半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第431話 蜜の味を覚えた烏たち

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 優れたスキルを持っているからと言って、ホルダーが優れているとは限らない。
 【剣聖の間合い】は、クラス【剣聖】を持つものだけの特別なスキルだ。
 つまり、この2つの能力はセットになっている。
 勇者を凌ぐ近接格闘能力を持つだけでも十分評価されるのに、それをより一層補強するスキルまでついてくる。
 ある人間は言う。
 ノエル・クレストという少女は、自分に無い物をすべて持っていると。

 クラス、優れたスキル、人脈、地位、名誉、家族。
 後半は別にクラスとは関係ない気もするが、要するに天は1人に3つも4つも与えることがあるという凡例だ。
 そのノエルをもってしても、【剣聖の間合い】というスキルを使いこなすのは骨が折れる。
 使用中、効果範囲内の魔術、スキルの効果を限りなく減衰させることが出来るのだが、対象には自分も含まれる。
 つまり、剣1本勝負という状況が許される場合にしか使えないのだ。

 アラタたち第206中隊は、魔術を上手く織り交ぜて剣聖オーウェンを追い詰めていた。
 自然と【剣聖の間合い】を使わせることに成功し、そこから先は純粋な人数差で押し切る。
 その中でも一際重いウェイトを占めるのは、隊長のアラタ。
 彼の刀から、纏っていた雷撃が消えていく。
 オーウェンのスキルの再起動が間に合った証であると同時に、アラタの刺突を剣術のみで防ぐ覚悟をしたとも受け取れる。

「いけアラタ!」

 仲間たちは距離を詰めつつ、アラタの刀の行く先を見守った。
 腰を低く落とした状態から股関節の旋回運動を起点として、上半身を捻り上げて蓄えたエネルギーを解放する。
 パワーは重さと瞬発力、その点アラタのパワーはなかなかのものだった。

「舐めるな!」

「あぁあ!」

 殺せずとも、動きを止められずとも、体勢を崩しさえすればそれでいい。
 そうすれば仲間たちがオーウェンと指揮官を引き剥がし、1秒以内に首を刎ねるだろう。
 だから、アラタの勝利条件は非常に緩かった。
 オーウェンの言った通り、ここでしくじるわけにはいかない。
 挑むは剣士の頂点に立つクラス保持者。
 彼が挑んでいるのは、高い高い霊峰だ。

「くっそ。マジで」

「甘いのだよ」

「まだだ!」

 外れた刺突から、刃を返して引きながら斬りつける。
 刀は押すか引くかした時が最も斬りやすい。
 それはアラタがこの世界に転生した時に付いてきた初心者本にも書かれているくらい基礎的なことだったし、彼自身それを身を以て体得している。
 これも躱されたが、アラタのエンジンがかかって来た。

「はー。すっげえな」

 エルモは純粋に感動した。
 彼もアラタがクラスを持たないことを知っている。
 というより、カナン公国という西の小国の一介の兵士が、世界最大版図を持つウル帝国でも3本の指に入る強者とまともに打ち合っている現実に心打たれたのだ。
 ゾワゾワっと、背中の産毛が逆立つのを感じる。
 これはきっと冬の寒さではない、武者震いだ。

「アラタが止めている今しかない。みんな、やろうぜ」

「お前が仕切るなんて珍しい」

 いつもはサボるエルモを叱る立場のアーキムは驚いた。
 そして、たまにはこんな日もあってもいいかと、それ以上水を差すのはやめることにした。

「アラタの援護に3人。残りは側面と角度をつけて上からやろう」

「だな」

「了解しました」

 彼らの目的は、オーウェンを倒す事ではない。
 戦争に勝つ事こそが最終目標。
 その為に今求められているのは、指揮官を減らす事。
 捕縛も悪くないが、討ち取ることも捨てがたい。
 どちらにせよ、戦況を五分に戻すだけの千載一遇のチャンスが目の前に転がってきたわけだ。
 ここを逃すようでは公国軍は100年かかっても戦争に勝てない。
 アラタが持ちこたえているうちに、そうして隊員たちは動き始めた。

「随分と信用されているみたいだな」

 アラタは応えない。
 応じる余裕が無いから。

「無言か」

 アラタの脛の防具が壊れた。
 度重なる損傷により、反応装甲リアクティブアーマーに使われる魔術回路が短絡ショートしたことが遠因である。
 最終的な決め手は、材木でも伐採するかのような太さの刀身を持つオーウェンの剣が掠ったことだろう。
 先ほどまではロングソードの基本的な型をベースに組み立てていたのに対し、明らかに攻撃の手筋が変わった。

