半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第187話 お使いご苦労

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「これ何本?」

「……2,3本だな」

「左目はダメそうか」

「まぁ、この程度で済んでよかった」

 そう言いつつ、クリスは右目を開けた。
 視界の中心を境にはっきり見える世界とぼやけて見える世界が交錯している。
 特に中心付近は最悪で、明瞭に見えるのか不明瞭に見えるのか、彼女自身よくわからない。
 とにかく違和感を覚える、そんな状態。

「【以心伝心】はどう?」

 ——こ……な感……?

 アラタは首を横に振る。
 どうやら左目だけではなく、スキル自体も破損しているらしい。
 そんなことがあるのか、アラタも分からなかったが、今まで使えていたスキルが使えなくなることはあるとのことだった。
 特に一度使えただけで、習得しきれなかったそれは不具合として体に残る場合がある。
 クリスの場合、スキルは完璧に習得していたが、竜玉の副作用でこうなったのだろう。

「アトラに入ったら先生に見せてみよう。あとリリーさんにも。そしたら何かわかるかもしれない、治るかもしれない」

 彼女が命を落とすという最悪の事態は回避することができたが、最良の結果には程遠い結末となった。
 こんなことなら無理やり魔物で強襲する案を押し通してしまえばよかったと後悔する。
 だが、それでは彼女は納得しない。
 それにアラタの心にもしこりを残すこととなる。
 結局のところ、選択肢は最良のものを選択した。
 結果が伴わなかっただけ、それは仕方のないことだ。

「利き目が右でよかった。これならすぐ戦えるようになる」

 クリスは急繕いで仕立てた眼帯をつけると、微笑を浮かべた。
 ものもらいの時につけるようなパッチタイプだが、あり合わせの材料で作ったせいで真っ黒なものになってしまった。
 彼女くらいの年齢なら多少なりともファッション要素を加味したものが好まれるだろうが、黒装束との親和性はこちらの方が高い。

「先生からの迎えを待つ。それまで各自待機」

※※※※※※※※※※※※※※※

 少し色がくすみつつある金髪の男は、アトラの街中を疾走していた。
 目的地はアラン・ドレイクの家。
 となれば、金髪壮年の身元はおのずとわかる。

「ドレイク殿! ドレイク殿はおられるか!」

 どかどかと騒々しく、礼を欠いていることは自覚している。
 だが、そんなもの考えている、気にしている時間が惜しい。
 そんな彼の気持ちが通じたのか、この時間帯寝ていることもある老人は意外と早く玄関を開けた。

「お入りくだされ」

「失礼する」

 靴を脱がない我が家との違いに戸惑いながら、ハルツは玄関を上がる。
 彼の邸宅とは方向性が違うが、なかなかにこだわりがある家であることは一目見ればわかる。
 なるほど、彼も家友イエトモかとハルツはドレイクに対して妙なシンパシーを感じた。
 何か勘違いされている気がする、そんな気配を背後に感じつつドレイクは応接間に彼を通し、その足で茶を淹れるために部屋を出ようとした。

「待ってください。火急の用件にて、今話させてください」

「火急と? 一体……」

 彼の急ぎっぷりからただごとではないと、3月下旬も下旬、この時期のことだから大公選に関することだとドレイクも察している。
 彼は応接間の扉を閉め、結界を張った。
 外部に情報が漏れないようにするために。

「ドレイク殿の元へ向かい、カラスを迎えに街を出よと。それにアラタの黒装束は壊れているとも」

 ハルツの言葉に目を丸くした老人だが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
 お使いに出していた彼らが返ってきたのだ、表情もほころぶ。
 彼は密かにグッとこぶしを握り締めた。
 連絡手段を持たない今、こちらからアトラの外で待っていようかと考えるほどに。
 彼の2度目の大公選は、いよいよ終局を目指して最後の山場に差し掛かったのだ。

「ハルツ殿。一つ頼まれてくれぬか?」

「何なりと」

※※※※※※※※※※※※※※※

「おい、何か出てきたぞ」

 八咫烏第3小隊は現在警戒監視任務に就いている。
 クリスのスキルを強化する際に激レアアイテム、竜玉を使ったから。
 スキルの使用は気づかれないだろうが、あれほどの魔石に封入された魔力を解き放てば気づく人間もいる。
 そんな人間が差し向けた追手や捜索隊がやってくると厄介だ。
 5人小隊の彼らがそんな目的で監視を行っていると、西門から重武装の一団が出てきたのだ。
 まさか、そう思った彼らはすぐさま隊長に報告する。

「少し下がるぞ。ここは引き払う。準備!」

 彼らの報告を受けた隊長アラタの判断は早かった。
 初めからこうすると決めていたのだろう、そこに思考時間は存在しない。
 全員乗馬し、アトラとは反対方向に走り出した。
 今彼らがいるのはアトラの門まで3km地点、彼らはここからさらに10km以上、一度体勢を整えなおす腹積もりだ。

「アーキム、エルモ、リャン、キィ、来い」

 元黒狼の首魁、特務警邏から出向中の新鋭、第1小隊付き隊員兼元ウル帝国工作員とバラエティに富んだ面子をアラタは呼び止めた。

「どうしました?」

「あれは味方の可能性、敵の可能性、両方ある。味方なら時間が惜しい、接近して様子を見る」

 全員、無言で頷いた。
 味方なら時間が惜しい。
 では敵だったら?
 そんなことを彼に聞くだけ無駄だ。
 どうせぶっ潰せとでも言うのだろう。
 アーキム・ラトレイアとリャン・グエルの目が合った。
 アラタを殺害しようとした者と、それを手引きした者。
 共にこうして生きているのが不思議なくらいだが、生きていればこうして巡り合うこともある。
 浅からぬ因縁もあるが、今は同じ任務に従事する仲間。
 同じ上司を持つ下っ端。

