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第二十九話 希望①
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病室の重苦しい空気が、翔の静かな叫びによって鋭く引き裂かれた。
「どうすれば……美咲を助けられるんだ?」
椅子から立ち上がった彼の声は、もはや懇願ではなかった。
焦燥と困惑が溶け合った叫びが、生命維持装置の規則的な電子音を飲み込み、白い壁にぶつかって虚しく反響する。
ベッドを挟んでルナに詰め寄ったその形相は、激しい嵐で荒れ狂う海面のように、凄まじい感情の揺れを映し出していた。
だが、その嵐の真正面に立つルナは、微動だにしなかった。
彼女のサファイア色の瞳は、荒れ狂う翔の感情をただ静かに、凪いだ海のように受け止めている。
そのあまりの落ち着きが、翔の焦燥感を鎮めていく。
やがて彼女は、ゆっくりと首を横に振った。
「落ち着いて、翔。まず、理解してほしい。この子の魂の器には、微細だけれど深刻な亀裂が入っている。この世界の技術や医療……どんな最先端の知識をもってしても、その亀裂そのものを完全に塞ぐことは、おそらく不可能よ」
静かだからこそ、その一言一句は冷たい刃となって翔の鼓膜から心臓へと突き刺さった。
「不可能……? じゃあ、さっき治せるって言ったのは……」
声が先細り、混乱に震える。
握りしめた拳は血の気を失って白く骨張り、爪が掌に食い込む痛みさえ感じなかった。
希望へ続く蜘蛛の糸が見えたと思った瞬間、足元の奈落へ突き落とされたような絶望。
一瞬灯った希望の炎が、冷たい水でかき消される恐怖が、彼の全身を苛んだ。
ルナは、彼の激しい動揺を真正面から受け止めながらも、有無を言わせぬ穏やかな口調で続けた。
その声には、冷たさではなく、厳然たる事実を告げる医師のような冷静さがあった。
「根本的な『治療』はできない。でも、『助ける』ことはできる」
まるで分厚い絶望の雲の隙間から差し込む、一条の光。
その言葉は、凍てついていた翔の心に、かろうじて消え残っていた熾火《おきび》にそっと息を吹きかけるような、微かな温もりを与えた。
「穴の開いた水瓶に水を満たし続ける方法は一つしかない。漏れ出る以上の勢いで、常に新しい水を注ぎ込み続けること。つまり、彼女の身体から失われていく生命力と魔力……それを遥かに凌駕する奔流を生み出し、その身に宿し続けるの」
ルナはそう言うと、ふっと視線を窓の外へ移した。
ブラインドの隙間から差し込む午後の光が、彼女のサファイアの瞳の中で淡く揺らめく。
まるで、この病室の壁の向こう側、この世界の理を超えた何かを見つめているかのようだった。
「そのためには、特別な素材が必要になる。ダンジョン……その遥か深層に存在する『ダンジョンコア』という物質が」
「ダンジョン……コア……?」
翔の唇から、戸惑いの色が滲む声が漏れた。
その単語は、彼が現実逃避するように読み漁ったファンタジー小説の中か、あるいはネットの住人たちの間で真偽不明の噂として囁かれるだけの、伝説上の存在だった。
ダンジョンから魔石やドロップアイテム、アーティファクトが産出されることは常識だ。
だが、そのダンジョンの心臓部たる「コア」の存在など、現代科学では確認すらされていない。
非現実的な響きに、彼の眉が痛々しく歪んだ。
ルナは、彼の困惑を意にも介さず、静かに説明を続ける。
その声は、まるで子供に世界の成り立ちを教える賢者のようだった。
「ダンジョンという異界そのものの心臓。凝縮された純粋な力の結晶体。この世界の物理法則を超越し、それ自体が無限に近い魔力を放ち続けるエネルギーの源流……言うなれば、小さな魔力の太陽よ」
