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一人より
マリオネットキー
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モント爺の魔術具店を訪れている奏音とヨハナ。用向きはいくつかあり、紹介所の依頼の詳細とヨハナの奏具についてだ。
「モントお爺ちゃん、この依頼の宝石ってそんな簡単に採ってこれるものなの」
「んー、ブラッドチップじゃな。そうじゃのう、採るだけなら簡単じゃ。じゃがそいつはトリニョロットの涙なんじゃが、コイツは難敵じゃ。挑むつもりなら気を付けろよ」
トリニョロットの生息地は大アルカナの 南方カップの国への道中にある砂原に潜ってい餌を待ち構えている。そして、ブラッドチップはトリニョロットが危険を感じた時に威嚇の行為で使用される分泌物である。
「あと、ヨハナンの奏具を見て欲しくて」
「コレです」
ヨハナは、L字の装置をモント爺に渡すと爺さんはルーペを取り出して、装置をじっくりと観察し始める。そして、ヨハナに返し少しだけ唸った。
「んん、随分と骨董品のようじゃな。しかしよくできておる。して、コイツの鑑定だけが目的ではなかろう」
「うん、コレ宝石の魔力で動いてるみたいなんだけど、換えの宝石がないから探しにきたの」
「確かに宝石の魔力蓄積率は経年劣化しておるが、取り換えるとなると新しく作った方が早いし安くつくが」
ヨハナの顔色をモント爺は伺う。あまり気が進まないという表情の彼女に付け加えてある紙切れを取り出した。
差し出された紙を奏音とヨハナは覗き込む。
「コレは・・・」
「そいつは、その装置の材料の一覧じゃ。ワンドの国、大きな歯車の影にある機巧装具店がある。ワシの親友の店じゃ、その材料を持って行けばその装置は元通りじゃろうて、ブラッドチップを多めに取って来れれば、宝石商にでも売れば修理費くらい賄えるわい。ワンドの物価は高いからのう」
モント爺の店を後にした二人は早速、彼の依頼を終わらせにトリニョロットの住む砂原へと向かう。ダイラ平原を抜け丘を越えると景色は一変し砂地が露出し、所々に草本が生えているのみである。
二人は馬と荷馬車を借りてきていた。トリニョロットの涙は、人の顔くらいの大きさがあり今回、二人が受けた依頼では量が量なだけに抱えて持って帰るわけにも行かないため、荷馬車を借りることにした。
「ヨハナンの分もあるから、ちょうどいいよ」
「はい、たくさん持って帰りましょう。ですがトリニョロットの天敵って、私知らないんですけど。奏音ちゃんは知ってます」
「ええと、なんだろう」
威嚇の時に出すと言われるトリニョロットの涙。ブラッドチップは天敵相手もしくはそれ相応の外敵でなければ、そもそも威嚇しないため分泌されない。
奏音は長丁場を覚悟した。しかし手筈は完璧であった。トリニョロットと真正面から対峙するのは危険だと、モント爺と傭人紹介所の受付嬢ティベルから言われている。
そこで二人は、遠距離からヨハナの奏具を使って石人形を操り、ブラッドチップを回収し撤収するという算段を考えていた。奏音は見張り役兼石集めが主な仕事である。
「私、トリニョロットって見たことないんだけど、どれくらいの大きさなんだろ」
「確か、先日出会った魔獣より大きくて、モーを丸呑みにするらしいわ」
奏音は、トリニョロットを少し痩せた鳥だと思っていた。大きいのは聞いていたが、まさかそんなに凶暴だとは想像していなかったのだ。
そして、奏音は恐る恐る聞いてみる。
「もしかして、細長い系なの」
