【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

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第四十四話 実戦へ⑤

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 『鉄の旅団』の背中が通路の闇に消えていくのを、翔はただ黙って見送っていた。
 彼らが残していった「下層からのモンスターの上昇」という言葉が、不吉な木霊となって思考の奥底にこびりついている。

 そして、それ以上に重く翔の心にのしかかっていたのは、自らが犯しかけた過ちの記憶だった。
 焦りと怒りに我を忘れ、同じ人間である探索者に牙を剥こうとした、あの瞬間の自分。
 
 もし律子とルナの声がなければ、自分は取り返しのつかない一線を越えていた。

「……二人とも、すまなかった」

 コクピットの中で、翔は誰にともなく呟いた。

『謝る必要なんてないわよ、翔ちゃん。誰だって、焦ることはあるもの』

 インターカムから返ってきた律子の声は、いつになく穏やかだった。

『大切なのは、過ちに気づき、立ち止まれたこと。ショウ、あなたは獣にはならなかった』

 ルナの静かな肯定が、ささくれ立っていた翔の心を優しく撫でる。
 
 そうだ。
 この力は、誰かを傷つけるためにあるのではない。
 妹を救うために、未来を切り拓くためにあるのだ。

(闇雲に突っ込むだけじゃダメだ。この力を、俺自身の意志で完全にコントロールしなくちゃ……)

 翔は決意を新たに、操縦桿を握りしめた。
 
『いい覚悟ね。それじゃあ、その素晴らしい機体の正式なコードネームを教えてあげましょう』

 律子の声が、悪戯っぽく弾んだ。

『コードネームは〝ヴィシュヌ〟。古の神の名よ。世界を維持し、時に悪を滅ぼすための化身(アヴァターラ)となる、偉大な神様。今のあなたにぴったりじゃない?』

 ヴィシュヌ。
 その荘厳な響きを、翔は口の中で転がす。

 破壊の衝動に飲まれかけた自分が、維持の神の名を冠する。
 それは皮肉のようでもあり、同時に、そうあれたらと願う祈りのようにも聞こえた。

『よし。目標は変わらない。第15階層の転移装置だ。だが、ここからの下降はただの移動じゃない。俺が〝ヴィシュヌ〟を使いこなすための実戦訓練にする』

 翔の言葉に、力強い意志が宿る。
 モニターに表示された第12階層へのルートマップを見据え、彼はヴィシュヌの脚部に力を込めた。
 黒い巨神が、新たな決意と共に、ダンジョンの深淵へと再びその歩みを進める。



 第12階層は、巨大なキノコ状の岩石が林立する、比較的開けたエリアだった。
 そして、そうした場所には決まって、知性の低い魔物が群れを成している。

 案の定、広域センサーが数十を超えるゴブリンの群れを探知した。
 以前の自分なら、最短距離で群れの中央に突撃し、力任せに殲滅していただろう。
 だが、今の翔は違った。

(ただ叩き潰すだけじゃ、何も生まれない。もっと……もっと機体と一つに……!)

 翔は思考を巡らせ、HUDに表示された三次元マップと、眼前に広がる地形を重ね合わせる。
 そして、最短ではなく、最も技巧的なルートを選択した。

「GYAGYA!」

 ヴィシュヌの存在に気づいたゴブリンたちが、錆びた剣を振りかざし、一斉に殺到してくる。
 その正面衝突を、翔は機体をわずかに右に傾けることで回避。
 勢いそのままに、通路の壁面を駆け上がった。

 そして、背中から伸びる二対の副腕のうち、一本を槍のように伸ばし、天井近くの岩肌に深々と突き刺す。
 
 ガキン、と硬い感触が伝わった。
 そこを支点に、翔はヴィシュヌの巨体をワイヤーで巻き上げるようにして、振り子のように大きくスイングさせた。

「……!?」

 思わず、生身の声が漏れる。
 眼下に、醜いゴブリンたちの頭上があっという間に広がる。
 重力から解放されたかのような、圧倒的な浮遊感。
 それは、翔が今まで体験したことのない、全く新しい機動だった。

『いいわ、翔ちゃん! その動きよ!』

 律子の興奮した声が飛ぶ。
 翔は思考で応え、副腕のワイヤーをリリース。
 遠心力に乗ったヴィシュヌは、放物線を描いてゴブリンの群れのちょうど真上に到達した。
 天地が逆転した視界の中で、翔は機体の脚部に内蔵されたブースターを短く噴射し、落下速度を制御する。

 そして、ゴブリンたちが呆気に取られて空を見上げる、その頭上から。
 鋼鉄の巨神が、死の鉄槌となって降り注いだ。

 ズゥン、と地響きが洞窟を揺らし、衝撃波が周囲のゴブリンを紙切れのように吹き飛ばす。
 
 翔は着地の衝撃を膝のショックアブソーバーで完璧に殺すと、流れるような動作でマナソードを抜き放ち、生き残りを薙ぎ払った。

 それは、もはや「戦闘」ではなかった。
 
 第13階層に到達し、より強力なオークの集団と対峙した時、その動きはさらなる洗練を見せる。

 翔は副腕を壁や天井に突き刺しては跳び、ワイヤーで急加速と急旋回を繰り返す。
 オークたちが棍棒を振り下ろそうとする頃には、その死角である背後に回り込み、魔力撃を叩き込む。
 
 一体を撃破すると同時に、その体を蹴り飛ばして次のターゲットへの盾とし、自身は天井へと駆け上がって距離を取る。
 
 攻撃、回避、移動。
 
 その全てが途切れることなく連動し、一つの美しい流れを生み出していた。
 HUDが提示する最適解をなぞるのではない。
 翔自身の意志と発想が、ヴィシュヌという完璧な肉体を得て、三次元空間を縦横無尽に舞っている。

 恐怖も怒りもない。
 
 ただ、自らの手足のように機体を操り、その性能を極限まで引き出すことへの純粋な達成感と高揚感がそこにあった。

『すごい……翔ちゃん、まるで踊っているみたいだわ……』

 律子の感嘆の声が、静かになった戦場に響いた。
 翔は、煙を上げるオークたちの亡骸を見下ろし、静かに息を吐く。
 自らの内なる獣を乗りこなし、その力を完全に掌握したという確かな手応えを感じていた。
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