【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO

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第四十九話 現れた悪意

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 翔たちが投じた一石は、JGDSA習志野分室という小さな池に留まらず、瞬く間に日本政府という巨大な湖全域へと波紋を広げていった。

 分室の職員たちは、カウンターに置かれた禍々しい紫の魔石を遠巻きに眺めていた。
 また一部の職員はモニターに映し出されたヴィシュヌの戦闘ログを食い入るように見つめ、誰もが言葉を失っていた。
 
 「計測不能エラーだと……? なんだこの魔力量は……」
 
 「この機動……本当に人間が操作しているのか? まるで、獣みたいじゃないか」
 
 「第15階層の魔素濃度が、公式記録の三倍を超えている……! 」
 
 悲鳴に近い声、呻き、そして焦燥。
 自分たちの管理体制がいかに見せかけだけのものだったかを突きつけられ、現場は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
 
 「神話級モンスター出現」「第15階層、生態系崩壊の可能性」という報告は、最優先の緊急案件としてJGDSA本部、さらには関係省庁を通じて政府上層部へと瞬く間に伝達された。

 その混乱の極みにあった分室の空気を、たった一人の女性の登場が、まるで氷水を浴びせかけたかのように静まらせた。

「――特命担当官の氷川です」

 入口に静かに佇んでいたのは、黒のパンツスーツに身を包んだ、怜悧な美貌の女性だった。
 歳は三十代前半だろうか。
 一切の無駄を削ぎ落としたような立ち居振る舞いと、感情の温度を一切感じさせない涼やかな瞳が、彼女がただの職員ではないことを物語っている。
 
 氷川沙織。

 それが彼女の名前だった。
 彼女は騒然とする職員たちには一瞥もくれず、まっすぐに翔たちへと歩み寄る。

「あなた方が、第一発見者ですね。詳細な事情聴取を行います。こちらへ」

 有無を言わせぬその口調に、翔たちは促されるまま、分室の奥にある応接室へと通された。
 
 密室で改めて向き合った氷川は、翔、律子、ルナの三人を順に、まるで査定するかのように鋭い視線で観察した後、単刀直入に切り出した。
 
「報告は全て確認しました。結論から言えば、あなた方の報告は真実だと判断します。この魔石と戦闘データを信じます」
 
 淡々とした口調だったが、その言葉には確信が満ちていた。
 しかし、彼女はそこで言葉を区切り、わずかに表情を険しくする。

「多大な功績であることは認めます。ですが同時に、あなた方の行動は……危険すぎます。試験用のパワードスーツを使用し、単独で中層域まで踏み込む……常軌を逸していると言わざるを得ない」
 
 氷川は、言葉を並べた。
 翔が何かを言いかけるより早く、隣に座っていた律子が、笑みさえ浮かべて口を開いた。
 
「お褒めに与り光栄です、氷川担当官。ですが、その常軌を逸した機体とパイロットでなければ、この事実は明かされなかった。それに被害が出ていたかもしれないですよ? 結果が全てではないと?」
 
「詭弁ですね」
 
 氷川は律子の挑発をぴしゃりと切り捨てる。
 
「ですが、あなたの言うことにも一理ある。だからこそ、提案があります。翔さん、そしてヴィシュヌ。その規格外の力を、今回のダンジョン異変調査のため、JGDSAの管理下で振るっていただきたい」
 
 それが、彼女の真の目的だった。
 この未曾有の危機において、翔とヴィシュヌというイレギュラーな戦力は、何よりも魅力的な切り札に映ったのだ。
 だが、律子はその魂胆を既に見抜いていた。
 
「お断りします」
 
 彼女は、きっぱりと言い放った。
 
「我々は独立したチームであり、誰かの駒になるつもりはありません。国家の危機に、協力は惜しみません。ですが、それはあくまで対等な協力者として、です。あなた方の管理下に置かれるなど、冗談じゃありません」
 
 二人の女性の間で、静かな火花が散る。
 しばらくの沈黙の後、先に折れたのは氷川だった。
 
「……分かりました。では、こうしましょう。キメラから採集されたこの魔石は、既存の技術では解析が困難を極める。あなた方の持つヴィシュヌの観測データと我々の施設を使い、共同で解析を行う。その間、あなた方には拠点としてここの施設利用を特例として許可します。これなら、文句はないでしょう?」
 
