半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第426話 想いよ届け

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 腹の虫が鳴る。
 その音が他人に聞こえるくらい大きなものであるとき、人はかなりの空腹状態にあると言える。
 先ほどから、鈴虫が合唱しているのかと思えるくらいに腹の虫が鳴り続けている。
 それも1人や2人ではない、中隊全員だ。

「お前らメシ食ったろ」

 グゥーーーー。

「隊長も腹鳴ってますよ」

 グゥゥゥゥーーー。

「俺は本当に何も食ってねえんだよ」

 グゥゥゥウウウ。

「アラタ、骨を炙って食べるのは食事じゃないと思う」

 キィのいう通り、206中隊はほとんど何も食べないまま今日という日を迎えた。
 今日は11月12日、作戦決行日だ。
 アラタたちは先に予定地点付近に潜伏し、それ以降3日間に渡って周囲の警戒と監視を続けている。
 その間、一応食料を収集するために動いてみたりしてみたものの、成果はほとんど得られなかった。
 大型の動物魔物はまるで取れず、せいぜいウサギ位が関の山。
 植物も食べられないことはないが、腹を満たすには程遠い。
 それに、敵地のど真ん中である以上大っぴらに火を扱う事すらままならないのだ。
 もし仮に彼らの手元に十分な食料があったとしても、周囲を気にしながらの調理ではとても食べた気にならないことだろう。

「しっかし」

 太陽光に反射しないように、草の影から望遠鏡を覗く。

「敵の司令部はどこだ?」

 アラタたちはここ数日、ミラ丘陵地帯の最前線である十一番砦よりもさらに東側に潜伏していた。
 前情報ではその辺りに敵であるウル帝国軍司令部があるという話だったが、どうやら間違っていたらしい。

「周囲を捜索しても無理でしたしね」

 リャンも黒鎧を所持しているので捜索に加わっていたが、それらしい集団を見つけることは叶わなかった。

「それに、敵もウロウロしているから迂闊に動けねえよ。これ以上敵を殺したら流石にばれる」

 元ハルツ隊の冒険者ルークも同調した。
 彼は警戒班の責任者で、この場所が敵にばれないように常に気を揉んでいた。

 アラタ、というより第206中隊全体でコンセンサスが取れている話なのだが、観測範囲内に司令部が隠されている可能性はゼロだ。
 まず、現状押している帝国軍の司令部を隠す意味がない。
 それはもちろん、これ見よがしに見せつける必要もないので、簡単に見つけられるとは思っていない。
 しかし、アラタたちもその道のプロだ。
 特に206は冒険者の比率が非常に高く、斥候、偵察、潜入、工作活動の能力が非常に高い。
 そんな彼らがアンブッシュを発見できないというのだから、恐らく本当に存在しないのだろう。
 これは彼らの矜持にかけて断言できることだった。

「もしかして、ミラの中に入り込んだ?」

 可能性は低いが、完全には否定できない説をアラタが唱える。

「いや、普通に考えて司令部を下げたのだろう」

 すぐにアーキムがもっともな意見を出す。
 なるほど、そちらの方があり得そうだとアラタも考えを改めた。

「進むかな」

「それはやめた方が良い」

 そう進言したのはバートンだ。
 作戦会議で彼が意見を出すのは珍しく、一同の視線が注がれた。

「現状、味方がどれくらい来ているのかすら分からない。そもそも俺たちがここに居続ける理由を思い出すべきだ」

「……だよね」

 内心忘れていたことを隠しつつ、なるほどとアラタも同意した。
 敵司令部を発見できていないにも関わらず、彼ら第206中隊が3日間この場所にいるのは理由がある。
 単純に、ここから先に侵入できないのだ。
 確かに分隊行動をすれば出来ないことも無いだろう。
 ただ、そこから先どうやってコンタクトを取ればいいのかまるで分からない。
 それくらい敵の警戒網はしっかりとしたものがあって、ここから先は通さないという帝国軍の強い意志を感じた。

「隊長、いいですか」

「はいどうぞ」

「後続の味方が敵を突破しようとするのに合わせて行動するべきだと思います」

 そう提案したデリンジャーは206中隊、1192小隊の戦術面のキーパーソンだ。
 現状の小隊において、正規軍人は彼1人。
 そして士官学校卒業生も彼1人。
 軍隊行動学や戦術、戦略などについて体系的に学んでいる人間は彼1人である。
 そして206中隊全体で見てもその数は非常に少ない。
 そうなれば、軍事行動のセオリーとはこういうものだと、極めて一般的な議論を展開できるのは彼1人ということになる。
 彼は彼らしく、軍人らしくあるだけで価値があるのだ。

「どちらにせよ、味方が来なければこの作戦は上手くいきません。味方の一団が来るまで待機です」

「なるほど、じゃあ待機だな。東に向かう味方を見つけたら合流する感じで」

「いや、合流するか独自行動をするかは臨機応変にすべきだ」

「じゃあそれで」

 途中からアラタの意志が消えているように感じるのは気のせいだろうか。
 恐らく、脳みそのキャパシティーオーバーを起こしたのだろうと、アーキムは推測した。
 アラタは別にバカではないが、難しい話が続くと集中力が途切れることがある。
 気持ちは分からなくもないが、中隊を率いるのならもう少し頑張って欲しいものだとアーキムは青天井に理想を抱いた。