彼女は視線を眠る美咲に戻すと、 触れるか触れないかの距離で、まるで命の微弱な流れ、そのか細い脈動を直接感じ取ろうとするかのようにその小さな胸の上にそっと右手をかざした。
「そのコアを使い、魔力を全身に送り出すための『人工魔臓』を造る。彼女の心臓の隣に、魔力を永続的に生み出し続ける、もう一つの臓器を移植するの。有り余る魔力が常に生命力を補い続ければ、彼女はもう二度と欠乏に苦しむことなく、普通に、当たり前に生きていける」
ダンジョンコア。
人工心臓。
移植手術。
あまりに荒唐無稽な言葉の連鎖に、翔は言葉を失い、思考が眩暈を起こす。
脳裏に、日本最強と呼ばれるSランク探索者、”炎帝”赤城《あかぎ》煉《れん》が率いるパーティ『炎舞』の顔ぶれが浮かんだ。
彼らですら、未だ到達できないダンジョン深層。
現在の到達記録は、中層と推定される二十七層。
その先に何が待ち受けているのか、どれほどの化け物が跋扈しているのか、誰にも分からない。
希望の光だと思ったものは、エベレストの山頂よりも、マリアナ海溝の底よりも遥かに遠い場所に灯る、幻の星だった。
「そんなもの……どうやって手に入れるんだ。それに、移植なんて……そんな手術、誰ができるっていうんだ……」
絞り出した声は力なく掠れ、芽生えかけた希望は再び現実という名の圧倒的な重力に押し潰されそうだった。
視線が力なく美咲の青白い顔に落ちる。
彼女の浅く静かな呼吸に合わせるように、自分の心臓もまた、頼りなく揺れていた。
翔の表情に宿った深い絶望の影を、ルナは見逃さなかった。
彼女は静かに、しかし先ほどよりも力強い響きを声に乗せた。
「もちろん、それは最終目標。今の私たちにすぐできることじゃない。でも――」
そこで言葉を切り、彼女は翔の目を真っ直ぐに見据えた。
サファイアの瞳が、奈落の底を覗き込む彼の魂を掬い上げるように、強い光を放つ。
「今すぐ、この子の命を繋ぎとめる方法ならある」
その一言に、翔は顔をはっと上げた。
心臓が大きく跳ねる。
胸の奥で灰になりかけていた希望の欠片が、再び確かな熱を持って瞬いた。
「どういう……方法なんだ?」
声はまだ微かに震えていたが、そこには光に手を伸ばす者の切実さが宿っていた。
ルナは穏やかに、そして確信を持って続ける。
「その方法には、翔、あなたの力が必要になる」
「俺の……力?」
翔の眉が驚きに吊り上がる。
属性を持つアーティファクトも使えない、力を持たないとされている「無属性」。
落ちこぼれの代名詞。
その力が、役に立つというのか。
「そう。あなたがダンジョンで行っていた『自己強化』。あれの応用よ」
ルナは翔の強張った手を取り、その掌をじっと見つめた。
彼女の白く細い指が、彼の内に秘められた未知の可能性を確かめるように、そっと触れる。
「高純度の魔石を外部エネルギー源、つまり大容量のバッテリーとして使う。そして、あなたの純粋な『無属性』の魔力を、変換効率を極限まで高めるための『触媒』にするの」
「触媒……?」
翔はオウム返しに呟き、その言葉の意味を必死に理解しようと頭を巡らせた。
「あなたの魔力は、何の色にも染まっていない、極めて稀有で純粋なエネルギーの流れそのもの。だからこそ、他者の繊細な魔力循環に不純物として干渉することなく、その力を増幅させることができる。美咲ちゃんの魔力と生命力を汚さずに、純粋な力だけを注ぎ込めるのは、おそらくこの広い世界であなただけ」
ルナはそう言うと、翔の手を導き、眠る美咲の小さな手にそっと重ねさせた。
その瞬間、ぞくりと鳥肌が立った。
骨張った自分の武骨な手。
か細く、力なく横たわる妹の手。
そして、それらを繋ぐルナのひんやりとした指先。
三者の肌が触れ合った場所から、美咲の冷たい指を通して、確かに伝わってくるものがあった。
弱々しい、しかし消えてはいない、命の脈動。
