【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

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第四十七話 キメラ戦②

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 完全な静寂が、再び戦場を支配した。
 先程まで死闘を繰り広げていたキメラは、禍々しい輝きを放つ巨大な魔石を一つ残して、灰さえ残さず消滅した。
 後に残されたのは、絶対的な静寂と、勝利者であるはずの満身創痍の巨神だけだった。

「……はぁっ……はぁ……」

 コクピットの中で、翔は操縦桿に額を押し付け、荒い呼吸を繰り返していた。
 アドレナリンの奔流が引き、全身を鉛のような疲労感と、戦いの反動である微かな震えが襲う。
 HUDに映し出されたヴィシュヌの損傷ステータスが、今の彼の状態を無慈悲に突きつけていた。

 左副腕は蛇に噛み砕かれ、火花を散らしながらだらりと垂れ下がっている。
 戦闘能力はほぼゼロだ。
 
 そして、胸部に刻まれた獅子の爪痕。
 コクピットのすぐ横を抉ったその傷は、装甲の最も厚い部分を貫通寸前まで破壊していた。
 もしあと数センチずれていれば、自分は今頃……。
 
 何よりも、翔の心を重くしたのは、モニターの隅で点滅し続ける無機質な数字だった。

【装甲耐久値:78%】

 たった一体。
 キメラ一体との戦闘で、このヴィシュヌは二割以上の耐久値を失った。
 
『翔ちゃん、大丈夫!? 返事をして!』

 律子の焦った声が、思考の海から翔を現実に引き戻す。

「……ああ、なんとか。機体は、ボロボロだが」

『ショウ、あなたのバイタルも乱れている。精神的な消耗が激しい』

 ルナの冷静な指摘に、翔はゆっくりと頷いた。
 そうだ。もう限界だ。
 
 郷田は言っていた。
 下の階層から、強力なモンスターが逃げ出してきている、と。
 
 目の前で倒したこのキメラでさえ、その異変の中心から逃げ出してきた一体に過ぎないのかもしれない。
 
 だとしたら、このさらに奥……異変の中心にいるであろう「何か」は、キメラを遥かに凌ぐ、想像を絶する存在である可能性が高い。

(今の俺と、このヴィシュヌで……勝てる相手じゃない)

 これまでの圧倒的な勝利が生んだ驕りが、氷のように砕け散る。
 
 力は手に入れた。
 だが、それを扱う自分は、まだあまりにも未熟だ。
 
 翔は、苦い敗北感にも似た感情を噛み殺し、決断を下した。

「律子、ルナ。撤退する。一度帰還して、体勢を立て直す」

 その声に、焦りや悔しさはなかった。
 自らの限界を正確に認識し、次を見据える、冷静な探索者のそれだった。

『……ええ、それが賢明な判断だわ。最高の戦闘データと、とんでもないお土産も手に入ったことだしね。帰りましょう、私たちのラボへ』

 律子の声に、安堵の色が滲んでいた。
 翔は最後の力を振り絞り、ヴィシュヌを立ち上がらせる。
 そして、地面に転がる禍々しい紫色の魔石へと、無事な右腕を伸ばした。

 
 ---


 巨大な魔石を慎重に回収し、機体背部のコンテナに格納すると翔は当初の最終目標であった転移装置の探索を再開した。
 キメラという生態系の頂点捕食者が消えた今、第15階層は不気味なほどに静まり返っていた。
 
 地図データを頼りに、傷ついた機体を引きずるようにして進むこと十数分。
 翔は、巨大な地下空洞の最奥で、目的のものを発見した。

「……これは……」

 思わず、声が漏れた。
 そこにあったのは、これまで見てきたような自然が作り出した洞窟ではなかった。
 ゴツゴツとした岩肌が嘘のように途切れ、その先には、巨大な黒曜石を削り出したかのような、滑らかな床と壁で構成されたドーム状の空間が広がっていたのだ。
 
 天井はプラネタリウムのように高く、壁面には、まるで電子回路の基盤を思わせる、無数の幾何学模様が刻み込まれている。
 その模様は、ヴィシュヌのライトを浴びて、淡い青白い光を放っていた。
 それは、ダンジョンの一部として自然発生したとは到底思えない、明確な“意志”によって設計された精緻極まる建造物だった。

『噂には聞いていたけれど、信じられない……。このパターン、データベースのどの古代文明の様式とも一致しない。でも、明らかに人工物よ。ダンジョンは、誰が作ったの……?』

 律子の声が、驚愕と興奮に震えている。
 翔もまた、目の前に広がる光景に圧倒されていた。
 ここは、魔物の巣ではない。
 もっと崇高な、あるいは異質な何かのために作られた神殿か聖域のような場所だ。
 