「そうね。大きいから決して細くはないのだけど、長いのは長いわね。頭も三つあって、前脚はあるけど後ろ脚がない。面白い生き物よね」
「トリニョロットって魔獣じゃないの」
「ええ、昼間でも普通に活動してるから、普通の動物みたいよ」
二人はカラカラとこ気味よくなる馬車の車輪の音を聞きながら砂原を進み行く。そして馬が突然止まり、二人の身体は前に持っていかれた。
「どうしたの」
「もしかしたら、いるのかも」
馬が止まった場所はちょうど岩陰で、荷馬車を半分は隠せる所であった。早速、馬車から降り岩陰から、進行方向を覗き込む。二人の眼にはしっかりとその生物が捉えられた。
「あのコブみたいなのがそうなの」
「多分そう、トリニョロットの鼻先よ。ほら三つあるわ」
そして、奏音は近くにある手頃な石を集め始める。もちろん石人形の材料である。せっせと積み上げた石が、ひとりでに動き始めたのを見て奏音は、不思議に思った。
いや、石が揺れているのではなく、地面が揺れているのだと気付いたのは、陽炎の向こうでのそのそとやってくる何かを見つけた時だった。
「ヨハナン、なんか来た。でっかいのが来たよ」
「アレは、ジナラシクズシだわ」
ヨハナは目を細めて、遠くからこちらにやってくるジナラシクズシを見て、奏音を呼ぶ。
「奏音ちゃん、始めるわ。トリニョロットの動きに注意して」
ヨハナはL字の装置を、浮遊させキーを出現させて、スウと一呼吸するとキーを押した。弾かれる音が石に宿り、不格好ながら組まれた石人形が千鳥足でトリニョロットのいる方へ向かった。
一方トリニョロットは、ジナラシクズシの足音に驚き体を砂地から出し、ジナラシクズシを睨み付けていた。
奏音はその光景を見て、「デッカイ蛇だ」と思った。だが前脚があり、かぎ爪が三本地面をしっかり掴んでいた。
「ヨハナン、こっちに気付いてないみたい」
「わかったわ」
ヨハナは思い出していた。それは奏音と一緒に弾いた時の高揚感を。そして、この奏具を弾く楽しさを。
トリニョロットは警戒態勢を取っていた。長い尾で体を支え、かぎ爪を広げ三つ首を高く掲げて見せる。ジナラシクズシは知らん顔をして、トリニョロットの巣を名前通り崩して歩き続ける。その時、トリニョロットは目から緑色の石のような物体をジナラシクズシ目掛けて飛ばした。
「ヨハナン出た、ブラッドチップだと思う緑色だけど」
奏音の合図を聞きヨハナは一心不乱にキーを打ち鳴らす。魔力でできた鍵盤は、弾むよう音を生み出していく。石人形は小走りでジナラシクズシの硬い皮膚に弾かれたブラッドチップを回収していく。
「ヨハナン、凄い。楽しそう」
奏音の言葉はヨハナには聞こえていない。彼女は、必死に鍵盤を押さえる。それは奏音が聴いた限りでは、まさにロンドのような旋律だが、どこか違うヨハナらしさのある新しいものだった。
この時、奏音はやはりヨハナと一緒に音楽がしたい演奏がしたいと改めて思うのだった。
トリニョロットは、ジナラシクズシに蹴散らされた巣を名残惜しそうに一瞥すると、哀愁の漂う姿でその場を去っていった。
後に残ったのはブラッドチップのかけらとジナラシクズシの大きな足跡だけだった。
「これで最後ですね。奏音ちゃん帰りましょう」
「うん、チップも沢山集まって良かったね」
「ええ、これで少しは修理の足しになると思います」
二人は荷馬車をの前に並んで座り、帰路につく。道中、奏音はヨハナの演奏が良かったと話すと照れたように頬を紅くする。
「でもこれからです。もっと上手になって私だけじゃなくて、色々な人を楽しませたいですね」
「そのためにも帰ったら、練習しよう」
「はい」
馬車に揺られて大アルカナの門を潜ったのは空がオレンジに染まる頃だった。荷馬車はそのまま、モント爺の店の前に止める。