「高純度の魔石から引き出した膨大なエネルギーを、あなたの魔力をフィルターにして濾過し、純化させ、美咲ちゃんに直接チャージする。器の亀裂から漏れ出す魔力はそのまま生命力へと変換されていく。これが、今すぐ私たちに始められる、延命治療」
ルナの言葉が、翔の脳髄に染み込んでいく。
「でも、これは器から漏れ出す水を、外から必死に汲み入れ続けるようなもの。根本解決にはならない。けれど、彼女の命の灯が消えるまでの時間を、大きく引き延ばすことができるはずよ」
自分の力が、妹を救う鍵になる――。
その事実は、雷鳴となって翔の全身を貫いた。
それは希望であると同時に、計り知れない重圧でもあった。
だが、不思議と苦痛ではなかった。
それは、絶望の中でただ無力に妹の手を握ることしかできなかった彼に、初めて与えられた具体的で、あまりにも重い「役割」だった。
翔の心に、静かに、しかし二度と消えない決意の炎が灯った。
彼はルナと美咲の手に重ねられた自分の手に力を込める。
もう迷いはない。
「……どうすればいい? 俺は、何をすればいいんだ?」
その声は、もはや助けを乞う弱々しいものではなかった。
暗闇の果てに続く、険しくとも確かな道を見出し、その道を自らの足で切り拓く覚悟を決めた男の声だった。
ルナは、彼の瞳に宿った炎の色を敏感に感じ取り、サファイアの瞳に微かな満足の色を浮かべた。
「まずは、エネルギー源となる『高純度の魔石』が必要。普通の魔石ではエネルギーが足りないし、何より不純物が多すぎて彼女の身体が拒絶反応を起こすわ。幸い、あなたのバックパックに、奇跡のようなおあつらえ向きのものがまだ残っている」
彼女の声は静かだが、病室の空気を震わせるほど力強く響いた。
「あなたなら、できる。あなたにしか、できない。翔、あなたなら妹さんを救える」
ふと見ると、ブラインドの隙間から差し込む光が、いつの間にか病室を照らしていた。
一筋の光が美咲の頬を染める。
それは、翔の心に何年も居座り続けた、出口のない絶望が終わりを告げようとしている証のように見えた。
「どうすれば……美咲を助けられるんだ?」
椅子から立ち上がった彼の声は、もはや懇願ではなかった。
焦燥と困惑が溶け合った叫びが、生命維持装置の規則的な電子音を飲み込み、白い壁にぶつかって虚しく反響する。
ベッドを挟んでルナに詰め寄ったその形相は、激しい嵐で荒れ狂う海面のように、凄まじい感情の揺れを映し出していた。
だが、その嵐の真正面に立つルナは、微動だにしなかった。
彼女のサファイア色の瞳は、荒れ狂う翔の感情をただ静かに、凪いだ海のように受け止めている。
そのあまりの落ち着きが、翔の焦燥感を鎮めていく。
やがて彼女は、ゆっくりと首を横に振った。
「落ち着いて、翔。まず、理解してほしい。この子の魂の器には、微細だけれど深刻な亀裂が入っている。この世界の技術や医療……どんな最先端の知識をもってしても、その亀裂そのものを完全に塞ぐことは、おそらく不可能よ」
静かだからこそ、その一言一句は冷たい刃となって翔の鼓膜から心臓へと突き刺さった。
「不可能……? じゃあ、さっき治せるって言ったのは……」
声が先細り、混乱に震える。
握りしめた拳は血の気を失って白く骨張り、爪が掌に食い込む痛みさえ感じなかった。
希望へ続く蜘蛛の糸が見えたと思った瞬間、足元の奈落へ突き落とされたような絶望。
一瞬灯った希望の炎が、冷たい水でかき消される恐怖が、彼の全身を苛んだ。
ルナは、彼の激しい動揺を真正面から受け止めながらも、有無を言わせぬ穏やかな口調で続けた。
その声には、冷たさではなく、厳然たる事実を告げる医師のような冷静さがあった。
「根本的な『治療』はできない。でも、『助ける』ことはできる」
まるで分厚い絶望の雲の隙間から差し込む、一条の光。
