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第5章 第十五次帝国戦役編
第327話 太く短く
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レイクタウンで物資の受け取りを確認した第206中隊は、その日のうちにミラ丘陵地帯へと帰還を開始した。
中隊のうち半分くらいの人間が荷物を運び、持ちきれない分は民間業者に委託して一番砦に運び込む。
戦場の中でここから最も近く、敵から最も遠い砦までなら一般協力者も特に文句を言うことなく働いてくれる。
アラタに物資の横流しを要求して諭され、お目こぼしを受けたラパンとはここでお別れだ。
「ご武運を」
「ありがとうございます」
そう言いながら、アラタは彼の耳元で、
「心を入れ替えないようなら、俺が殺します」
冷たい声でそう伝えた。
その場で処断しないだけ彼は優しいが、それが慈悲の感情ではないことをラパンは理解した。
他の市民や兵が見ている手前、出来る限り荒事は避けたいという感情が働いただけで、アラタはラパンを許してなどいない。
二度は無いと、明確に警告している。
「深く心に刻み込みます」
「それじゃあ、この町をお願いしますね」
そう言うとアラタは馬に乗っていってしまった。
正義感が強く間違っていることを公然と指摘するのがハルツだが、アラタはそれ以上にやりにくい相手だった。
ハルツはきちんと規則やルールに則って相手に接するモラリストだが、アラタはそんなの関係ない。
ケースバイケースで犯罪行為を見逃しもする代わりに不穏分子という理由で未犯の人間を斬り捨てたりする。
ラパンは宣言した通り、心に刻み込んだ。
アラタには逆らってはいけないと。
「やっぱり隊長は最高やわぁ」
「…………ハリスどうした?」
何やら馬上で恍惚とした表情を見せている彼に対して、ウォーレンが話しかけた。
少し気持ち悪いし、理由にもさして興味もないが、ずっとこのままでいられる方が嫌だ。
ウォーレンの声を受けて、ハリスは少し表情が収まるのを待ってから涼しげに言う。
「別に?」
それだけ言うと、ハリスは馬の速度を上げて前の方に行ってしまった。
ハリスは重度のアラタ信者、特に混乱渦巻く大公選中の裏社会を渡り歩いた彼に深く心酔していた。
任務だからと想い人エリザベス・フォン・レイフォードを裏切り、特殊配達課、通称ティンダロスの猟犬壊滅に大きな役割を果たし、黒装束を組織して暗躍し、最後は八咫烏を率いて大公選を大いにかき乱した。
ところどころ事実と異なる認識がなされていることは指摘するべきだが、概ね合っているしアラタも過去を語ろうとはしない。
その結果、血も涙もない冷酷無比で剣術、魔術、結界術に秀でた万能手アラタという超人が生まれてしまった。
一体どこにそんな人間がいるのか、一度ぜひ聞いてみたいところだ。
戦場へと戻る道中、アラタは独りだった。
特に誰かと話す用事も無いし、部下も彼に話しかけない。
こんな時、アラタは決まってあることを考えていた。
——魂とはなんなのか。
スピリチュアルな悩みに聞こえるかもしれないが、彼はこれでも大真面目。
アラタが秋葉原で通り魔に襲われ、重体になった時、彼の魂は2つに分かれた。
それをどう証明すると聞かれると、彼は答えに困ってしまう。
ただ、その後異世界に飛ばされて、そこには魔物や魔術、クラス、スキルというものがあって、そんな不思議体験の真っ最中にいる彼からすれば、魂という概念、存在を信じないわけにはいかない。
9月、まだまだ暑い日の続く午前中。
特に警戒の必要ない道中では小隊の各員も黒鎧を脱いでいる。
それはアラタも同様だ。
上は肌着だけで、露出した肌が焼けている。
話は戻り、彼は自分の内面に目を向けた。
魂というものが確かに体に宿っていると仮定して、自分の中にある魂が正常な働きをしているのか、そこが重要である。
何か不備が無いか、故障していないか、不完全なものでは無いのか、そう言った不安が常に付きまとっている。
何せ彼の魂は2つに分かれ、片方は元の世界に、もう片方はこの異世界にて転生したと説明を受けているから。
普通、彼のようにこう考えるだろう。
——自分の魂は普通の人の半分しかないのではないか。
当然の帰結だ。
コピーを異世界に送ったとかではなく、半分、半身を転生させたのだから。
そうなると、じゃあ自分の魂は少ないのではないか、欠損しているのではないかと心配になる。
特にアラタは最近その傾向が強い。
なぜって?