 それは、事実上の監視下に置くという宣言に他ならなかった。
 だが、翔の休息、そして何よりさらなるダンジョンの攻略を進めるためには、JGDSAの施設は必要不可欠だった。
 
「……その提案、お受けしましょう」
 
 律子は優雅に頷き、この静かな駆け引きは、一旦の幕を閉じた。

 
 ---

 
 「第15階層で神話級のキメラを単独撃破した新人がいる」
 
 そのニュースは、JGDSAがどれだけ情報統制を敷こうとも、探索者たちのネットワークを瞬く間に駆け巡った。
 噂は尾ひれがつき、いつしか翔は「謎の黒い機体を駆る、彗星の如く現れた天才」として、畏怖と嫉妬の的となっていた。

 大手探索者クラン「ヴァルハラ」の拠点であるトレーニングルームで、一人の青年が苦々しげにその噂を耳にしていた。
 
 間宮浩介。
 
 有力議員の父を持ち、ダンジョン産の強力な火属性のアーティファクトと最新の装備。
 さらに恵まれた才能で若くしてヴァルハラの若きエースに上り詰めた男。

 彼は、自分こそがこの習志野ダンジョンで最も優れた探索者であると自負していた。
 
「キメラァ? 笑わせるな。どうせ雑魚モンスターの見間違いだろう」
 
 サンドバッグにめり込むような重い蹴りを叩き込みながら、間宮は吐き捨てる。
 
「それを、JGDSAのお偉方が手柄欲しさに話を大きくしているに違いねえ」
 
 彼の周りに侍る仲間たちが、へつらうように同意の声を上げた。
 
「ですよね! 間宮さんでも苦戦する中層を、どこの馬の骨とも知れない奴が単独でなんて、ありえませんって!」
 
「きっと、親のコネか何かで手に入れた違法装備でも使ったんですよ」
 
 仲間たちの言葉に、間宮はわずかに口の端を吊り上げた。
 自分のプライドをくすぐる言葉は、いつだって心地良い。
 だが、心の奥で燻る苛立ちは消えなかった。
 自分の知らないところで、自分以上の注目を集めている。
 その事実が、彼の自尊心を不愉快に刺激していた。
 
「……少し、お灸をすえてやるか」

 一方、翔はJGDSAからあてがわれた仮眠室で短い休息を取った後、キメラ戦で負った負傷はないかを調べるため、併設されたメディカルセンターへと一人で向かっていた。
 律子とルナは、ヴィシュヌの機体データと共同解析の準備で手が離せなかったのだ。
 廊下を歩いていると、前方の角から、数人の男たちが現れ、道を塞ぐように立ちはだかった。
 
 中心に立つ男の見下すような視線が翔に突き刺さる。
 
「おい、クズ石拾い、ちょっと面かせや」
 
 以前も翔に絡んできた男、間宮だった。
 彼は、値踏みするように翔の全身を舐め回すと、嘲笑を浮かべた。
 
「なんだ? お前みたいなのが、あのキメラを倒しただぁ? 到底信じられねえな」
 
 翔は、無用なトラブルを避けるため、黙って彼らの横を通り過ぎようとした。
 だが、間宮はそれを許さない。
 一歩踏み出して、再び翔の目の前に立ちはだかる。
 
「おい、無視か? 図星だから何も言えねえのか。どうせ、コネか何かで手に入れたインチキ装備で、データを改竄でもしたんだろ。宝の持ち腐れだ。そんなもんは、俺様が代わりに有効活用してやる。さっさと寄越しやがれ」
 
 あまりに身勝手で、侮辱に満ちた言葉だった。
 それでも翔は、ただ静かに相手を見据えるだけだった。
 
 今は、こんなところで騒ぎを起こす時ではない。
 しかし、翔の沈黙を、間宮は肯定と受け取ったらしい。
 
「なんだその目は。おい、逃げるのか? やましいことがあるからだろう?」
 
 執拗に絡みつく声。
 
 周囲にいた間宮の仲間たちが、下品な笑い声を上げる。
 その不快な音が、静かな廊下に響き渡った。
 翔は、ゆっくりと足を止めた。
 
 これ以上、関わるべきではない。そう頭では分かっている。
 だが、ヴィシュヌと共に戦った誇りを、そして仲間たちの想いを、土足で踏みにじられることだけは我慢ならなかった。
 
 張り詰めた空気が、二人の間に漂う。
 一触即発の予感が、廊下の冷たい空気を震わせていた。
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