【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

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第三十九話 バイオマギアーマー③

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 数日後。
 古物商『アラクネ』の工房は、再びその貌を変えていた。

 以前の狂気の科学者が立て籠もる秘密研究所のような混沌は鳴りを潜め、今は張り詰めた空気が支配する厳しい訓練場へと変貌を遂げている。

 天井から吊り下げられていた異形の鎧――バイオマギアーマーは大地にその足で立ち、翔が繰り返し搭乗しては、機体の性能限界を試すかのような激しい機動を繰り返していた。

 工房の隅では、律子とルナが並んでコンソールの前に陣取り、モニターに滝のように流れるデータを食い入るように見つめている。
 時折、律子やルナの冷静な分析が、インターカムを通して翔の脳内に直接響いた。

「翔ちゃん、今の旋回、Gのかかり方が甘い! もっと機体の重心を意識して!」
 
「ショウ。左副腕部の操作に0.2秒の遅延。思考のブレが原因」

 翔はインナースーツを着用し、あの生物的な「融合」のプロセスをこの数日間で何度も経験していた。

 初日に感じた圧倒的な全能感と、その後に襲ってきた脳が焼き切れるかのような疲労。

 その鮮烈な記憶は、彼の身体と心に深く刻み込まれている。
 彼は今、その極端な振れ幅を乗りこなし、思考と機体の動きを完全に一致させるための過酷な反復訓練に明け暮れていた。

 歩行、走行、跳躍。
 基本的な動作は初日でマスターした。
 
 問題は、人間にはない器官――背中から伸びる、猛禽の翼を彷彿とさせる一対の巨大な副腕の操作だった。

 格闘戦における追加の打撃力として、あるいは変形させて指向性のエネルギー兵器となるこの副腕は、バイオマギアーマーの戦闘能力を飛躍的に高める重要な部位だ。
 しかし、翔の脳にとって、この二本の腕は依然として「自分の体の一部ではない」異物としての感覚が抜けきらない。

 手足と同じように動かそうとすればするほど、意識と動きの間に致命的なラグが生じ、コントロールが困難を極めていた。

「くそっ、今度は右の副腕が遅れる……!」

 翔の焦燥に満ちた思考が、機体の外部スピーカーから苦々しく漏れ出る。
 工房内に設定された仮想の標的に対し、四本の腕による連撃を試みるが、メインの腕の動きに副腕が追従しきれない。

 ぎこちない動きのまま振り回された右の副腕が、意図せず工房の壁に激突し、バチバチと激しい火花を散らした。

 コンソールから、律子の叱咤に近い声が飛ぶ。
 
「翔ちゃん、焦らないで! 副腕はあくまで補助的な肢体。いきなりメインアームと同じように動かそうとするから神経回路が混乱するのよ! まずはメインの腕の動きに『追従』させることから始めて。そして、もっとイメージを強く持つこと! あなたの手が、生まれつき四本あるんだって、脳を騙すのよ!」

 隣でデータを見ていたルナも、静かに、しかし的確に補足する。
 
「ショウ、呼吸が乱れている。思考のノイズが機体に伝播している。落ち着いて。あなたの規格外の魔力は、それ自体が強力な潤滑油であり、促進剤。繰り返せば、脳ではなく、あなたの魂が機体の動かし方を覚える」

 魂が覚える。
 ルナの言葉が、翔の焦りでささくれだった心にすっと染み込んだ。
 彼は一度動きを止め、機体の胸の中で深く、長く息を吸った。

 拡張された聴覚が、機体を冷却するファンの微かな駆動音を拾う。
 そうだ。
 頭で考えるな。
 感じるんだ。
 この機体は、もう一人の自分なのだから。

 翔は再び仮想敵に正対した。
 思考をクリアにし、雑念を払う。

 そして、イメージする。
 右腕でマナソードを振るう。
 その動きに連動し、左の副腕が敵のガードを薙ぎ払う。
 左の拳を叩き込む。

 その死角から、右の副腕がボディを抉る。
 一つ一つの動きを、脳内で完璧にトレースする。

「―――ッ!」

 無言の気合と共に、機体が動いた。
 メインアームが空気を切り裂く鋭い斬撃を放つ。
 最初はわずかに遅れていた副腕の動きが、数回の試行を繰り返すうちに、次第に滑らかに、そして正確になっていく。

 まるで不慣れな楽器を奏でる音楽家が、練習の末に完璧な演奏を披露するように。

 やがて、思考と機体の動きは完全に一致した。
 バイオマギアーマーは工房という狭い空間の中を舞うように動き、メインアームとサブアームが織りなす四本の腕が、残像を引くほどの高速連撃を繰り出す。

 跳躍、空中での姿勢制御、着地と同時に副腕を変形させてのエネルギーショット模擬発射。
 その全ての動作が、翔が思考した通りに、寸分の狂いもなく実行されていく。
 もはや、自分の肉体を動かすのと何ら変わりはなかった。