 無理なく大剣を振るっていた先ほどまでと違い、筋力にものを言わせて重量物を振り回している。
 まるで嵐だ。
 床板や側壁の木くずを飛ばしながら敵を切り刻もうとする様子は、さながら制御不能のハリケーンだ。
 右足の装甲が破壊されると、内側にはズボンを肉体しかない。
 もうこれ以上、足の防具では受けられない。
 その意識がアラタの注意を少しだけ下に向け、オーウェンはそんな些細な隙間を縫うように攻めてくる。

「ははっ! 早くせねばお前らの上官が死ぬぞ!」

 腕に、額に、首にバキバキの血管を浮かび上がらせながら、上機嫌にオーウェンは叫ぶ。
 彼もアドレナリンなどの脳内快楽物質が大量分泌されていて、かなりの興奮状態にあるのだろう。
 今だけは大抵の疲労を忘れ、思考がクリアになり、周囲の状況も良く分かる。
 彼は正面に対峙しているアラタだけでなく、側面からエヴァラトルコヴィッチの命を狙う他の隊員たちを同時に相手取っていた。
 はっきり言って、化け物である。

「アーキム! 何か手は!」

「あってもこんな場所で言えるわけないだろうが!」

「だよな!」

 アラタの相手をする片手間に、またオーウェンからの攻撃が飛んできた。
 206の隊員も、随分とオーウェンの攻撃を避けられるようになってきた。
 まあ、正面でアラタが攻撃を入れ続けているという条件が付くのだが、徐々に隊員も頭1つ抜けてきた。
 極限の戦闘状態は、兵士をもう1つ上の次元へと引き上げる。
 そして、部下が追いかけてくれば、上司はさらに高みを目指さなくてはならない。
 誇れる人間であるために、彼らの命を預かり指示を出すのだから、アラタはさらに成長しなければならない。

「……熱っ」

 アラタの援護に入る為に待機中だったバートンは、素肌に熱した油が当たったような感触を覚えた。
 それは油ではなく、もっとゆったりと、煙のように宙を漂っていた。

「アラタ、それ……魔力なのか!?」

 彼は答えない。
 バートンもただ自分に確認しただけだ。
 アラタの黒鎧の裾から、淡い青色をした魔力が漏れ出ている。
 おかしい、彼の魔力操作は超一流、今更コントロールが疎かになって残滓が漏れ出すはずが無かった。
 よく見ると、それは装備の損傷個所からのみ漏れ出していた。
 破損した黒鎧の回路から漏出したそれは、バートンが感じたように非常に高温になっている。
 魔力が高熱を帯びるほどの魔術回路回転速度。
 それとほぼ同じ速さで彼の体内を魔力が暴れまわっている訳で、その速度はパワーとなって彼の身体に迸る。

「お前……身体がもたないぞ」

「……うるせえ」

 なおも上がり続ける攻撃速度。
 徐々にオーウェンも防御が多くなり、反撃を許さないほどの連撃へと移行する。
 アラタの頭はすでに高熱で茹で上がり、勘と反射神経と直感予測でのみ稼働している状況だ。
 1つ手順を誤れば即死もありうるこの状況下だが、だからこそオーウェンも隙を見つけられずにいる。
 20をゆうに超える連撃の出口は、静かに、アラタの刀が風を斬り裂いた音が知らせてくれた。
 斬撃を避けたオーウェンの体勢が崩れた。

「今だ!」

 アラタがそう叫ぶより早く、アーキムが馬車の御者を射殺した。
 そしてキィがエヴァラトルコヴィッチを殺りにいく。
 アラタはさらにもう一歩深く踏み込み、馬車の床板を陥没させる。

「おぉぉぉおおお!」

 オーウェンの真下から斬り上げるような斬撃。
 アラタは攻撃を見切り、左に躱した。
 ただ彼の目的はアラタだけではない。
 勢いそのまま体を180度回転させて回れ右をする。
 その先にはエヴァラトルコヴィッチ中将と、それを倒しにいったキィがいる。
 背後からアラタが迫ろうと関係ない。
 オーウェンはキィとエヴァラトルコヴィッチの間を斬り裂くように大剣を振り下ろし、勢い余って馬車の前方部分を破壊した。
 オーウェンのノールックキックを食らい、腹部に近い肋骨が折れたアラタは、肺に穴が空いたような痛みを【痛覚軽減】で誤魔化しながら叫んだ。

