半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第297話 大公の思惑

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 【暗号貫通】のスキルは、この文書に怪しい点は無いと言っている。
 ただし、そんなわけがないと彼の心は叫んでいた。
 そこには、おおよそ考えられない内容が記されていたから。

「ウソだろ………………」

 ——ウル帝国にノエル、リーゼ両名も同行させること。そして2人の護衛も兼任すること。

「アラタ! 準備できた!」

 満面の笑みでリュックサックを背負っているノエルを見て、頭の奥がズキズキと痛む。
 悩みのためが芽吹いて、育って、花開いたのかもしれない。
 ノエルに続いてリーゼも準備万端らしく、アラタの指示を待っている。
 アラタはもう諦めることにした。

「シル、留守を頼んだ。困ったらハルツさんを頼るんだよ」

「ノエルとリーゼをよろしくね。頑張って」

「シル~」

 心なしかツヤツヤしているところから推察されるのは、厄介な家事から解放されるという嬉しさ。
 そして逆にお守りが厳しい任務にブッキングしてきたアラタは、恨めしそうな顔をして娘を見つめている。

「こんなんやってられるかー!」

※※※※※※※※※※※※※※※

「とか言っているんだろうなぁ」

「アラタ君が可哀そうですよ」

 ニコニコしながら高い天井を見上げている大公シャノン・クレストの隣から、不謹慎だと妻のアリシアが咎める。
 仕事を押し付けられる方の身にもなってあげた方が良いと彼女は言っている。

「これは私の読みだがね」

 シャノンは足を組み替えた。
 大きめの間取りの執務室には書類が山のように積み上げられている。
 今は数少ないティーブレイクの時間なのだ。

「今回、危険なことにはならないと思う。もしかしたらアラタ君が刀を抜くことすら無いかもしれない」

「だから許可したのですか?」

「そうだよ。流石に人質としての価値を考えればノエルとリーゼ君を外に出すのはまずいからね」

 アリシア・クレストも聡明な女性だが、夫は別のベクトルで底が見えない。
 切れ者であることは確かだ。
 そうでなければ婿入りで公爵家に来ることなんて許されない。
 為政者としての資質で言えば、かつて政敵だったエリザベス・フォン・レイフォードと比肩するほどの能力の持ち主。
 正攻法も、裏工作も、謀略も、盤外戦術も、何でもこなせる。
 そんな彼が大丈夫と言い切って送り出したのだ、アリシアも我が子の無事を祈りたい。

「あなた、アラタ君に厳し過ぎよ」

「そうかな。だいぶ優しくしているつもりだが?」

「親バカなんですからもう」

「……さ、仕事に戻る時間だ」

 そうしてシャノンは、この国で最も重い責任を持つ仕事に戻っていった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「ねえねえアラタ」

「下噛むから黙ってろ」

「そんなに速く走ってないから大丈夫だよ」

「あのさあ」

 大公からの書状を胸にしまっているアラタは、長い長い溜息の後に、

「俺とクリスだけならもっと速く走れるんだよ」

 そう後ろに座っているノエルに投げかけた。
 元々2人分の馬しか用意していなかったというのに、同行する人数が倍になった。
 原付で行こうとしていたのに、徒歩が2人増えたから歩く速度に合わせていくことは出来ない。
 多少無理があろうとも、原付2人乗りという悪行をするほかない。

「まあまあ、次の街で馬を借りますから」

「おめーもなんだその大荷物は。ただでさえ重いんだからクリスに迷惑掛かるだろ」

「なっ失礼な! 大丈夫ですよね?」

 クリスは答えない。
 沈黙が回答である。

「ちょっと! なんとか言ってくださいよ!」

「揺らすな。馬が疲れる」

 八咫烏出身組は予定外の事態に少し機嫌が悪く、貴族2人組は真逆である。
 普段なかなか国外に出ることが叶わない2人は、ウキウキで乗馬している。
 特にノエルはその傾向が顕著で、まだ見ぬ帝国にワクワクが止まらない。

「ウル帝国ってどんなところなんだ?」

「デカくて物価が高くて危ないところだ」

「へー、他には?」

「お前より強い剣聖がいる」

「それからそれから?」

「そういや……」

 アラタの脳裏に、向こうで何かと世話になった赤髪の男が思い浮かんだ。
 名をディラン・ウォーカーと言い、彼がいなかったらアラタ率いる八咫烏は帝都グランヴァインに入れもしなかった。

「いや、何でもない」

 しかしアラタは彼の存在を引っ込めた。
 彼の勘と、経験が言っている。
 あれは関わってはいけない類の人間だと。
 口にするだけで、きっと彼はこちらに近づいてくる。
 言霊ということもあるし、とアラタは黙って愛馬を走らせるのだった。

