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第3章 大公選編
第178話 半ばの夢
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「新、何してんの?」
「あ、あー……ちょっと寝てたかも」
痛々しい右肘の手術痕。
根元が少し黒い茶髪。
筋肉質で大柄な身体。
大学1年生、千葉新は、パソコン作業をしていてウトウトとしていたようだ。
意識が覚醒すると、そこにいたのは彼女の清水遥香。
ここは新の1人暮らしをしているアパートの部屋だが、半同棲状態で彼女も頻繁に出入りしている。
新は経済学部で遥香は理工学部。
学部が違えば学校が違うようなもので、2人が同じ講義を履修することは無い。
そのチャンスが無いわけではないが、そんな理由で大学の単位を取ろうとすることはあり得ないのだ。
「少し根詰めすぎじゃない?」
この時期の大学は既に春休み。
バイト、部活、サークル、遊び、就活、インターン、等々。
大学生が最も自由な時期だ。
だが、新は2月になっても何やら忙しいままだ。
「いや、みんな頑張っているから。俺もね」
球数制限によるアマチュア野球のパラダイムシフト。
それに伴う野球のデータ化。
彼が仲間と共に取り組んでいるのは、それを支援する為の取り組み、そしてビジネスだ。
一時期彼は落ちるところまで落ちた。
大学に入っても特にやることもなく、麻雀とパチンコと飲みに消える金。
自堕落な生活は遥香がいなければ落第して終焉を迎えていたことだろう。
それに比べれば今の彼は生き生きとしている。
まあそれでも彼女に助けられっぱなしであることには変わりないのだが。
「新、きょう何の日か覚えてる?」
この口ぶり、俺は何か大事なことを忘れている。
けどそれが何なのか、どの系統なのかも全くわかんねー。
詰んだ、誰かタスケテ。
「あ、あー……あれだよね」
「どれ?」
「だからえぇっと、あれはあれだよ。ほら、あの、あれ」
「だからどれかな?」
新の顔色が徐々に悪くなるのにつれて、遥香の纏う空気が不穏なものに変化していく。
これ以上はマジでまずい。
でも、とアラタはスマホの画面を見る。
ツーショットで映っているロック画面には、『2月25日月曜日』と表示がある。
通知は無し、これ以上この光る板から取れる情報は無い。
ピロンッ。
「あ」
スマホが震えた。
それを見たアラタの手も震えた。
記念日。
それは遥香の様子を見ていれば何となく想像がつく。
問題はその種類。
何回目のデート記念日みたいな面倒なものではない。
年に1回の、交際する2人にとってまあまあ重要なイベント。
彼のスマホには、イベントカレンダーの通知としてある文字が浮かぶ。
『今日が記念日ね!』
今日は2人が付き合い始めた日だった。
しかも1周年。
多分誕生日の次くらいには大事な日。
勉強で忙しいわけでもなく、部活があるわけでもなく、朝から1日遥香はここにいた。
それを放っておいて自分は仲間とミーティング。
彼女が作ってくれた朝ごはんと昼ご飯を食べて、掃除もしてくれて。
疲れてうたた寝している間もずっと待っていて。
「あ……あの、その、えっと」
「どうしたの? 大丈夫?」
純粋に心配してくれているのか、それとも煽っているのか分からない。
よく見たら一日家にいたというのに遥香はメイクをしていた。
服もいつもと違う。
完全に出かける用のそれ。
でも彼女はどこにも行かなかった。
楽しみだったのだろう、ワクワクしていたのだろう。
だって新なら前々から準備してくれていると思ったから。
一応自分でも考えていたけれど、まさかプランBが発動することになるなんて思ってもいなかったから。
座椅子に座っていた体勢から、新は流れるように正座へとシフトチェンジする。
横に立っている遥香に対して正座している構図だ。
「大変申し上げにくいのですが」
「言ってみ」
口調から優しさが消えた。
「今日が遥香様と交際させていただき始めて1周年の記念日だということを、その……恥ずかしながら…………」
「言え」
「すっかり忘れていて申し訳ありませんでした」
綺麗な土下座。
完全なまでに完成された純度100%謝罪のポーズ。
後は煮るなり焼くなり好きにしていいという服従の証。
