半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第328話 夜間戦闘任務

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「隊長! 緊急招集です!」

「……おう。すぐ行く」

 数日の間両軍がにらみ合いを続けていたある日の夜のことだった。
 寝所に飛び込んできたハリスによって彼はたたき起こされ、八番砦指揮所に向かった。
 既に全身を黒鎧で包んでおり、腰には刀を差している。
 第1192小隊の部下を全員叩き起こして即応状態で待機させておくと、彼は副官のアーキムを伴ってハルツの所へと向かった。

「1192小隊長アラタ、ただいま到着しました」

「来たか。お前に頼みたいことがあってな」

 ハルツは挨拶をすっ飛ばしていきなり本題に入ろうとする。

「何ですか?」

「公国軍本隊に合流して、コートランド川での戦闘に参加してほしい」

 つまり、異動命令だった。
 特に断る理由は無い。

「了解です。一応事情を聞いておきたいのですが」

「ここ数日間、敵が夜襲を仕掛けていることは知っているな?」

「初耳です」

「そうか。流石に日中のごり押しでは無理があるとの判断だろう。そこで【暗視】持ちを数名寄越してほしいと言う要請だ」

 【暗視】スキルの保持者はそこそこ希少で、大隊に一人もいないケースもある。
 しかし、隠密行動を得意とする人員を多くそろえた1192小隊はその限りではない。
 アラタ、キィ、アーキム、バートン、ヴィンセント、ハリスの6名がスキルホルダーだった。
 この夜戦に特化した戦闘部隊を用いない手はない。
 【暗視】持ちとそのサポート要員として、第1192小隊はコートランド川付近の戦場に向かうことになった。

「準備が整い次第出発します」

「頼むぞ」

 そうハルツは短く託すと、また仕事に戻っていった。
 八番砦をはじめとして、ミラ丘陵地帯ではここ数日ほとんど戦闘が発生していない。
 それでもコートランド川の戦いは激化しているのか、彼らを夜中に叩き起こしてまで応援要請を届けに来たのだ。
 事態は一刻を争う。
 そう解釈したアラタにより、部隊に指示が下った。

「馬を起こして水を飲ませて草を食べさせろ! 我々はこれより、コートランド川付近に陣を敷くカナン公国軍司令部に向かう! 10分後に出発だ!」

「「「了解!」」」

 こうなると行動は早かった。
 元々即応状態で待機させてあったので、隊員の方の準備は少なかった。
 借りていた兵営を片付けて、馬に追加で積み込む。
 軍馬に食事を取らせようとすると、中には不機嫌になるものもいたのでそこは各自で対応する。
 人間の性格が皆違うように、馬にもそれぞれタイプがあるのだ。
 アラタの馬は部下によって用意されていて、彼が身辺の整理を終えた頃には愛馬のドバイは鞍を乗せて主を待っていた。

「ブルルゥ…………」

「こんな時間にごめんな。もう一走り頼めるか」

「ブフゥ」

 自信満々に鼻息を吐くドバイは大丈夫そうだ。
 装具点検と忘れ物チェックを完了した一行は、深夜の3時に八番砦を出る。

「よし、出るぞ」

 砦の裏口から出た20騎の小隊は、闇夜に紛れて南東へと向かった。
 七番砦と九番砦の間をすり抜けるように通過していき、戦場を縦断する川沿いを駆け抜けていく。
 遠掛けが目的なら、中々楽しいものだ。
 暑い夏でも夜は多少マシで、疾走する馬の背中で風を感じればかなり気持ちがいい。
 両軍の主戦場はミラ丘陵地帯からおよそ20km。
 八番砦からだと23kmほどだった。
 1時間と少しで司令部まで到着するまでの時間、特に話すことは無い。
 それなりの速度で走っているし、敵と遭遇することは無いにしても細心の注意を払わなければならない。
 結果特に会話は生まれず、アラタはひとりこれからのことを考えていた。

 班分けをどうするのか。
 思案する内容はこれに尽きる。
 これから夜間の任務が増えることが想定される中で、どのように部隊を運用することが正しいのか。
 暗闇の中でも昼間のような視界で戦うことのできるスキル【暗視】。
 アラタが異世界にやって来て、【痛覚軽減】の次に獲得したスキルであり、これまで幾度となく彼の命を救ってきた。
 暗闇の戦闘の生命線とも言えるこのスキル、隊内でこれを所持しているのは6人。
 5個分隊でこの人員を均等に分けることを想定するのなら、配置換えが必要だった。
 だが、部隊の仲間全員が誰一人として例外なく打ち解けられているわけではないと、彼は知っていた。
 立場上仇敵同士の人間もいるし、元から性格が合わない人間同士も多い。
 彼らをここに繋ぎとめているのは、人間性よりも能力を必要とする特殊部隊という性質、そしてそのトップに君臨するアラタの求心力に他ならなかった。
 ある者は彼の強さに心酔し、ある者は旧友の頼みだからと快く仕事を引き受け、ある者は仕事だと割り切る、そんなバラバラのチーム。
 そういった人間関係も加味した上で決定したこの分隊を、能力を考慮して組み直すのは中々に尻込みする話だった。