その言葉は、凍てついていた翔の心に、かろうじて消え残っていた熾火《おきび》にそっと息を吹きかけるような、微かな温もりを与えた。
「穴の開いた水瓶に水を満たし続ける方法は一つしかない。漏れ出る以上の勢いで、常に新しい水を注ぎ込み続けること。つまり、彼女の身体から失われていく生命力と魔力……それを遥かに凌駕する奔流を生み出し、その身に宿し続けるの」
ルナはそう言うと、ふっと視線を窓の外へ移した。
ブラインドの隙間から差し込む午後の光が、彼女のサファイアの瞳の中で淡く揺らめく。
まるで、この病室の壁の向こう側、この世界の理を超えた何かを見つめているかのようだった。
「そのためには、特別な素材が必要になる。ダンジョン……その遥か深層に存在する『ダンジョンコア』という物質が」
「ダンジョン……コア……?」
翔の唇から、戸惑いの色が滲む声が漏れた。
その単語は、彼が現実逃避するように読み漁ったファンタジー小説の中か、あるいはネットの住人たちの間で真偽不明の噂として囁かれるだけの、伝説上の存在だった。
ダンジョンから魔石やドロップアイテム、アーティファクトが産出されることは常識だ。
だが、そのダンジョンの心臓部たる「コア」の存在など、現代科学では確認すらされていない。
非現実的な響きに、彼の眉が痛々しく歪んだ。
ルナは、彼の困惑を意にも介さず、静かに説明を続ける。
その声は、まるで子供に世界の成り立ちを教える賢者のようだった。
「ダンジョンという異界そのものの心臓。凝縮された純粋な力の結晶体。この世界の物理法則を超越し、それ自体が無限に近い魔力を放ち続けるエネルギーの源流……言うなれば、小さな魔力の太陽よ」
彼女は視線を眠る美咲に戻すと、 触れるか触れないかの距離で、まるで命の微弱な流れ、そのか細い脈動を直接感じ取ろうとするかのようにその小さな胸の上にそっと右手をかざした。
「そのコアを使い、魔力を全身に送り出すための『人工魔臓』を造る。彼女の心臓の隣に、魔力を永続的に生み出し続ける、もう一つの臓器を移植するの。有り余る魔力が常に生命力を補い続ければ、彼女はもう二度と欠乏に苦しむことなく、普通に、当たり前に生きていける」
ダンジョンコア。
人工心臓。
移植手術。
あまりに荒唐無稽な言葉の連鎖に、翔は言葉を失い、思考が眩暈を起こす。
脳裏に、日本最強と呼ばれるSランク探索者、”炎帝”赤城《あかぎ》煉《れん》が率いるパーティ『炎舞』の顔ぶれが浮かんだ。
彼らですら、未だ到達できないダンジョン深層。
現在の到達記録は、中層と推定される二十七層。
その先に何が待ち受けているのか、どれほどの化け物が跋扈しているのか、誰にも分からない。
希望の光だと思ったものは、エベレストの山頂よりも、マリアナ海溝の底よりも遥かに遠い場所に灯る、幻の星だった。
「そんなもの……どうやって手に入れるんだ。それに、移植なんて……そんな手術、誰ができるっていうんだ……」
絞り出した声は力なく掠れ、芽生えかけた希望は再び現実という名の圧倒的な重力に押し潰されそうだった。
視線が力なく美咲の青白い顔に落ちる。
彼女の浅く静かな呼吸に合わせるように、自分の心臓もまた、頼りなく揺れていた。
翔の表情に宿った深い絶望の影を、ルナは見逃さなかった。
彼女は静かに、しかし先ほどよりも力強い響きを声に乗せた。
「もちろん、それは最終目標。今の私たちにすぐできることじゃない。でも――」
そこで言葉を切り、彼女は翔の目を真っ直ぐに見据えた。
サファイアの瞳が、奈落の底を覗き込む彼の魂を掬い上げるように、強い光を放つ。
「今すぐ、この子の命を繋ぎとめる方法ならある」
その一言に、翔は顔をはっと上げた。
心臓が大きく跳ねる。
胸の奥で灰になりかけていた希望の欠片が、再び確かな熱を持って瞬いた。
「どういう……方法なんだ?」