 無茶をする上司だな。

 彼らの眼はそう言っていた。

 カサカサと微かな物音が林に生まれる。
 それは風で揺れる木々の音に紛れて、ほとんど聞こえない。
 おまけに黒装束やら【気配遮断】やら使われたらもう彼らを捕捉するのはほとんど不可能だ。

 距離、報告。
 300m、数、たくさん。

 ハンドサインでコミュニケーションを取る即席チームは最低限の集団戦をこなすことができるが、隊長のアラタはクリスの存在の大きさを痛感している最中だった。
 単純に【以心伝心】を失ったことが痛い。
 彼女がいれば一応決めておいただけのハンドサインなど出番すら来ない。
 文字通りハンズフリーで会話できるし、そのセキュリティもばっちりだ。
 ある程度価値観や立ち回りを共有しておけば誰とでも阿吽の呼吸が実現可能。
 便利な女という言葉が頭によぎった彼は、急いでその言葉をどこかに隠した。
 このご時世、そんなことを口にすれば顰蹙ひんしゅくを買うことは必至だから。
 有能な部下を失った、これでいいと彼は心の中でクリスを殉職させてしまう。
 国語のお勉強が必要な彼のすぐ近くまでカナンの中央軍が迫る。
 木や岩、草の陰に隠れている八咫烏は見つかればかなりまずい。
 見えるだけで敵は100人近くいるから。

「我らはクラーク伯爵家の命でここまで出向いた。いるなら返事をしてくれ」

 アラタたちのいる場所から50mほど先、ずいぶんピンポイントで当ててくれたなと彼らは一様に警戒する。
 探知されていると考えるのが普通で、その場合敵は黒装束を出し抜くことに成功している。
 少しの空白の後、アラタはハンドサインを送る。

 リャン、出ろ、行け。
 了解。

 こうして正規軍の前に1人の男が姿を現した。
 ニコチアナの花模様を刻んだ白い仮面は不気味さを引き上げる。

「何者だ、仮面を取り、両手を上げろ」

 リャンに抵抗する気はない。
 言う通りにすることが最適解だから。
 もし彼らが敵だった時のために、一応ワンモーションでナイフを使うことができるように備えている。
 毒が塗られたナイフは自決用にアラタが所持するように命じたものだ。
 彼が死ねといえば自分は死ななければならない。
 理不尽な世界だが、これが彼の居場所だ。

 どうか本物のクラーク家でありますように。

 こうしてリャンは軍に身柄を拘束され、元来た道を戻っていった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「アラタ以下八咫烏、無事任務を終え帰還しました」

「うむ。まあ座りなさい」

 久しぶりの我が家(ではない)に懐かしさを覚え、アラタはソファに腰を落ち着ける。
 彼の他にも帰還した八咫烏の全構成員がこの家にお邪魔している状況だ。
 キィはお腹が空いたと台所を漁り、クリスは大きな風呂を貸し切りにしたいと風呂場に向かった。
 他のメンバーもやりたい放題、いつか雷が落ちると思っている隊長はおとなしめにふるまっている。
 ドレイクの淹れた紅茶を久しぶりに味わうと、帰ってきたという気持ちになる。

「まず、これが遠征の成果です」

 アラタから差し出されたのはくだんの証拠。
 この家に到着した時点ですべての証拠はアラタの手に集約され、こうして師の元へと渡る。
 弟子からそれを受け取った賢者はパラパラとそれに目を通す。
 一番上に要約を載せておいたし、彼が内容を把握するのに1分とかからなかった。
 ドレイクは満足げにそれを整え、テーブルの上に置いた。

「よくやった」

 どうやらお眼鏡にかなったようだ。
 たった一言、よくやった、それだけ。
 でも、その一言でアラタは報われた気持ちになる。
 別にドレイクのために証拠集めに命を懸けたわけではない。
 ただ、彼が仕事の成果を認めたという事実は証拠に力があることを裏付けているのだ。

「どうも」

 短く返し、紅茶を口にする。
 雑味とは違う、でも少し苦み? に近い風味が彼の味覚を楽しませる。

「迎えに出てやれずにすまんかったの」

 彼にしては珍しく、謝罪を口にした。
 アラン・ドレイクが傲慢な人間であることは議論の余地もないほど確かだが、それとは別に、彼の隙の無さが謝罪機会を奪っている。

 どういう心境の変化だ?

 そう不思議に思ったが、そこまで知りたいわけではない。
 横道に逸れることを避けて、アラタは知りたいことだけを聞く。

「先生は出れなくて、クラーク家麾下の軍隊が外に出れる理由は何ですか?」

「レイフォード派閥系の部隊がアトラを出ておぬしらを探していたのじゃよ。じゃから文句は言われんかった」

 意外と敵を追い詰めているのかもしれない、アラタはそう思った。
 確かに八咫烏を捜索している敵らしき集団と何度か出くわしそうになったことがあったが、いずれも回避してこれた。
 ウル帝国の軍よりもカナンの軍は適当で雑だ。
 八咫烏にとって彼らの追跡を交わすことは簡単な仕事だった。

「敵も余裕がないですね」

「それはこちらもじゃよ」

「…………何かありましたか」

 ドレイクは紅茶を口にしてのどを潤し、それからクッキーを一齧り。
 パサパサの口を潤すためにまた紅茶を口にする。

「ノエル様が倒れた」
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