「他に謝らなくちゃいけないこと、あるよね?」
床に突っ伏している新の耳元で、遥香がささやくと鳥肌が総立ちになる。
「え、えっとぉ……」
「私の誕生日、忘れてたよね?」
「あ、はひ……」
「何なら自分の誕生日も忘れてたよね? インスタでお祝いされなかったらそのままだったでしょ」
「そ、その通りです」
次々出てくる新の適当エピソード。
酷いのは新が自分の誕生日を遥香に祝ってもらっておきながら、既に過ぎていた彼女の誕生日の事に考えが及ばなかったこと。
「どうする?」
「……今後は、その、全身全霊で挽回に努める所存で——」
「胡散臭い政治家より嘘臭いわ」
「……はぃ」
こうして彼が詰められ、怒られることは別に珍しくない。
服が脱ぎっぱなし、散らかしっぱなし、食べっぱなしは、とにかく現役時代の反動から彼は大層ズボラでダメ人間になっていた。
チワワのようにプルプルと震え、地獄の沙汰を待つ罪人。
閻魔大王の下した判決とは。
「……新、顔をあげて」
「はい……うわぁ!!!」
広さだけが売りの安アパートにクラッカーの音が響いた。
目を白黒させている新の前で、遥香は笑っていた。
「どうせ忘れてるって分かってたわよ。でも癪だからちょっと意地悪しちゃった」
「はぁぁぁあああ。よかったぁぁぁあああ」
どうやら丸く収まりそうだと胸をなでおろし、足を崩す。
しびれた足をほぐし、元の新に戻った。
「ごめんねハル。今からご飯行く?」
「行くけど、新に任せとくと居酒屋になっちゃうから。私が予約しといた」
「さすハル」
「次忘れたら……分かってる?」
……次忘れたら、多分殺される。
「はい」
「よし! じゃあ出発!」
遥香の懐の深さに新が甘えているのがここ最近の動向である。
2人の通う明智大学のメインキャンパスは都内の一等地にある。
従って一人暮らしをする2人もその近くに住んでいる。
遥香は大学の寮、新は提携するアパートに住んでいて、どちらもそれなりに値が張る。
新も遥香も、本来大学までは実家から通う距離だ。
しかし新は高校での出来事から地元とは少し離れた場所を望んだ。
そして遥香も唯一の肉親の祖母が老人ホームに入居することを契機に一人暮らしを開始した。
元々23区在住の二人だが、今や立派なシティーボーイ&ガール。
遥香のチョイスした店も、どうやって探したのと聞きたくなるくらいおしゃれで、料理も美味しいイタリアンだった。
若い男女がデートで腹を満たせば次は、となる。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえ新」
「んー?」
深夜1時、そろそろ寝る時間だ。
「愛してるって重いかな」
「いいんじゃない? 俺は嬉しいよ」
新は遥香の方へ横向きになり、彼女の髪を撫でる。
伸ばしている最中のサラサラの黒髪は、ようやく肩に到達したくらいだ。
これからロングにしたい。
そう語る彼女の理想に到達する日はまだ遠そうに思える。
「まだ大人でもないのに、好きの方が自然じゃない?」
今日の彼女は少し変だ。
新がやらかし過ぎているせいで何が原因なのか分からない。
元々ナーバスだったのか、新の甲斐性の無さ故のものなのか、それとも別の何かが原因なのか。
「俺は遥香のこと、好きで愛してるよ」
「じゃあなんで忘れてたのよ」
ムッとした遥香は新の頬をつねった。
少し赤くなる程度の強さ、新にとってはくすぐったいくらいだ。
「ごめんって。許して」
「…………まあいいけど」
そう言うと遥香は背を向ける。
無防備なうなじから下が露になったまま、布団を被っているだけ。
「私、少し後ろめたかったの」
ぽつぽつと語りだした彼女に、新は黙って聞く。
「新が苦しい時に、私はアタックした。それで元気になった時、私たち付き合ってるよねって、そんなの新がOKしてくれるって決まってるのに。私はズルをした」
新は何に負い目を感じているのか理解できない。
なぜなら自分はそれで救われたと思っていたから。
善意で、好意でしてくれたことに対して、自分も好意で返すことに新は特別な理由を持ち合わせていないのだ。
新は遥香の背中をツウッとなぞる。
「ひぁあ! ちょっと!」
軽い悲鳴を上げた遥香は180度反転して新の方を向いて抗議した。
いきなりそんなことしないでと。
「好きだ」
真っすぐな眼。