店のドアが開くとモント爺が満足げな笑みを浮かべて外に出てきた。
「ご苦労じゃったのう。二人とも、樽三つ分確かに受け取ったわい。ほれ報酬じゃ」
モント爺が二人に巾着を手渡す。中には二十万ポメが入っていた。
「お爺ちゃんこれ、多いよ」
「ワシからの気持ちじゃ、仕舞っとけ」
モント爺の依頼は一定量のブラッドチップの納品で二十万ポメだったが、彼は奏音とヨハナ二人で二十万ポメではなく、一人で二十万ポメを手渡した。そして、にやけ顔で細長い紙切れを取り出してヨハナに握らせた。
「お爺さんこれは」
「機巧装具店の割引券じゃ。奴めには儲からせるわけにはいかんでな。ホッホッホ」
同業者である親友に嫌がらせと言わんばかりに、嬉しそうに割引券を渡した。その割引券には六割還元の文字が書かれているのを見て、奏音は呆れていた。
ブラッドチップは大きな樽と小さな樽それぞれ一つずつ余っていた。奏音は最初から全てヨハナにあげるつもりだったが、どうしてもと、ヨハナが言うので小さい樽をもらうことになった。
ヨハナはワンドの宝石店で売るという。奏音はバルミロで使ってもらおうと、持ち帰ることにした。
「じゃあ、ここで」
「はい。ではまた明日」
「うん、気を付けてね」
奏音はバルミロへ、ヨハナは宿屋へそれぞれ帰っていく。
バルミロでは閉店の札がかかっており、両手が塞がっている奏音はドアを開けるのに四苦八苦していた。するとヴィクトルがドアを開けてくれる。
「何やってんだ。奏音」
「あはは、ドア開けにくくって」
「その樽を置けば良かったんじゃねぇのか」
「嗚呼」
奏音は、ヴィクトルにそう言われて少し恥ずかしくなった。だが、その様子を気にするでもなくヴィクトルは話を続ける。
「そんで、その樽何が入ってんだ。結構重そうだが」
「ブラッドチップです。トリニョロットの」
「・・・・・本当か。奏音が一人で獲ってきたのか」
ヴィクトルは少し間を置いてから驚いた様子で奏音と樽を交互に見た。
「いえ、ヨハナンと一緒に採ってきたんです。トリニョロットとは戦ったわけじゃないので結構楽でしたよ」
「そうか。おっとすまんな立ち話させちまって、その樽は俺が倉庫に仕舞っておこう」
「ありがとう」
ヴィクトルは奏音から樽を受け取ると、中庭の方へと引っ込んでいった。ドアの鍵を閉めて、奏音も中庭の自室へと向かった。
夕食後、再びヴィクトルとブラッドチップの話で盛り上がった。
「あのブラッドチップはどうするんだ」
「ヴィクトルさんにあげるよ。私が持ってても仕方ないもん」
「いいのか。アレだけでも売ればいい装備が揃えられるくらいにはなるぞ」
「身軽な方が好きだし、今のままでいいかなって」
「まあ、嬢ちゃんがそれでいいならいいんだが。ブラッドチップか、あの量だと盾にするか投げナイフにするか」
ブラッドチップは威嚇のためにトリニョロットが分泌する物質だが、目標の皮膚に突き刺さり血液と混じることで爆発するという特性のある。特殊な性質を持っている。そのため盾やナイフに加工するのが一般的である。
盾の表面にブラッドチップの突起をつけて、相手にバッシュ当てると破裂するという仕掛けだ。また、応用的な使い方として、あらかじめ血液を散布しておき、そこにチップの原石を投げ込むことで、罠の代用もできる割と万能なもので、威力もそれなりだが消耗品なので高価なものとして扱われることが多いという。
「なるほど」
奏音は自室の『宝石・鉱石』の本を読んでブラッドチップについて調べていた。しかし、消耗品ならやっぱりいないなと奏音は確信した。
一週間後にはヨハナとワンドへと向かう。それまでに準備を整えなくてはならない。奏音は手始めに大きめのリュックサックを取り出して、何を入れようかと悩み始めた。