 彼らは茂みの濃い丘の中腹にいる。
 大胆なことに、丘の頂上には帝国軍が陣取っている場所だ。
 敵との距離が近すぎるという指摘はもっともである。
 しかし、そのマイナスを背負ってでも彼らはこの丘に張り付きたかった。
 単純に、見晴らしがいいのだ。
 この辺り一帯の異変にいち早く適応するためには、機先を制す必要がある。
 その為のポジショニング、その為のリスク。
 それに、灯台下暗しということわざがあるように、この丘の警備の手は少しぬるく感じる。
 そうして待機を続け、ついに予定時刻になろうという時だった。

「アラタ、時間です」

「来ねえなぁ。みんな潜伏してるのか?」

「主力がいないのは確かみたいですね」

 リャンの言う主力とは、アダム・クラーク中将、リーバイ・トランプ中佐、ブレーバー・クラーク中尉、ケンジー・クラーク少尉らが率いるカナン公国軍正規軍のことである。
 統率が獲れており、数が多い彼らがいなければ、敵司令部を落とす事なんて出来やしない。
 アラタたちはあくまでも補助+ここぞの時の切り札、主戦は彼らにこそふさわしい。

「撤退も癪に障るしなぁ。でもなぁ」

「アラタ、ねえアラタ」

 望遠鏡を覗き込むキィが何かを発見した。

「来たか!」

「隊長、上の帝国兵が騒がしいです」

 キィが見つけた何かというものが、アラタたちの待ち望んだものだとするならば、帝国軍が慌てだすのも頷ける。
 彼らからしてみれば、何でここに、何で今更、そう考えるはずだから。

「全員、戦闘準備」

 左手で刀の柄を握りながら、アラタの命令が下りた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「蹴散らせ! 構うな! 駆け抜けろ!」

 時刻は予定の12時を疾うに過ぎている。
 それだけが理由ではないが、ブレーバー・クラーク中尉とフェリックス・ベルサリオ少尉は急いでいた。
 十重二十重に設置された防衛ラインを蹴散らしながら、司令部目指して突き進む。
 正直、彼らは司令部の正確な場所を把握していない。
 もしも既に通り過ぎていたら、今日だけでは届きようもないくらい遠方に設置されていたら、確実に詰む。
 しかし、それでも彼らは進まなければならない。
 敗残兵狩りの憂き目に遭い、その場その場で抵抗を続け、じわじわと嬲り殺しに遭うのか、それとも一か八かに賭けるのか。
 彼らは後者を選んだ。
 そして、その選択は彼らだけではなく、他の公国兵と共に選んだ道だ。

「中尉殿! 右を!」

「あれは……ははっ! そこにいたか!」

 山頂にはウル帝国軍の旗がたなびいている。
 間違いなくあの丘は帝国軍の占領下にあるはず。
 にもかかわらず、こちらへ向かって出撃してきた帝国軍の動きがぴたりと止まった。
 そしてそのまま、徐々に押し返されていく。

 一筋の閃光が奔ったかと思うと、遅れて轟音が彼らの耳を殴りつけていった。

「雷槍……豪雷ですかね」

「間違いない、アラタ殿だ」

 アラタ以下100名、公国軍主力と共に行動開始。
 それだけでブレーバー中尉たちは力が湧き出てくる。
 自分たちだけではないと、仲間がいると、これならいけると、そう思うと希望が際限なく湧き水のようにこんこんと溢れてくるのだ。

「弓兵放て! 歩兵は先行して馬防柵の撤去!」

「「「おおお!!!」」」

 高速で移動するために街道を突き進む。
 そしてそこには敵軍の設けた柵がある。
 馬はこれを超えられないので、歩兵を先行させて撤去させる。
 時間が惜しい身としては、何とか突き抜けたいところだが、こればかりは仕方ない。
 ご丁寧に対魔術防御の仕組みまで組み込んでいるせいで、魔術による一斉破壊が難しい。
 地中を伝って魔術を行使しようとすると、魔術回路が魔力を吸い取ってそのまま空気中に発散させてしまうから。

「騎馬通れます!」

「騎兵、敵を蹴散らせぇ!」

 ブレーバー中尉は銀色のロングソードを片手に持って号令をかけた。
 金属の塊であるそれを片手で持つ筋力にはただただ驚かされるばかりだ。
 彼はハルツやリーゼと違って、【聖騎士】なんてクラスには恵まれていない。
 だから研鑽を積んだ、地獄のような訓練に耐えた。

 全ては公国を護る為。
 幼き時からそうするのが当然だと、クラーク家の使命だと教えられて育ってきた。
 いまにして考えれば、少しおかしいと思わなくもない。
 確かに国防に全てを捧げる人間というのは必要不可欠だが、それは生まれによって強制されるようなものではないはずだ。
 ブレーバー少年はこの疑問を長年抱えて生きてきた。

 しかし、今はそうは思わない。
 自分が軍人で良かった、自分は軍人になって良かったと、心の底から言える。
 自分の人生は今この時のためにあったのだと、そう信じて疑わない。
 祖国を護る。
 命を懸けるに値する、良い目標だ。

 ブレーバーの前に、帝国軍の一団が立ち塞がる。
 彼らだって生活があり、人生があり、家族がいる。
 それ故に必死で戦う。
 どちらも譲れないものがあるのは確かだし、そこの想いに優劣をつけることは難しい。
 だが、届くべきは、聞き届けられるべきは公国軍の願い。

 想いよ、届け。

 未来を切り拓くために振り下ろされた一太刀は、敵兵の頭を兜ごと粉砕した。
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