 前回、八咫烏の第1小隊がウル帝国の首都グランヴァインに到着するまでにかかった日数は4日。
 スタートダッシュに失敗したこともあって、今回の旅路では5日か6日かかるというのがアラタの計算だった。
 相乗りで移動したことも影響して、初日はさほど距離を稼げないまま終了する。
 このままでは翌日に東部のサタロニア地方にまで到達できないかもしれない。
 そう考えるとせっかく取れた宿も、そわそわしてしまって休む気になれなかった。
 取った部屋は1部屋。
 男女のドキドキイベントが発生するわけもなく、アラタは外を夜通し警備、リーゼが中で寝ずに警備する。
 クリスと二人なら結界装置を使用して野宿していたと考えれば、寝ることが許されないのはマイナス、屋根のある場所で休めるのはプラスだった。
 アラタは部屋の前の廊下に座ったまま、今後の予定を考える。
 大公はそこまで心配していなかったが、現地ではどのような状況に変化しているのかアラタは知らない。
 常に最悪を想定し対処しろ、特殊配達課の教えの一つだ。

 第1皇子は失脚したとして、じゃあ敵は誰になるのか。
 コラリスの爺さんに何かあれば、確かに八咫烏の活動自体が危うくなってくる。
 じゃあ爺さんと敵対する所は?
 心当たりが多すぎて絞り切れない。
 結局現地に行く以外に方法はなさそうか。

必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。——オッカム

 元はスコラ哲学にあったとかなんとか、派生して様々な表現が生まれたこの言葉は、今のアラタに必要な言葉だろう。
 考え始めればきりがなく、何より多くを仮定しなければならない論理とは脆く、崩れやすい。
 論理は出来るだけシンプルに、常識だ。
 オッカムの剃刀を彼が知っているはずはないが、同じ結論に誰だって辿り着く。
 彼の場合、考えるのが面倒になったというのが大きいだろう。

 アラタは立ち上がると、刀を腰に差して、代わりにナイフを手繰り寄せる。
 元は腰の後ろ側に装備していたが、それをずらして取り出しやすいようにしている。
 屋内、接近戦、不意打ち、これだけ仮定すれば刀よりナイフの方が対応しやすいことはサルでもわかる。
 時間が過ぎるにつれて、この世界に深く関わるにつれて、アラタも考えなしというわけにはいかなくなる。

『余計な事を考えるな。なるようになるさ』

 そう楽観的に物事を考えていた彼の人生は、一つたりともなるようにならなかった。
 それはもう残酷なほどに、全てが裏目に出て、そんなに悪いことをしたのかと天に叫ぶほどに、うまくいかなかった。
 だから今度こそうまくやろうと、考えを巡らせたはずだった。
 ノエルやリーゼを危険から遠ざけて、問題は出来る限り早く短く解決する。
 それを相手が望んでいなくても、彼女たちが一緒に肩を並べて戦うことを望んでいたとしても、アラタはそうしようとしない。

 流血の果てにあるものなんて、絶望以外に無いと知っているから。
 自分と同じ道を歩んでほしくない、彼女たちには綺麗な人生を歩んでほしい、それが彼の願い。
 だから、こうなってしまった今、彼のやることはおのずと決まっている。

 ——ノエルとリーゼを必ず生きて両親のもとに帰らせる。

 家族と離れ離れになってしまった彼だからこそ、譲れないものがそこにはあった。
 失ってからでは遅いから。
 そして、朝を迎えた。

※※※※※※※※※※※※※※※

 朝6時。
 一行の朝は早い。
 アラタがドアをノックし、それにリーゼが答える。
 準備しろ、という合図だ。

「ご苦労様」

「全然大丈夫ですよ。それよりも……」

 リーゼはこの後の未来が予測できていたが、一応ノエルをゆする。

「ノエル、起きてください。朝ですよ」

「うぅ~ん、分かったから、もう起きたから」

「起きてないですよ。早くしないと置いていきますよ」

「うぅ~ん」

 ガチャリと扉の開く音が鳴った。
 寝ずの番をしていたとは言え、リーゼも顔を洗ったり支度は必要だ。
 いつまでもノエルに構っている余裕は無い。

「おい、起きろ」

「リ~ゼ~、抱っこぉ~」

「寝汚ねー奴だな。早く起きろブタ」

「ひどいよぉ~。アラタがいじめるんだぁ~。……アラタ? アラタ!?」

 ノエルは跳ね起きると目をこすりながら前を向く。
 そこにはまごうことなきアラタ・チバが立っていた。
 彼は既に支度を終えていて、3人を待っている。

「早くしろ。じゃなきゃ郵便でアトラに送り返す。着払いでな」

「うわわわわ! なんで部屋にいるんだ!」

「あたりめーだろ。さっさと準備しろ」

 そう言ってアラタは自分の荷物とクリスの荷物を持って外へ出て行った。
 厩に繋いでいる馬4頭の準備と荷物の積み込みをする必要があるからだ。
 運の良いことに、今日から1人1頭の移動手段。
 その分事前準備には時間がかかる。

「リーゼ! アラタはデリカシーが無い!」

「ノエルの女子力の方が深刻な気がするのですが……」

「もう! 寝ているところに忍び寄るなんてどうかしている!」

「あのですね……やっぱりいいです」

 何はともあれ、すっかり目が覚めたので良しとしよう。
 リーゼはノエルのダメっぷりを棚に上げて、ブラシで髪をかし始めたのだった。
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