半身転生

片山瑛二朗

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第6章 公国復興編

第469話 それぞれの役割

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 アラタが朝っぱらから人の家を訪問しているのには理由がある。
 遺品を届けるときは人目につかないように配慮するため。
 そしてもう1つは、先方の都合の話だった。

 カナン公国でもかなり古くから名前を変えることなく存在してきた名家、クラーク伯爵家。
 もちろん初めから伯爵家だったわけではなくても、この爵位に到達してからはそれなりに長い年月が経っていた。
 伯爵の上には公爵があって、カナンでは公爵家は2つある。
 クレスト家とレイフォード家。
 ノエルの苗字はクレスト、そういうことだ。
 一方レイフォード家は先の大公選において色々あってほぼ消滅。
 公爵の爵位は消え、分家が細々と存続しているのみ。
 クレスト家との繋がりの強さもあり、クラーク家の力は絶大なものがあった。

 強権を持っているからといって、じゃあ嫌われているのか。
 そうではないところがクラーク家の良いところだった。
 当主イーサンもそうだし、実弟のハルツも人当たりの良い性格をしていた。
 子供たちも同じで、クラーク家の将来は明るかった。
 かった…………過去形だ。

 当主の実弟、長男と次男、それから長女の許嫁が4名とも戦死。
 他にも私設兵や分家の軍属など、数多くの構成員が死亡した。
 いまやクラーク家の力は半減したと言ってもいい。
 大公選が終わってからまだ1年経っていないこの状況で、大公選の禍根を晴らそうと息巻いている勢力もいることにはいる。
 家の立て直しは必須であり、その為に残された関係者たちは東奔西走していた。
 だから朝早くしか時間が取れなかったのだ。

「おはようございます。6時から面会の約束をしていたアラタです」

 現在5時50分。
 10分前行動は彼が小学生の頃から刷り込まれていた一種の習性のようなものだった。
 ハルツの屋敷よりもさらに大きいクラーク家本家邸宅。
 そこは24時間体制で警備が張り巡らされており、正門はもっとも厳重な警備を敷いていた。

「おはようございます。アラタ殿は分かりますが……見間違え出なければノエル・クレスト様ですよね?」

「そうだ。アラタと一緒に——」

「ここで待っていてほしい。寒ければ中でもいいけど」

「えっ」

「それとも帰る?」

「あ、いや……じゃあ建物の中で……」

「1人増えてすみません。こんな感じで」

「それは構いませんが……」

 正門警備班のリーダーは内心戦々恐々だった。
 ノエルといえば、この国の最高権力者シャノン大公の一人娘。
 それをこんな風に邪険に扱うなんて、彼にはとてもできない。
 それにノエルのクラスは剣聖、しかもまだ暴走する可能性を秘めている。
 男は何食わぬ顔で有無を言わさぬアラタの底知れなさに一抹の恐怖を抱いた。
 だがアポイントメントもあることだし、さっさと案内しなくてはならない。

「おい、2人をお連れしろ」

 こうしてアラタとノエルはクラーク本家邸宅に入場していった。



「終わったら来る。飽きたら帰ってもいいよ」

「そんな言い方……分かった」

 先ほどからのアラタの言動、実は親切心で言っている。
 皮肉を込めていない分ある意味悪質だ。
 ノエルをクラーク家の使用人に預けてアラタは廊下を進んでいく。
 先導してくれているのは彼も何度か会ったことがある、当主に仕える身分の高い使用人だった。

 燕尾服……とは少し違うようにアラタの眼には見えた。
 目の前を行く使用人改め執事は、いわゆるモーニングコートに身を包んでいる。
 主人との線引きを図るためにやや流行おくれの物を身に着けるのは異世界でも変わらない。
 ただ一点、彼の服で異なるところは左胸元に付けられたバッジだ。
 金獅子の意匠はクラーク家の紋章と同じであり、材料に純金が使われている非常に高価なものだ。
 屋敷の使用人の中で彼だけがそれを持っていて、それを着けることを許されている、一種のステータスでありシンボルでもある。

 真っ直ぐ背筋を伸ばし、左右にぶれない歩き方の執事に先導されてついた部屋は、来客用の応接間。
 アラタは何度かここに来たことがあった。

「どうぞ」

「ども」

 中に入ると、いたのは2名の知人。
 イーサン・クラークとリーゼ・クラーク。
 イーサンは前見た時とさほど変わりなく、リーゼは少し変わっていた。

「リーゼ……さん、髪切って……あっ、おはようございます」

 長かった髪を肩の上でバッサリ切ったのがよほど印象的で、アラタは挨拶もすっ飛ばしてそのことに言及してしまう。
 あとから付け足したように挨拶をしたが、イーサンは特段気にしていない。

「朝早くにすまないね。朝食は?」

「まだです」

「軽くだが用意はある。食べるかい?」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 刀は執事に預けてあるので、アラタは流れる様にソファに座った。
 ふかふかで高いと分かる、ただ戦場帰りのアラタには少し深すぎるので浅めに腰かける。

「まずは従軍に感謝を。君たち兵士のおかげでこの国は守られた」

「……どうも」

 トーストされたパンにはちみつを塗って口に運ぶ。
 目の前のイーサンはともかく、彼の背後に立ちっぱなしのリーゼが気になって味がしない。

「出来れば、もしあればだが……弟たちの話を聞かせてほしい」

 呼ばれた理由がはっきりした。
 何か頼まれるとかそう言った理由ではなかっと理解したアラタは、ようやく肩の力を少し抜く。

「自分の話せる範囲なら出来る限り」

「頼むよ」

 アラタは小さめのトーストを1枚平らげると、指先を拭いてコーヒーに手を付けた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「最後に、フェリックス少尉に言われました。リーゼさんを頼むと、後を任せると」