「…………ん、んぅ」
ゴシゴシと目をこすり、遠くを見つめる。
その像は少し不鮮明で、日常生活はおろか戦闘にも影響はないとはいえ少し違和感が残る。
元々彼の視力は1.5ある、かなり目はいい方だ。
ただ、最近そのガラス球に曇りが見えてきた。
まるですりガラスを介して景色を見ているようなときが、たまに訪れる。
毎回ではないし、程度もそこまでひどくないのでアラタは放置しているが、確実に彼の身体に異変が起きている。
元々の状態に比べてどうだというのが、彼の不安材料だ。
悶々とした時間は、案外早く過ぎていく。
昼食を取らずに移動を続けた206中隊は、午後の3時過ぎに一番砦に到着した。
そこで運搬してきた物資をすべて受け渡し、第1師団の管理下に入る。
あとは再度八番砦に搬入する分だけ受け持ち、砦に帰るという寸法だ。
すっかり昼食時を逃した中隊諸君は、我先にと食料に飛びついた。
干し肉や硬い保存用のパン、それだけの食事でも兵士にはありがたいものだ。
1日2食しか食べられない家の人間でも、軍に入ればよほどのことが無い限り1日3食は食べられる。
それだけ軍の兵站機能は優秀だった。
やがて食事も終わり、物資の確認も完了する。
アラタがラパンを止めたおかげで、特に欠けている様子もない。
これにて任務終了、砦に帰還する。
「中隊出るぞ!」
ハルツの号令と共に一同は前線の八番砦へと移動を開始した。
その道中でも、やはりアラタはあの事を考える。
体に起こった異変は、何も視力だけではない。
大して強く鼻をほじったわけでもないのに鼻血が出て、それがなかなか止まらなかったり、他には昔覚えていたはずのことをすっかり忘れているというものもある。
明らかに老化している、彼はそう自己分析した。
そうなってくると、ドレイクに伝えられた予想が現実味を帯びてくる。
スキル【不溢の器】の効果により際限なく成長を続ける魔力量などが、彼にあまり良くない影響を与えている。
良い器にはそれに応じたメンテナンス費がかかるわけで、それを支払えぬのならやがて器は朽ちていく。
それと同じ話だった。
喉の奥に絡まった痰をペッと吐き出したところで、ついに八番砦に帰還だ。
本来なら彼も物資管理や任務報告に関わる必要があるのだが、彼はアーキムに後を任せると一足先に自分のテントの中に入った。
一応風通しを良くしておくことで湿気がこもることを抑制している。
しかしこうも無人だと流石に少し空気が悪い。
アラタは軽く風属性の魔術、風陣を使用すると、それにより空気が入れ替わった。
これにて換気完了だ。
彼は同様に他の部下たちのテントにも魔術を使い始めて、終えた所で丁度部下たちが帰って来た。
「集合」
そう彼は指示した。
「集合お願いします!」
アーキムが大声で叫ぶと、一番奥にいたエルモとバートンが走り出す。
最後になっても特に何もないが、2人で競争しているみたいだった。
彼らが到着した。
「えー、今日はお疲れ様。疲れもあるだろうから、今日の訓練はオフにする。各々体のケアと道具の手入れを怠らないように。以上」
「気を付け! ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
今日はアラタによるしごきが無いと聞いた隊員の表情は明るい。
やっぱり今からでも訓練をやると言い出したら、みんながどんな顔をするのか少し興味のある彼。
良心とサイコパスな面がせめぎ合い、最終的に勝ったのは、
「まあいいか」
良心だった。
今はもう訓練期間は終えている、あとは野となれ山となれだ。
彼は専用のテントに入ると、黒鎧を脱いで荷物の手入れをした。
ほぼ毎日のルーティンワークと化しているこの時間帯、また例のことが彼の頭によぎる。
——お前は長く生きられないかもしれない。
そう伝えられた時の彼の心情は、『あぁ、そうか』程度のものだった。
魔力の異常増大が人体に悪影響だったとしても、過度の治癒を受けたことによる急速な老化現象も、彼にとってはどうでもいいことだった。
彼にそこまで長い時間はもう必要ないから。
アラタの願いは、仲間の幸せ。
自分以外の誰かがそこにたどり着くことが出来たなら、彼も嬉しい。
型にはめるのは良くないが、それなりに多くの人が結婚に幸せを見出そうとしているのも事実である。
