【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

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第四十三話 実戦へ④

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「――ならば、この力で道を阻むものを排除してでも、俺は先に進む……!」

 憎悪と焦燥が思考を灼き、翔の意識は赤黒い衝動に染め上げられようとしていた。
 HUDには、眼前の敵対者たちを最短で無力化、あるいは殺害するための無慈悲な攻撃パターンがいくつも明滅している。

 背中の副腕が軋みを上げ、指先の鉤爪がエネルギーを帯びて青白く発光を始めた。
 
 人間と敵対する。
 
 その越えてはならない一線を、妹のためという大義名分のもとに踏み越えようとした、その刹那。

『翔ちゃん、ダメッ!!』

 律子の悲鳴のような絶叫が鼓膜を突き破った。

『ショウ。怒りに身を任せれば、あなたも獣に堕ちる。それが、あなたの望んだ力なの?』

 続けて響いたルナの静謐な声が、まるで冷水のように沸騰した翔の頭脳に注がれる。

 獣。

 その一言が、彼の意識を現実に引き戻した。
 
 そうだ。
 俺は何をしようとしていた?
 オークを蹂躙した、あの冷たい感覚。
 あれは、ただの魔物だから許された行為だ。

 目の前にいるのは、俺と同じ人間だ。

 彼らには彼らの生活があり、守るべき誰かがいる。
 それを、自分の焦りのために、道端の石ころのように蹴散らそうとしていたのか。

「……ッ、ぁ……」

 赤黒い衝動が急速に潮を引き、後には自己嫌悪と、自分がしようとしたことへの底知れない恐怖だけが残った。
 HUDに表示されていた無数の攻撃パターンが、翔の思考の変化を読み取って掻き消える。
 副腕に集まりかけていた魔力光も、霧散した。

「喰らえぇぇ!」

 翔の内心の変化など知る由もなく、軽戦士の双剣が再び機体の側面に叩きつけられる。
 だが、今度の動きは、先程までとは明らかに異なっていた。

(……戦わない。絶対に、攻撃はしない)

 翔は固く決意した。
 彼は思考を防御と回避、ただその一点にのみ集中させる。
 
 機体はもはや、ただの岩ではなかった。
 軽戦士の斬撃を右腕の装甲で受け流すのではなく、手首をわずかに返す最小限の動きで的確に逸らす。
 
 魔術師が放つアイシクルランスを回避するのではなく、背中の副腕を盾のように展開して受け止め、その爆風を上方へと逃がした。

 斥候が放つ風の魔力を帯びた矢は、その軌道を完全に見切り、身じろぎもせずに全て装甲の厚い部分で弾き返す。

 それは、嵐の中で舞う鋼の巨人だった。
 一方的に攻撃を受けながら、その実、一切の有効打を許さない。

 攻撃の意志を全く見せず、ただひたすらに、相手の攻撃を完璧に捌き続ける。

 その異常な光景に、最初に違和感を覚えたのは、パーティーのリーダーである重戦士だった。

「……なんだ、こいつは?」

 彼の名は郷田。
 中層で活動するパーティーの中でも、その実力と冷静な判断力で一目置かれる歴戦の勇士だ。
 彼の目には、黒い巨人の動きが、単なる魔物のそれとは到底思えなかった。

(動きに無駄が一切ない。こちらの攻撃の核を、的確に見抜いている。まるで……熟練の戦士と手合わせをしているようだ。だが、なぜ反撃してこない……?)

 ゴウダが攻めあぐね、膠着状態が生まれようとした、その時だった。

『――待って! 攻撃をやめて!』

 ジジッ、とノイズが走り、パーティーが使っていた無線回線に、突如としてクリアな女性の声が割り込んできた。

『それは魔物じゃないわ! こっちの探索者よ!』

 パーティーのメンバーが、驚いて顔を見合わせる。
 外部からの無線ハッキング。
 並大抵の技術ではない。

 ゴウダは一瞬逡巡したが、目の前の巨人の不可解な動きと、無線の声を信じることにした。
 彼は大盾を構え直すと、腹の底から声を張り上げた。

「攻撃やめ! 全員、距離を取れ!」

 その号令一下、パーティーメンバーは一斉に後方へ飛び退き、再び陣形を組み直す。
 魔法の詠唱も、剣のきらめきも止んだ広間に、張り詰めた沈黙が落ちた。

 翔は、この好機を逃さなかった。
 
(今だ……!)
 
