【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

文字の大きさ
12 / 51

第十一話 深淵の目覚め①

しおりを挟む
 静寂が、教会の大聖堂のように広大で冷たいドームを支配していた。
 
 舞い上がる微細な塵が、壁面や床を走る無数の青白い光のラインに照らされて、銀河のように煌めいている。
 それはまるで、星々の生まれる瞬間を気の遠くなるようなスローモーションで見ているかのようだった。
 
 この世の音は、全てが死に絶えたかのようだ。
 自身の荒く、切迫した呼吸音だけが、不釣り合いなほど大きくドームに反響し、己の生存を証明している。

 その中心で、硬質なポッドが音もなく開くと共に、永劫の時を凝縮したかのような冷気がふわりと流れ出した。
 
 目覚めたばかりの少女が、鈴の音を幾重にも重ねたような、しかしどこか古風で、この世の響きとは思えない声で問いかける。

「――ここは?」

 その一言が、張り詰めたドームの空気を硝子のように震わせた。
 翔は、即座に答えることができなかった。

 あまりに非現実的な状況と目の前の少女が放つ、直視すれば目が眩みそうな神々しいまでの美しさに、ただ息を呑む。
 
 傷だらけで血と泥に汚れた自分とは対極に位置する、完璧で穢れなき存在。

 その圧倒的な差異が、彼の生存本能に警鐘を鳴らし、得体の知れない恐怖を掻き立てた。

 彼は無意識に、腰に差した唯一の生命線であるショートソードの柄を指の関節が白く浮き出るほど強く、強く握りしめていた。
 
 脇腹に走る、焼けるような鈍痛が、この光景が決して甘い幻ではないことを執拗に告げている。

 一歩、また一歩と、靴底が立てる僅かな音すら消すように、いつでも距離を取れるよう静かに後ずさった。

 相手が人間である保証など、どこにもない。
 
 ここはダンジョン。
 モンスターが跋扈し、死が日常として道端に転がる世界だ。
 
 人を惑わす精巧な罠、美しい姿で油断させ、その喉笛に喰らいつく、新たな擬態型のモンスターかもしれない。
 その思考が、翔の全身に鋭い針のような警戒心を張り巡らせる。

 少女は、翔のそんな獣じみた内心を知る由もなく、ポッドの滑らかな縁にそっと手をかけた。
 そして、ゆっくりと、しかし舞踏の始まりのように気品に満ちた所作で立ち上がる。
 
 だが、その足取りは生まれたての子鹿のように覚束なく、長い眠りから覚めたばかりの肉体的な衰弱と、精神的な混乱を隠しきれていない。

 彼女のサファイア色の瞳が、焦点を探すように虚空を彷徨う。
 
 壁面を走る幾何学的な光のライン、遥か高く闇に溶けるドームの天井、そして、ボロボロの戦闘服を纏い、獣のように警戒を剥き出しにして佇む一人の青年――この世界の構成要素を、一つ一つインプットしていくように。
 
 やがて、その揺れていた瞳が、目の前に立つ翔の姿をはっきりと捉え直した。
 
 重苦しい沈黙は、翔が喉の奥から絞り出した声によって、ついに破られた。

「君こそ、誰だ。……何者なんだ?」

 声はひどく掠れ、自分でも驚くほど猜疑心に満ちた、刃物のような響きをしていた。
 
 その問いを聞いた瞬間、少女の彫刻のように整った顔立ちが、内側からの痛みに耐えるかのように苦悶に歪んだ。
 
 彼女は柳のようにしなやかな指でこめかみを押さえ、必死に何かを思い出そうとするかのように固く目を閉じる。
 
 絹糸のような長い銀のまつ毛が、痛々しく震えていた。

「私……は……」

 絞り出すような声が、絶対的な静寂の中に、か細く漏れる。
 
 それは、記憶という名の深い井戸の底から、言葉という水を一滴ずつ、ひび割れた桶で汲み上げようとするかのような悲痛な響きを帯びていた。

「……わからない。自分の名前も、なぜここで眠っていたのかも……何も、思い出せない」

 その言葉と共に彼女の瞳から、先ほどまで宿っていた理知的な光がふっと消え、寄る辺ない子供のような深い不安と戸惑いの色が浮かぶ。
 記憶の深淵を覗き込もうとしては、分厚い霧に阻まれるかのような絶望的な表情だった。

 翔は、そのあまりに人間的な苦悩の表情に、張り詰めていた警戒心を緩めかけた。
 だが、次の瞬間、少女の様子に奇妙な変化が訪れる。

 彼女の視線が、自分が眠っていたポッドや、壁面を走る青白い光のラインへと移った途端、その表情がわずかに変わったのだ。
 混乱の霧が晴れたわけではない。
 
 しかし、その霧の奥で、専門家が未知の機械を分析するような鋭く知的な探求の色が宿った。瞳の焦点が、深く、一点に絞られていく。

「……でも、不思議」

 少女は、まるで自分に言い聞かせるように呟きながら、ポッドの表面にそっと触れた。
 
 ひやりとした感触を確かめるように、指先で滑らかな曲面をなぞる。
 それはもはや、ただの接触ではない。
 指先を通して、内部の構造を想像しているかのような動きだった。

「この施設の構造、この技術体系は……理解できる。どうやって動いていて、どうやって維持されているのかが、手に取るようにわかるわ。このポッドは、生体活動を極限まで低下させる長期冷凍睡眠装置。周囲のラインは、地熱と魔素を変換する半永久的なエネルギー供給システム……」

 ポッドを見つめるその瞳は、もはや迷子の子供のものではなかった。
 複雑な数式や設計図を瞬時に解き明かす、熟練の研究者のそれだ。
 
 彼女は自分の両手を見つめ、何かを確信するようにつぶやいた。その声には、先程までの弱々しさは消え、困惑しつつも確信に満ちた響きがあった。

「私は……技術者。おそらくは、メカニックだった。この施設の設計か、あるいは管理に携わっていた。でも、私の所属も、任務も、仲間も……私を『私』たらしめていたはずの大切なことが、何もかも抜け落ちている」

 その独白は、翔の心を強く揺さぶった。
 
 彼女はモンスターではない。
 少なくとも、彼が知るどのモンスターとも違う。

 モンスターならば、このような知性的で、矛盾に満ちた苦悩は見せない。
 彼女は、自分と同じように、この異常な状況下で混乱し、自分の存在意義を見失った一人の人間なのだ。

 翔は張り詰めていた肩の力を、ようやくわずかに抜いた。
 柄を握りしめていた指から力が抜け、じんと血が通い始めるのを感じた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!

おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。 ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。 過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。 ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。 世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。 やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。 至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!

ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~

楠富 つかさ
ファンタジー
 ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。  そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。 「やばい……これ、動けない……」  怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。 「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」  異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...