そうでなくとも、大体同じくらいの年齢層で、おおよそ人生の方向性は決まり、個人個人の幸福のベクトルもあらかた決まる。
ともなれば、仲間をそこまで支えればいいのなら、あと10年も時間はいらない。
短ければあと3,4年もあれば十分かもしれない。
そこまでなら、この燃やし尽くすような人生も全うできるだろうと彼は考えた。
——太く短く生きる。
仲間が笑顔で暮らせるように、理不尽に蹂躙される事の無いように、彼の中で無価値で無意味な彼の人生に少しでも彩がつくように、彼は刀を選んだ。
眼前に立ちはだかる障害物をことごとく斬りすて、未来への道を切り拓く。
学もなく、高尚な目的も無ければイデオロギーと呼べるものも持たない。
宗教的動機も、何も。
ただ彼は生きていく。
そのぼやけた視界の向こう側には、花畑の向こう側で彼を待つ一人の女性がいる。
清水遥香改め、エリザベス・フォン・レイフォード。
どうにもならない現実を恨みながら、それでも最後は最愛のアラタの手で葬られた彼女は、果たして本当に幸福な最期を迎えることが出来たのだろうか。
死人に口は無いから、本当の所は分からない。
初めからアラタのことなんて好きではなかったかもしれないし、逆に大好きだったかもしれない。
全ては確かめようのない雲の向こう側、答え合わせはもうできない。
神を自称する存在の言葉を借りるのなら、彼女の魂は既にリセットされて再利用されているのだろう。
なら本当の意味でもう何も分からない。
アラタもその説明は受けているから、死んだ後に会えるとも思っていない。
しかし、彼女に誇れる自分であろうとは常に思っている。
死んだあと、こんなことがあった、こんなに頑張った、彼女が死んだ世界で、頑張って生きたのだと、声高に叫べるように。
死人の想い人に捧げることが出来るただ一つのものは、彼女の死に意味を生み出す事。
死には意味が、救いが無ければならない。
大公選で彼女が落選して、シャノン・クレストが勝った現実に価値を付与することこそが、彼女の魂を慰めることになる。
アラタは治りの遅い、潰れた手のマメを触りながら、少しづつ迫りくる時間制限の足音を感じつつ、眠りについた。
中隊のうち半分くらいの人間が荷物を運び、持ちきれない分は民間業者に委託して一番砦に運び込む。
戦場の中でここから最も近く、敵から最も遠い砦までなら一般協力者も特に文句を言うことなく働いてくれる。
アラタに物資の横流しを要求して諭され、お目こぼしを受けたラパンとはここでお別れだ。
「ご武運を」
「ありがとうございます」
そう言いながら、アラタは彼の耳元で、
「心を入れ替えないようなら、俺が殺します」
冷たい声でそう伝えた。
その場で処断しないだけ彼は優しいが、それが慈悲の感情ではないことをラパンは理解した。
他の市民や兵が見ている手前、出来る限り荒事は避けたいという感情が働いただけで、アラタはラパンを許してなどいない。
二度は無いと、明確に警告している。
「深く心に刻み込みます」
「それじゃあ、この町をお願いしますね」
そう言うとアラタは馬に乗っていってしまった。
正義感が強く間違っていることを公然と指摘するのがハルツだが、アラタはそれ以上にやりにくい相手だった。
ハルツはきちんと規則やルールに則って相手に接するモラリストだが、アラタはそんなの関係ない。
ケースバイケースで犯罪行為を見逃しもする代わりに不穏分子という理由で未犯の人間を斬り捨てたりする。
ラパンは宣言した通り、心に刻み込んだ。
アラタには逆らってはいけないと。
「やっぱり隊長は最高やわぁ」
「…………ハリスどうした?」
何やら馬上で恍惚とした表情を見せている彼に対して、ウォーレンが話しかけた。
少し気持ち悪いし、理由にもさして興味もないが、ずっとこのままでいられる方が嫌だ。
ウォーレンの声を受けて、ハリスは少し表情が収まるのを待ってから涼しげに言う。
「別に?」
それだけ言うと、ハリスは馬の速度を上げて前の方に行ってしまった。
ハリスは重度のアラタ信者、特に混乱渦巻く大公選中の裏社会を渡り歩いた彼に深く心酔していた。
任務だからと想い人エリザベス・フォン・レイフォードを裏切り、特殊配達課、通称ティンダロスの猟犬壊滅に大きな役割を果たし、黒装束を組織して暗躍し、最後は八咫烏を率いて大公選を大いにかき乱した。
