えない。いざという時、仲間に誤射をしてしまう間抜けになる。
もっと、特別な力でもあるものかと思っていた。
漫画や小説なら、力のある者がこの世界に誘われるという流れが鉄則だ。それなら、自分にもそんな力があるのではないかと、そう考えていた。
こちらの世界で考えれば規格外の力を秘めていて、少し修行をすれば何倍も強くなる。こちらの住人では太刀打ちできないような怪物だって、その力でねじ伏せる。英雄視され、そのうち元の世界に帰る。
現実は、そんなに甘くなかった。
魔術の修行は、ことごとく躓く。模擬戦では、樹を殺しかける。もし、実践になったとしたら、いまの状態ではいざという時に限って晴香は使い物にならない。これで上手くいっているというのなら、魔術なんか願い下げだ。
落胆が、焦燥感が、積もり続けているのが自身でも解った。今のままでは足手まといだということも、樹には迷惑しか掛けられないということも分かっていた。
もしかしたらこれは、嫉妬なのだろうか。
初歩魔術すら使えない樹が戦うのを見て心がもやもやとするのは、妬みなのだろうか。
自分はこんなに頑張っているのに、まったく前に進まない。それなのに、魔術が使えない樹がどんどん先へと進んでいく。頑張れば頑張るほど、その差は開いていくように感じてならない。自分には何が足りないのか。どうして、使えない樹が先なのか。
魔術が使えないという、デメリットの塊なのに。
――性格悪いなあ……。
チクリと、心に針が刺さる。
ため息をつく。どうしようもなく、自分が嫌になる。失敗を棚に上げて、順調に進んでいる樹を疎んでいる心があることに気が付き、もやもやはさらに大きくなる。想い人にこんな感情を抱いていたことが、何より面白くなかった。
はっきりわかった。これは嫉妬だ。
自分ができることができないにもかかわらず、ずっと先へと進んでいる樹に対する、汚い嫉妬だ。それは、晴香が最も嫌う感情のひとつ。互いに不和しか生むことのないと、経験で解っているからだ。
このままこうしていても、その感情は消えないだろう。押し殺すことはできるかもしれないが、そんなことをしていても解決にはならない。いつか、爆発してしまう。
もっと、頑張らなきゃ。
樹が驚くくらい、一緒に肩を並べて、戦えるくらい強くならなくては。願わくば、ひとりでも守れるくらいに。
そうなりたいなら、嫉妬なんかしている時間はない。
その時間は無駄だ。何の生産性もない。そんなことを考えるくらいなら、すこしでも修行をしなくては。魔術を自由に使えるように、訓練を重ねないと。
頑張らないと。
もっと、頑張らないと。
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