半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第238話 怒られ役

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 引っ越しはすぐに終わった。
 空っぽの家に住むわけではなく、元から家財道具がある状態の家に戻る形なのだから、手間もそれだけかからない。
 アラタ、クリスの荷物は少なく、クリス、リーゼの荷物は人海戦術で運び込んだ。
 2人が出ていくとき、ハルツはどこか寂しそうな顔をしていたが、実際にはそうでもないだろう。
 彼女たちが我が家で引き起こした惨事のせいで、彼はこだわりの部屋を一つ失っている。
 暴走したノエルが部屋を滅茶苦茶にし、シャーロットがとどめを刺した。
 部屋は直せばいいじゃないかと周りは言うが、その金は彼の懐から出さなければならないという理不尽さ。
 ハルツは、清々しい気持ちで2人を送り出した。

 町の中心部にほど近いエリアで、長い期間空き家同然となっていた屋敷は、今日から仕事を再開する。
 住むのは5人の男女。
 これだけ聞くと何かの番組に思えなくもない。
 ただ、実際にそんなキャッキャウフフが待っているはずもなく、アラタの受難は再開した。

「おい、お前、この前言ったよな? 家のことちゃんとするって」

「あの、出来れば名前で呼んでもらえると……」

「何でお前の歩いたところには落とし物が散らばってるんだ。これもうヘンゼルとグレーテルじゃん」

「何それ?」

「……まあいいや。廊下はお前の部屋じゃないからな」

「うん、分かった」

「それから——」

「反省してる! 私行くとこあるからまたあとでね!」

「おい! …………まあいいか」

 あの言葉は何だったのか、問いただしたくもなる。
 剣聖の力を制御下に置いたとしても、呪いは継続して発動する。
 そんなこと百も承知のアラタ、クリス、シルだったが、ノエルが彼らの創造の範疇に収まるはずもなく、状況はさらに深刻だった。
 服を畳めと指示をしたらなぜか出来上がるクロワッサンみたいな形をした布地の数々、食器を洗うのは無理なので、水に浸けておくように指示をすると出しっぱなしにされている水、一向に片付かない部屋の荷物、などなど。
 アラタがそのことを話題にすると、ノエルはすぐに逃走を図る。
 仕方のないことだとアラタが譲歩している分、状況は変わらない。
 ノエルのやる気のなさも問題だが、呪いの力は本当に存在しているという事実が追求しにくさに拍車をかけている。
 そして、ノエルとは別の方向性で団体行動が出来ない人間がここにも。

「今日も用事?」

 アラタが聞くと、リーゼは少しおどけた様子で答える。

「です。ごめんなさい、本当はすぐに冒険者を再開したいですよね」

「いや、それはいつでもいい。それより——」

「もう行かなきゃ。またあとで!」

 そう言って、リーゼはいつも朝早くからどこかへと行ってしまう。
 引っ越しが終わり、これから動こうという時に、遅々として進まない新しいパーティーとしての活動。
 まあそれは置いておくとしても、何かが引っかかる。

「クリス」

「何だ」

「尾行しよう」

「……気乗りしないな」

 まだ完全に打ち解けるには、時間ときっかけが必要みたいだ。

「まずはどんな人なのか知るところから始めようぜ」

「それはまぁ、そうだな」

※※※※※※※※※※※※※※※

 新品の黒装束は、彼らの存在を完璧に掻き消してくれる。
 大公選終了後、ドレイク経由でメイソンの元に仕事が舞い込んだ。
 ボロボロになった2着の黒装束の代わりを用意しろというものだ。
 修理もしくは新品の納入、その仕事に対して彼は新しい黒装束を作ることを選んだ。
 機能的に特に変わる点はなく、それなりの時間をかけて装備は彼らの元に届いた。
 時間をかけたと言っても、元々素材がある状況からの作成にはそこまで時間を必要としなかった。
 依頼が入ったのがノエルたちと和解する数日前。
 完成して彼らの元に届いたのが引っ越しした翌日。
 服を2セット作る日数としては早いかもしれないが、彼はこれを八咫烏全員分作った経験がある。
 技術的に余人には見せられない性質上、作業人数を拡充するわけにもいかず、メイソンは酷使された。
 それでもまあ、大公選期間中における装備提供などの功績で実家との関係も良好になったというのだから、悪いことばかりでもないだろう。
 最近彼はドレイクの家にある工房と、実家に造った工房を行ったり来たりしている。
 本当はひとところにまとめた方がいいのだが、彼も実家に居場所が出来たのがうれしいのだろう。
 彼の仕事は、多くの人の役に立っている。
 そして、その恩恵を受けながら、アラタとクリスはリーゼを尾行していた。

「ここは?」

 リーゼが入っていった建物を前に、クリスに聞く。

「商工会議所だな、多分」

「何の用かな」

「入ればわかるだろう」

 クリスの気配がもう一段階薄くなる。
 どうやら忍び込んでみようということらしい。
 厳戒態勢ならともかく、黒装束の侵入を許さない程強力な警備状況ではないらしい。
 木造の、2階建て建築物。
 他に特徴らしい特徴といえば、会議所のシンボルマークくらいだろうか。
 これもどこにでもありそうなデザインで、特筆すべきことは何もない。