「この馬車ごとぶっ壊せ!」

「分かってる!」

 エルモはこうなることを予測していた。
 他の人間はオーウェンかエヴァラトルコヴィッチを殺すことに躍起になっていたが、そもそも手順が違う。
 馬車を潰して地面に引きずりおろし、そこから後続の部隊と一緒になってこいつを殺す。
 エルモは短剣を2本取り出して馬車に突き立て、それから素早くもう1本床板に突き刺した。
 3本の剣は正三角形を描いていて、その内最も手前にある剣の柄に手をかけた。

「破砕しろ、構造分解アンストラクト!」

 物体の継ぎ目に魔力を流し込み、敢えて暴走させることで対象を破壊する無属性魔術。
 必要魔力量の割に効果が薄く、エルモが体力のほとんどを費やしてなお破壊できたのは馬車の後輪付近のみ。
 アラタが使えばもう少し変わるのだろうが、一般論として威力は高くない。
 しかし、要は使いどころだ。
 先ほど言ったみたいに、馬車の後輪を破壊できたのなら十分すぎる。
 馬車は壊れ馬は急激な後ろ方向への力が掛かったせいで足を折り、荷台の上にいた人間は急激な慣性を感じつつ足場が崩れ落ちる感触に浸っていた。

 隊員のほとんどが、オーウェンに抱えられたエヴァラトルコヴィッチの姿を見た。
 引き剥がさねば、アラタよりも早くそれを実行に移した人物が2人いる。
 ルーク、レインだ。
 元ハルツ隊の冒険者、実力はそれこそ第1192小隊の上位隊員と比べても引けを取らない。
 まだ空中、そんな中片手で振るった大剣の刃。
 ルークは防御しない。
 そんなことあるかと思うが、本当に防御しなかった。

「ルーク……ざんっ!」

 レイン、一撃で右肘の靭帯を損傷。
 それほど凄まじい一撃を凌ぎ切ったのだから、この時点で殊勲ものの活躍だろう。
 ルークは賭けに勝った、アラタと違ってギャンブルに強い。

「腕もらうぜ!」

 刹那の時の流れの中で、剣聖オーウェンは損得勘定を働かせていた。
 自分の腕と、その中にある中将の命。
 いつ死んでもいいというわけではないが、やり残したことなんて思いつかない。
 ただ、勇者レン・ウォーカーが去り際に言った言葉が頭をよぎる。

「剣は楽しいよ。それこそ人生を懸けても足りないくらい」

 ——お前のせいだからな。

 あれほど頼もしかった、手強かったオーウェンの手から、力が抜けた。
 岩石のようにたくましかったそれから、迫力というものが一気に抜けたのだ。

「え………………」

 間の抜けた頓狂な声をあげるエヴァラトルコヴィッチ中将。
 ルークの剣はオーウェンの腕とエヴァラトルコヴィッチの間を通り抜けたが、ここまで来たら未来はほとんど決まっている。
 そのままオーウェンに組み付いたルーク、だが先ほどまでのプレッシャーはない。
 後ろからは立て直したアラタが、そうなればまた防戦一方の戦いになるだろう。
 つまり、他人を慮る余裕は無い。

「ブラック! 私を護れェ!」

「俺たちの勝ちだ」

「あぁ、それでいい」

「よくなぁぁぁあああいいいぃぃぃ!」

「死ね」

「地獄に堕ちろ」

「あの世で仲間によろしくな」

「消えろ」

「グッ、ガハッ……オ……ェン」

 アーキム、バートン、ジーン、デリンジャーに4方向から串刺しにされたエヴァラトルコヴィッチ・ウルメル帝国軍中将。
 オーウェンはまだ余裕を保ちつつも、キィとアラタに挟まれていた。
 護衛対象が死亡したにしては、彼の表情は軽やかだ。

「勝った……」

「あぁ」

「俺たちが」

「そうだなぁ」

 戦争に1つの区切りがついた瞬間である。
 アラタもキィも、オーウェンも剣を下ろし、事実を受け入れた。

「俺たちの勝利だぁぁぁあああ!!!」

 ルークが雄たけびを上げると、それに同調して勝ち鬨を上げる公国軍の兵士たち。
 逆に、帝国軍はがっくりとうなだれて動けなくなっていた。
 勝利の蜜の味を覚えたのだ、それは正気を保っていられないだろう。
 11月12日、ウル帝国軍司令官、エヴァラトルコヴィッチ・ウルメル中将、ミラ丘陵地帯にて戦死。
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