テレビで目にしていた坊主頭じゃなくて、チャラチャラした大学生っぽい茶髪だけど。
昔から変わらない、私の憧れた新の眼。
それに私だけが映っていると、やっぱり幸せで、愛されてるなって実感する。
新は野球やってたから明智に推薦で入れたけど、私はそうもいかない。
大学行くなら国公立だと思ってたけど、特待生取れた時は勉強していてよかったと思った。
「忘れてたのに信じられないわ」
「もう許してよ。って言うか許してくれたんじゃないの?」
「ふふっ、怒ってないよ」
絶対怒ってたよ。
「なに?」
「なんでもない」
「そう、それならいい」
ニッコリ笑った彼女に対して、新は何を思ったのか。
もぞもぞと動き出して、遥香に接近する。
「もう一回シよ」
「何回目? お猿さんじゃないんだから」
「いいじゃん。今春休みだよ」
「その春休みに彼女放っておいて、慣れないパソコンとにらめっこしてた悪い人は誰?」
「しつこいな。この口が悪さするのか」
結局日が明けそうになるまで、2人のよくあるパターンだ。
日課になっている筋トレ以外体を動かさない新の体力は有り余っている。
日が昇る頃、多幸感を胸に2人揃って寝る。
と行きたかったが、10時にはホテルを出なければならないのに今から寝ていては起きられない。
寝不足のまま建物を出て、新のアパートに帰る。
そして2人揃って就寝。
まどろみの中で、新は隣で寝ている彼女に想いを馳せる。
これ、絶対普通の大学生の恋愛じゃねえよな。
でもまあいいか。
お互い好きなのに一緒にいられないのは寂しいもんな。
※※※※※※※※※※※※※※※
激痛、走る。
その痛みがアラタに生きていることを自覚させた。
「…………スキル使ってても痛いな」
木の枠組みで作られたベッド。
隣には誰もいない、彼専用の寝台。
「目が覚めたか」
「クリス。俺生きてる?」
「幸運なことにな。待っていろ、今人を呼んでくる」
そう言うと彼女は部屋を出て商会の人間を呼びに行った。
ここは彼の宿泊していた宿ではなく、逃げ込んだ先のキングストン商会の建物。
隣にいたはずの温もりは、暖房のついていない部屋、冬の冷え込みで消えていた。
夢か現実か、境界の曖昧な夢。
「…………夢……いや、現実だといいな」
「あ、あー……ちょっと寝てたかも」
痛々しい右肘の手術痕。
根元が少し黒い茶髪。
筋肉質で大柄な身体。
大学1年生、千葉新は、パソコン作業をしていてウトウトとしていたようだ。
意識が覚醒すると、そこにいたのは彼女の清水遥香。
ここは新の1人暮らしをしているアパートの部屋だが、半同棲状態で彼女も頻繁に出入りしている。
新は経済学部で遥香は理工学部。
学部が違えば学校が違うようなもので、2人が同じ講義を履修することは無い。
そのチャンスが無いわけではないが、そんな理由で大学の単位を取ろうとすることはあり得ないのだ。
「少し根詰めすぎじゃない?」
この時期の大学は既に春休み。
バイト、部活、サークル、遊び、就活、インターン、等々。
大学生が最も自由な時期だ。
だが、新は2月になっても何やら忙しいままだ。
「いや、みんな頑張っているから。俺もね」
球数制限によるアマチュア野球のパラダイムシフト。
それに伴う野球のデータ化。
彼が仲間と共に取り組んでいるのは、それを支援する為の取り組み、そしてビジネスだ。
一時期彼は落ちるところまで落ちた。
大学に入っても特にやることもなく、麻雀とパチンコと飲みに消える金。
自堕落な生活は遥香がいなければ落第して終焉を迎えていたことだろう。
それに比べれば今の彼は生き生きとしている。
まあそれでも彼女に助けられっぱなしであることには変わりないのだが。
「新、きょう何の日か覚えてる?」
この口ぶり、俺は何か大事なことを忘れている。
けどそれが何なのか、どの系統なのかも全くわかんねー。
詰んだ、誰かタスケテ。
「あ、あー……あれだよね」
「どれ?」
「だからえぇっと、あれはあれだよ。ほら、あの、あれ」
「だからどれかな?」
新の顔色が徐々に悪くなるのにつれて、遥香の纏う空気が不穏なものに変化していく。
これ以上はマジでまずい。
でも、とアラタはスマホの画面を見る。
ツーショットで映っているロック画面には、『2月25日月曜日』と表示がある。
通知は無し、これ以上この光る板から取れる情報は無い。