ところどころ事実と異なる認識がなされていることは指摘するべきだが、概ね合っているしアラタも過去を語ろうとはしない。
その結果、血も涙もない冷酷無比で剣術、魔術、結界術に秀でた万能手アラタという超人が生まれてしまった。
一体どこにそんな人間がいるのか、一度ぜひ聞いてみたいところだ。
戦場へと戻る道中、アラタは独りだった。
特に誰かと話す用事も無いし、部下も彼に話しかけない。
こんな時、アラタは決まってあることを考えていた。
——魂とはなんなのか。
スピリチュアルな悩みに聞こえるかもしれないが、彼はこれでも大真面目。
アラタが秋葉原で通り魔に襲われ、重体になった時、彼の魂は2つに分かれた。
それをどう証明すると聞かれると、彼は答えに困ってしまう。
ただ、その後異世界に飛ばされて、そこには魔物や魔術、クラス、スキルというものがあって、そんな不思議体験の真っ最中にいる彼からすれば、魂という概念、存在を信じないわけにはいかない。
9月、まだまだ暑い日の続く午前中。
特に警戒の必要ない道中では小隊の各員も黒鎧を脱いでいる。
それはアラタも同様だ。
上は肌着だけで、露出した肌が焼けている。
話は戻り、彼は自分の内面に目を向けた。
魂というものが確かに体に宿っていると仮定して、自分の中にある魂が正常な働きをしているのか、そこが重要である。
何か不備が無いか、故障していないか、不完全なものでは無いのか、そう言った不安が常に付きまとっている。
何せ彼の魂は2つに分かれ、片方は元の世界に、もう片方はこの異世界にて転生したと説明を受けているから。
普通、彼のようにこう考えるだろう。
——自分の魂は普通の人の半分しかないのではないか。
当然の帰結だ。
コピーを異世界に送ったとかではなく、半分、半身を転生させたのだから。
そうなると、じゃあ自分の魂は少ないのではないか、欠損しているのではないかと心配になる。
特にアラタは最近その傾向が強い。
なぜって?
「…………ん、んぅ」
ゴシゴシと目をこすり、遠くを見つめる。
その像は少し不鮮明で、日常生活はおろか戦闘にも影響はないとはいえ少し違和感が残る。
元々彼の視力は1.5ある、かなり目はいい方だ。
ただ、最近そのガラス球に曇りが見えてきた。
まるですりガラスを介して景色を見ているようなときが、たまに訪れる。
毎回ではないし、程度もそこまでひどくないのでアラタは放置しているが、確実に彼の身体に異変が起きている。
元々の状態に比べてどうだというのが、彼の不安材料だ。
悶々とした時間は、案外早く過ぎていく。
昼食を取らずに移動を続けた206中隊は、午後の3時過ぎに一番砦に到着した。
そこで運搬してきた物資をすべて受け渡し、第1師団の管理下に入る。
あとは再度八番砦に搬入する分だけ受け持ち、砦に帰るという寸法だ。
すっかり昼食時を逃した中隊諸君は、我先にと食料に飛びついた。
干し肉や硬い保存用のパン、それだけの食事でも兵士にはありがたいものだ。
1日2食しか食べられない家の人間でも、軍に入ればよほどのことが無い限り1日3食は食べられる。
それだけ軍の兵站機能は優秀だった。
やがて食事も終わり、物資の確認も完了する。
アラタがラパンを止めたおかげで、特に欠けている様子もない。
これにて任務終了、砦に帰還する。
「中隊出るぞ!」
ハルツの号令と共に一同は前線の八番砦へと移動を開始した。
その道中でも、やはりアラタはあの事を考える。
体に起こった異変は、何も視力だけではない。
大して強く鼻をほじったわけでもないのに鼻血が出て、それがなかなか止まらなかったり、他には昔覚えていたはずのことをすっかり忘れているというものもある。
明らかに老化している、彼はそう自己分析した。
そうなってくると、ドレイクに伝えられた予想が現実味を帯びてくる。
スキル【不溢の器】の効果により際限なく成長を続ける魔力量などが、彼にあまり良くない影響を与えている。
良い器にはそれに応じたメンテナンス費がかかるわけで、それを支払えぬのならやがて器は朽ちていく。
それと同じ話だった。
喉の奥に絡まった痰をペッと吐き出したところで、ついに八番砦に帰還だ。
