【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

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第二十話 変わり果てた地上②

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 野営地から離れると、自衛官の言葉が冷酷な真実であることを証明するかのように、凄惨な光景が広がっていた。
 
 空には黒い煙がまだらに残り、ギルドがあったはずの場所は、巨大な墓標のような瓦礫の山と化している。
 部分的にかけられたブルーシートが、風にはためいていた。

 その下にあるものを、翔は想像したくなかった。
 
 鼻をつく、焦げ臭い匂い。
 埃と、何か有機物が腐敗したような甘い匂い。
 
 

 死の香りがした。
 
 

 バリケードを抜けた翔の足は、自然と止まった。
 その目の前に広がっていたのは、巨大なクレーターだった。
 ギルドのおかげで城下町のように栄えていたエリアのはずだった。

 だがそこには巨大な獣が大地をえぐり取ったかのような、直径数十メートルはあろうかという穴が口を開けていた。
 
 周辺のビルは黒く焼け焦げ、窓ガラスは粉々に砕け散ってキラキラと光を反射している。
 その輝きは、まるで誰かの砕け散った希望の欠片のようだった。
 
 道路には無数のひび割れが走り、ひしゃげた乗用車が、持ち主を失ったまま静かに横たわっている。
 かつての喧騒が嘘のようだ。
 
 翔は無意識に、背中のバックパックを背負い直した。
 中には、夜空の星々のように青白い光を放つ高純度の魔石が詰まっている。
 妹の命を繋ぐはずだった希望の結晶。
 
「ギルドもない、その関連企業の店も軒並みやられてる……どこにこれを売ればいいんだ……?」
 
 その価値を証明する場所を失い、希望は今、ただの重い石塊となって、翔の両肩にのしかかっていた。

 背中のバックパックが、ずしりと重い。
 しかし、その重みが今はただ彼の肩と心を押し潰すだけだった。

 ダンジョン深層で、ゴーレムと死闘を繰り広げ、手に入れた高純度の魔石。
 一つで数十万。
 これだけあれば、妹の医療費は払える。
 
 妹の入院費を手に入れるため、ギルドでこれを換金する。

 その一点だけを支えに、彼は暗いダンジョンを彷徨い続けた。
 だが、習志野ギルドが消滅した今、その当てはない。
 
 どうすればいい?
 妹を、どうやって救えばいい?
 どうやってこれを金に換える?
 
 思考が空転し、視界がぐらりと揺れる。
 脳裏に、病院の白いベッドで静かに眠る妹の顔が浮かんだ。

 細い腕、青白い顔色、穏やかな寝息。
 
「どう……すれば……」
 
 掠れた声は、瓦礫の山に吹き付ける風にかき消された。
 
 絶望が、冷たく濡れた手で心臓を直接握り潰すような感覚。

 視界が滲み、熱いものがこみ上げてくる。
 涙がこぼれ落ちそうになった、その瞬間。

 く、と小さく、彼の袖が引かれた。
 隣に立つルナが、翔の服の裾を陶器のような手で握っていた。
 
 彼女は何も言わない。
 ただ、じっと翔の顔を見つめている。
 そのサファイアの瞳には、非難も、同情も、憐れみもない。

 ただ純粋な水面のように、ありのままの翔の姿を映しているだけだった。
 彼女にはおそらく理解できていないだろう。

 だが、彼女は感じていた。
 隣に立つ人間が、今にも張り裂けそうなくらいに悲鳴を上げていることを。
 その痛みの奔流が、彼女の肌をピリピリと震わせていることを。
 
 だから、手を伸ばした。ただ、繋ぎとめるために。
 その無垢な行動が、崩れ落ちそうになっていた翔の心を、かろうじて現実の縁に繋ぎとめた。
 彼は一度だけ強く目を閉じ、こみ上げてきたものを無理やり喉の奥に押し戻した。

 そうだ。
 まだ、終わったわけじゃない。

 思考を回せ。
 考えるんだ。
 何か、何か方法があるはずだ。

 
 ***

 
 朝焼けが、壊れたギルドを染めていく。
 瓦礫の山が長い影を落とし、世界の輪郭が徐々にはっきりとなっていく。
 遠くでサイレンの音が鳴り響き、救助隊のものだろうか、サーチライトの光が白く染まりつつある空を切り裂いていた。
 
 翔は地面に視線を落としたまま、動けずにいた。
 ただひたすらに、思考の歯車を回し続ける。
 ギルドがないなら、魔石を換金する方法は?
 
 よそのギルドに持ち込むか? 
 東京や横浜まで行けば、別のギルドはある。
 だが、所属ギルドやその提携店以外での売却は、売値の三割から五割というとんでもない手数料を取られるのが常識だ。

 それは、探索者という希少な人材を囲い込むための、ギルド間の悪辣な協定だった。
 手にした魔石がいくら高純度でも、半分近くを搾取されてしまっては、妹の治療費には到底足りない。

 八方塞がりだ。
 背中の魔石が、再び絶望的な重みとなってのしかかる。
  
 その時だった。
 脳の片隅、瓦礫の中に埋もれて忘れ去られていた記憶の断片が、まるで小さな火花のようにパチリと弾けた。

 ――大通りから何本も外れた、薄暗い裏路地。
 ――錆びたブリキの看板に描かれた、意味不明な紋章。
 ――埃を被ったショーウィンドウに並べられた用途不明の遺物や中古の装備品の数々。
 
『古物商 アラクネ』
 
 その店は、ギルドの公式な取引ルートとは全く無縁の場所だった。
 ダンジョンから持ち出されたアイテムの非公式な売買、いわゆる「闇市」への仲介、怪しげな素材や魔石の取引――そんな裏の繋がりを持つかもしれない、グレーな領域に踏み入れているという噂の店。
 
 まともな探索者なら、決して近寄らない場所だ。
 だが、今はどうだ?
 
「まとも」が崩壊したこの習志野。
 頼れるのは「まともじゃない」場所だけかもしれない。
 
 ギルドという巨大な流通網が麻痺した今、非公式なルートを持つとされるあの店なら、あるいは……。

 蜘蛛の糸。

 地獄の釜の底で、一本だけ垂らされた細い糸。
 それがどれほど頼りなく、不確かなものであっても、今の翔にとっては唯一の希望だった。

「ルナ、行こう」
 
 翔は顔を上げた。
 その声には、先程までの絶望の色は消え、乾いてはいるが確かな意志が宿っていた。

 瓦礫の向こうに広がる街を、彼はまっすぐに見据える。
 その瞳の奥に、再び小さな光が灯っていた。
 
 ルナは、翔の変化を敏感に感じ取った。

 彼の声の響き、その眼差し。
 絶望の淵から這い上がってきた者の強さが、そこにはあった。

 彼女は無言でこくりと頷き、握っていた袖を離すと彼の隣にすっと並んだ。

 二人は、壊れた街の道なき道を進み始める。
 
 足元で砕けたアスファルトが小さく音を立て、風が彼らの背中を押すように吹いた。
 
 だが、翔の胸には、一筋の、しかし確かな希望が宿っていた。
 背中の魔石は、もはやただの重い石塊ではなかった。

 それは再び、妹の未来を、そして自分自身の未来を切り拓くための、可能性の結晶として、かすかな熱を帯び始めていた。
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