作りかけの楽譜はやはり一番最初に手にするのだった。
「モントお爺ちゃん、この依頼の宝石ってそんな簡単に採ってこれるものなの」
「んー、ブラッドチップじゃな。そうじゃのう、採るだけなら簡単じゃ。じゃがそいつはトリニョロットの涙なんじゃが、コイツは難敵じゃ。挑むつもりなら気を付けろよ」
トリニョロットの生息地は大アルカナの 南方カップの国への道中にある砂原に潜ってい餌を待ち構えている。そして、ブラッドチップはトリニョロットが危険を感じた時に威嚇の行為で使用される分泌物である。
「あと、ヨハナンの奏具を見て欲しくて」
「コレです」
ヨハナは、L字の装置をモント爺に渡すと爺さんはルーペを取り出して、装置をじっくりと観察し始める。そして、ヨハナに返し少しだけ唸った。
「んん、随分と骨董品のようじゃな。しかしよくできておる。して、コイツの鑑定だけが目的ではなかろう」
「うん、コレ宝石の魔力で動いてるみたいなんだけど、換えの宝石がないから探しにきたの」
「確かに宝石の魔力蓄積率は経年劣化しておるが、取り換えるとなると新しく作った方が早いし安くつくが」
ヨハナの顔色をモント爺は伺う。あまり気が進まないという表情の彼女に付け加えてある紙切れを取り出した。
差し出された紙を奏音とヨハナは覗き込む。
「コレは・・・」
「そいつは、その装置の材料の一覧じゃ。ワンドの国、大きな歯車の影にある機巧装具店がある。ワシの親友の店じゃ、その材料を持って行けばその装置は元通りじゃろうて、ブラッドチップを多めに取って来れれば、宝石商にでも売れば修理費くらい賄えるわい。ワンドの物価は高いからのう」
モント爺の店を後にした二人は早速、彼の依頼を終わらせにトリニョロットの住む砂原へと向かう。ダイラ平原を抜け丘を越えると景色は一変し砂地が露出し、所々に草本が生えているのみである。
二人は馬と荷馬車を借りてきていた。トリニョロットの涙は、人の顔くらいの大きさがあり今回、二人が受けた依頼では量が量なだけに抱えて持って帰るわけにも行かないため、荷馬車を借りることにした。
「ヨハナンの分もあるから、ちょうどいいよ」
「はい、たくさん持って帰りましょう。ですがトリニョロットの天敵って、私知らないんですけど。奏音ちゃんは知ってます」
「ええと、なんだろう」
威嚇の時に出すと言われるトリニョロットの涙。ブラッドチップは天敵相手もしくはそれ相応の外敵でなければ、そもそも威嚇しないため分泌されない。
奏音は長丁場を覚悟した。しかし手筈は完璧であった。トリニョロットと真正面から対峙するのは危険だと、モント爺と傭人紹介所の受付嬢ティベルから言われている。
そこで二人は、遠距離からヨハナの奏具を使って石人形を操り、ブラッドチップを回収し撤収するという算段を考えていた。奏音は見張り役兼石集めが主な仕事である。
「私、トリニョロットって見たことないんだけど、どれくらいの大きさなんだろ」
「確か、先日出会った魔獣より大きくて、モーを丸呑みにするらしいわ」
奏音は、トリニョロットを少し痩せた鳥だと思っていた。大きいのは聞いていたが、まさかそんなに凶暴だとは想像していなかったのだ。
そして、奏音は恐る恐る聞いてみる。
「もしかして、細長い系なの」
「そうね。大きいから決して細くはないのだけど、長いのは長いわね。頭も三つあって、前脚はあるけど後ろ脚がない。面白い生き物よね」
「トリニョロットって魔獣じゃないの」
「ええ、昼間でも普通に活動してるから、普通の動物みたいよ」