本来なら彼も物資管理や任務報告に関わる必要があるのだが、彼はアーキムに後を任せると一足先に自分のテントの中に入った。
一応風通しを良くしておくことで湿気がこもることを抑制している。
しかしこうも無人だと流石に少し空気が悪い。
アラタは軽く風属性の魔術、風陣を使用すると、それにより空気が入れ替わった。
これにて換気完了だ。
彼は同様に他の部下たちのテントにも魔術を使い始めて、終えた所で丁度部下たちが帰って来た。
「集合」
そう彼は指示した。
「集合お願いします!」
アーキムが大声で叫ぶと、一番奥にいたエルモとバートンが走り出す。
最後になっても特に何もないが、2人で競争しているみたいだった。
彼らが到着した。
「えー、今日はお疲れ様。疲れもあるだろうから、今日の訓練はオフにする。各々体のケアと道具の手入れを怠らないように。以上」
「気を付け! ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
今日はアラタによるしごきが無いと聞いた隊員の表情は明るい。
やっぱり今からでも訓練をやると言い出したら、みんながどんな顔をするのか少し興味のある彼。
良心とサイコパスな面がせめぎ合い、最終的に勝ったのは、
「まあいいか」
良心だった。
今はもう訓練期間は終えている、あとは野となれ山となれだ。
彼は専用のテントに入ると、黒鎧を脱いで荷物の手入れをした。
ほぼ毎日のルーティンワークと化しているこの時間帯、また例のことが彼の頭によぎる。
——お前は長く生きられないかもしれない。
そう伝えられた時の彼の心情は、『あぁ、そうか』程度のものだった。
魔力の異常増大が人体に悪影響だったとしても、過度の治癒を受けたことによる急速な老化現象も、彼にとってはどうでもいいことだった。
彼にそこまで長い時間はもう必要ないから。
アラタの願いは、仲間の幸せ。
自分以外の誰かがそこにたどり着くことが出来たなら、彼も嬉しい。
型にはめるのは良くないが、それなりに多くの人が結婚に幸せを見出そうとしているのも事実である。
そうでなくとも、大体同じくらいの年齢層で、おおよそ人生の方向性は決まり、個人個人の幸福のベクトルもあらかた決まる。
ともなれば、仲間をそこまで支えればいいのなら、あと10年も時間はいらない。
短ければあと3,4年もあれば十分かもしれない。
そこまでなら、この燃やし尽くすような人生も全うできるだろうと彼は考えた。
——太く短く生きる。
仲間が笑顔で暮らせるように、理不尽に蹂躙される事の無いように、彼の中で無価値で無意味な彼の人生に少しでも彩がつくように、彼は刀を選んだ。
眼前に立ちはだかる障害物をことごとく斬りすて、未来への道を切り拓く。
学もなく、高尚な目的も無ければイデオロギーと呼べるものも持たない。
宗教的動機も、何も。
ただ彼は生きていく。
そのぼやけた視界の向こう側には、花畑の向こう側で彼を待つ一人の女性がいる。
清水遥香改め、エリザベス・フォン・レイフォード。
どうにもならない現実を恨みながら、それでも最後は最愛のアラタの手で葬られた彼女は、果たして本当に幸福な最期を迎えることが出来たのだろうか。
死人に口は無いから、本当の所は分からない。
初めからアラタのことなんて好きではなかったかもしれないし、逆に大好きだったかもしれない。
全ては確かめようのない雲の向こう側、答え合わせはもうできない。
神を自称する存在の言葉を借りるのなら、彼女の魂は既にリセットされて再利用されているのだろう。
なら本当の意味でもう何も分からない。
アラタもその説明は受けているから、死んだ後に会えるとも思っていない。
しかし、彼女に誇れる自分であろうとは常に思っている。
死んだあと、こんなことがあった、こんなに頑張った、彼女が死んだ世界で、頑張って生きたのだと、声高に叫べるように。
死人の想い人に捧げることが出来るただ一つのものは、彼女の死に意味を生み出す事。
死には意味が、救いが無ければならない。
大公選で彼女が落選して、シャノン・クレストが勝った現実に価値を付与することこそが、彼女の魂を慰めることになる。
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