 その驚異的な適応速度を目の当たりにして、コンソールの前にいた二人は言葉を失っていた。
 特に律子は、表示されるデータを何度も確認し、目を丸くしている。

「信じられない……ありえないわ。通常のパイロットなら、このレベルの同期率に達するには最低でも数週間のシミュレーター訓練が必要よ。それが、たった数日で95%超え? どういうこと……翔ちゃんの魔力が、機体制御用のナノマシンを文字通り『加速』させてるみたい。ルナさん、これって……」

 ルナは瞬きもせずモニターを見つめながら、静かに、しかし確信に満ちた声で答えた。
 
「彼の無属性魔力は、あらゆるエネルギーの触媒となる。機体内部で循環するエネルギーとナノマシンが、彼の魔力を介して有機的に結合し、自己進化を始めている。この機体は、もはや単なる機械ではない。ショウを核として、『生きている』」

 訓練を終えた翔が、汗を拭いながら機体から降りてくると、律子は興奮を抑えきれない様子で駆け寄り、その肩をバンと力強く叩いた。
 
「完璧よ、翔ちゃん! 文句なしの満点合格! これで実戦投入の準備は整ったわ!それを戦場に運ぶための足を見せてあげる!」

 彼女はそう言うと、工房の奥にある巨大なシャッターのリモコンを操作した。
 ゴゴゴ、と重い音を立ててシャッターが上がっていく。

 その先にあったのは、一見すると何の変哲もない大型の輸送コンテナだった。
 しかし、その側面には『 深層地質調査用高感度ソナーユニット』という、もっともらしい偽装ラベルが貼られている。

「どう? これで堂々とダンジョンに持ち込めるでしょ?」
 
 律子は得意げにコンテナの扉を開けた。
 内部はバイオマギアーマーの形状に合わせてウレタンフォームがくり抜かれ、機体を完璧に固定・保護できるようにカスタムされていた。
 
「さらに!」
 
 彼女はコンテナの横に停めてあった、もう一つの相棒を指し示した。
 それは、太いパイプフレームが剥き出しになった、武骨な四輪駆動のオフロードバギーだった。
 強化されたサスペンションに、悪路をものともしない巨大なブロックタイヤを装備している。
 
「このバギーでコンテナを牽引して、ダンジョンの入口近くまで運ぶ。そこでアーマーを展開すれば、誰にも怪しまれずに済むって寸法よ!」

 翔はその周到な準備に感心しながら、コンテナに収まるべき漆黒の機体を見つめた。
 そして、静かに、しかし強い決意を込めて口を開いた。
 
 この新たな、そして絶大な力を試す場所は、もう決めている。

「律子、ルナ……俺、習志野ダンジョンに行く」

 その言葉に、律子の顔から子供のようないたずらっぽい笑みが消え、真剣な研究者の顔つきに戻った。
 ルナも静かに翔を見据える。

「目的は、前に戦ったオーク。あいつらとの再戦だ。あの時、俺は何もできずに、命からがら逃げ出した。あの屈辱を、今の、この強くなった俺自身の手で払拭したい。俺のこの力が、本物なのかどうか……試したいんだ」

 翔の胸には、あの日の記憶が鮮明に焼き付いていた。
 仲間を守れなかった無力感。
 死の恐怖。

 そして、オークの嘲笑うかのような咆哮。
 それらが、彼の内側で復讐の炎となって渦巻いていた。

 手に入れた魔力と、この新たな鎧。
 その二つが合わさった時、自分はどこまで強くなれるのか。

 それを確かめずにはいられなかった。

 翔の瞳に宿る揺るぎない決意を見て、律子の目がカッと輝いた。
 
「望むところよ! そのためのバイオマギアーマーだもの!」
 
 ルナもまた、その唇に微かな、しかし確かな笑みを浮かべて頷いた。

 その夜、三人はコンテナに格納され、静かにその時を待つバイオマギアーマーの前に集まっていた。
 床に広げられた習志野ダンジョンの地図には、律子の手による書き込みやマーカーが無数に引かれている。

「習志野ダンジョンは、入口から第5階層あたりまでは比較的安全だけど、問題はその先。中層エリア、第7階層から第9階層にかけてが、オークの主な巣窟になっているわ。入口から最短ルートで突入、途中の雑魚は無視。翔ちゃんはアーマーで正面から巣を叩く。私とルナさんはスーツを通して支援を行う」

 律子の立てる作戦に、ルナが冷静な分析を加える。
 
「データ上、オークは単体でもCランク相当の脅威。知能は低いが、群れで行動し、連携することもある。翔の副腕から放つ指向性エネルギー兵器が、群れの殲滅には最も有効。あなたの魔力が、文字通り作戦の鍵です」

 翔は二人の言葉に頷き、拳を強く握りしめた。
 
 来るべき実戦。
 それは、この数日間の訓練の成果が試される時。

 そして、過去の自分と決別するための、儀式でもあった。
 
 工房のスポットライトに照らされた漆黒の機体が、まるで主の決意に応えるかのように、青いラインを静かに、力強く明滅させていた。

 緊張と期待が入り混じった濃密な空気が、夜が更けていく工房を満たしていた。
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