 例えば第2分隊、ここは特務警邏の色が濃い。
 4人中3人が特務警邏の現職、そしてエルモを除いた2人とダリルは元八咫烏である。
 対して第4分隊は警邏機構の対テロ特殊部隊出身者と軍関係者が2名ずつ。
 ここを混ぜれば派閥意識の強いアーキムはほぼ間違いなく部下の扱いに差を作るし、それを黙って我慢するほどアレサンドロもバッカスも優しくない。
 ただ、元八咫烏に【暗視】持ちが集中している以上、どこかでこういう構成は生まれてしまう。
 アラタにとって、頭の痛い話だった。
 最悪自分が力でねじ伏せて文句を言わせないという選択肢もあるにはあるが、それではいざという時に信頼して命を預けることは出来ない。
 過去にそうやって自滅した組織を、彼は敵味方問わず見てきた。

 どうしたものかと思案を続ける彼の視界の左側で流れる川の幅は、徐々に広く大きくなっていく。
 それにつられて、彼の思考も拡散していく。
 あれこれ考えてはみたものの、結局どうすれば部隊の雰囲気が悪くならず【暗視】持ちを均等配置できるのか。

 リーダーって難しいなぁ。

 そう彼は今まで自分を引っ張ってくれていたキャプテンたちに感謝を思い浮かべた。
 もうその思いは届かないけれども、それでも思わずにはいられなかった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「第1192小隊、小隊長アラタ着任いたしました」

「待っていた。まあ掛けたまえ」

「失礼します」

 アラタは木でできた背もたれのない椅子に座った。
 小学校の図工室にある椅子と似ている。
 違う点は、脚に何のために使うのか分からない板がついていないことくらい。
 司令部の中には人が溢れていたが、気を遣ってくれたのかアラタとアイザック・アボット大将のいる一角は隔離されたように人の往来が無かった。

「茶も出せなくて悪いな」

 そう言いながら、アボットも座る。

「いえ、お構いなく」

 いつから伸ばしているんだろう。
 アラタはアボットの立派な髭に興味津々だ。
 あまり髭が濃くない彼は、きっとアボットのような髭を生やすことは無いだろう。
 そこまでにかかる時間が長すぎるし、何よりそうしたいとも思えない。
 遥香は、エリザベスは髭面が好みではなかったから。
 それでもサンタクロースのような豊満で純白の髭は見るものを惹きつける効果があるようで、相手が話を切り出すまでアラタの眼は釘付けだった。

「気になるかね?」

「あ、いや……そのー……へへへ、立派なものですね」

「そう言ってくれると嬉しいよ。緊張は解けたようだな」

「あまり緊張はしない方なので」

「それは結構。では本題に入らせてもらう」

 アボットは数枚の紙を手渡してきた。
 アラタはそれを受け取ると、内容を確認する。
 絵だ。
 というより、図形、地図が描かれていた。
 どの地形にも共通して言えるのは、上側に横断するようにコートランド川が流れている。
 つまりこの地図の方角は、上が東、左が北ということになる。
 そして彼が見る限り、いくつかの地点に丸印が書かれていた。
 その数は15個。

「どういう意味かわかるかね?」

 いつの間にかアボットは煙草に火を点けていて、一服している。
 テントの中に煙が充満しているが、それは初めからだ。
 司令部のようなストレスのかかる部署では、人員の喫煙率は驚くほどに高い。
 公国軍司令官の彼がこうして大っぴらに吸っているのだから、他の兵士たちの免罪符にもなる。
 アラタは一応煙草はやめたので、特に吸うつもりは無い。
 それより今は大将の質問に答える方が先だ。

「渡河が比較的容易な箇所。実際には敵が渡河を試みた激戦地でしょうか」

 アボットは頷いた。
 正解らしい。

「付け加えると、その情報はここ3日間の、という但し書きがつく。そしてその時間帯は午後11時から午前2時まで。分かるな?」

 頷きで返す。

「【暗視】持ちは一時的に指揮権限を格上げさせて、全体の指揮に回るように運用している。ただ元々数が少ない上に、軍の採用計画に【暗視】の有無は考慮されていない。今は出来るだけ多くのスキルホルダーが必要なのだ」