ピロンッ。
「あ」
スマホが震えた。
それを見たアラタの手も震えた。
記念日。
それは遥香の様子を見ていれば何となく想像がつく。
問題はその種類。
何回目のデート記念日みたいな面倒なものではない。
年に1回の、交際する2人にとってまあまあ重要なイベント。
彼のスマホには、イベントカレンダーの通知としてある文字が浮かぶ。
『今日が記念日ね!』
今日は2人が付き合い始めた日だった。
しかも1周年。
多分誕生日の次くらいには大事な日。
勉強で忙しいわけでもなく、部活があるわけでもなく、朝から1日遥香はここにいた。
それを放っておいて自分は仲間とミーティング。
彼女が作ってくれた朝ごはんと昼ご飯を食べて、掃除もしてくれて。
疲れてうたた寝している間もずっと待っていて。
「あ……あの、その、えっと」
「どうしたの? 大丈夫?」
純粋に心配してくれているのか、それとも煽っているのか分からない。
よく見たら一日家にいたというのに遥香はメイクをしていた。
服もいつもと違う。
完全に出かける用のそれ。
でも彼女はどこにも行かなかった。
楽しみだったのだろう、ワクワクしていたのだろう。
だって新なら前々から準備してくれていると思ったから。
一応自分でも考えていたけれど、まさかプランBが発動することになるなんて思ってもいなかったから。
座椅子に座っていた体勢から、新は流れるように正座へとシフトチェンジする。
横に立っている遥香に対して正座している構図だ。
「大変申し上げにくいのですが」
「言ってみ」
口調から優しさが消えた。
「今日が遥香様と交際させていただき始めて1周年の記念日だということを、その……恥ずかしながら…………」
「言え」
「すっかり忘れていて申し訳ありませんでした」
綺麗な土下座。
完全なまでに完成された純度100%謝罪のポーズ。
後は煮るなり焼くなり好きにしていいという服従の証。
「他に謝らなくちゃいけないこと、あるよね?」
床に突っ伏している新の耳元で、遥香がささやくと鳥肌が総立ちになる。
「え、えっとぉ……」
「私の誕生日、忘れてたよね?」
「あ、はひ……」
「何なら自分の誕生日も忘れてたよね? インスタでお祝いされなかったらそのままだったでしょ」
「そ、その通りです」
次々出てくる新の適当エピソード。
酷いのは新が自分の誕生日を遥香に祝ってもらっておきながら、既に過ぎていた彼女の誕生日の事に考えが及ばなかったこと。
「どうする?」
「……今後は、その、全身全霊で挽回に努める所存で——」
「胡散臭い政治家より嘘臭いわ」
「……はぃ」
こうして彼が詰められ、怒られることは別に珍しくない。
服が脱ぎっぱなし、散らかしっぱなし、食べっぱなしは、とにかく現役時代の反動から彼は大層ズボラでダメ人間になっていた。
チワワのようにプルプルと震え、地獄の沙汰を待つ罪人。
閻魔大王の下した判決とは。
「……新、顔をあげて」
「はい……うわぁ!!!」
広さだけが売りの安アパートにクラッカーの音が響いた。
目を白黒させている新の前で、遥香は笑っていた。
「どうせ忘れてるって分かってたわよ。でも癪だからちょっと意地悪しちゃった」
「はぁぁぁあああ。よかったぁぁぁあああ」
どうやら丸く収まりそうだと胸をなでおろし、足を崩す。
しびれた足をほぐし、元の新に戻った。
「ごめんねハル。今からご飯行く?」
「行くけど、新に任せとくと居酒屋になっちゃうから。私が予約しといた」
「さすハル」
「次忘れたら……分かってる?」
……次忘れたら、多分殺される。
「はい」
「よし! じゃあ出発!」
遥香の懐の深さに新が甘えているのがここ最近の動向である。
2人の通う明智大学のメインキャンパスは都内の一等地にある。
従って一人暮らしをする2人もその近くに住んでいる。
遥香は大学の寮、新は提携するアパートに住んでいて、どちらもそれなりに値が張る。
新も遥香も、本来大学までは実家から通う距離だ。
しかし新は高校での出来事から地元とは少し離れた場所を望んだ。
そして遥香も唯一の肉親の祖母が老人ホームに入居することを契機に一人暮らしを開始した。
元々23区在住の二人だが、今や立派なシティーボーイ&ガール。
遥香のチョイスした店も、どうやって探したのと聞きたくなるくらいおしゃれで、料理も美味しいイタリアンだった。