「それは結婚相手として?」

「いえ、そういう意味ではないと思います。相手のいる話ですし、自分はただリーゼさんを助けてあげて欲しいくらいに解釈しました」

「……なるほど。私は別に構わないがね」

「自分とリーゼさんが構いますよ」

「ま、それもそうか」

「話としてはこんな感じなのですけど、どうでした?」

 クラーク家の直系兵士全員と面識があったアラタの話はそこそこ長かった。
 それこそカップが空になる頃にはせっかくのコーヒーが冷めきってしまうほどに。
 その間、イーサンもリーゼも彼の話を真剣に聞き、時折悲しそうに虚空を見つめていた。

「ハルツの家には?」

「さっき行きました。遺品を預かっていたので」

「そうか」

「自分の知っていることはこれで全部です。他になければ自分はこれでって感じなんですけども」

「いや、まだだ。アラタ君、リーゼとの話はさておき、クラーク家に入るつもりはないかい?」

 ——来たか。

 アラタの予想していた事態だった。
 大公選の後もそうだったが、政治情勢の転換期に権力者があらゆる力を欲するのは歴史が証明している。
 アラタは探るように言葉を選ぶ。

「それは僕の為ですか? それとも伯爵様の為?」

「アラタ、その言い方はお父様に失礼——」

「いい。隠し事は意味がない。答えは両方、どちらかといえば私の為であると言える」

「僕の為になることは?」

「安全になる」

「首輪をつけておけと?」

「そうは言っていない」

「考えていると捉えていいですか?」

「なぜそうなる。私はそんなこと——」

「貴族院からの命令ですか。それとも大公の命令ですか?」

「アラタ君」

 まくしたてる様に言葉を放つアラタは、ふとした瞬間に我に返る。
 言い過ぎたと、失礼だったと後から分かった。

「……すみません。俺、最近人が隠し事とかしてるの分かっちゃって」

「こちらこそすまない。打算なしとは言い切れないのは事実だ」

「リーゼさんの力になるのは本当ですし、伯爵様でも大公でも頼まれれば大抵のことは引き受けます。ただ、立場的なものは少しそっとしておいてください。お願いします」

「心得た」

「ではこれで」

 3人の会談はこれにて終了、アラタが退出を完了すると、イーサンの後ろに立っていたリーゼが動いた。
 アラタの座っていた場所に腰かけて、イーサンと向かい合う。

「リーゼ、あの屋敷に帰りなさい」

「アラタの制御装置になれということですか?」

「お前もか。否定はしないが、そういう受け取り方をしないでくれ」

「アラタにそう取られたら終わりなんです」

「分かっている、分かっているが……貴族院は彼の力を図りかねている。これからは戦後だ、斬れすぎる刃を管理できなければ、待つのは廃棄しかない」

「アラタは悪くありません。彼を育てたのは私とノエル、つまり貴族です」

「だがな、体裁というのは必要なのだよ。貴族院と彼の間の緩衝材としての役割だ」

「……それではアラタも叔父様たちも報われません」

「リーゼ、大人になれ」

 親子2人、ギスギスした空気感はお互い望むところではない。
 イーサンからすれば、残る子供はリーゼたった1人なのだから尚更。

「……分かりました」

「苦労をかける」

 クラーク家再建のために、他の貴族に弱みを見せるわけにはいかない。
 それはアラタの管理もそうだし、伯爵家の武力を維持することにも言える。
 アラタがクラーク家に入ればどちらも解決、少し強引な提案の裏にはそんな思惑もあった。
 アラタが言うように、もし彼が本当に人の心を読めるとするのなら、彼はそんな考えも看破していたのかもしれない。
 そんな彼は執事から刀を返却されて、ノエルを迎えに来たところだった。

「行くよ」

「うん。お邪魔しました」

 建物を出て、門を出る。
 その間特にアラタは何も言葉を発さずにただ歩くだけ。
 ノエルが少し歩くのを速めれば、その分アラタも速くなる。
 一定の距離を保ち、2人は歩く。

「ねえアラタ」

「ん?」

「これからどこ行くの?」

「先生のところ」

「ふーん」

 アラタは【痛覚軽減】を起動した。
 理由は単純で、こめかみの辺りが痛むから。
 さらにその理由は、ノエルが背後にいるから。
 剣聖のクラスを持ち、Bランク相当の実力を持つ彼女を背後に立たせるのは、アラタにとってかなりのストレスを伴った。
 背後からいきなりブスリ、というのは被害妄想が過ぎるにしても、彼の強化された五感にノエルという強者の存在はノイジーだった。

「ノエル」

「なーに?」

「ごめん。先に帰っていてほしい」

「え……ヤダ」

「頼むから」

「なんでよ。いいじゃないか。私だって——」

「少し邪魔だから、頼む」

 邪魔。
 そのあまりにもストレートな一言は、豆腐のように柔らかいノエルの心を抉り取った。

「あっ、あっそ! もう知らない!」

 顔を真っ赤にして怒り、踵を返して去っていったノエル。
 彼女が遠ざかると徐々に頭痛は引いていき、アラタの心に平穏が訪れた。
 1人は楽で過ごしやすいと、彼は間違った学習を進めていく。
 公国の剣、その制御装置、大公の娘。
 それぞれの役割は、必ずしも望んで手に入れたものではないかもしれない。
 それでも各々が役割を全うしなければ回らないのが人間社会だというのだから、人間がシステムを回すのに手一杯になりつつあるというのは、どうやら確かなようだった。
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