「それで自分の小隊に要請が来たと」

「その通り。貴官らは夜襲の際に重要箇所を見て回り、現場で戦う兵士たちに適切な助言を行ってほしい。1分隊当たり3カ所、どこか1カ所でも崩れれば戦争の流れが大きく向こうに傾いてしまう。重要任務だ。受けてくれるな?」

「はい」

 アラタは一切の逡巡なく応えた。
 それはもう、要請したはずのアボットが多少面食らうくらい。
 初めからそう決めていたにしても、少し速すぎるくらいに。

「……なるほど、中佐が推すわけだ」

「何の話でしょうか?」

「いや、こちらの話だ。気にしなくていい」

 アボットが立ち上がると、それにつられてアラタも起立した。

「貴官の所属は変わらず第1師団だが、今は司令部付き特別小隊として任務に当たってもらいたい。誰かに所属を聞かれたらそのように答えるように」

「了解であります」

「よし、日中は休息を取り、夜に備えよ。以上!」

「失礼します」

 アラタはその場を辞して、部下たちの方へと向かっていった。
 もうすぐ朝になる。

 どうか自分の子供や孫たち、そしてアラタのような未来ある若者たちが、明日も、明後日も、10年後も同じ朝を迎えることが出来るようにと、アボットは神に祈った。

※※※※※※※※※※※※※※※

「リーバイ、少しいいか」

「いや、今忙しいから後にしてくれ」

「ダメだ。今来い」

「……面倒な奴だ」

 第1師団、第2連隊長のリーバイ・トランプ中佐は渋々席を立ち、テントの外にやってきた。
 連れ出したのはハルツ・クラークだ。
 時刻は朝6時半、指揮官たちはもう仕事を始めている。

「今日の対策を練らなくてはならない。手短にな」

「アラタを、いや1192小隊をなぜ貸し出した?」

「というと?」

 リーバイは自分だけ淹れたコーヒーを啜りながら聞く。

「ミラの戦場だってこれから激化する。それなのにアラタたちを向こうに渡してしまったのにはどういう考えがあるのかと聞いている」

「あー、なるほど、ハルツは中々に近視的だな」

 リーバイが煽ると、ハルツは露骨に機嫌が悪くなる。
 扱いやすすぎて笑いをこらえるのに必死だ。

「怒ったか?」

「……いや。もう一度聞く。なぜだ」

「彼の成長を見込んで、かな」

「どういう……」

「帝国との戦いはこれからも続く。それこそカナン公国とウル帝国が存在する限りな。ではただ戦争に勝つだけでは足りない。次の戦いに目を向けつつ、この戦いに勝つことが求められる。私が想定しているのはそういう未来だ」

「アラタを指揮官として育て上げるということで合っているのか?」

「そうだともいえるな」

「戦争は外交の結果だ。あいつのような若いのにそのツケを支払わせる必要は無いだろ」

「じゃあいざという時に大切なものを守るだけの力が無くて、彼に世界を呪ってほしいとでも?」

「そういうことを言っているのではない。アラタに重責を押し付ける必要は無いと言っているのだ」

「そうかな」

 リーバイはとぼけた顔で言う。

「そうだ」

 対照的にハルツの顔はくそがつくくらい真面目だ。

「アラタ君、中々見込みのある若者じゃないか。戦う術を持っていて、若く、好戦的で、人殺しの才能があり、そして何より世界を恨むほどの心の闇がある。これ以上に優秀な兵士の素質を持つ人間はそういないよ」

「……お前に引き合わせるべきではなかった」

「いや、君が彼を軍から遠ざけたとしても、遅かれ早かれこうなっていたさ。まさに神の思し召しってやつだね」

「俺は神は信じない」

「好きにすると言い。信仰の自由だからね。ただ、ここでは私は君の上官であり、アラタ君の上官でもある。発言や行動には気を付けたまえ」

「変わらないな。昔からちっとも」

「それはお互い様だよ。ただ、ハルツ。君は少し優しくなったかい?」

「…………弱くなっただけだ」

「よく分かっているじゃないか」

 敵味方入り乱れる思惑の中で、アラタは戦う。
 この戦争だけが戦いなのではなく、きっとこれから先の彼の人生はいつもこんな感じなのだろう。
 利用し、利用され、騙し、騙され、あらゆることが双方向に働いていく。
 ならせめて、前向きな感情も双方向に繋がってほしいというハルツの願いは、この時代を生きるアラタにとっては高望みし過ぎなのだろうか。

 そして戦局は、ゆっくりと動き始める。
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