 その神殿の中心。
 ひときわ大きな円形の石舞台が設えられており、その表面には、壁面と同じ幾何学模様が、より複雑に、そして密集して刻まれている。
 
 あれが転移装置に違いない。

 翔は、ヴィシュヌを慎重に歩ませ、祭壇のような石舞台へと向かった。

 
---


 ゴ、と重い駆動音を立て、ヴィシュヌが石舞台の上に乗る。
 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 ヴィン、と澄んだ共鳴音が響き渡り、翔とヴィシュヌが立つ石舞台の床、その幾何学模様が、一斉に鮮やかな青白い光を放ち始めたのだ。
 
 光は、まるで水が流れるように模様のラインに沿って広がり、やがてドーム全体の壁面へと伝播していく。
 瞬く間に、薄暗かった神殿は、幻想的な光に満たされた光の聖堂へとその姿を変えた。

「これは……」

『魔力に反応しているわ! 翔ちゃん、あなたの魔力に!』

 律子の言う通りだった。
 この古代の遺跡は、翔が持つ、何の色も持たない、純粋な「無属性」の魔力にだけ呼応しているのだ。
 
 翔は、かつてルナと共に、これとよく似た装置から脱出した時の経験を思い出していた。
 あの時、自分は無我夢中で、ただ「帰りたい」と強く念じた。
 その意志が、魔力を介して装置を起動させたのだ。

(やることは、あの時と同じはずだ)

 翔は静かに目を閉じ、意識を集中させる。
 怒りでも、恐怖でも、高揚でもない。
 ただひたすらに、純粋な意志の力。
 
 ヴィシュヌという仮の肉体を介し、自らの魔力を、足元の祭壇へと静かに注ぎ込んでいく。
 
 それは、まるで乾いた大地に水が染み込んでいくような感覚だった。
 古代の装置が、数千年、あるいは数万年もの間、待ち望んでいた主の帰還を喜ぶかのように、翔の魔力を貪欲に吸い上げていく。

 呼応するように、ドーム全体が放つ光は、青白い輝きから、空間そのものを歪ませるほどの、眩い純白の光へと変わっていった。

『すごいエネルギー反応! 空間座標が固定されていく! 翔ちゃん、転移が始まるわよ!』

 律子の声が、ノイズ混じりになる。
 もはや、周囲の景色は見えない。
 翔とヴィシュヌは、ただ純粋な光の奔流の中心にいた。

 
---


 ぐにゃり、と空間が歪む。
 上下左右の感覚が曖昧になり、体が原子レベルまで分解されて、光の粒子と共に再構築されていくかのような、奇妙な浮遊感。
 無数の情報が脳を駆け巡り、時間の流れが意味をなさなくなる。
 
 永遠のようにも、一瞬のようにも感じられたその感覚がふっと途切れた。

 次に目を開けた時、翔は、見慣れた場所に立っていることに気づいた。
 
 そこは、第15階層の壮大な光の神殿ではなかった。
 壁も天井も、見慣れたダンジョンの岩肌で覆われた、半径10メートルほどの小さな円形の部屋。
 だが、床には、あの神殿と同じ幾何学模様が淡く刻まれている。
 
「……戻って、きたのか……?」

『座標、ダンジョン第1階層、北東エリアE-4。……間違いありません。帰還、成功です』

 インターカムから聞こえてきたルナの静かな報告が、翔に現実を教えた。
 無事に帰ってこられたのだ。
 
 どっと、全身から力が抜ける。
 
 安堵と共に、今回の探索で経験した全てが、脳裏に蘇ってきた。
 
 オークの蹂躙と、力への陶酔。
 『鉄の旅団』との邂逅と、自らの未熟さの自覚。
 そして、キメラとの死闘と、ヴィシュヌの損傷。
 
 翔は、傷だらけになったヴィシュヌの姿を見下ろす。
 この機体は、無敵ではなかった。
 そして、自分もまた、万能ではない。
 
 だが、彼は同時に、確信も得ていた。
 
 第15階層に眠っていた、あの壮大な遺跡。
 それは、このダンジョンが、ただ魔物が湧き出すだけの無秩序な迷宮ではないことの、何よりの証拠だ。
 
 遥かな太古、現代の科学技術では到底及ばない、超古代文明が存在した。
 そして、その文明が、何らかの目的を持って、この巨大な異界を創り上げたのだ。
 
 妹を救うための「ダンジョンコア」。
 その手掛かりは、きっと、このダンジョン創成の謎の、さらに奥深くにある。
 
 翔は、新たな決意を胸に傷ついた愛機と共に、地上への帰還ゲートへと、その一歩を踏み出した。
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