「以降ハンドサイン」

 ——了解。

 アラタの指示で、サイレントモードに移行する。
 リーゼが入った正面玄関は、受付と警備室を兼ねた部署が入退館を把握できるようになっている。
 彼女はアポイントメントを持っていたようで、窓口に座っていた初老の男性と一言二言言葉を交わし、すぐに通過した。
 ついで挑むのは黒装束。
 彼らが正規手続きをするわけがなく、無音でその場を通過していく。
 扉を音もなく開き、染みこむように侵入する。
 彼らの行動は、魔道具の力によって存在感を薄められていて、ドアの開閉一つとってもその対象となる。
 つまり、守衛が彼らに気づくことは無かった。
 大公選中、神出鬼没を極めた特殊配達課の流れを汲み、選挙を決定づけた八咫烏の力。
 平時にこの力はチートも同然の能力だ。

 各部屋の中身を知らないアラタ達だが、1階の奥へと進むリーゼを見て、何となく大きな会議室があるのだろうなという推測は立つ。
 こういう物は建物の奥の方だと相場が決まっているのだ。

 ——入らない。外から聞く。

 ——妨害装置の有無。

 ——無い。声が聞こえる。

 手信号で情報をやり取りした2人は、入室するリスクを避けて部屋の外で聞き耳を立てる作戦を採用した。
 ギルド2階の1室にあるような盗聴対策のなされている部屋には到底思えなかったのがその理由だ。
 リーゼが入室し、扉が閉まると、2人はドア沿いの壁に張り付いた。
 耳を澄まし、間隔を研ぎ澄ませて会話の内容に神経を集中する。
 よほど小さな声でやり取りしていない限り、これで聞こえるはずだから。

「「…………………………」」

 クリスの耳が、壁から離れた。
 次いでアラタの耳も、壁と別れた。

 ——声、問題ない。

 ——了解。

「どう思う?」

「怒られ役…………って感じかな」

 周囲に人がいないか気を配りつつも、彼らの声はそれなりに大きい。
 黒装束まで使って隠密行動をしているのに、彼らがそんな行動をとる理由。
 答えは明白だった。

「監督責任は貴様にあるのだぞ! リーゼ・クラーク!」

「大公選初期に後手に回ったのは貴様の責任だ!」

「もし殿下が負けていたらどう責任を取るつもりだった!?」

「何とか言ったらどうだ? 黙っていてはこちらも分からない」

 反吐が出るな、とクリスは思った。
 エリはこんな連中に敗北したのかと。
 自分たちはそれを助長したのだと、そう考えると言い現わしようのない無力感が押し寄せてくる。
 結局自分たちはこんな人間を勝たせたのだと。

「行くところが出来た。クリスも来い」

 仮面を着けていても伝わってくる、アラタの殺気。
 それでは隠密行動の意味がないと、クリスは彼の頭を小突いた。

「……悪い。助かった」

「行こう」

 2人はまた、音もなく建物を後にした。
 リーゼはまだあの魂が腐り落ちそうな空間に残っている。
 それでも、彼女をあそこから助け出すよりも先に、アラタには行っておきたい場所が出来た。
 大公選が終わってから何度か訪れている、カナン最大級の邸宅。
 クレスト家の本邸だ。
 今度は黒装束を使わず、正攻法で取り次ぎを依頼する。

「アラン・ドレイクの使いで参りました。大公殿下にお目通り願いたい」

 師匠の名を騙り大公に会おうとすることは普通にアウトである。
 でも、そこら辺に気を遣うアラタではない。
 そんなことどうでもいいから、とりあえず大公に会う。
 彼らしい、結果を重要視する行動だ。

「ドレイク殿からの言伝というのは?」

「そんなものありませんよ」

「アラタ君、僕だって暇じゃないんだよ?」

「リーゼを謝罪行脚させているのは大公殿下ですか」

 シャノン・クレスト公爵兼、シャノン・クレスト大公。
 この国の最高権力者に対して一切の遠慮がない彼の態度は、自身の命の価値が大暴落した彼の価値観の表れなのかもしれない。
 不敬でしょっ引かれたとしても、もうどうでもいい、そんな感じが見え隠れしている。

「僕じゃあないけどなぁ」

 直球な質問に、就任したばかりの大公はお茶を濁す。
 僕じゃないけど、だれが指示したのかは知っている、そんな感じ。
 仮面を取ったアラタの眼は、異常なまでに鋭い。
 クリスも同様で、納得する答えが聞けるまで引き下がる気はないと、目で訴えかけている。
 2人共武器の類は預けていても、拘束されているわけではない。
 魔術もスキルも使えて、五体満足に動くことが出来る。
 大公の傍に控えている警備兵を突破できるかやってみなければ分からない。
 しかし、彼らが負けるとは考え難いところが、少し不気味だ。
 やがて、大公は折れる。

「彼女自身が贖罪の機会を模索していて、彼女の父親がそれを命じた」

「面会ありがとうございました。失礼します」

「失礼する」

「そう言って本当に失礼な人を、僕は初めて見た気がするよ」

 忙しいこの時期にわざわざ時間を割いたシャノンは、精一杯の皮肉を言ってみたが、その声が彼らに聞こえていたかは定かではない。

 昼時となった市街地で、2人はショートパスタを食べていた。
 アラタはペンネ、クリスはフリッジを使った料理を食べつつ、今後の予定を練る。

「今日行くか?」

「クリス的にはどう思う?」

「私は今日行って奴の父親を説教してやりたい」

「じゃあ却下だな」

「なんでだ」

「大公はリーゼが言い出したって言ってた。そのあたりの考えもある程度知っておかないと、空回りする気がする」

「それ、いま言うか?」

 既に空回っているだろう、という趣旨の言葉を無視して、アラタはパスタを口に運ぶ。
 その様子をクリスは注意深く観察する。

「……少し食べる?」

「貰おう」

 それなりに長い付き合いになってきて、お互いの考えていることがなんとなくわかるようになってきたらしい。
 それはそれとして、アラタはリーゼに話を聞くことにしたのだった。
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