 彼は思考し、機体のシステムに命令する。
 僅かな駆動音が響き、黒い巨人の頭部――無数のセンサーが埋め込まれた、獣のような貌の装甲が、左右に分割されてゆっくりと後方へ展開していく。
 
 圧縮空気が抜け、内部のコクピットが露わになる。
 そして、その中から、汗だくで息を切らした、一人の若い男が顔を覗かせた。

 その光景に、郷田たちは息を呑んだ。
 軽戦士の男が、信じられないものを見るように呟く。

「……に、人間……?」
「あの鎧の中から……?」

 魔物だと思っていたものの中から現れた、あまりにも無防備な人間の姿。
 そのギャップに、彼らは驚愕のあまり言葉を失っていた。

 翔は、まだ荒い息を整えながら、彼らに向かって言った。
 
「……すまない。誤解だ。俺も探索者だ」

 
 ---

 
 誤解は、解けた。
 翔が機体から降り、律子の声がスピーカーから事情を説明することで、ようやく戦闘状態は完全に解除された。
 
 彼らは、中層を拠点に活動する実力派パーティー『鉄の旅団』と名乗った。
 リーダーの郷田は自身の兜を脱ぎ、額の汗を拭いながら、改めてバイオマギアーマーを畏怖と感嘆の入り混じった目で見上げた。

「……とんでもない代物だな、そいつは。俺たちの総攻撃を、傷一つなく凌ぎ切るとは。すまなかったな、事情も知らずに攻撃を仕掛けて」

「いや、こっちこそ……威嚇するような動きをして悪かった」

 翔が頭を下げると、ゴウダは「気にするな」と手を振った。
 
「あの状況、あの見た目だ。誰だって魔物だと思うさ。それより、お前さんこそ、なぜ一人でこんな深層に?」

 郷田の問いに、翔は言葉を濁した。
 
「……探し物があって。少し、急いでいた」

「そうか」
 
 郷田は深く追及せず、代わりにその表情を険しく曇らせた。
 
「……なら、忠告しておく。この先は、気をつけた方がいい。今、この中層全体が、妙なことになっている」

「妙なこと?」

 翔が聞き返すと、郷田は周囲を警戒するように声を潜めた。
 
「ああ。俺たち『鉄の旅団』は、ギルドから公式の依頼を受けて、この一帯を調査している。先日のダンジョン崩壊の影響の確認だ」

「ダンジョン崩壊……」

「そして、その調査の過程で、もっと厄介な事実が判明した」

 郷田は、翔の目を真っ直ぐに見据えて言った。

「下だ。本来なら、もっと下の階層に生息しているはずの強力なモンスターが、続々と上に上がってきている。まるで、下層で何か恐ろしいことが起きて、そこから逃げ出してくるみたいにな」

 その言葉に、翔は背筋が凍るのを感じた。
 妹を救うための「ダンジョンコア」。
 その手掛かりがあるのは、さらに下の最深部。

 もし、郷田の言うことが事実なら、その最深部で今まさに未知の厄介事が進行しているということになる。

 自分の個人的な目的が、ダンジョン全体を揺るがす巨大な異変と、今まさに交差しようとしていた。

「俺たちは、この異変の原因を突き止めるために、さらに調査を続ける。お前さんも、その……『探し物』とやらがあるなら、せいぜい注意することだ」

 郷田はそう言うと仲間たちに合図を送り、翔たちとは別の通路へと歩き去っていく。
 その背中を見送りながら、翔は拳を強く握りしめた。

 モンスターの上昇。
 そして、最深部に眠る妹の手がかり。
 
 物語は、次なる局面へと進もうとしていた。
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