若い男女がデートで腹を満たせば次は、となる。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ねえ新」
「んー?」
深夜1時、そろそろ寝る時間だ。
「愛してるって重いかな」
「いいんじゃない? 俺は嬉しいよ」
新は遥香の方へ横向きになり、彼女の髪を撫でる。
伸ばしている最中のサラサラの黒髪は、ようやく肩に到達したくらいだ。
これからロングにしたい。
そう語る彼女の理想に到達する日はまだ遠そうに思える。
「まだ大人でもないのに、好きの方が自然じゃない?」
今日の彼女は少し変だ。
新がやらかし過ぎているせいで何が原因なのか分からない。
元々ナーバスだったのか、新の甲斐性の無さ故のものなのか、それとも別の何かが原因なのか。
「俺は遥香のこと、好きで愛してるよ」
「じゃあなんで忘れてたのよ」
ムッとした遥香は新の頬をつねった。
少し赤くなる程度の強さ、新にとってはくすぐったいくらいだ。
「ごめんって。許して」
「…………まあいいけど」
そう言うと遥香は背を向ける。
無防備なうなじから下が露になったまま、布団を被っているだけ。
「私、少し後ろめたかったの」
ぽつぽつと語りだした彼女に、新は黙って聞く。
「新が苦しい時に、私はアタックした。それで元気になった時、私たち付き合ってるよねって、そんなの新がOKしてくれるって決まってるのに。私はズルをした」
新は何に負い目を感じているのか理解できない。
なぜなら自分はそれで救われたと思っていたから。
善意で、好意でしてくれたことに対して、自分も好意で返すことに新は特別な理由を持ち合わせていないのだ。
新は遥香の背中をツウッとなぞる。
「ひぁあ! ちょっと!」
軽い悲鳴を上げた遥香は180度反転して新の方を向いて抗議した。
いきなりそんなことしないでと。
「好きだ」
真っすぐな眼。
テレビで目にしていた坊主頭じゃなくて、チャラチャラした大学生っぽい茶髪だけど。
昔から変わらない、私の憧れた新の眼。
それに私だけが映っていると、やっぱり幸せで、愛されてるなって実感する。
新は野球やってたから明智に推薦で入れたけど、私はそうもいかない。
大学行くなら国公立だと思ってたけど、特待生取れた時は勉強していてよかったと思った。
「忘れてたのに信じられないわ」
「もう許してよ。って言うか許してくれたんじゃないの?」
「ふふっ、怒ってないよ」
絶対怒ってたよ。
「なに?」
「なんでもない」
「そう、それならいい」
ニッコリ笑った彼女に対して、新は何を思ったのか。
もぞもぞと動き出して、遥香に接近する。
「もう一回シよ」
「何回目? お猿さんじゃないんだから」
「いいじゃん。今春休みだよ」
「その春休みに彼女放っておいて、慣れないパソコンとにらめっこしてた悪い人は誰?」
「しつこいな。この口が悪さするのか」
結局日が明けそうになるまで、2人のよくあるパターンだ。
日課になっている筋トレ以外体を動かさない新の体力は有り余っている。
日が昇る頃、多幸感を胸に2人揃って寝る。
と行きたかったが、10時にはホテルを出なければならないのに今から寝ていては起きられない。
寝不足のまま建物を出て、新のアパートに帰る。
そして2人揃って就寝。
まどろみの中で、新は隣で寝ている彼女に想いを馳せる。
これ、絶対普通の大学生の恋愛じゃねえよな。
でもまあいいか。
お互い好きなのに一緒にいられないのは寂しいもんな。
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激痛、走る。
その痛みがアラタに生きていることを自覚させた。
「…………スキル使ってても痛いな」
木の枠組みで作られたベッド。
隣には誰もいない、彼専用の寝台。
「目が覚めたか」
「クリス。俺生きてる?」
「幸運なことにな。待っていろ、今人を呼んでくる」
そう言うと彼女は部屋を出て商会の人間を呼びに行った。
ここは彼の宿泊していた宿ではなく、逃げ込んだ先のキングストン商会の建物。
隣にいたはずの温もりは、暖房のついていない部屋、冬の冷え込みで消えていた。
夢か現実か、境界の曖昧な夢。
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