声はまだ微かに震えていたが、そこには光に手を伸ばす者の切実さが宿っていた。
ルナは穏やかに、そして確信を持って続ける。
「その方法には、翔、あなたの力が必要になる」
「俺の……力?」
翔の眉が驚きに吊り上がる。
属性を持つアーティファクトも使えない、力を持たないとされている「無属性」。
落ちこぼれの代名詞。
その力が、役に立つというのか。
「そう。あなたがダンジョンで行っていた『自己強化』。あれの応用よ」
ルナは翔の強張った手を取り、その掌をじっと見つめた。
彼女の白く細い指が、彼の内に秘められた未知の可能性を確かめるように、そっと触れる。
「高純度の魔石を外部エネルギー源、つまり大容量のバッテリーとして使う。そして、あなたの純粋な『無属性』の魔力を、変換効率を極限まで高めるための『触媒』にするの」
「触媒……?」
翔はオウム返しに呟き、その言葉の意味を必死に理解しようと頭を巡らせた。
「あなたの魔力は、何の色にも染まっていない、極めて稀有で純粋なエネルギーの流れそのもの。だからこそ、他者の繊細な魔力循環に不純物として干渉することなく、その力を増幅させることができる。美咲ちゃんの魔力と生命力を汚さずに、純粋な力だけを注ぎ込めるのは、おそらくこの広い世界であなただけ」
ルナはそう言うと、翔の手を導き、眠る美咲の小さな手にそっと重ねさせた。
その瞬間、ぞくりと鳥肌が立った。
骨張った自分の武骨な手。
か細く、力なく横たわる妹の手。
そして、それらを繋ぐルナのひんやりとした指先。
三者の肌が触れ合った場所から、美咲の冷たい指を通して、確かに伝わってくるものがあった。
弱々しい、しかし消えてはいない、命の脈動。
「高純度の魔石から引き出した膨大なエネルギーを、あなたの魔力をフィルターにして濾過し、純化させ、美咲ちゃんに直接チャージする。器の亀裂から漏れ出す魔力はそのまま生命力へと変換されていく。これが、今すぐ私たちに始められる、延命治療」
ルナの言葉が、翔の脳髄に染み込んでいく。
「でも、これは器から漏れ出す水を、外から必死に汲み入れ続けるようなもの。根本解決にはならない。けれど、彼女の命の灯が消えるまでの時間を、大きく引き延ばすことができるはずよ」
自分の力が、妹を救う鍵になる――。
その事実は、雷鳴となって翔の全身を貫いた。
それは希望であると同時に、計り知れない重圧でもあった。
だが、不思議と苦痛ではなかった。
それは、絶望の中でただ無力に妹の手を握ることしかできなかった彼に、初めて与えられた具体的で、あまりにも重い「役割」だった。
翔の心に、静かに、しかし二度と消えない決意の炎が灯った。
彼はルナと美咲の手に重ねられた自分の手に力を込める。
もう迷いはない。
「……どうすればいい? 俺は、何をすればいいんだ?」
その声は、もはや助けを乞う弱々しいものではなかった。
暗闇の果てに続く、険しくとも確かな道を見出し、その道を自らの足で切り拓く覚悟を決めた男の声だった。
ルナは、彼の瞳に宿った炎の色を敏感に感じ取り、サファイアの瞳に微かな満足の色を浮かべた。
「まずは、エネルギー源となる『高純度の魔石』が必要。普通の魔石ではエネルギーが足りないし、何より不純物が多すぎて彼女の身体が拒絶反応を起こすわ。幸い、あなたのバックパックに、奇跡のようなおあつらえ向きのものがまだ残っている」
彼女の声は静かだが、病室の空気を震わせるほど力強く響いた。
「あなたなら、できる。あなたにしか、できない。翔、あなたなら妹さんを救える」
ふと見ると、ブラインドの隙間から差し込む光が、いつの間にか病室を照らしていた。
一筋の光が美咲の頬を染める。
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