二人はカラカラとこ気味よくなる馬車の車輪の音を聞きながら砂原を進み行く。そして馬が突然止まり、二人の身体は前に持っていかれた。
「どうしたの」
「もしかしたら、いるのかも」
馬が止まった場所はちょうど岩陰で、荷馬車を半分は隠せる所であった。早速、馬車から降り岩陰から、進行方向を覗き込む。二人の眼にはしっかりとその生物が捉えられた。
「あのコブみたいなのがそうなの」
「多分そう、トリニョロットの鼻先よ。ほら三つあるわ」
そして、奏音は近くにある手頃な石を集め始める。もちろん石人形の材料である。せっせと積み上げた石が、ひとりでに動き始めたのを見て奏音は、不思議に思った。
いや、石が揺れているのではなく、地面が揺れているのだと気付いたのは、陽炎の向こうでのそのそとやってくる何かを見つけた時だった。
「ヨハナン、なんか来た。でっかいのが来たよ」
「アレは、ジナラシクズシだわ」
ヨハナは目を細めて、遠くからこちらにやってくるジナラシクズシを見て、奏音を呼ぶ。
「奏音ちゃん、始めるわ。トリニョロットの動きに注意して」
ヨハナはL字の装置を、浮遊させキーを出現させて、スウと一呼吸するとキーを押した。弾かれる音が石に宿り、不格好ながら組まれた石人形が千鳥足でトリニョロットのいる方へ向かった。
一方トリニョロットは、ジナラシクズシの足音に驚き体を砂地から出し、ジナラシクズシを睨み付けていた。
奏音はその光景を見て、「デッカイ蛇だ」と思った。だが前脚があり、かぎ爪が三本地面をしっかり掴んでいた。
「ヨハナン、こっちに気付いてないみたい」
「わかったわ」
ヨハナは思い出していた。それは奏音と一緒に弾いた時の高揚感を。そして、この奏具を弾く楽しさを。
トリニョロットは警戒態勢を取っていた。長い尾で体を支え、かぎ爪を広げ三つ首を高く掲げて見せる。ジナラシクズシは知らん顔をして、トリニョロットの巣を名前通り崩して歩き続ける。その時、トリニョロットは目から緑色の石のような物体をジナラシクズシ目掛けて飛ばした。
「ヨハナン出た、ブラッドチップだと思う緑色だけど」
奏音の合図を聞きヨハナは一心不乱にキーを打ち鳴らす。魔力でできた鍵盤は、弾むよう音を生み出していく。石人形は小走りでジナラシクズシの硬い皮膚に弾かれたブラッドチップを回収していく。
「ヨハナン、凄い。楽しそう」
奏音の言葉はヨハナには聞こえていない。彼女は、必死に鍵盤を押さえる。それは奏音が聴いた限りでは、まさにロンドのような旋律だが、どこか違うヨハナらしさのある新しいものだった。
この時、奏音はやはりヨハナと一緒に音楽がしたい演奏がしたいと改めて思うのだった。
トリニョロットは、ジナラシクズシに蹴散らされた巣を名残惜しそうに一瞥すると、哀愁の漂う姿でその場を去っていった。
後に残ったのはブラッドチップのかけらとジナラシクズシの大きな足跡だけだった。
「これで最後ですね。奏音ちゃん帰りましょう」
「うん、チップも沢山集まって良かったね」
「ええ、これで少しは修理の足しになると思います」
二人は荷馬車をの前に並んで座り、帰路につく。道中、奏音はヨハナの演奏が良かったと話すと照れたように頬を紅くする。
「でもこれからです。もっと上手になって私だけじゃなくて、色々な人を楽しませたいですね」
「そのためにも帰ったら、練習しよう」
「はい」
馬車に揺られて大アルカナの門を潜ったのは空がオレンジに染まる頃だった。荷馬車はそのまま、モント爺の店の前に止める。
店のドアが開くとモント爺が満足げな笑みを浮かべて外に出てきた。
「ご苦労じゃったのう。二人とも、樽三つ分確かに受け取ったわい。ほれ報酬じゃ」
モント爺が二人に巾着を手渡す。中には二十万ポメが入っていた。
「お爺ちゃんこれ、多いよ」
「ワシからの気持ちじゃ、仕舞っとけ」
モント爺の依頼は一定量のブラッドチップの納品で二十万ポメだったが、彼は奏音とヨハナ二人で二十万ポメではなく、一人で二十万ポメを手渡した。そして、にやけ顔で細長い紙切れを取り出してヨハナに握らせた。
「お爺さんこれは」
「機巧装具店の割引券じゃ。奴めには儲からせるわけにはいかんでな。ホッホッホ」
同業者である親友に嫌がらせと言わんばかりに、嬉しそうに割引券を渡した。その割引券には六割還元の文字が書かれているのを見て、奏音は呆れていた。
ブラッドチップは大きな樽と小さな樽それぞれ一つずつ余っていた。奏音は最初から全てヨハナにあげるつもりだったが、どうしてもと、ヨハナが言うので小さい樽をもらうことになった。
ヨハナはワンドの宝石店で売るという。奏音はバルミロで使ってもらおうと、持ち帰ることにした。
「じゃあ、ここで」
「はい。ではまた明日」
「うん、気を付けてね」
奏音はバルミロへ、ヨハナは宿屋へそれぞれ帰っていく。
バルミロでは閉店の札がかかっており、両手が塞がっている奏音はドアを開けるのに四苦八苦していた。するとヴィクトルがドアを開けてくれる。
「何やってんだ。奏音」
「あはは、ドア開けにくくって」
「その樽を置けば良かったんじゃねぇのか」
「嗚呼」
奏音は、ヴィクトルにそう言われて少し恥ずかしくなった。だが、その様子を気にするでもなくヴィクトルは話を続ける。
「そんで、その樽何が入ってんだ。結構重そうだが」
「ブラッドチップです。トリニョロットの」
「・・・・・本当か。奏音が一人で獲ってきたのか」
ヴィクトルは少し間を置いてから驚いた様子で奏音と樽を交互に見た。
「いえ、ヨハナンと一緒に採ってきたんです。トリニョロットとは戦ったわけじゃないので結構楽でしたよ」
「そうか。おっとすまんな立ち話させちまって、その樽は俺が倉庫に仕舞っておこう」
「ありがとう」
ヴィクトルは奏音から樽を受け取ると、中庭の方へと引っ込んでいった。ドアの鍵を閉めて、奏音も中庭の自室へと向かった。
夕食後、再びヴィクトルとブラッドチップの話で盛り上がった。
「あのブラッドチップはどうするんだ」
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「いいのか。アレだけでも売ればいい装備が揃えられるくらいにはなるぞ」
「身軽な方が好きだし、今のままでいいかなって」
「まあ、嬢ちゃんがそれでいいならいいんだが。ブラッドチップか、あの量だと盾にするか投げナイフにするか」
ブラッドチップは威嚇のためにトリニョロットが分泌する物質だが、目標の皮膚に突き刺さり血液と混じることで爆発するという特性のある。特殊な性質を持っている。そのため盾やナイフに加工するのが一般的である。
盾の表面にブラッドチップの突起をつけて、相手にバッシュ当てると破裂するという仕掛けだ。また、応用的な使い方として、あらかじめ血液を散布しておき、そこにチップの原石を投げ込むことで、罠の代用もできる割と万能なもので、威力もそれなりだが消耗品なので高価なものとして扱われることが多いという。
「なるほど」
奏音は自室の『宝石・鉱石』の本を読んでブラッドチップについて調べていた。しかし、消耗品ならやっぱりいないなと奏音は確信した。
一週間後にはヨハナとワンドへと向かう。それまでに準備を整えなくてはならない。奏音は手始めに大きめのリュックサックを取り出して、何を入れようかと悩み始めた。
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